抄録
1.目的 キシャヤスデ,Parafontaria laminataは、本調査地の森林土壌において同じ齢のみが生息し、8年で完結する生活史に伴い周期的に発育段階が変化する。この発育段階は、1999年に6齢幼虫であり、2000年に終齢幼虫であった。成虫は2000年9月から2001年6月まで活動し、夏に産卵後、死亡した。その後、2001年に1齢幼虫の生息が確認され、2002年秋には2齢幼虫となった。キシャヤスデは発育段階の進行とともに摂食様式が土壌食から落葉食へと変化する。この変化は、林床の有機物層や土壌養分の動態の年変化につながるはずである。本調査では、調査地の低木層で優占するミヤコザサ,Sasa nipponicaの生産量に及ぼす周期的な影響を定量化することを目的とした。2.方法 調査地は、八ケ岳東南麓のカラマツ,Larix kaempferi人工林において、土壌型、標高が同じであり、キシャヤスデの生息密度が異なる4地域を選定した。標高は1400mで、土壌は黒色土(BlD型)である。1999年から2003年までの5年間、キシャヤスデの密度が異なる4地域において当年に伸長したミヤコザサの地上部の重量を測定し、年生産量とした。地上部のうち葉では炭素、窒素およびリン濃度を測定した。さらに、利用可能な窒素量の増加によってミヤコザサが養分を吸収し、どのくらいの時間で地上部の生産量に投資するのかを明らかにするため、2003年に尿素の施肥実験をそれぞれ4地域で行った。施肥の当年に地上部を刈り取り、施肥区と無施肥区の生産量を比較した。ミヤコザサの年生産量は、日照時間、降水量などのキシャヤスデ以外の要因が大きく関与し、変動すると考えられる。それらの要因による年変動を除外するために2つの低密度地域を基準とし、1999年から2003年までの5年間の各年において低密度地域に対する高密度地域の相対的な生産量の割合を地域ごとに算出した。3.結果 ミヤコザサの年生産量は、低密度地域に対する相対的な生産率(以下、年生産比)がキシャヤスデの密度の高い地域で1999年に最も高くなり、2000年から2001年にかけて減少し、その後2002年から2003年にかけて増加した。ミヤコザサ葉の炭素濃度は、年変動およびキシャヤスデの密度による差がみられず、一定の値を示した。葉の窒素濃度は、1999年に低密度地域より高密度地域で有意に高くなり、キシャヤスデ密度との間に正の相関がみられた。葉のリン濃度は、高密度地域で2000年から2002年に1999年および2003年より有意に低くなったが、低密度地域で年変動による有意差がみられなかった。ミヤコザサ地上部の生産量は、当年に尿素施肥区で無施肥区より増加したため、添加された窒素が吸収され、当年の地上部の生産に投資されることが明らかになった。4.考察 年生産比は1999年に高く、6齢幼虫が窒素の無機化量を1999年に増加させるため(Toyota et al., submitted)、ミヤコザサの地上部生産量に6齢幼虫の活動が大きく寄与することが示唆された。一方、2000年も同程度に窒素の無機化が促進されたにもかかわらず、生産比は2000年では低下し、成虫の影響があると予測された2001年に最も低くなった。葉のリン濃度は高密度地域で2000年、2001年および2002年にそれぞれ、1999年より有意に低くなった。したがって、2000年にミヤコザサのリンの吸収量が減少したため、土壌中に可給態窒素が存在していても、相対的に窒素の吸収量が減少し、2000年、2001年の年生産比が低いと考えられた。リン濃度が2002年に最も低く、2003年には増加したことから、2000年9月から2001年6月に活動した成虫は、リター層と土壌層の撹拌、摂食でミヤコザサの根に共生する菌根菌の外生菌糸を切断し、菌根菌を介したリン吸収を阻害すると考えた。