日本林学会大会発表データベース
第115回 日本林学会大会
セッションID: F25
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T4 マツ枯れ・マツ材線虫病研究の現在
人間活動がアカマツ林存続に及ぼす生理生態学的影響
*久米 篤
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抄録

この1500年,アカマツは日本において人間活動とともに増加し,その変化とともに急激に衰退している樹木である.現在,人里近くで観察されるアカマツ林の成立は,人による長期間の利用の結果であり,伐採後や焼いた後に勝手に生えてきた,もしくはアカマツ以外の高木林が成立できなかったためである.1980年代以降のアカマツ林の急激な衰退に関しては,現在大きく分けて (1)マツ材線虫病, (2)大気汚染や酸性雨,(3)アカマツ林の利用停止による遷移の進行の影響,の3つの要因が考えられている.作用形態は大きく異なるものの,これらのどの要因も,人とアカマツ林の関わりと密接に関連している.明治初期に北アメリカから侵入したと考えられているマツ材線虫病は,アカマツやクロマツの成木を大規模に枯死させる.ある特定のアカマツやクロマツを文化財として保全するのであれば,その防除対策は欠かせない.また,防砂林として植林したクロマツ人工林をその価値を減ずることなく保全していくためには徹底した対策が必要となる.植林地の保全において,マツ材線虫病対策は最も重要な要素であると考えられる.大気汚染や酸性雨の影響に関しては,最近の研究でその影響程度がかなり明らかになってきた.現在の降雨程度の酸性雨がアカマツに生理生態学的な大きな影響を与えていることを示す報告は少なく,むしろ影響の小ささを示唆するものがほとんどである(Asai & Futai 2001).一方,ディーゼルエンジンを中心とする車の排気ガスなどの影響に関しては,その直接的な一次汚染よりも光化学反応が絡んだ二次汚染を通した影響(オゾン生成による長距離汚染,ディーゼル微粒子及び汚染源近くの水滴中で発生するOHラジカルの影響など)の深刻さが明らかになってきており,アカマツに対してもその影響が非常に大きくなる場合がある(Kobayashi et al. 2000).重要な点は,葉への汚染物質の乾性沈着や朝露・霧等が悪影響を与え,降雨はむしろそれらの影響を緩和することが多いということである.基本的にアカマツがこれらの汚染物質に対して非常に敏感な樹木であり,その影響は適切に評価される必要がある.なお,アカマツとクロマツでは汚染物質に対する生理生態学的な反応特性はかなり異なっている.自然条件下でのアカマツの更新という観点から考えるとマツ材線虫病や大気汚染対策以外にも重要な要因がある.アカマツは遷移初期のパイオニア種であり,山火事跡地や火山噴火後の砂礫地,尾根筋や斜面崩壊地などで自然に定着する.アカマツが自然更新していくためには,継続的な新しい定着サイトの供給が重要である.人は有史以来,最近まで好まずしてこのような活動を継続してきた.自然条件下でそのような環境が保たれているサイトのアカマツは,比較的病虫害の影響を受けにくく(Miki et al. 2002),何らかの原因で上層のアカマツが枯死した後も直ちに後継アカマツが定着し,十数年程度たてばアカマツ植生として復活する.現在,人里近くでアカマツ林を存続させるためには様々な努力が必要になっている.下層植生の除去がアカマツの生態学的な特性からも欠かせないことが明らかになりつつある(Kume et al. 2003).林床に堆積した落葉や下層植生の侵入は,林床における降雨の遮断蒸発を増大させる.下層植生の根は土壌表面を覆い,地表面へ供給された水の蒸散を促進するので,土壌深くに浸透する水分が減少する,アカマツ林の林床への積算日射量が大きいことも林床面遮断が大きいことに影響している.流域レベルの比較からもこの傾向は確認され,アカマツ林から常緑広葉樹林へ遷移するにつれて,降雨当たりの河川への流出量減少が観察される.林床に侵入した常緑樹は根を地表面近くに集中する傾向があり,アカマツよりも降雨の獲得効率が高い.さらに,アカマツなどの針葉樹と比較して,林冠に降った降雨を自分の根元に集中させる傾向が顕著である.その結果,下層植生が密生する場合は,アカマツの土壌からの水の吸収量が大幅に減少し,光合成量が制限される.光合成減少の度合いは,メカニズムは異なるものの比較的強度の大気汚染ストレスに匹敵する場合がある.個々のアカマツ林衰退において,害虫・汚染・種間競争の3要因が様々に関連していることが想像されるが,現段階では,その相互作用機構は明らかではない.今後のアカマツ林の維持管理は,アカマツ林の歴史的な位置付けを考慮した,地域景観を含めた広い観点から進めていくべきである.

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© 2004 日本林学会
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