抄録
政策と規範概念を架橋する研究は社会保障において急務の学術的課題である。本稿の目的は文献読解によって経済学者A・センと政治哲学者J・ウルフの研究を比較検討し社会保障の規範理論に基づく政策研究を発展させることである。両者に共通する特徴は、単一の規範理論から演繹的に特定の政策を導出することではなく、価値の多元主義を承認したうえで、多様な価値対立構造を明確化し、社会的選択を導くために規範理論的知見を活かすという点にある。だが、センは、超越論的アプローチと状態比較アプローチを相互排他的に論じて、後者の優位を主張するのに対して、ウルフは、理想理論と非理想理論を相互補完的であり、政策研究として後者を重視するものの、前者もガイダンスとしての役割があることを認めている。両者の議論を比較検討した結果、本稿は理想理論と非理想理論の補完関係を認めるほうが社会保障の議論にとって建設的であると言う見解を提示する。