日本金属学会誌
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特集「先端材料の結晶方位分布と関連特性Ⅱ」
単純強圧延オーステナイト系ステンレス鋼中のヘテロナノ組織が集合組織と延性に及ぼす影響
三浦 博己 小林 正和戸髙 義一渡邊 千尋青柳 吉輝
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2017 年 81 巻 12 号 p. 536-541

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抄録

SUS316LN austenitic stainless steel was simply and heavily cold-rolled up to 92% reduction in thickness. The microstructure developed was composed of complicated heterogeneous nano-structure; “eye-shaped” twin domains, which were surrounded by shear bands, were embedded in low-angle lamellar boundaries. The cold-rolled austenitic steel exhibited marvelous high strength of 1.95 GPa when tensile tested normal to the rolling direction, while lower strength of 1.57 GPa along the rolling direction. Moderate ductility around 10% was still retained in spite of the high strength. The superior mechanical properties of the heavily cold-rolled austenitic stainless steel would be attributed to complicated heterogeneous nano-structures. These achieved strengths were comparable with those obtained by methods of severe plastic deformation.

1. 緒言

近年,巨大ひずみ加工(Severe Plastic Deformation/SPD)法を用いた金属・合金の結晶粒超微細化に関する研究が盛んである.これは,固溶強化や析出強化に頼らずに高強度化が可能で,したがって,強度と加工性等の機械的性質を高いバランスで達成できるためである.これらSPD法では,動的・静的再結晶を利用した旧来の加工熱処理法では達成が困難な平均結晶粒径 1 μm以下の超微細粒組織が容易に得られ,実際にその優れた機械的特性が明らかになってきている1,2,3,4,5,6,7.辻は,繰り返し接合圧延(Accumulative Roll Bonding/ARB)法により,平均結晶粒径約 200 nmのIF鋼板材を作製し,引張強度 820 MPa,伸び7%の優れた機械的性質を達成した4.またPark et al.は,Mn鋼に側方押出し加工(Equal Channel Angular Pressing/ECAP)を行い,平均結晶粒径約 500 nmの超微細粒組織を得て,引張強度 945 MPa,伸び10%を達成した5.従来,このようなSPD組織の結晶粒径の下限は,亜結晶粒サイズと同等で 200 nm程度であった1,3.これは,SPD中の結晶粒微細化の機構が低温型連続動的再結晶,すなわち転位壁・亜粒界への転位の堆積による粒界の形成・高角化によるためである3.ほとんどのSPD法では形状不変下での加工を前提としているため,その試験片サイズは比較的小さい.さらには,その加工プロセスの複雑さ等の理由もあり,長尺材の工業的大量生産には不向きである.このため,簡便なプロセスによる超微細粒組織の創製方法が望まれている.

Miura et al.は,双晶変形を結晶粒微細化に積極的に利用し,Cu-Zn合金,SUS316Lステンレス鋼へ多軸鍛造(Multi-Directional Forging/MDF)を適用し,平均粒径 10 nm以下の超微細組織を得た6,8.変形双晶の導入によって微細化された結晶粒組織は,高強度なだけでは無く,極めて高い延性も併せ持っており,たとえばSUS316Lステンレス鋼では,引張強度 2.2 GPa,塑性伸び10%を示した.多重双晶変形による結晶粒の分割と超微細化は,低積層欠陥エネルギー(Stacking Fault Energy/SFE)合金中の拡張転位が完全転位の移動を妨げ,その応力緩和と塑性変形持続のため変形双晶が容易に,しかも高密度に発生することによる9

三浦らは変形双晶導入による結晶粒超微細化の研究を発展させ,Cu-Be系合金に単純強圧延を適用し,SPD法と類似の組織,同等の機械的特性の獲得を試みた10.その結果,幅 140 nmのラメラ状組織が生成され,さらに内部に目玉状の変形双晶群が導入された「ヘテロナノ構造」の発達が確認された.その特徴的な組織を有する材料に時効熱処理を加えることで,引張強度約 1.8 GPa,塑性伸び4%が達成された10.一般的に,単純強圧延によって得られる微細組織は等軸状ではなく,圧延横断面に幾何学的に必要とされる転位境界,すなわち,Geometrically necessary boundariesによって構成される超微細ラメラ状組織が発達する.また,そのラメラ組織の境界方位差は小さい11.このラメラ状組織は超微細粒材と類似の特性を持つことが知られているが,転位移動の障害となり難く,したがって強度上昇も限定的であった12.しかし低SFE材であるCu-Be合金では,変形双晶がラメラ状組織中に高密度に分散されたヘテロナノ組織が得られるため,SPD法と同等の機械的性質が達成された10.同様のヘテロナノ構造は,低SFEのオーステナイト系ステンレス鋼と二相ステンレス鋼でも報告されており,その高い熱的安定性によって,時効熱処理後に引張強度 2.7 GPa,塑性伸び5%が達成された13.一般的に,SPD法によって作製された超微細粒組織は熱的安定性が低く14,比較的低温においても回復・再結晶が生じるため,時効熱処理による更なる強度増加は困難である.ところが,双晶境界は一般粒界よりも熱的に安定なため,結晶粒の超微細化後の時効によって,更なる高強度化が可能となった10,13

単純強圧延は工業的現場で利用されている最も一般的な加工法の一つである.本研究では,低SFEで変形双晶が導入しやすいとされる安定オーステナイト系ステンレス鋼に単純強圧延を施した.得られたヘテロナノ組織による機械的性質の向上,およびその集合組織への影響について検討した.

2. 実験方法

SUS316LN安定オーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延板を 1523 Kで 3.6 ksの溶体化処理後に水冷した.溶体化処理材を92%冷間圧延して得られた厚さ 0.5 mmの薄板を供試材とした.以降,単純にSUS316LNと呼ぶ.試料の化学組成をTable 1 に示す.ただし,一部の組織観察には試料量の都合により,50, 80, 90%圧延材(Fig. 6),あるいは90%圧延したMn量1.53%のSUS316LN改ステンレス鋼(Fig. 2)を用いた.圧延率やMn添加量のわずかな変化では,組織や機械的特性はほとんど影響を受けないことが報告されている15,16.フェライトメーターで測定した冷間圧延材のオーステナイト分率は99.6%であったことから,強圧延中に加工誘起マルテンサイト変態はほとんど発現しないと判断された.冷間圧延後の試料の微細組織と機械的特性を調査した.組織観察には後方散乱電子線回折装置(Electron Back Scattering Diffraction/EBSD),透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy/TEM)を用いた.EBSDによる組織観察は,機械研磨,2-nブトキシエタノールと過塩素酸の混合溶液中での電解研磨,そして,しゅう酸水溶液中の電解腐食後に行った.TEM観察は試料横断面(Transvers Direction/T.D.)より行った.TEM観察用薄膜試料は,薄膜試料作製装置(イオンスライサー日本電子製EM-09100IS)を用いて作製した.機械的特性の調査は,インストロン型万能試験機を用いて行った.引張試験は,ゲージサイズ:長さ 6×幅2.25×厚さ 0.5 mm3の肩付き板状試験片を放電加工により作製し,圧延方向(Rolling Direction/R.D.)および圧延垂直方向(Transverse Direction/T.D.)に対して,室温大気中にて,クロスヘッド速度一定(初期ひずみ速度2.5×10-3 s-1)条件で行った.

Table 1 Chemical composition in mass % of SUS316LN stainless steel sample.
CSiMnPSAlNiCrMoNFe
0.0200.490.860.0210.00040.01011.0517.812.520.1830Bal.

3. 実験結果と考察

3.1 溶体化処理材と冷間圧延材の組織観察

熱間圧延後に溶体化処理を施したSUS316LNのEBSDによる組織観察結果をFig. 1 に示す.ほぼ均一な等軸結晶粒組織となっており,平均結晶粒径は約 30 μmであった.組織中には茶色線で示される焼きなまし双晶粒界が高頻度で見られる.

Fig. 1

Microstructure of the SUS316LN sample solution treated after hot rolling.

90%強圧延後のSUS316LN改ステンレス鋼(Mn量1.53%)のEBSD観察例をFig. 2 に示す.Fig. 2 から,ほぼ均一にラメラ状組織と目玉状組織が混在して分布していることが分かる.ラメラ状組織と目玉状組織が複雑に入り組んで発達しているため,EBSDマップ上での判別は一見難しいように思われる.しかし,後で示すように目玉状組織は板面に対して{111}を有し青色で示され,それ以外の色表示は基本的にラメラ状組織やせん断帯である.90%と圧延率が高いことから,転位密度が高く,解析不能点も多く見られる.EBSDマップの解析可能範囲での目玉状組織のサイズは,約 1 μmであった.ラメラ状組織の詳細は後述するが,EBSD解析結果から,ラメラ状組織は概ね{011}<112>方位を有しており,これは一般的なオーステナイト鋼の冷間圧延集合組織に相当する.一方,目玉状組織は{111}<112>方位を有しており,内部には変形双晶の発達が確認できる.Figs. 2(a)および(c)は板材の広い範囲を測定した結果であり,Figs. 2(b)および(d)は,目玉状組織に注目した測定結果である.広範囲の測定においては,N.D.(Normal Direction)の逆極点図中に{011}の集積が見られる(Fig. 2(c)).しかしながら,Fig. 2(d)においては,{011}集積は減少し,{111}の集積がみられる.したがって,目玉状組織が組織中に高密度に分散すれば,{011}集合組織発達が抑制されるといえる.目玉状組織内部の変形双晶の結晶方位は,R.D.//<112>あるいはR.D.//<011>で板面方位が(Normal Direction)N.D.//<111>となることが,渡邊らによって確認・報告されている15.また,黄銅でも圧延率40%~80%で{111}集合組織が発達することが,森井らによって報告されている17

Fig. 2

EBSD images and the corresponding invers pole figures of 90% cold-rolled SUS316LN with added 1.53 Mn. (b) is the imposed image of the area of eye-shaped domain in (a). Red line indicates twin boundary. (c) and (d) are the corresponding invers pole figures of the areas (a) and (b) with maximum intensities, respectively. R.D. and N.D. indicate rolling and normal directions. While observation was carried out from transverse direction, color mapping was changed to that from N.D.

冷間圧延組織をTEM観察した結果をFig. 34 に示す.特徴的な”目玉状”組織は,Fig. 3 に示したように,内部は超微細な変形双晶によって構成され,その周囲はせん断帯によって囲まれ,それらが圧延ラメラ状組織に埋め込まれた様な形で圧延板材内部に分散している13.目玉状組織内部の変形双晶の平均間隔は約 37 nm,せん断帯幅は約 90 nm,圧延ラメラ状組織の幅は約 30 nmであった.さらに,Fig. 4 のように,一部のラメラ状組織内部においては,より微細な変形双晶が観察された.すなわち,本強圧延SUS316LNは,全て変形誘起の超微細な組織によって形成された,典型的なヘテロナノ構造を持つことが分かる13.目玉状組織の視野約 8000 μm2での平均サイズはおおよそ 1 μm程度以下であるが,一部に,5 μm程度と大きなものも観察された.同様の目玉状組織は強圧延Cu-Be合金等でも報告されている10.後で詳しく検討するが,SUS316L強圧延材でも類似の菱形状の領域が観察された報告がある18.しかし,その菱形領域のサイズは極めて大きく,さらに数密度や面積率は著しく低かったことから,本研究で得られた組織とは本質的には異なるか,生成の途中段階であると考える.

Fig. 3

Typical microstructure developed in the 92% cold-rolled SUS316LN stainless steel. “Eye-shaped” twin domain is surrounded by shear bands, and is further embedded in the lamellar structure.

Fig. 4

(a) Mechanical twins partially formed in the thin lamellar structure. (b) Corresponding selected-area diffraction pattern to (a).

3.2 引張試験

SUS316LN冷間圧延材をR.D.またはT.D.に室温で引張試験を行い,得られた応力-ひずみ曲線をFig. 5 に示す.R.D.の引張試験では,降伏強度が 1.37 GPa,最大引張強度(Ultimate tensile strength/UTS)が 1.47 GPa,塑性伸び10.5%が得られた.また,T.D.では,降伏強度 1.59 GPa,UTS 1.81 GPa,塑性伸び9.8%となった.後述のSPD材との強度比較のために均一伸びを仮定して便宜的に真応力に換算すると,R.D.では降伏強度 1.43 GPa,UTS 1.57 GPa,T.D.では降伏強度 1.62 GPa,UTS 1.95 GPaとなる.92%単純強圧延材は,強度と塑性伸びの優れたバランスを示した.また,引張強度は強い異方性を示し,T.D.の強度がR.D.と比較して高くなった.これは,圧延によって形成された内部組織の異方性(Figs. 2, 3)と深く関係していると考えられる.すなわち,R.D.へ長く伸びたラメラ状組織の粒界間隔はT.D.と比較して幅広いため,転位の自由行程が長い.それがR.D.とT.D.の強度差をもたらしたと考えられる.弾性域の傾きの違いは,集合組織と結晶の異方性によってもたらされた弾性率の変化によると推察される19.ただし,試験機剛性の関係から,弾性域の傾きはヤング率を正確に反映しておらず,ご注意頂きたい.

Fig. 5

Nominal stress vs. nominal strain curves of the 92% cold-rolled SUS316LN stainless steel obtained by tensile tests along rolling direction (R.D.) and transvers direction (T.D.).

本研究で達成された単純強圧延材の機械的性質は,既に報告されているSPD法によって得られる超微細粒材のそれに匹敵する.例えば,NakaoとMiuraは,77 Kと 300 KでSUS316LにMDFを施し,多重変形双晶による粗大粒分割によって 10 nm程度の超々微細粒組織を得ている.この超々微細粒SUS316Lにおいて,それぞれ真応力で 2.2 GPa,2.0 GPaの引張強度を達成した6.77 Kでのより高い強度は,低温での加工のため変形双晶がより発生しやすかったことによる.これらMDFによって達成された強度は,本研究の92%強圧延材のR.D.の引張強度よりは高く,T.D.の引張強度に近かった.本研究の単純強圧延では,等方的な機械的性質を得られるMDF材よりわずかに塑性伸びが小さいものの,ほぼ同等の機械的性質が達成されることが示された.

このような単純強圧延による組織微細化と高強度化に関する研究は,数は少ないものの報告例がある.Donadille et al.は,初期粒径 100 μmのSUS316Lを最大90%まで強圧延し,内部にラメラ状組織と変形双晶集合体の“菱形領域”によって構成された微細組織が発達し,菱形領域周囲にはせん断帯が存在することを報告している18.彼らは,その圧延材を 1073 K以上の高温で焼鈍し,再結晶挙動も調査した.しかし,彼らの観察した変形双晶の菱形領域サイズは最小でも数μm以上で,本研究で観察された“目玉状組織”の平均サイズ約 1 μmよりも大きく,数密度は極めて低い.菱形領域と目玉状組織は同質の構造と考えられるが,本研究の目玉状組織は微細化過程で,せん断帯の導入によってその形態が変化した可能性が高い.このことは3.3節で示すように,ヘテロナノ組織形成後のさらなる変形により,目玉状組織がせん断帯により分断されることからも支持される.ただし,初期粒径の違いがこれらの組織形成に影響している可能性もある.目玉状組織の数密度の強度上昇に対する寄与は大きく,目玉状組織の体積率の増加によって強度が3.5倍まで上昇することがヘテロナノ構造を考慮した結晶塑性FEM解析の結果から見積もられている20.したがって,本研究で達成された 1.5 GPa程度以上の高強度は,微細で高密度な目玉状組織によってもたらされたと考えられ,Donadille et al.の観察した組織とは本質的には異なると考える.Yan et al.もSUS316Lを高速変形(dynamic plastic deformation)させると,超微細変形双晶の集合体組織が発現し,引張強度が 1.4 GPaに達することを報告している21.しかし,この場合も変形双晶の集合体組織は,本研究の目玉状組織に比べて粗大で,数密度が低く,従って達成強度が低くなったと考えられる.さらに,Tagashira et al.はパーライト鋼の95%強圧延と 523 Kでの時効によって,引張強度 2.5 GPaを達成した22.この強圧延材は本質的にはフェライト/セメンタイト複合材と見なすことが可能で,この高強度化は繊維状に分散されたセメンタイトの強度に依るところが大きい.

ラメラ間隔やセルサイズが 100 nm以下となると,塑性変形の抵抗が転位と粒界の相互作用,いわゆるホール-ペッチ則によっては記述できなくなる23.しかし,亜・低角粒界からなるラメラも一般粒界と同様に強度σに寄与し,その場合のラメラ幅低減に伴う強度上昇はラメラ間隔Lを用いて,下記の様に示される23.   

σ L -1 (1)
例えば,SUS310Sステンレス鋼の70%強圧延によって得られたラメラ状組織間隔は 100 nm~500 nm24であり,ARB法ではIF鋼板材の平均粒径 200 nm4が報告されている.さらに,Mn鋼のECAPによる平均粒径約 0.5 μm5が達成されたとの報告もある.本研究で得られた目玉状内部の変形双晶間隔は約37 nm,圧延ラメラ状組織幅の約 30 nmは,上述の研究例と比べてさらに一桁程度細かく,これにより強度が上昇したことが式(1)から容易に理解できる.実際,Aoyagi et al.は,ヘテロナノ組織を有するステンレス鋼の機械的性質の異方性について検討するために,転位挙動を考慮した結晶塑性モデルを構築してシミュレーションを行った20.Aoyagi et al.が提案した結晶塑性モデルでは,転位源からの転位の放出および粒界における転位の蓄積・通過といった現象を表現するために,転位源密度,可動転位密度および粒界方位差の情報を流れ応力のモデルに導入してナノオーダの領域での流れ応力の変化を表現している.シミュレーションでは,ヘテロナノ組織の結晶方位情報を反映させ,双晶の体積分率を変えた複数の解析モデルに対してFEM解析を行い,本報で対象としている程度の双晶体積分率では引張強度がR.D.よりT.D.の方が高くなることを導き出した.さらに,圧延によってパンケーキ状に延びた組織中の機械的性質の異方性は,1.4倍との計算報告がある25.T.D.の引張強度が高くなる要因については,組織異方性とそれによる転位移動のための自由行程と関係すると推察されているが,詳細は今後の検討課題である.

3.3 集合組織と延性

オーステナイト系ステンレス鋼の圧延集合組織は圧下率上昇に従って明瞭に発達するようになり,一般的に{011}<112>の主方位が現れるとされる26.しかし,Fig. 2 で示したように,SUS316LN改ステンレス鋼(Mn量1.53%)の90%圧延材では{011}集合組織は発達したものの,最大集積度は3.1と低かった.圧延プロセス中の集合組織変化をEBSDにより測定した結果をFig. 6 に示す.圧延率50%では圧延面に強い{011}集合組織が発達しているが,80%圧延では{111}集合組織が強くなり,相対的に{011}集合組織が弱まっている.さらに90%まで圧延すると再び圧延面に{011}集合組織の集積が強まる.しかしながら,この結果は圧延率が増加したことによりEBSD解析結果のイメージクオリティが低下したことも影響していると考えられ,実際,圧下率が高くなるとFig. 2 に示すように指数付けができずに結晶方位を識別できない黒い領域が多くなる結果となった.通常,圧延集合組織の発達によって,塑性加工性は低下する.しかし,SUS316LN強圧延材では,ヘテロナノ組織の発達により{011}<112>の発達が抑制された.引張試験で観察された強圧延後の比較的良好な延性は,この集合組織発達の抑制とも関係していると考える.

Fig. 6

Change in the (111) inverse pole figures depending on reduction ratio by cold rolling of a SUS316LN stainless steel. Please note that measurement was carried out by means of EBSD, therefore, only limited crystal information would be detected.

引張試験後の破断部近傍の微視組織を観察すると,目玉状組織を分断するせん断帯の発達が頻繁に観察された(Fig. 7).また,渡邊らによると,ヘテロナノ組織を有するステンレス鋼の 77 K引張試験では50%以上の塑性伸びが発現し,それは応力ひずみ線図から変形双晶誘起による延性と判断された27.すなわち,ヘテロナノ組織の良好な延性は,上述の集合組織の影響の他,せん断帯誘起による変形と変形双晶誘起塑性の複合的な効果によってもたらされていると判じることができる.

Fig. 7

Sear banding to subdivide eye-shaped twin domain during tensile test.

しかし,ヘテロナノ組織に関する研究は始まったばかりで,未解明な部分が多い.今後,機械的性質や塑性加工性についての詳細な研究が必要である.

4. まとめ

(1) SUS316LNオーステナイト系ステンレス鋼の92%単純強圧延によって,圧延ラメラ,変形双晶,マイクロバンド等が複雑に発達したヘテロナノ構造が得られた.特に特徴的な組織形態として,ラメラ状組織中にせん断帯に囲まれた変形双晶集合体の“目玉状組織”が,圧延板材内部に高密度に分散された.

(2) 冷間強圧延SUS316LN安定オーステナイト鋼の機械的性質は強い異方性を有するものの,多軸鍛造材とほぼ同等の強度を示した.すなわち,圧延方向の引張試験では,降伏強度 1.43 GPa,最大引張強度 1.57 GPa,塑性伸び10.5%が,圧延方向に垂直な方向では,降伏強度 1.62 GPa,最大引張強度 1.95 GPa,塑性伸び9.8%がそれぞれ達成された.

(3) 高強度と良延性の優れた機械的性質のバランスは,超微細なラメラ状組織と目玉状組織による圧延集合組織発達の抑制,さらにせん断帯誘起による変形と双晶変形誘起塑性の複合的な効果によってもたらされたと判断された.

謝辞

本研究の一部は,科学技術振興機構(JST)による産学共創基礎基盤研究「革新的構造用金属材料創製を目指したヘテロ構造制御に基づく新指導原理の構築」の支援を受けて行われたものである.また,試料は新日鐵住金(株)より頂戴した.ここに記し感謝致します.

引用文献
 
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