抄録
上咽頭癌とEBVとの病因論的関連性について, I) 血清疫学的研究として, 抗VCA, 抗EAのIgG抗体価, ならびに, IgA抗体価の測定を, 患者治療前後も含めて行った. さらに, II) EBV病因論としての発癌機序について, EBVゲノム陽性リンパ芽球様細胞と単層培養細胞との細胞融合法, 蛍光抗体法に加えて, オートラジオグラフィー法を用いたEBV感染実験を行い, 次の諸結果を得た.
I) 血清疫学的研究
1. 治療前上咽頭癌を含めた頭頸部悪性腫瘍, 炎疾性疾患, 健康成人, 計124例について, 抗VCA, 抗EAのIgG抗体価, ならびに, IgA抗体価を測定した. その結果, 上咽頭癌は, 抗VCA-IgG抗体価の GMT1:848, 陽性率84.4%, 抗EA-IgG抗体価のGMT1:80, 陽性率84.4%, 抗VCA-IgA抗体価のGMT1:64, 陽性率81.2%, 抗EA-IgA抗体価のGMT1:19, 陽性率59.4%で, 他の対象に比して著しい高値と高頻度を示した.
2. 上咽頭癌32例の抗VCA-IgG抗体価と抗VCA-IgA抗体価, 抗EA-IgG抗体価と抗EA-IgA抗体価の間には, それぞれ有意の正の相関がみられた.
3. 上咽頭癌8例について, 放射線治療前, 治療後3ヵ月, 6ヵ月目に, 1の4種抗体価を測定した結果, 一部治療後抗体価の上昇する例もみられたが, 大多数は, 不変~軽度低下する傾向がみられた. しかし, 臨床的に腫瘍を認める群と認めない群の間には差はみられなかった.
4. 上咽頭癌19例の血清IgG濃度, IgA濃度は健康成人に比し, 一般に高い値を示す傾向がみられたが, 統計学的には有意差はなかった. また, 上咽頭癌19例の血清IgG濃度と抗VCA-IgG抗体価, 抗EA-IgG抗体価との間には, 有意の相関はなかった. 血清IgA濃度と抗VC-IgA抗体価, 抗EA-IgA抗体価との間にも有意の相関はみられなかった.
5. 上咽頭癌を含めた頭頸部悪性腫瘍31例について, 腫瘍組織内のEBNAの検索を行った. その結果, 上咽頭癌では11例中9例 (81.8%) にEBNAが認あられた. しかし, 他の頭頸部悪性腫瘍組織中には, 1例もEBNAは認められなかった.
以上より, 抗VCA, 抗EAのIgG抗体価, ならびにIgA抗体価の測定, さらに, 腫瘍組織内EBNAの検索は上咽頭癌の診断に有用であると考えられた.
II. EBV感染実験
上咽頭癌発生機序についての実験的研究として, 3H-thymidine でラベル後オートラジオグラフィー法で Grain 陽性化させたEBVゲノム陽性リンパ芽球様細胞と Grain 陰性の単層培養細胞との細胞融合を行い, 経時的に単層培養細胞核の EBNA の発現について調べた. その結果, P3HR-1 細胞と 2-27-Ad 細胞によるヘテロカリオンにおいて最も高率に2-27-Ad細胞核にEBNAの発現が認められた. また, P3HR-1 細胞と Hep-2 細胞の組合せでもやや低い頻度ではあるが, 同様の結果が得られた. しかし, P3HR-1 細胞とヒト以外の細胞であるCHO-K1細胞, L-929細胞, Vero 細胞とのヘテロカリオンにおいては, これらヒト以外の細胞核にはEBNAの発現は1例も認められなかった.