2024 年 2024 巻 226 号 p. 103-136
日本の生命保険大手4社の目的が、企業価値などの経済的価値の最大化が唯一の目的であるシングルマテリアリティであるか、経済的価値と社会的価値あるいは株主や社員などすべてのステークホルダーの価値の最大化が目的であるダブルマテリアリティであるかを整理し、明治安田生命の目的がダブルマテリアリティ、日本生命及び住友生命の目的がシングルマテリアリティ、第一生命の目的は、ダブルマテリアリティの要素も若干あるが、基本的には、シングルマテリアリティであることを示した。次に、エージェンシー理論、スチュワードシップ理論、株主第一主義、ステークホルダー理論に基づいて、生命保険会社の最適なガバナンス構造について議論し、エージェンシー理論に基づくコーポレートガバナンスに関する議論が盛んであり、エージェンシー理論に基づくガイドラインや基準が多くあるものの、スチュワードシップ理論に基づくガバナンス構造の方が、企業価値が高まるという先行研究も少なからずあり、コーポレートガバナンスの議論をする際には、前提とするべき理論の吟味が重要であることを示した。また、シングルマテリアリティと整合的である株主第一主義と、ダブルマテリアリティと整合的であるステークホルダー理論について整理し、企業の目的がダブルマテリアリティであり、かつ、エージェンシー理論に基づく場合には、サステナビリティを業績指標としてそれに連動する報酬デザインが有効であり、スチュワードシップ理論に基づく場合には、社員からの意見聴衆の機会を設けるのみで足りることを示した。最後に、現状の取締役会構成などのコーポレートガバナンスからは、日本生命が、最もスチュワードシップ理論に基づいてコーポレートガバナンスを実践していると考えられ、反対に、明治安田生命が、最もエージェンシー理論に基づいてコーポレートガバナンスを実践していると読み取ることができる。さらに明治安田生命は、ダブルマテリアリティに基づいてサステナビリティに関する指標と役員報酬が連動し、ステークホルダー理論とエージェンシー理論に基づくガバナンス構造であることが理解できる。