日本林学会大会発表データベース
第115回 日本林学会大会
セッションID: F19
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T4 マツ枯れ・マツ材線虫病研究の現在
東北地方におけるマツノマダラカミキリ個体群の遺伝的構造
*加賀谷 悦子
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抄録

マツ材線虫病(以下材線虫病)は,東北地方では宮城県石巻市で1975年に発見され,現在,秋田県と青森県の県境,岩手県南部にまで北上した。最先端被害地である秋田県と岩手県には市町村単位で被害統計が記録されており,材線虫病の被害拡大の経過を辿ることが可能である。秋田県では1982年に象潟町で確認され,その19年後に青森県境である八森町に達した。材線虫病の伝播過程を解明するためには,マツノマダラカミキリ(Monochamus alternatus, 以下,マダラ)の林分間の移動実態を調査する必要がある。しかし,昆虫の長距離の移動を追跡することは難しい。現在,マダラの移動能力は材線虫病の被害拡散の距離や放虫試験からの試算により推定されているが,実際にどれだけの個体数が林分間を移動し,新たな被害地が生じさせるのかは解明されていない。
また,東北地方の材線虫病の未被害地において,マツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophilus, 以下,線虫)を保持しないマダラの分布が認められている。線虫を持たないマダラは,材線虫病の被害地からの飛び込みの個体なのか,もしくは元より分布していた個体であるのか,由来を特定することは,被害の北上を阻止する上で重要である。
マクロサテライトマーカーは共優性マーカーであり多型性が高いため,個体群レベルでの研究に有用である。被害先端の東北における地域間の移動実態を把握することを目的として,マイクロサテライトマーカーを用い,マダラ個体群の遺伝的構造を調査した。
秋田県秋田市新屋町,秋田市下新城中野,雄和町,岩城町,岩手県一関市,平泉町,青森県深浦町で採集されたマダラから,Chelex溶液を用いてDNAを抽出し,マダラ用マーカー5座(周ら, 2002)(MalA,MalB,MalF, MalG ,MalI)を用いて多型解析を行った。解析を行った個体数はそれぞれ, 32,17,8,22,15,8,1頭である。秋田県秋田市新屋町,秋田市下新城中野のサンプルは材から採集し,それ以外の個体群では誘引トラップで捕獲した。一関市,平泉町のサンプルは近接した複数の林分で採集したため, 2市町の個体をまとめ,岩手個体群として解析に供した。深浦町で採集された個体は1頭のみだったので,個体群の解析からは除外した。
各遺伝子座間には有意な連鎖不平衡は認められなかった。表1に各遺伝子座の対立遺伝子数NA,観察されたヘテロ接合度HO,期待値HE,遺伝的分化係数GSTを記す。全個体群で遺伝子多様度は,MalIで最も高くMalAで最も低く,それぞれ0.665,0.199と遺伝子座間で大きく異なった。遺伝子多様性の高い遺伝子座では個体群間で遺伝的分化の傾向が強かった。各個体群間で遺伝的な分化を表わすFSTを算出したところ,岩手個体群と秋田県内の個体群の間では0.0362から0.0911と有意な分化が検出されたが,秋田県内の全個体群間では-0.0067から0.0145であり対立遺伝子の構成に偏りは認められなかった。材線虫病被害拡散の追跡から,調査した岩手県の個体群と秋田県の個体群はそれぞれ,北上川に沿いパッチ状に分布するマツ林をつたい北上した個体と,日本海沿岸を北上した個体の移入により成立したと推察される。侵入経路が異なると考えられる個体群間にのみ遺伝的分化が確認されたため,本マーカーによる遺伝的構造の解析が侵入経路の特定に有効である可能性が示された。

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© 2004 日本林学会
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