抄録
1.はじめに
植物の葉に内生する菌類は、宿主植物への様々な利益付与や生理障害を推測する指標、さらに植物への病虫害抵抗性遺伝子導入のためのベクターとしての可能性が期待されている。Colletotrichum属菌は、世界中の広範な地域の植物に多大な被害をもたらす植物病原菌であるが、多くの健全な植物の葉に内生することが知られている。矢口ら(1999)は、日本各地の調査植物131種類より73種類の植物の葉から湿室法により本属菌を分離した。さらに1999から2001年の3年間、湿室法によりソメイヨシノの葉における本属菌の発生の季節変動を調査した結果、4月の新葉展開時期には全く検出できなかった本属菌は、5月から落葉期にかけて発生率は増加した。
そこで本報告は、湿室法で検出されたColletotrichum属菌の葉における所在を明らかにすることを目的に、落葉広葉樹2種を供試し、表面殺菌法により各種内生菌の検出を季節的に調査するとともに、各葉組織内における内生菌の所在を光学および電子顕微鏡により観察し、これらの結果より総合的に本属菌の所在様式を検討した。
2.方法
(1)東京農業大学世田谷キャンパス内のソメイヨシノ、ムラサキシキブを調査木とし、2001年5月から11月までの間に合計11回、各調査木から外観健全な葉を採取し、ディスクを作製後、表面殺菌処理を行い、各葉ディスクをPDA培地に置床した。1週間後にそれぞれ発生した菌類のコロニーを分離、同定し、発生率を求めた。
(2) 2001年6月5日、2002年9月12日と11月12日の計3回、ソメイヨシノとムラサキシキブに内生する菌類の所在を明らかにするため、採取した直後の葉、また(1)の表面殺菌処理を行い、培地に置床してから1、2、3、6日後の葉をそれぞれ固定後、脱水、樹脂包埋を行い、超ミクロトームで厚切切片を作製し、光学顕微鏡で内生菌の有無を観察した。さらに超薄切片を作製し、内生菌の所在を透過型電子顕微鏡で観察した。また、Colletotrichum属菌の所在を明らかにするため、培地上の葉ディスクに本属菌の粘塊が確認された部位を供試し観察した。
3. 結 果
(1) 各葉を表面殺菌処理し、Colletotrichum属菌の季節的な発生変動を調査した結果、ムラサキシキブではソメイヨシノに比べ、5月の早い時期から落葉期まで高い発生率を示し、ソメイヨシノでは8月に初めて発生し、落葉期にかけて発生率は高くなった。さらにColletotrichum属菌は、ムラサキシキブで5月からC.gloeosporioides に比べC.acutatumの発生が顕著だったのに対し、ソメイヨシノでは8月および11月にC.acutatumが発生し、C.gloeosporioidesの発生は10月以降に顕著となった。
(2) 6, 9, 11月に採取した直後のソメイヨシノとムラサキシキブの葉組織内を光学顕微鏡下で観察した結果、内生菌は全く観察できなかった。
ムラサキシキブの6月および 9月の葉では、表面殺菌処理3日後から表皮細胞、柵状組織、海綿状組織の細胞内外に多数の菌糸が認められ、またColletotrichum属菌の分生子層も顕著に観察された。さらに11月の葉では表面殺菌2日後からすでに葉組織全体に菌糸が確認され、Colletotrichum属菌の分生子層が形成されていた。
これに対してソメイヨシノでは、9月に表面殺菌処理3日後の海綿状組織の細胞間隙にわずかに菌糸がみられるだけであり、電子顕微鏡により角皮下に菌糸が潜在していることがわかった。その後、表面殺菌処理6日後にはColletotrichum属菌の分生子層が葉脈に形成されていた。11月の葉では表面殺菌2日後にColletotrichum属菌の粘塊が葉上に形成され、角皮下に菌糸が確認された。
4. 考 察
ソメイヨシノとムラサキシキブの葉に内生するColletotrichum属菌の季節的発生の変動を、表面殺菌法を用いて検討した結果、発生パターンが異なり、さらに顕微鏡下で本属菌の所在様式も異なった。すなわちソメイヨシノの葉では8月以降にColletotrichum属菌は角皮下に潜在感染するが表皮細胞には侵入できないまま落葉するのに対して、ムラサキシキブの葉では、新葉展開後、6月ころから落葉期にかけて、特に海綿状組織の細胞間隙に所在していることがわかった。すなわち、葉の表面殺菌処理によりソメイヨシノでは角皮下の潜在菌が分離できたものであり、さらにムラサキシキブでは葉組織内部に内生する菌が分離できたものと推定された。