日本林学会大会発表データベース
第115回 日本林学会大会
セッションID: P1007
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生態
絶滅危惧種ヒメバラモミの更新における自殖の影響
*勝木 俊雄島田 健一吉丸 博志
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抄録

 マツ科トウヒ属に分類されるヒメバラモミはその個体数の少なさから絶滅危惧IB類にリストされている。八ヶ岳南部と南アルプス北西部の限定された地域に数百個体が残されていると考えられ、演者らによって詳細な分布状態が現在調査されつつある。種の保全対策としては天然更新が可能な自生地を保全することがもっとも望ましい。しかし、一部の自生地を除いてヒメバラモミは単木的に点在する場合が多く、そうした地域において天然更新は難しいと考えられる。しかし周囲に他の母樹が見あたらなくとも、単木的に存在するヒメバラモミ母樹の周囲に稚樹が存在するケースが観察されている。こうした稚樹は自殖により増殖したものではないかと考えられている。そこで、本研究ではSSRマーカーを用いてこうしたケースが自殖であるのか確認をおこなった。さらに集団として存続しているヒメバラモミの近交係数を解析することで、ヒメバラモミの自殖が種の保全にどのように影響するか検討した。
 分析に用いた試料は長野県富士見町西岳と山梨県白州町大平、長野県長谷村戸台川の3産地から採取した。西岳の試料は単木的母樹1個体と周囲の稚樹6個体、これらから離れた場所にある2個体である。西岳の単木的母樹はもっとも近い母樹から600m程離れていた。大平の試料は1集団(45個体)、集団中にある稚樹10個体、集団から離れている単木的母樹1個体と周囲の稚樹10個体である。大平の単木的母樹ももっとも近い母樹から600m程離れていた。大平の集団は600m程の範囲にヒメバラモミが50個体以上まとまって存在していた。戸台川の試料は1集団(25個体)である。戸台川の集団は60m程のきわめて狭い範囲に樹高1.3m以上のヒメバラモミが135個体も密集していた。これら計100個体から枝を採取し、葉から抽出したDNAを用いて6座のSSRマーカーの遺伝子型を決定した。これらのマーカーはすでにその多型性が調べられており、ヒメバラモミの遺伝子座として利用出来ることが確認されている。単木的な母樹と稚樹2ケースと、集団中の母樹と稚樹1ケースについて、各個体の遺伝子型と周囲の個体群の遺伝子頻度とを比較することによって、これらのケースで自殖がおこなわれているか検討した。次にヒメバラモミ2集団について遺伝子型から近交係数Fisを求めた。このFisからヒメバラモミの自殖について解析し、自殖が種全体の多様性に与える影響について検討した。
 まず、大平の集団中の母樹と稚樹のケースの遺伝子型を周囲の集団と比較した。6座のうち周囲の集団では5座が多型であった。10個体の稚樹のうち、3個体は母樹の遺伝子をもっていなかったため他母樹に由来する個体だと考えられた。残る7個体の稚樹では4座においていずれも他個体由来と考えられる遺伝子が存在していた。したがって自殖と考えられる稚樹は確認されず、他殖によって繁殖することが確認された。一方、単木的な母樹と稚樹についてみると、大平のケースでは1個体を除き、9個体の稚樹で母樹の遺伝子のみが見られた。また、西岳のケースでは周囲に比較できる集団がないため、西岳に産する2個体と比較した。母樹を含めた3個体では6座のうち3座が多型となり、いずれの座でも6個体の稚樹には母樹の遺伝子のみが見られた。ケース数や分析個体数は少ないが、これらの2ケースでは自殖がおこなわれている可能性が高いと考えられた。次に2集団のヒメバラモミについて、固定指数を求めた。大平および戸台川の各集団の近交係数(Fis)はそれぞれ0.077と0.044であった。また2集団から算出された分集団内の近交係数(Fis)は0.045、2集団全体の近交係数(Fit)は0.074となった。分析した集団数が少ないものの、いずれの近交係数も低く、集団内で近親交配がおこなわれていないことを示していると考えられた。
 これらの結果から本来のヒメバラモミ集団の繁殖では自殖あるいは近親交配は希であると考えられる。そうであれば、通常は近交弱勢が大きいと考えられる。しかしながら現実には南アルプス北西部の一部の自生地を除き、ヒメバラモミは単木的に残されていることが多く、今後は自殖あるいは近親交配により繁殖せざるを得ない状況が増加することが予想される。そのような場合、近交弱勢が大きいと繁殖能力が低下する可能性が高い。したがって、今回確認された自殖ケースは特殊な例外であり、種の保全の観点からは改めて他殖で繁殖する環境を整えることが重要だと考えられた。

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© 2004 日本林学会
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