温帯に生息する生物の系統地理には氷河期から後氷期にかけての気候変動に影響されている事例が多く知られる。演者らは日本の冷温帯林に生息する昆虫の複数の分類群について系統解析をおこなってきたが、本講演ではその中からルリクワガタ属を中心に成果を報告する。
日本産ルリクワガタ属にはこれまでのところ単系統と推定される10種が知られる。多くの隠蔽種が次々と発見されてきた分類学的変遷からもわかるように互いに似通った形態を持つが、演者らの研究によって雄交尾器の膜状部が優れた分類形質であることが判明している。形態解析、核遺伝子解析、ミトコンドリア遺伝子解析のいずれも単独による系統解析には大きな問題があったが、それらを総合的に評価することで種分化過程の概要が明らかになった。Maxentを用いた解析では、近縁種間の干渉が分布域形成に影響を及ぼしていることや、最終氷期からの分布域変遷の概要が推定された。またクワガタムシ類は微生物を保持する菌嚢をもち、その中には木材構成糖の多くを消化できる共生酵母を有しているが、ルリクワガタ属とその共生酵母は共進化していることが明らかになった。