2018 年 82 巻 12 号 p. 451-460
Microstructure and hardness of two-phase Ni3Al and Ni3V intermetallic alloy layers reinforced with VC, NbC and WC particles, which were clad by laser metal deposition on SUS304 steel, were studied, focusing on the effect of the charged carbide species. In VC and NbC composite layers, premature microstructure composed of Ni solid solution and Ni3Al phase was developed in as-clad layers while stable microstructure composed of the Ni3Al and Ni3V phases was developed in annealed one. Hardness level in the both composite layers was increased by annealing. In WC composite layer, microstructure composed of the Ni3Al and Ni3V phases was developed in as-clad layer while microstructure composed of Ni solid solution and Ni3Al phase was developed in annealed one. Hardness level in the WC composite layer was conversely decreased by annealing. The VC and NbC particles were relatively stable during cladding as well as annealing, resulting in unaffected matrix composition. The WC particles were unstable, resulting in degenerated matrix composition. The present work reveals that reinforcement of VC and NbC particles into the two-phase Ni3Al and Ni3V intermetallic alloy is favorable as cladding layer from the point of microstructural stability as well as mechanical property.
我々の研究グループではNi基金属間化合物をベースとした次世代型耐熱・耐摩耗材料の研究を行いNi基二重複相金属間化合物合金(Ni基超々合金)が開発された.本合金は,現行γ/γ’型Ni基超合金と類似した組織形態をとるが,立方体状の初析Ni3Al(L12)相とその間隙部(チャンネル)がNi3V(D022)相とNi3Al相の共析組織からなることを特徴とする1,2,3,4,5,6).二重複相組織は結晶整合性や相安定性が高いことから,優れた高温力学的特性を示す1,2,3,4,5,6).高温域では高温工具鋼や超硬合金の硬さを上回り高温耐摩耗材料としての高い潜在力が示唆されている7,8).これら知見に基づき,Ni基超々合金に関する用途の一つとして肉盛による部材作製が検討され,SUS304鋼基材へのレーザ肉盛がなされ,好ましい肉盛層の組織と硬さをもたらすプロセス条件が調査された9).その結果,良好な基材との密着性ならびに二重複相組織を保持する肉盛層が形成され,汎用溶製法によるバルク材を上回る硬さが示された10).しかし,二重複相組織だけでは中低温域における硬さが工具鋼や超硬合金よりも低いため,改善が望まれる.この対策として,硬質粒子と複合化された肉盛層が形成できれば広い温度域において高い耐摩耗性の実現が期待できる.
レーザ肉盛11)は従来法に比べて入熱が少ないために,基材成分による希釈の低減に加え,硬質粒子を完全に溶融させることなく複合材料皮膜12)を形成させることが可能である.それらの特徴を活かして,レーザ肉盛により硬質粒子を耐熱合金に分散させる研究が試行されてきたが13,14),金属間化合物に分散させる研究は,Ni3AlにCr7C3炭化物15)あるいは(Ni3Al+NiAl)複相金属間化合物にTiC炭化物16)を分散させた研究例を除いて数少ない.本研究では,数種の炭化物粒子をNi基超々合金中に分散させた肉盛層の組織と硬さを調査し,組織安定性と高い硬さレベルを発現する炭化物種の探索を行うことを目的とした.肉盛層中に投入した炭化物は溶損が少なく,マトリックスとして振る舞うNi基超々合金と成分的相互作用が少なく,二重複相組織形成を阻害しない炭化物種が期待される.
本研究では,既報告の炭化物を含まないレーザ肉盛層9,10)と同成分(Table 1)のNi基超々合金アトマイズ粉末(粒径:125 μm以下)を用いた.本成分における添加元素Nbは二重複相組織を安定化させるのみならず本合金に固溶強化をもたらすことがわかっている6).分散炭化物粒子としてはVC粉末(粒径:75~150 μm),NbC粉末(粒径:125 μm以下),WC粉末(粒径:53~150 μm)の3種の炭化物を用いた.今回,炭化物粉末入手の制約により個々に粒子径,粒子分布ならびに形状が若干異なっていた.Table 2 には今回使用した各炭化物の諸特性を示す.一方,基材にはTable 1 に示す化学成分からなるSUS304(寸法:10×20×60 mm)を用いた.
Nominal chemical compositions of the Ni-base intermetallic alloy powder (at%) and substrate (mass%) used in this study.
Properties of laser clad materials used in this study.
本研究で使用したレーザ加工システムでは,Ni基超々合金粉末と炭化物粉末を二つの供給ユニットにそれぞれ投入し,ユニット内のディスク回転速度をおのおの一定にして,前者の粉末に関しては17.4 g・min-1,後者のVC粉末,Nb粉末,WC粉末に関しては,おのおの,9.6(0.152),12.0(0.114),20.4(0.104)g・min-1(mol・min-1)の供給量で同時に供給した.肉盛用粉末の送給のためのキャリアガスならびにシールドガスにはArガスを用いた.ワークディスタンスは 20 mmとし,粉末の収束位置とレーザ光の焦点位置を基材表面に一致するようセットした.レーザ光の波長は 940 nm,レーザ出力を 1.6 kWに固定し,ビームスポット形状はビームホモジナイザーを用いることにより,焦点位置において1辺が 5 mmの正方形とした.今回の実験では,肉盛ヘッドの移動速度を 5 mm・s-1に固定し,単層ビードによる肉盛形成実験を行った.ビード幅は約 5 mm,ビード高さは約 2 mm,ビード長さは約 50 mmであった.
2.2 肉盛層の組織観察と硬さ試験各種観察と測定は,注記しない限り肉盛層の走査方向に対し垂直面に切断した厚さ約1 mmの試料を用いて行った.諸観察は肉盛ままの試料と高温真空雰囲気中で1553 Kで5 h保持した後 10 K・min-1の速度で冷却した2種類の試料に関して行った.
上記試料をエメリー紙を用いて湿式研磨した後アルミナ懸濁液を用いてバフ研磨を施した.さらに,これら試料を約 263~253 Kに冷却したCH3OHとH2SO4が85:15からなる電解研磨溶液中で,20-30 Vの条件下で電解研磨した.この試料を電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM: JSM-7001F)(加速電圧 15 kV)を用いた観察に供した.組織中の元素分析は波長分散分析装置を装備する電子線マイクロアナライザ(EPMA: JXA-8530F)を用いて加速電圧 15 kVで行った.
組織観察および構造解析は透過型電子顕微鏡(TEM: JEM-2000FX)でも行った.透過型電子顕微鏡(TEM)観察用試料は,まず放電加工機を用いて肉盛層から直径約 3 mmの円筒状試料を切り出した後エメリー研磨を施したものを用いた.その後,ツインジェット法により上記電解研磨液中で開孔した後に,Arイオンミリングにより 3.7 keV程度の低加速電圧下で薄膜試料を仕上げた.
肉盛層の硬さをマイクロビッカース試験とマクロビッカース試験により評価した.前者の試験は肉盛層中のマトリックスの硬さを測定するために室温で行った.ここでは,荷重 0.1 kg,保持時間 10 sの条件で行い,肉盛層中央の頂点から基材へ向かって数百μm間隔で測定を行い肉盛層中の硬さプロフィールを描いた.後者の硬さ試験は炭化物を含む肉盛層全体の硬さを評価するために,ベークライト樹脂に埋め込みした試料に必要な研磨を施した後,室温で荷重 50 kg,保持時間 10 sの条件で行った.
さらに,室温から 1073 Kまでの高温マクロ硬さ試験をAVK-HF(明石製)を用いて行った.基材面と平行になるように研削した肉盛層に,荷重 10 kg,保持時間 30 sの条件で行った.
ビードの外観写真と断面マクロ写真をFig. 1 に示す.VC,NbC,WC粉末を複合化させたいずれの肉盛層も外観不良は見られなかった.また,肉盛層内部に明瞭な割れやボイド等の欠陥も見られなかった.投入炭化物粒子の大部分は溶融せずに複合化されていた.VCおよびNbC炭化物粒子は肉盛層中で約35%の体積率を示し均一に分散していた.しかし,WC炭化物粒子は基材面近くに多く偏在し離れるにしたがい少なくなる傾向を示し不均一であった.肉盛層全体で平均すると約30%の体積率を示していた.
(a, b, c) Appearances and (d, e, f) macrographs of the (a, d) VC, (b, e) NbC and (c, f) WC composite layers.
それぞれの複合肉盛層に関するSEM二次電子線像(SEI)組織をFig. 2, Fig. 3, Fig. 4 に示す.いずれの複合肉盛層においても,低倍率で観察した肉盛ままの肉盛層では投入(未溶解)炭化物に加えて再晶出により生じたと思われるデンドライト状(花弁状)炭化物が観察された.低倍率で観察したマトリックスでは濃淡のある組織として,高倍率では特徴のない組織として観察された.熱処理を施した複合肉盛層では,再晶出した炭化物は粗大化と粒状化の傾向が観察された.マトリックスでは炭化物以外の第2相は消失し,いずれも二重複相組織を示唆する矩形状初析Ni3Al相とチャンネル部からなる組織が形成されていた.VCおよびNbC複合肉盛層マトリックスではこれら二重複相組織が一面に一様に形成されていた.今回観察した初析Ni3Al相サイズは,炭化物と複合化していない肉盛層を 1553 K-5 hで熱処理した試料で測定されたサイズ(約 200-500 nm)に近く9,10),溶製材で形成されたそれらのサイズ(約 0.5-1 μm1,2,3,4,5,6))より小さいことがわかる.一方,WC複合肉盛層では,肉盛層上部では立方体状の初析Ni3Al相が観察されたのに対し,WC粒子が多く存在する中央部から下部では丸みを帯びた初析Ni3Al相が観察された.Ni3Al相の形状は,マトリックスと整合する粒子同士の弾性相互作用エネルギーが支配するとき立方体形状を示し,界面エネルギーが支配するとき丸みを帯びたものになるといわれている.精緻な格子定数等の測定により粒子形状の違いを明らかにする必要がある.
Microstructures of the VC composite layers that were (a, b) as-clad and (c, d) annealed at 1553 K for 5 h. (a, c) and (b, d) were taken at low and high magnifications, respectively. Dispersions marked by arrow are suggested to be carbides recrystallized from liquid.
Microstructures of the NbC composite layers that were (a, b) as-clad and (c, d) annealed at 1553 K for 5 h. (a, c) and (b, d) were taken at low and high magnifications, respectively. Dispersions marked by arrow are suggested to be carbides recrystallized from liquid.
Microstructures of the WC composite layers that were (a, b) as-clad and (c, d, e, f) annealed at 1553 K for 5 h. (c, d) upper area and (e, f) middle and bottom areas. (a, c, e) and (b, d, f) were taken at low and high magnifications, respectively. Dispersions marked by arrow are suggested to be carbides recrystallized from liquid.
肉盛層組織のEPMA元素分析が行なわれた.Fig. 5 とFig. 6 には,おのおの,各複合肉盛層のマトリックス組織と未溶解炭化物粒子に関する元素分布を示す.また,Table 3 にはマトリックスと再晶出炭化物に関する定量元素分析結果を示す.これらは複数個所から測定した値の平均値である.まず,マトリックスの元素分布についてみれば,代表例として,VC複合肉盛層(Fig. 5(a))に示されるように,いずれの肉盛ままの複合肉盛層でも明瞭に異なる組成差からなる領域が観察されず,複数の相があっても極めて組成差が小さいことが示唆される.ここで,NbC複合肉盛層のSEM像に見えている組織(Fig. 3(b))はEPMA(組成像)からは識別できなかった.熱処理を施した肉盛層についてみると(Fig. 5(b), (c), (d)),いずれの肉盛層も矩形状あるいは粒形状のAl-richな領域とその間をチャンネル状に存在するV-richな領域からなる組織すなわち二重複相組織に対応する元素分布が観察され,先の高倍率SEM組織と符合する.一方,定量分析値(Table 3)から,VC複合肉盛層では,V濃度が 13 at%を上回り,過剰なVは投入VC炭化物の分解により供給されていることが分かる.Nb濃度は 3 at%から 1.1~2.0 at%に減少しVC炭化物に取り込まれていることが示唆される.NbC複合肉盛層では,V濃度は若干減少するもののNb濃度の変動は少ない.WC複合肉盛層では,V濃度が 13 at%から 9 at%程度まで減少し,特に肉盛層下部では熱処理を施すことによりさらに約 3.7 at%まで減少しWC炭化物に取り込まれていることが示唆される.また,2.9~3.7 at%のW濃度が測定され,それらはWC炭化物の分解により供給されていることが示唆される.Nb濃度は 0.4~2.4 at%に減少しNbがWC炭化物に取り込まれていることが示唆される.
Elemental mapping on the matrices in the (a) as-clad and (b, c, d) annealed (a, b) VC, (c) NbC and (d) WC composite layers.
Elemental mapping on the undissolved carbide dispersions in the (a, b, c) as-clad and (d) annealed (a) VC, (b) NbC and (c, d) WC composite layers.
Average chemical compositions (at%) of the matrices and recrystallized carbide dispersions for the (a) as-clad and (b) annealed composite layers.
基材成分であるFeに着目すると,VCおよびNbC複合肉盛層のマトリックス中に約 2.8~5.1 at%,WC複合肉盛層中にはそれらより少なく,肉盛層中下部で 1.1~2.5 at%,上部で 0.7~1.0 at%含まれていた.これらFe濃度勾配は下部に高密度に存在するWC炭化物によりFeの長距離希釈が妨げられたためと推測される.基材由来のFe,Crならびに炭化物由来のWは二重複相組織中のチャンネルに濃化する特徴が観察された.これら元素分布の振る舞いは各種添加元素の分配挙動に関する先行研究結果と一致する17).
次に,再晶出炭化物に関するEPMA結果をみる(Table 3).VC複合肉盛層では,約 6 at%のNbを固溶するMC複炭化物が観察され,NbC複合肉盛では,約 9 at%のVを固溶するMC複炭化物が観察された.これらの特徴は熱処理を施した肉盛層でも変わることはなかった.一方,WC複合肉盛層では,MC複炭化物では比較的多量のV, Nbが濃化していることがTable 3 のみならずFig. 5(d)の元素分布においても明示された.この場合,主要なM元素はWでなくVであったことは興味深い.MC複炭化物の組成比(M:C)はいずれの場合も概ね1:1の化学量論組成が保たれていた.
投入炭化物とマトリックスとの反応をみてみると,VC炭化物粒子とマトリックス界面領域にはNbとVからなる針状もしくは塊状MC複炭化物層が肉盛ままで形成されていた(Fig. 6(a)).NbC炭化物粒子とマトリックス界面領域には明らかな反応生成物(層)が観察されずあっても薄いMC複炭化物層であることがわかる(Fig. 6(b)).一方,WC複合肉盛層では,肉盛ままではWのかなりがVで置換された薄い塊状MC炭化物層が形成されることが元素分布図(Fig. 6(c)およびSEM組成像(COMP)(Fig. 7(a))からわかる.熱処理を施すと,新たにW, C, Niを主要構成元素とする中間層が成長することがFig. 6(d)およびFig. 7(b)からわかった.中間層は分析された組成比からW10Ni3C3.4(hP34: P63/mmc, a=0.7837 nm)相と同定される18).このように,投入WC炭化物は不安定でありマトリックスとの間に強い成分的相互作用が生じていた.
SEM -COMP images of the reacted layers formed in periphery of charged WC particles in the (a) as-clad and (b) annealed WC composite layers.
各複合肉盛層中のマトリックスに関するTEM観察を行った.肉盛りままと熱処理を施した試料の明視野(BF)像と制限視野電子回折図形(SADP)を,おのおの,Fig. 8 とFig. 9 に示す.肉盛ままのVCおよびNbC複合肉盛層中のマトリックスでは,A1相(Ni固溶体)のみ(Fig. 8(b)およびFig. 8(d))とA1相とL12相(Ni3Al)からなる(Fig. 8(a)およびFig. 8(c))2つの領域が観察され組織形成が不均一かつ未成熟であった.一方,肉盛ままのWC複合肉盛層中のマトリックスでは,L12相とD022相からなる電子回折斑点が観察され共析分解まで進行していた(Fig. 8(e)).熱処理を施したVCおよびNbC複合肉盛層のマトリックスでは,L12相とD022相からなる電子回折斑点が得られている(Fig. 9(a)およびFig. 9(b))ことから二重複相組織が形成され,先のSEM組織やEPMAの結果と符合する.ところが,熱処理を施したWC複合肉盛層のマトリックス組織では,D022相は見られずA1相とL12相のみから構成されていた(Fig. 9(c)).
TEM BF images and corresponding SADPs of the matrix microstructures of the as-clad (a, b) VC, (c, d) NbC and (e) WC composite layers. The Ni solid solution phase is identified by the diffraction spots {200} and {220}, the Ni3Al phase by the diffraction spots {200}, {220}, {100} and {110}, and the Ni3V phase by the diffraction spots {200}, {220} and {1½0}.
TEM BF images and corresponding SADPs of the matrix microstructures of the annealed composite layers: (a) VC, (b) NbC and (c) WC composite layers. The Ni solid solution phase is identified by the diffraction spots {200} and {220}, the Ni3Al phase by the diffraction spots {200}, {220}, {100} and {110}, and the Ni3V phase by the diffraction spots {200}, {220} and {1½0}.
肉盛層のマトリックス組織のマイクロビッカース硬さ試験結果をFig. 10 に示す.ばらつきが大きいものの肉盛層中では硬さレベルはほぼ一定の値を示していた.熱処理を施すことでVCおよびNbC複合肉盛層では硬さが上昇した.一方,WC複合肉盛層においては熱処理後硬さが低下する傾向にあった.また,未溶解炭化物粒子を含む肉盛層全体の硬さを知るために行ったマクロビッカース硬さ試験では,熱処理を施したVC複合肉盛層ではHV588~650,NbC複合肉盛層ではHV572~663と同じような硬さを示したが,WC複合肉盛層ではHV518~570と前二者の複合肉盛層より低い硬さを示した.
Vickers hardness profiles in the (a) VC, (b) NbC and (c) WC composite layers.
熱処理を施したVC複合肉盛層の高温マクロビッカース硬さ試験の結果をほぼ同条件で作製した炭化物を含まない肉盛層の結果10)とともにFig. 11 に示す.二重複相組織が形成された肉盛層中にVC粒子を約 35 vol%分散させることにより全温度域でHV200以上の大幅な硬さの上昇が認められた.
Variation of Vickers hardness with temperature for the Ni-base intermetallic alloy and VC composite layers.
複合肉盛層中での炭化物粒子の分散が均一か不均一の違いは,Table 2 に示されるように,炭化物19)とNi基超々合金7)との比重差の違いにより生じていると考察する.比重差の小さいVCやNbC複合肉盛層では均一に分散するのに対し,比重差の大きいWC肉盛層では炭化物粒子が重力偏析によって下部から中央部に偏在したと考えられる.
肉盛ままのVCおよびNbC複合肉盛層中のマトリックスは,Ni固溶体相からなる領域もしくはNi3Al相とNi固溶体相の2相からなる非平衡(未成熟)組織から形成されていた.この結果に関して2つの要因が挙げられる.まず一つ目には,レーザ照射後の急冷効果である.レーザ加工条件や使用材料が異なるが,例えば,コルモロイ6を肉盛層として用いた場合の冷却速度はおおよそ 3045 K・s-1と報告されている20).そのような急速冷却下ではNi3Al相とNi3V相への相分解が抑制され,高温相であるNi固溶体相の残存を招く.二つ目には,基材からのFeやCrの混入(希釈)による効果である.過去のNi基超々合金の肉盛層の組織形成に関する研究では10),FeおよびCrはNi固溶体相を安定化させることが報告されている.
肉盛ままのWC複合肉盛層のマトリックスはNi3Al相とNi3V相から構成される組織であることが判明した.先の2つの複合肉盛層との違いは炭化物種の熱容量による影響を受ける冷却速度の違いに求められる.炭化物種の受け取る熱容量は,Table 2 に示す各炭化物の比熱21)と炭化物投入量から,WC(6.04×10-4 kJ・K-1)<NbC(7.03×10-4 kJ・K-1)<VC(7.88×10-4 kJ・K-1)と見積もられ,WCが最も小さいことが分かる.したがって,投入炭化物に奪われる熱量はWCで最も小さく,他の複合肉盛層に比べて大きな余熱により基材温度が上昇するため,凝固時の冷却速度が緩慢になり2つの金属間化合物への分解が容易に進行したと考えられる.
熱処理後のVCおよびNbC複合肉盛層のマトリックスにおいては,未成熟な組織からNi3Al相とNi3V相から構成される二重複相組織に変化していた.その際,両炭化物の安定性が比較的高いため,マトリックスの組成変動が小さかった要因も挙げられる.一方,WC複合肉盛層では,マトリックス中のV濃度が大きく減少するために,肉盛ままで形成されたNi3V相がNi固溶体相へと(逆)変態してしまったと考えられる.
熱処理前後の複合肉盛層マトリックスのビッカース硬さ変化もこれら構成相の変化により説明できる.熱処理によりNi固溶体から相分解が進行するVCおよびNbC複合肉盛層では硬さが上昇し,二重複相組織を構成する2つの金属間化合物相からNi固溶体相へ(逆)変態するWC複合肉盛層では硬さが低下したと説明できる.
本研究における諸観察より,投入炭化物種のNi基超々合金マトリックスにおける安定性はNbC>VC>>WCの順に低くなることが明らかにされた.これらの順位はTable 2 に示されるように,炭化物の形成エネルギ-22)に強い相関があることが分かる.3種の炭化物の内,最も小さな形成エネルギーを有するWCは最も不安定であり,成分的にはMC複炭化物に変化するのみならずマトリックスの組成をも変動させ,結果的に,マトリックスの組織までも変化させてしまった.未溶解炭化物とマトリックス界面で生じたMC炭化物は晒される温度と時間に応じてそれらの組成あるいは結晶構造も大きく変化することをWC炭化物で観察した.一方,再晶出MC炭化物は,晶出時には状態図に従った平衡相であろうと考えられるが,冷却にともない平衡組成から偏寄している可能性が高い.これら炭化物種のNi基超々合金マトリックスにおける安定・不安定性は状態図的安定・不安定あるいは分解の反応速度に支配あるいは副次的に影響されている可能性もある.それら研究集積により本研究で観察した炭化物種の安定・不安定性の正しい理解が進むものと思われる.
本研究結果から,Ni基超々合金肉盛層に分散させる炭化物種としてWCは好ましくない.また,二重複相組織形成には後熱処理(post annealing)が必要であることがわかった.実用的視点からは,肉盛ままで二重複相組織が形成されるレーザ加工条件や合金成分の検討が求められる.
本研究では,レーザメタルデポジション法により,SUS304基材上にVC,NbC,WCの3種の炭化物粒子をNi基超々合金中に分散させた肉盛層の組織と硬さを調査し,高い組織安定性と硬さレベルを発現する炭化物種の探索を行った.本研究で得られた結果を以下に示す.
(1) VCおよびNbC複合肉盛層では,肉盛ままではNi固溶体相のみとNi固溶体相とNi3Al相からなる2つの領域が観察され組織形成が未成熟であった.また,熱処理後にはNi3Al相とNi3V相から構成される二重複相組織が形成された.投入した炭化物粒子の組織的ならびに成分的安定性は比較的高かった.肉盛層マトリックスの硬さレベルは熱処理により上昇した.
(2) WC複合肉盛層では,肉盛ままではNi3Al相とNi3V相からなる二重複相組織が,熱処理後はNi3Al相とNi固溶体相からなる組織に変化した.投入した炭化物の組織的ならびに成分的安定性は低く,WC炭化物はVを主成分とするMC複炭化物に変質し,マトリックスの組成変動も大きかった.肉盛層マトリックスの硬さレベルは熱処理により低下した.
(3) 複合肉盛層の組織形成と硬さ特性は投入炭化物種の形成エネルギーに相関することが認められた.Ni基超々合金に分散する好ましい炭化物種として大きな形成エネルギーを有するNbCおよびVCが推奨される.