日本金属学会誌
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特集「先進エネルギープラント用高温耐食材料の高温酸化機構と試験・評価方法の新展開」
汎用18Cr-8Niステンレス鋼の水蒸気酸化によって形成する内層スケールの微細構造における顕微オージェ分光分析
南口 誠牛膓 彰
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2017 年 81 巻 9 号 p. 435-440

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抄録

High-temperature steam oxidation causes accelerated oxidation damages for stainless steel tubes in boilers. A duplex oxide scale made of the outer scale of mainly Fe3O4, and the inner scale of mainly (Fe, Cr)3O4, was formed on stainless steels in steam oxidation conditions. In this study, microstructure of the inner scale in the oxide scale formed by stream oxidation of 18Cr-8Ni stainless steel was analyzed by using the Auger electron spectroscopy. The inner scale consisted of three areas: Area I made of Cr2O3 on the inner scale/ alloy interface, Area II made of (Fe, Cr)3O4 neighbor with Area I, and Area III consisted of (Fe, Cr)3O4 matrix with dispersed Ni nano-particles. Continuity of Cr2O3 scale. Area I, was sometimes lost, resulting in the formation of the interface between (Fe, Cr)3O4 and the stainless steel. Graphite is sometimes detected in only Area I, not in Area II and III, even after Ar sputtering for a long time. The existence of graphite is the evidence of permeation of CH4 gas into the scale/ alloy interface. Formation of fine Ni in Area III can be also explained with gas penetration through the cracks and post-healing of the outer scale.

1. 緒言

耐熱鋼の水蒸気酸化は,ボイラーなどにおいて古くから問題になっている1,2.特に最近では先進超々臨界圧火力発電(A-USC)の過熱器やメタンガスの水蒸気改質水素製造装置など,水蒸気が関与する高温腐食環境がエネルギー分野で注目されている.ステンレス鋼における水蒸気酸化の特徴は,Fe3O4を主相とする外層スケールと(Fe, Cr)3O4を主相とする内層スケールからなる二層構造を呈する酸化スケールが形成すること,内層スケール/外層スケール界面ではく離が起きることなどが挙げられている1,2,3,4,5,6,7,8.一方,大気中ではCr2O3などによる高い保護性が期待される鋼材でも水蒸気含有雰囲気では著しく酸化することがある.そのため,水蒸気がCr2O3や(Fe, Cr)3O4などからなる保護性酸化スケールに与える影響やその成長機構は盛んに研究されている.Cr成分の蒸発9,10,11やマイクロクラックの形成3,12,13など,多くの議論がなされているが,充分に解明されているとは言えない状況である.

ステンレス鋼の水蒸気酸化における酸化スケールの成長機構を議論するためにはその酸化スケール中の生成相の関係を明らかにする必要がある.ここでは,汎用18Cr-8Niステンレス鋼SUS304を800°Cで水蒸気酸化した内層スケールをそのターゲットとした.水蒸気酸化は比較的低い温度で進行するため,非平衡的な化学反応を伴う可能性がある.加えて,酸化スケールの構造が極めて微細であり,相の同定が正確になされていないことが多い.このような場合,透過型電子顕微鏡が利用されるが,本研究では顕微オージェ電子分光を適用し,オージェ電子スペクトルから相の同定を行うこととした.顕微オージェ電子分光法では,いくつかの標準試料を用いて,各元素のオージェ電子信号におけるピーク形状やピークシフトを比較検討することで相同定を行うことが可能である14.また,空間分解能が高く,透過型電子顕微鏡に比べれば試料準備も容易なため,本研究の目的に適切な分析手法と考えた.

2. 実験方法

試料は厚さ 1 mmの市販SUS304板を 15 mm×10 mmに切り出した後,900°Cで 12 hの真空アニールを施した.その後,表面を#2000まで研摩し,0.3 μmのアルミナペーストを用いてバフ研摩を行い,試料とした.酸化装置はFig. 1 に示すような加湿が可能な雰囲気制御装置を用い,800°Cで 12 hおよび 14 d間の酸化処理を行った.雰囲気はArないしAr-10%CH4ガスを用いてH2O分圧が 0.1 atmになるように加湿装置を調整した.ガス流量は室温で 100 ml/minとした.加湿器から電気炉までの配管はリボンヒーターで結露しないように加熱した.Ar-10%CH4に加湿した場合,水蒸気-メタン比は1.1となる.この場合,触媒を用いないと水蒸気改質反応はほとんど起きない.そのため,水蒸気はほぼそのまま試料に供給され,試料の酸化挙動は水蒸気酸化と同様になることが確認されている15

Fig. 1

Experimental apparatus.

酸化した試料は酸化スケール構造や厚さを観察するためにダイヤモンドカッターで切断後に研摩した断面のほかに,試料に切り込みを入れて引張破断することにより得られる酸化スケール破断面を用意した.

その試料に対して,走査型電子顕微鏡(SEM),電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA),走査型オージェ電子顕微鏡(SAM)を用いて組織観察を行った.オージェ電子分光(AES)による相同定において,FeとCrはSUS304をNiは純Ni板を標準試料として用いた.NiOは,純Niを1000°C,12 h,大気中で形成した酸化スケールを用いた.黒鉛は市販バルク材を,Cr2O3や炭化クロム(主としてCr3C2)はそれらの市販粉末をパルス通電焼結法で固化した焼結体を標準試料として用いた.Fe-Crスピネルは,Sunder MurtiとSeshadriの方法15.5を参考に合成したFeCr2O4粉末を1300°C,12 h,Ar気流中で焼結して使用した.SAMは加速電圧 10 kV,試料電流 1 nA,スポット径 10 nmで観察した.オージェ電子スペクトルを得るため,観察する研摩面はスペクトルに大きな変化がなくなるまでArスパッタリングを繰り返し行った.その洗浄時間はおおむね 20 min以上であった.酸化スケールの相同定はX線回折(XRD)を用いて行った.

3. 実験結果および考察

Fig. 2 に 12 h間酸化したSUS304の断面SEM像を示す.典型的な水蒸気酸化による二相構造を示していることがわかる.また,内層スケールでは合金/内層スケール界面近傍にCrが濃化した部分(濃いグレーの部分:DG)があり,内層中央にFeとCr,NiとOからなる部分(やや薄いグレー部分,LG)がある.この結果をCH4含有水蒸気雰囲気での試験結果としてすでに報告したもの15と比較して以下に記述する.

Fig. 2

Cross-sectional views SUS304 oxidized at 800°C for 12 h.

Fig. 3 はH2O-CH4混合雰囲気で酸化したSUS304の内層スケールの破断面を示す.(a)右図に示すように,内層スケールは3つの層からなっていることがわかる.地金(写真下方ならびに左方)に近いところから,領域I:やや白い層,領域II:濃いグレーの層,領域III:濃いグレーに微細な白い粒子が分散している領域となっている.(b)の元素マッピングが示すように,地金に近い領域Iと領域IIはNi濃度が低く,Cr濃度が比較的高い.しかしながら,EPMAの空間分解能を考えれば,それらの相を分析することは不可能である.

Fig. 3

SEM and elemental mapping of inner scale form H2O-CH4 formed at 800°C in H2O-CH4 gas mixture for 7 d.

Fig. 4 は 12 hおよび 7 d間の水蒸気酸化した試料のオージェ電子スペクトル(Arスパッタなし)を示す.存在するピークから,領域Iでは主としてCrとOに加え,わずかにFeが認められる.領域IIでは主としてFeとCr,O,わずかにNi,領域IIIではFe,Cr,NiとOが認められる.一方,CH4を含む雰囲気での結果(Arスパッタなし)をFig. 5 に示すが,それぞれの領域での元素構成に大きな差はない.なお,雰囲気や場所によらず,わずかにCのピークが認められることが多かった.

Fig. 4

Typical Auger spectra on inner scale formed at 800°C in steam for 7 d.

Fig. 5

Typical Auger spectra on inner scale formed at 800°C in H2O-CH4 gas mixture for 7 d.

CH4含有雰囲気で 7 d間腐食した試料の領域Iのスペクトルを,Cr2O3およびFe-Crスピネルの標準試料と比較した結果をFig. 6 に示す.矢印で示す部分のピーク形状はCr2O3の形状とよく一致している.EPMAとXRDの結果を合わせて,領域IはCr2O3であると考えられる.内層スケールの合金界面層にはCr2O3層が形成されることがわかる.このCr2O3層はおおむね連続的ではあるものの,Fig. 2 に示すように,局所的にその連続性が認められない部分がある.SUS304程度のCr量では水蒸気雰囲気中においてCr2O3層の連続性が維持できないといえる.

Fig. 6

Typical Auger spectra on Cr in Area I.

領域IIのオージェ電子スペクトラムについては,Fig. 4 および5より,Niがほとんど認められない.また,Cr2O3やFe-Crスピネルとの比較から 580 eV近傍のCrのピークがCr2O3や領域Iに比べて浅く,Fe-Crスピネルに近いことを考えると,Fe-Crスピネル層が形成していると考えられる.

Fig. 4 および5を見ると,領域IIIのFeとCr,Oのピークに関しては領域IIのそれらとよく似ている.しかしながら,領域IIIにはNiのピークが強く認められる.Fig. 7 に領域IIIにおけるNiのピークに関する分析結果を示す.標準試料である金属Ni,SUS304中にあるNiと標準NiO試料を比較すると,矢印で示す840から 850 eVにあるピークは金属NiやSUS304では明確に現れるが,一方,NiOでは明確なピーク形状になっていない.このような特徴から考えて,領域IIIのNiは金属Niと考えるのが妥当であろう.また,Fig. 3 に示すように,領域IIIは非常に細かい粒子を分散した構造になっている.母相は領域IIと同じ相であり,内層スケールの主相であるスピネル構造を有していることから,Fe-Crスピネルであろうと考えられる.すなわち,領域IIはFe-Crスピネルの単相,領域IIIはFe-Crスピネルに微細なNi粒子が分散した状況であると考えられる.

Fig. 7

Typical Auger spectra on Ni in Area III.

一方,各領域に認められたCは,CH4含有雰囲気で水蒸気酸化した場合以外はArスパッタを施すことにより除去できた.そのため,CH4含有雰囲気で形成したCr2O3層にのみ腐食に由来したCが含まれていたといえる.Fig. 8 に領域IにおけるCのオージェ電子スペクトラムの検討結果を示す.炭化クロムは260から 270 eVに凸ピークを有しているが,黒鉛はそのピークがない.このような結果から領域IのCr2O3中に含まれるCは黒鉛に類似したものと考えれる.なお,このようなCは本研究で5回の分析中に3回検出された.

Fig. 8

Typical Auger spectra on C in Area I.

これまでに述べた内層スケールの相同定結果に基づいた内層スケールの模式図をFig. 9 に示す.

Fig. 9

Schematic Illustration of Oxide Scale on Stainless steels formed with steam oxidation.

Youngら16によれば,ステンレス鋼の浸炭雰囲気ではCr2O3スケールの粒界に黒鉛状Cが検出された.また,Itoら17は,Fe-16Cr合金を800°C,CH4-H2O混合雰囲気中で腐食した場合,合金地金で炭化クロムの形成が認められることを報告している.このようにCH4含有水蒸気雰囲気ではCr2O3スケール中をCが拡散する可能性が示唆されている.しかし,Cが酸化スケール中を連続的に拡散すれば,領域IIやIIIにおいてもCの存在が認められるはずであるが,本研究ではそのような痕跡はなかった.一方,Schutzeらは水蒸気酸化中にはアコースティックエミッション信号が多数検出されることを報告している12.加えて,Maruyamaは酸化スケール直上の酸素ポテンシャル測定から,水蒸気酸化における酸化スケールの割れの形成を示唆する報告をしている13.Cr2O3スケールであっても水蒸気酸化中ではしばしば合金界面まで届くような割れが生じており,CH4が地金まで直接的に到達することがあると考えた方が自然であろう.このような酸化スケールの割れはかなり頻繁に起きているものの,黒鉛の形成は割れ周辺にのみに限定されるはずである.したがって,黒鉛はCr2O3スケール中に一様に存在することは考えづらい.本実験では5回の分析中に3回という頻度もこのような現象に起因するものと考えられる.このとき,CH4に由来するCが合金中のCrと反応して炭化クロムとなり,酸化された後にCr2O3スケール中に黒鉛として残存するのか,直接的に黒鉛としてCr2O3中で析出しているかは不明である.

このような状況では領域IIIの内層スケールで一時的に酸素分圧が高い雰囲気ガスが導入されるためにNiが酸化するが,再び,外層のFe3O4での割れが閉じられると内層スケールのFe-Crスピネル中でも酸素分圧が低下してNiが微細な金属粒子として析出するものと考えられる.

地金に到達するような割れが生じると,領域I直下の地金ではCr欠乏層が形成され,Cr2O3再生能は低下していると考えられる.したがって,Fig. 2 に示したように,しばしば,Cr2O3層の連続性が失われた領域が形成されると考えられる.

4. 結論

汎用18Cr-8Niステンレス鋼であるSUS304は800°Cでの水蒸気酸化において保護性を示すCr2O3スケールが安定に形成せず,Fe3O4を主成分とする外層と(Fe, Cr)3O4を主成分とする内層スケールからなる二相構造を呈する.本研究では,走査型オージェ電子顕微鏡を用いて詳細な組織観察を行い,この内層スケールの相関係を明らかにした.この結果,合金/内層スケール界面近傍の内層スケールには薄いCr2O3層があり,その連続性が保てない現象が明らかになった.そのCr2O3層の内側に(Fe, Cr)3O4単相領域があった.その内側にある(Fe, Cr)3O4からなる内層スケールの大部分には,金属Niの微細粒子が分散していることがわかった.

加えて,CH4を加えた水蒸気含有雰囲気では,Cr2O3層中のみに黒鉛が認められ,(Fe, Cr)3O4領域や微細なNi粒子が分散した(Fe, Cr)3O4領域にはCは認められなかった.この点から,CH4が合金/内層スケール界面まで,直接,到達している可能性が示唆された.このことは,酸化スケールはしばしば成長中にクラックが生じ,雰囲気ガスが合金/内層スケール界面まで到達しているものと推察される.その際,内層スケールであっても雰囲気ガスの導入により酸素分圧が高くなるため,Niが酸化され,(Fe, Cr, Ni)3O4が形成される可能性がある.しかし,外層スケールの保護性修復によって内層スケールの酸素分圧は直ちに低くなり,(Fe, Cr, Ni)3O4から金属Niが析出すると考えられる.

引用文献
 
© 2017 (公社)日本金属学会
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