主要な優占樹種ではしばしば、景観内で数多くの集団が地形的要因等によって断続的に配され、「景観>集団>個体」という階層的な遺伝的構造により地域特有の遺伝変異が保たれていると考えられる。本研究では、福島県いわき市のアカマツ天然林において、これまで詳細な遺伝子流動の解析を行ってきた1つの尾根上の集団(調査範囲:3.75ha)に、周辺の尾根に生育する8集団を加え計9集団を調査対象として(約225ha)、各3台の種子トラップにより収集した散布種子の遺伝変異を解析した。胚と雌性配偶体(母親由来の半数体)の組織別にSSR分析を行い、集団間・集団内トラップ間での雌雄の配偶子の遺伝的異質性を正確に区別して評価した。その結果、雌性配偶子の集団間・トラップ間の遺伝的分化度はいずれも有意であり、全体的に雄性配偶子のそれよりも高い値を示すとともに、雌性配偶子では集団間の分化度の方がトラップ間のそれよりも高い値を示した。当該樹種の景観スケールでの遺伝的多様性の構築には、花粉による遺伝的交流がもたらす均一な雄性配偶子の遺伝変異に加え、集団間と集団内の両スケールでの雌性配偶子の遺伝的異質性が寄与していることが考えられた。