抄録
近年,物語読解時の読者に生ずる主観的体験がさまざまな領域において実証的に検討されるようになり,態度や信念の変化,楽しみ,満足感,あるいは,読者の社会的能力の向上といった,物語を読むことの効果が数多く指摘されるようになっている。本稿では,物語読解時に読者に生ずる体験として「物語世界へ没⼊する現象」に注目し,まず関連する構成概念について整理した。その結果,没⼊体験は,物語内容の表象を基盤として,鮮明な知覚的イメージを生起することや,登場人物への共感,感情移⼊など,多様な現象から成り立っていると考えられた。さらに,物語を読むことの効果として,社会的能力,とりわけ他者の心的状態を理解する能力である「マインドリーディング」に注目し,これと没⼊体験との関連を検討した実験研究を紹介する。以上のような研究を通して,物語を読むこととそれによって生ずる没⼊体験が,人間にとってどのような効果と意義とを有しているか展望する。