日本金属学会誌
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論文
照射下におけるFe-Cr-Al合金の微細組織変化
豊田 晃大 橋本 直幸
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2018 年 82 巻 5 号 p. 147-152

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抄録

Fe-Cr-Al ferritic steel is one of candidate structure materials for next-generation nuclear and fusion reactor due to its good corrosion resistance by alumina layer formed on surface. While, the effect of aluminum on microstructural evolution under neutron irradiation seems not to be clear. In this study, in-situ electron irradiation experiment was carried out for Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr in order to investigate the difference of damage evolution between with and without aluminum. Electron irradiation to Fe-12Cr-5Al resulted in less number density and larger size of dislocation loops compared with that in Fe-12Cr. This suggested that aluminum in matrix would have a strong interaction with vacancy, leading to more interstitial flow into dislocation loops.

1. 緒言

現在,軽水炉燃料棒の被覆管には,熱中性子の吸収反応断面積が小さいジルコニウム合金(ジルカロイ)が使用されているが,ジルカロイは約900°C以上で水蒸気と反応して水素を発生することが難点とされる.過渡条件化で水素爆発のような大事故を防ぐためには,高温の水蒸気環境下でも安定な材料が求められており,その候補材料の一つとしてFe-Cr-Al系フェライト鋼1,2,3,4,5,6,7が注目されている.Fe-Cr-Al系フェライト鋼は,オーステナイト系材料よりも耐照射性を有すること,Alが材料表面に酸化物を形成することで耐腐食性を有することに特徴がある.一方,Fe-Cr-Alフェライト鋼の耐照射性に関するデータは多くないのが現状であり,特に,原子炉の内部環境を模した条件下における材料評価は急務である.実際の原子炉を用いた照射実験は照射環境を完全に模擬することは難しいが,これらエネルギー粒子線を用いた模擬照射実験の利点として,温度や損傷量などの環境条件を比較的容易に制御可能な点が挙げられる.本研究では,Fe-Cr-Alフェライト鋼の耐照射性を評価するため,超高圧電子顕微鏡を用いた電子線照射その場観察実験と粒子加速器を用いたイオン照射実験を行った.本実験の着目点は,Fe-Cr-Alフェライト鋼中Alの照射損傷組織変化に及ぼす影響であり,実際の原子炉稼働環境を模した照射条件における転位ループ形成・成長挙動を精査した.

2. 実験方法

アーク溶解によりFe-12Cr-5AlおよびFe-12Crモデル合金を作製した.Table 1 にFe-12Cr-5Al試料の化学組成を示す.(Cr,Al:ICP発光分光分析法,Si:吸光光度法,C:高周波燃焼-赤外線吸収法,N:不活性ガス搬送融解-熱伝導度法,O:不活性ガス加熱融解-赤外線吸収法により測定)

Table 1

The chemical composition of Fe-12Cr-5Al model alloy. (mass%)

アーク溶解により作製した試料は,切り出し,圧延,打ち抜き,機械研磨により,厚さ 0.1 mm直径 3 mmΦのディスクに加工成形した.続いて,作製したディスク試料を800°Cで2時間溶体化処理を行った後,厚さ0.08mmまで機械研磨して表面酸化層を除去した.さらに,Struers社のTenupol-5を用いてTable 2 に示す条件で電解研磨を行い,照射実験用試料とした.

Table 2

Electropolishing conditions.

電子線照射その場観察実験には,北海道大学の超高圧電子顕微鏡(JEM-ARM-1300)を使用し,膜厚約200~300[nm]の領域で観察を行った.Table 3 にその照射実験条件を示す.また,母材から 3 mm×6 mm×0.5 mmの板状試料を切り出し,量子科学技術研究開発機構(QST)のイオン照射研究施設(TIARA)でのFeイオン,Heイオン同時照射実験に供した.イオン照射実験条件はTable 4 に示した.

Table 3

Electron beam irradiation conditions.

Table 4

Ion irradiation conditions.

3. 実験結果

3.1 電子線照射その場観察実験

Fig. 1 に,400°Cで2dpaまで電子線照射を行ったFe-12Cr-5AlとFe-12Crの典型的な損傷組織を示す.

Fig. 1

The typical irradiation damaged microstructure in Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr irradiated by electron beam at 400°C.

照射開始直後からFe-12Cr-5AlおよびFe-12Cr中に転位ループが観察されたが,その形成・成長挙動には明確な差異が見られた.Fig. 2 およびFig. 3 に,400°Cで電子線照射した際に形成した転位ループの平均直径と数密度の照射量依存性を示す.

Fig. 2

The change in average diameter of dislocation loops formed in Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr irradiated at 400°C.

Fig. 3

The change in number density of dislocation loops formed in Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr irradiated at 400°C.

Fig. 2 より,Fe-12Cr-5AlおよびFe-12Crともに転位ループ平均径の照射量依存性はほとんど観られなかったが,Fe-12Cr-5Al中の転位ループ平均径はFe-12Cr中の転位ループ平均径の2~4倍であり,顕著な転位ループの成長が見てとれる.一方,転位ループの数密度については明らかな照射量依存性が観られ,Fe-12Crの転位ループ数密度はFe-12Cr-5Alの数密度と比較しておよそ10倍高かった.Fig. 4 に,500°Cで 2 dpaまで電子線照射を行ったFe-12Cr-5AlおよびFe-12Crの損傷組織を示す.

Fig. 4

The typical irradiation damaged microstructure in Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr irradiated by electron beam at 500°C.

Fe-12Cr-5AlおよびFe-12Crともに,転位ループ平均径の照射量依存性が確認された.また,Fe-12Cr-5Alにおける転位ループの一部は成長して転位線へと変化した.TEMによる解析の結果,Fe-12Cr-5Al中に形成したループはその大部分が<111>型転位ループであり,一方,Fe-12Crでは<110>型転位ループも多く観察された.Fig. 5 およびFig. 6 に,500°Cで照射したFe-12Cr-5AlとFe-12Crに形成した転位ループ平均径および数密度の継時変化をそれぞれ示す.

Fig. 5

The change in average diameter of dislocation loops formed in Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr irradiated at 500°C.

Fig. 6

The change in number density of dislocation loops formed in Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr irradiated at 500°C.

Fig. 5 より,Fe-12Cr-5Al中に形成した転位ループの平均径は,1 dpaまで大きく増大しその後やや減少した.これは転位ループの一部が転位線へと変化したためであり,実際,500°C照射では,Fe-12Cr-5AlおよびFe-12Crともに転位ループのサイズが大幅に増大した.一方,転位ループ数密度には照射量依存性はほとんど観られなかった.Fig. 7 に,600°Cで 2 dpaまで電子線照射を行ったFe-12Cr-5AlおよびFe-12Crの損傷組織を示す.

Fig. 7

The typical irradiation damaged microstructure in Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr irradiated by electron beam at 600°C.

600°C照射では,400°Cおよび500°C照射と比較して転位ループの成長がほとんど観られなかった.600°Cで電子線照射したFe-12Cr-5AlおよびFe-12Cr中における転位ループ平均径と数密度の経時変化をFig. 8 およびFig. 9 に示す.

Fig. 8

The change in average diameter of dislocation loops formed in Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr irradiated at 600°C.

Fig. 9

The change in number density of dislocation loops formed in Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr irradiated at 600°C.

Fig. 8 から,Fe-12Cr-5AlおよびFe-12Cr中に形成した転位ループ平均径は,照射中ほとんど変化しないことが分かる.また,Fig. 9 より,Fe-12Cr-5Alでは転位ループの数密度に変化が観られないことから,600°Cでは早い段階で転位ループの成長が定常状態に達したと推察される.また,Fe-12Crでは照射量に伴い数密度の増加が観られるが,この増加は照射量とともに緩やかになった.

3.2 イオン照射実験

Fig. 10 およびFig. 11 に,電子線照射およびイオン照射したFe-12Cr-5Alの 1 dpaにおける典型的な損傷組織と照射によって形成した転位ループのサイズ分布を示す.

Fig. 10

The typical irradiation damaged microstructure in Fe-12Cr-5Al irradiated by electron beam and ion at 300°C under 1 dpa. (a) electron beam irradiation, (b) ion irradiation.

Fig. 11

Size distribution of dislocation loops in Fe-12Cr-5Al irradiated at 300°C to a dose of 1 dpa (a) electron beam irradiation, (b) ion irradiation.

1 dpaまで電子線照射したFe-12Cr-5Al中の転位ループ数密度およびサイズは,それぞれ2.1×1021[m-3]および10.8[nm]であった.一方,1 dpaまでイオン照射したFe-12Cr-5Al中の転位ループ数密度およびサイズは,それぞれ1.2×1022[m-3]および12.2[nm]であり,イオン照射したFe-12Cr-5Al中の転位ループサイズはほとんど変わらなかったのに対し,その数密度は電子線照射した場合と比較して一桁大きかった.本研究において,電子線照射実験に供した試料は薄膜試料であり,300°C以上における電子線照射実験では,生成した格子間原子と原子空孔が試料表面へと移動して消滅する表面効果が顕著となる.本研究での電子線照射実験は膜厚約200~300[nm]の領域で行われ,また,先行研究では,電子線照射実験における薄膜試料の表面効果は,300°Cでおよそ50[nm]程度とされている8.本実験では,電子線照射実験とイオン照射実験間において,転位ループ数密度に大きな差異が見られたが,損傷組織変化の照射温度および損傷量依存性についてはほぼ同様の傾向が観られたことから,電子線照射その場観察実験で得られた知見をもとに考察を進める.

4. 考察

Fe-12Cr-5AlとFe-12Crに対する電子線照射その場観察実験では,①低温域における転位ループ数密度の増加,②中温域における転位ループサイズの増加,③高温域において転位ループサイズおよび数密度が比較的早い段階で定常状態に達することの3点が示された.Fig. 12 に,各温度で 1 dpaまで照射したFe-12Cr-5AlおよびFe-12Crの損傷組織を示す.

Fig. 12

The irradiation damaged microstructure of Fe-12Cr-5Al and Fe-12Cr to a dose of 1 dpa at various temperatures.

Fig. 12 より,Fe-12Cr-5Alでは,400°Cと500°Cとの間で転位ループサイズに大きな変化がみられる.一方,Fe-12Crでは500°C近傍で転位ループの成長が顕著となる.これは,Fe-12Cr-5AlおよびFe-12Crにおいて,それぞれ特定の温度範囲で転位バイアス効果が有効に働くことを示唆している.照射により格子位置から弾き出された点欠陥(格子間原子および原子空孔)の挙動は照射温度に強く影響され,高温では点欠陥の拡散頻度が指数関数的に増大する.これを踏まえ,以下,低温域,中温域,および高温域における点欠陥の挙動について考察する.低温域では,転位ループ形成による数密度増大が顕著であった.格子間型転位ループは格子間原子が3次元的に集合することで形成するが,格子間原子が原子空孔と再会して再結合した場合には,見かけ上照射損傷は生じない.低温域での実験結果は,転位ループの核形成が促進され,再結合よりも格子間原子の集合(クラスターの形成)が顕著だったことを示唆している.従って,この温度域では,原子空孔の拡散が比較的難しく,格子間原子のみ移動可能な条件であったと言える.中温域では転位ループの成長が顕著であった.転位ループの成長は,格子間原子の転位ループへの流入量が原子空孔のそれと比較して多いときに起こる現象である.この温度域では,格子間原子と原子空孔ともに移動可能と推察される.この条件では,転位ループが格子間原子を優先的に吸収するいわゆる転位バイアス効果が働き,結果として転位ループの成長が支配的となる.高温域では,転位ループサイズおよび数密度ともに比較的短時間で定常状態に達した.格子間原子および原子空孔が十分に移動可能な場合,点欠陥はともにシンクである結晶粒界や試料表面へ拡散して消滅する頻度が高くなる.この結果,格子間原子の転位ループへの流入量が減少し,転位ループの成長は緩慢となる.

Fig. 12 で示したように,Fe-12Cr-5AlはFe-12Crと比較しておよそ100°C低い温度で転位バイアス効果が有効に働いた.この現象には,Fe-12Cr-5Al中のAlの関与が示唆される.原子空孔の移動度が小さい場合,相対的に格子間原子の転位ループへの流入が多くなり,結果としてループの成長が促進される.また,オーバーサイズ原子が溶質として存在する場合,原子空孔はオーバーサイズ原子周囲の歪を緩和する役割を担う.Alの結晶における原子半径は1.43×10-10[m],FeとCrの結晶における原子半径はそれぞれ1.24×10-10[m]および1.25×10-10[m]である9.これらをもとに考察すると,AlはFe原子およびCr原子と比較してオーバーサイズであることから,原子空孔はFe-Cr-Al合金中のAlと強い相互作用をもつことで,マトリクス中の移動を制限されると推察される.この結果,格子間原子の転位ループへの流入量が相対的に増加し,転位ループの成長が促進される.従って,Fe-Cr-Al中のAlは原子空孔の拡散を抑制し,格子間原子の転位バイアス効果を助長したものと考えられる.

5. 結言

本研究では,Fe-Cr-Alフェライト鋼の照射損傷組織変化に及ぼすAlの効果について,超高圧電子顕微鏡およびイオン加速器を用いた模擬照射実験によって精査した.

(1) 電子線照射およびイオン照射において,形成する転位ループの数密度は試料形状や損傷形態の違いから大きな差異が生じるが,損傷組織変化の照射温度および損傷量依存性についてはほぼ同様の傾向が観られる.

(2) 低温域では,原子空孔の拡散が比較的難しく格子間原子のみ移動可能であり,照射下において転位ループの核形成が顕著となる.これは,点欠陥同士の再結合よりも格子間原子のクラスタ形成が支配的であることに起因する.

(3) 中温域では,格子間原子と原子空孔ともに移動可能な条件であり,転位ループの成長が顕著である.これは,転位ループが格子間原子を優先的に吸収するいわゆる転位バイアス効果が働き,結果として転位ループの成長が支配的となることで説明される.

(4) 高温域では,格子間原子および原子空孔が十分に移動可能な条件であり,転位ループサイズおよび数密度ともに比較的短時間で定常状態に達する.これは,点欠陥が結晶粒界や試料表面で消滅する頻度が高くなることに起因し,格子間原子の転位ループへの流入量の減少する結果,転位ループの成長は緩慢となる.

(5) Fe-Cr-Alフェライト鋼中のAlは,転位ループの成長を促進する効果を有する.これは,原子空孔がAl原子と強い相互作用をもつことで移動度が減少し,格子間原子の転位バイアス効果を助長することに起因する.

謝辞

本研究の一部は,北海道大学の共同利用施設(ナノ・マイクロマテリアル分析研究室および超高圧電子顕微鏡室)において,「北海道大学マテリアル分析・構造解析共用ユニット」および「文部科学省 ナノテクノロジープラットフォーム事業」の技術的支援を受け実施された.

引用文献
 
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