日本金属学会誌
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論文
鉄系軟磁性材料における磁化曲線の圧縮応力依存性
イジュラル ハシフ島田 宗勝久保田 健
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2019 年 83 巻 1 号 p. 1-8

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Abstract

Magnetic properties of soft magnetic materials under stress are important, however, they have not fully understood. We measured magnetization curves of soft magnetic alloy sheets, electrical steel sheets and nanocrystalline alloys, with positive magnetostriction, under compression. The stress was applied in the same direction of magnetic fields. Magnetization curves have smaller slopes due to anisotropy of magnetoelasticity. The anisotropy energy was estimated from the magnetization curve. And we could obtain a stress dependence of the anisotropy energy; a relation between anisotropy energy and stress was a straight line. The slope of the line correlates magnetostriction values.

We devised a magnetic domain model under compression; a magnetization process on the model is a 90 degree magnetic domain wall movement; the relation between anisotropy energy and stress could be formulated. The magnetostriction values estimated from the line slope coincided with experimental ones. Therefore, it can be thought that the magnetization process under compression is mainly 90 degree domain wall movements.

1. 緒言

モータ等の電磁機器における鉄心(軟磁性材料)には主に電磁鋼板が用いられ,それらは応力下で使用されている.また,軟磁性材料の磁気特性は応力に対して敏感である.特に圧縮応力下では磁化率が小さくなり,鉄損が増加することが知られている.高効率な電磁機器設計においては,応力下での軟磁性材料の磁気特性に関するデータおよび知見が必要とされるため,多くの検討がなされてきている1-5).磁化過程の理解を進展させるための応力下での磁区観察も試みられている6,7).しかしながら,十分な理解には至っていない状況にある.

そこで,本研究では磁化過程に関する理解を深めることを目的に,応力下での磁化曲線を測定し解析することを試みた.電磁鋼板と近年鋭意開発が進められている鉄系ナノ結晶軟磁性材料を対象とした.前者については1世紀にわたる基幹産業における実績により膨大な知見の集積があり,磁化過程もよく知られている材料である.特に方向性電磁鋼板は単結晶に近い材料であるため磁化過程の理解がしやすい.一方,後者は実質的な結晶磁気異方性がなく,均質で等方的な材料とみなせ,かつ優れた軟磁気特性であるため,磁化過程の研究には好適であろうと考え選択した.

測定は圧縮応力下での単純な磁区モデルが適用できるような条件で実施し,一様な応力下での磁化曲線を得た.また,磁歪も同時に測定できるようにした.正の磁歪を有する軟磁性材料に圧縮応力を印加すると,磁化曲線は磁気弾性による一軸異方性により,その傾きを小さくする.引張応力における磁化曲線の変化は顕著でないため,本論文では圧縮応力の場合のみを論議の対象としている.そのため応力値を+で表示している.応力下での磁化過程におけるエネルギーを磁化曲線から求める方法を導出し,そのエネルギーの応力依存性を得た.圧縮応力下における磁区モデルを想定し,$90^\circ$磁壁移動が磁化過程であるとして,その磁化過程におけるエネルギーの応力依存性を定式化した.応力依存性の傾きから求まる磁歪の値は,実測した磁歪の値とほぼ一致していた.そのことから,鉄系軟磁性材料における圧縮応力下での磁化過程は$90^\circ$磁壁移動であると考えてよいという結果を得た.また,応力下での磁歪の挙動も直線的であり,磁壁移動を支持している.なお,本論文では可逆磁化曲線,すなわち幅を持たない(ヒステリシス損がない)とした磁化曲線における磁化率の圧縮応力依存に関して議論している.軟磁性材料の磁化曲線における幅は良く知られているように小さい.鉄損(ヒステリシス損)の圧縮および引張応力依存については別報にて議論している8)

2. 実験方法

2.1 磁化曲線および磁歪の測定方法

箔帯状の試料を非磁性の,厚さ0.2 mmのリン青銅板に貼り付け,曲げることにより一様な応力下での磁化曲線を得た.板の表面に貼られていることから,Fig. 1に示すように,試料にはほぼ一様な応力が印加される.3点曲げにて曲げ,曲げを加えた状態を維持しながら磁化曲線を測定した.磁化曲線の測定には振動試料型磁力計(Vibrating Sample Magnetometer; VSM)を用いた.試料の表面に歪ゲージを貼り,歪により印加応力をモニターした.試料のヤング率を方向性電磁鋼板9)およびFe系アモルファス合金10)の文献値を参照し200 GPaとして,歪を応力に換算した.磁場印加方向,応力印加方向は箔帯試料のロール方向とした.また,歪ゲージも同方向に貼付した.印加する応力の大きさは200 MPa未満とし,弾性域内に留めた.

Fig. 1

Ribbon sample and stress application method.

試料の磁歪の値は,応力ゼロの状態でゲージと同じ方向に磁場印加した際の縦磁歪と,ゲージと直交する方向に磁場印加した場合の横磁歪の飽和値をそれぞれ測定し両者の差であるとして求めた.それを$3/2 \times \lambda_{s(me)}$とする.ここに$\lambda_{s(me)}$は飽和磁歪定数である.なお,係数3/2は消磁状態を伸びの基準にとってλを定義していることによって生じた係数である11)

また,本研究で用いた,試料は薄い.そのため磁歪の測定には歪ゲージによる拘束,リン青銅板による拘束の影響がある12).そこで積層した試料の磁歪についても検討した.

また,応力下での縦磁歪も測定した.その磁歪測定は磁化測定と同時に行った.なお,磁歪測定結果にはVSM振動の有無による変化はなかった.

2.2 電磁鋼板とナノ結晶材料

方向性,無方向性電磁鋼板(Si 3 mass%)は日金電磁工業株式会社製の極薄珪素鋼帯,GT050,ST050である.厚さは$50\,\mu {\rm m}$であった.熱処理済みの製品より試料形状$5\,{\rm mm} \times 10\,{\rm mm}$(長手方向がロール方向)に切り出して用いた.以下GT,STと記載する.なお,材料および試料の識別のため以下,GT-a,ST-b等とする.結晶組織の特徴は以下である.方向性電磁鋼板では結晶粒方位(容易磁化方向)がロール方向に揃っている.一方,無方向性電磁鋼板では結晶粒方位はランダムとなっている.飽和磁化の値は2.03 T 13)として磁化曲線の縦軸を校正した.

ナノ結晶材料はFe83.3Si5B7P4Cu0.7,Fe83.3Si6B6P4Cu0.7なる組成の高飽和磁化材料であり,厚さは$18\,\mu {\rm m}$,幅は10 mmであった.それぞれの組成での最適熱処理を施してから,試料長さ10 mmに切り出した.以下,前者をFe574,Fe664と記載する.Fe83.3Si4B8P4Cu0.7が同系の最適な磁気特性を示す組成である13)が,本研究では,実験結果がわかりやすくなることを期待し,磁歪の値が大きい,あえて少しずらした組成を用いた.磁歪が大きいと磁化率は小さくなり,保磁力は大きくなるため,磁歪を如何に減らすかが材料設計の目安となっている.本高飽和磁化ナノ結晶材料は10~20 nm粒径のナノ結晶粒と僅かな粒界残留アモルファス層を含む均質な組織となっている13).Fe574,Fe664の飽和磁化はそれぞれ1.77 T,1.75 Tであった.ナノ結晶材料では実質的に結晶磁気異方性が消失していて,優れた軟磁気特性を示し,磁気的に等方的で材料としても均質とみなせる.それゆえに,大きな磁区も観察されている14)

2.3 試料の磁歪について

測定される試料の磁歪の値について補足する.横向きに飽和磁化した状態,すなわち横向きに単磁区となった状態を基準として,縦向きに飽和磁化した状態,すなわち縦向きに単磁区となった状態の伸び(歪)を測定している.方向性電磁鋼板においては,結晶粒が大きくかつロール方向に配向していることから,測定された磁歪の値は$3/2 \times \lambda_{100}$と見なしてよいと考えられる.ここで$\lambda_{100}$とは100方向の磁歪定数である.さて,ここで結晶磁気異方性について議論しておく必要がある.3 mass% Siの電磁鋼板の場合には結晶磁気異方性定数K1は30 kJ/m3程度15)と大きい.したがって磁化は容易磁化方向である100方向を向いている.方向性電磁鋼板の場合には,ロール方向が100方向となっている.それゆえ測定された磁歪が$3/2 \times \lambda_{100}$と見なせるのである.一方,無方向性電磁鋼板の場合には,結晶粒方位はランダムであるから測定された磁歪の値には$\lambda_{111}$の影響が現れて,方向性よりも小さくなるものと考えられる.111方向の磁歪定数$\lambda_{111}$は負であるためである16).また,ナノ結晶の場合には結晶磁気異方性は消失しているので結晶の影響はなく,等方的な磁歪になっていると考えられる.

3. 実験結果と考察

3.1 磁化曲線

ナノ結晶材料の磁化曲線のフルループの例をFig. 2に示す.横軸は外部磁場であり,反磁場補正を行っていないため磁化曲線の傾きは小さくなっている.印加する圧縮応力が大きくなるのに伴い磁化曲線の傾きは更に小さくなっている.本研究では磁化曲線の相対的な傾きを比較し議論するため,反磁場補正は不要である.Fig. 35に,ナノ結晶材料,電磁鋼板の立ち上がり磁化曲線の応力依存性を示す.どの材料でも同様な傾向となっている.

Fig. 2

Magnetization full loops of nanocrystalline alloy under compression.

Fig. 3

Magnetization curves of nanocrystalline alloy under compression.

Fig. 4

Magnetization curves of oriented electrical steel sheet under compression.

Fig. 5

Magnetization curves of non-oriented electrical steel sheet under compression.

3.2 一軸異方性と磁化曲線からのエネルギー評価

磁区の伸び(磁歪)を$3/2 \times \lambda_s$とすると,一軸異方性エネルギーの大きさ$K_u$は式(1)となる17,18).   

\[K_u = \frac{3}{2} \lambda_{\rm s} \sigma\](1)
ここに$\sigma$は応力の大きさ,λsは飽和磁歪定数である.磁歪が正の場合には,一軸異方性の方向は圧縮応力方向に対して垂直である.磁区は圧縮応力に対して垂直,すなわち磁化方向が横を向いた磁区の場合に最もエネルギーが低くなる.

磁化曲線の傾きは前述したように圧縮応力の大きさが増すにつれて小さくなる.応力が増えた分だけ一軸異方性エネルギーが増して(式(1)参照方),横向きの磁区が増えることと磁化過程で更に余分な磁場が要るようになることがその要因である.応力が高くなるにつれて,前者の寄与分は減ってくるものと推定される.なお,磁化過程における異方性エネルギーは式(1)のそれと関係しているが,式(1)そのものであるかどうかは不明である.そのため,具体的な磁化過程を想定し見積もる必要がある.3.3項にて見積もりを行う.方向性電磁鋼板の場合,2.3項で述べたように,磁区は結晶磁気異方性が大きいため,最初はロール方向を向いている.そして,圧縮応力が印加されて応力が増すとともに横向き磁区が増していく.無方向性電磁鋼板の場合にも方向性と似た状況になっているものと考えられる.ナノ結晶の場合には結晶磁気異方性はない.磁区は,最初はロール方向を向いていて,圧縮応力が印加されると応力が比較的小さい段階で,ほとんどすべて横向きの磁区となるものと考えられる.電磁鋼板においては,主に結晶磁気異方性による影響により,圧縮応力が印加された際に横向き磁区が増えるのが妨げられる.ナノ結晶では磁区変更を妨げるのは内部応力による式(1)の異方性であろうと推定される.

磁化率が一定で,磁場ゼロにおける磁化がゼロの可逆磁化過程の場合,磁化曲線はFig. 6のように直線である.図の横軸は有効磁場であり,$M_s$は飽和磁化である.直線が$M_s$に到達したときの磁場を$H_k$とすると磁化率$\chi$は   

\[\chi = \frac{M_s}{H_k}\](2)
である.磁化曲線と縦軸間の三角形の面積を$W_H$とすると,それは磁場のした仕事に相当する(式(3)).それを${K_u}^*$と書くと,磁化率は式(4)となる.   
\[W_H = \frac{1}{2} M_s H_k = {K_u}^*\](3)
  
\[\chi = \frac{{M_s}^2}{2{K_u}^*}\](4)
Fig. 6

Schematic diagram of magnetization curve with constant magnetic susceptibility.

さて,Fig. 6$W_H$は磁化曲線が同図のように直線の場合,異方性定数に相当する.そして$H_k$は異方性磁場(異方性の効果と等価な磁場)に相当する.容易磁化方向に垂直に磁場を印加した場合で,磁化過程が回転磁化のときにはFig. 6のようになることが知られている19).本研究においては磁区モデルの3.3項で式(3)が導出される.

また,Fig. 6においては,磁化は磁場に比例して増加し,系のポテンシャルエネルギー(磁場のする仕事)も磁化(磁場)に比例して増加する;磁化の増加に伴うポテンシャルエネルギーの増加の仕方も一定となっている.

磁化過程には磁壁移動と回転磁化があるが,磁壁は移動容易であるので,主な磁化過程は磁壁移動であると考えられる.圧縮応力下では横向きの磁区が形成されるので,その磁区で磁壁が移動することを想定している.3.3項磁区モデルを参照されたい.磁化過程における異方性に分布がない場合,換言すれば,磁壁移動の際のポテンシャルエネルギーの増加の仕方(すなわちスロープ)が一定の場合,磁化率は一定となる(磁化曲線が直線).

ある圧縮応力下での実際の磁化曲線は横軸が有効磁場の場合にはFig. 7のようである.直線的に立ち上がり,やがて飽和していく.立ち上がり部分の平均磁化率は以下のように求めることができる.OAの大きさを適切に選んで,磁化曲線OBと縦軸間の面積を求める.そしてその面積と等しい三角形をOAB’とすれば,OB’の傾きが平均磁化率になる.そして,三角形OAB’の面積から,三角形OA’B”の面積を算出する.三角形OA’B”の面積が,その圧縮応力下での磁化過程における異方性エネルギー${K_u}^*$であると見なすことができる.本研究ではこのようにして,磁化曲線から磁化過程でのエネルギーを求めた.すなわち,立ち上がりの磁化過程における異方性エネルギーを評価した.横軸が外部磁場の場合には三角形OA’B”に相当する三角形はFig. 8のようになる.

Fig. 7

Magnetization curve and magnetization line with the average magnetic susceptibility.

Fig. 8

Schematic diagram of magnetization curve and anisotropy energy.

さて,Fig. 2は圧縮応力がゼロと61 MPaと124 MPaにおけるナノ結晶材料の磁化曲線である.これらの磁化曲線からFig. 8の三角形を容易に想起することができる.ちなみにFe574の$M_s$は1.77 Tである.二つの三角形の面積,すなわち異方性エネルギーの大きさを比べると倍になっていることが了解される.Fig. 9に示すように,ナノ結晶材料の場合における磁化過程でのエネルギーは応力に比例することが予想される.

Fig. 9

Anisotropy energy of nanocrystalline alloys under compression.

前記した方法にて求めた磁化過程おける異方性エネルギーの応力依存性をナノ結晶材料の場合にはFig. 9に,電磁鋼板でのそれをFig. 10に示す.Fig. 7におけるOAの大きさは適切に設定する必要がある.ここでは応力100 MPa付近における磁化曲線において,直線からのずれが10%未満になるところに磁化の値(OAの大きさ)を設定した.Fig. 345において磁化曲線間の距離が一番大きくなるような位置に相当している.OAの大きさの順はナノ結晶,方向性電磁鋼板GT,無方向性電磁鋼板STである.ナノ結晶材料では1.1 T($M_s$に対して0.62),方向性GTでは1.0 T($M_s$に対して0.49),無方向性では0.9 T($M_s$に対して0.44)であった.$M_s$に対するOAの大きさは想定している磁化過程が全磁化過程のうち,どの位の割合を占めているかを示しているとみなせる.なお,求まる異方性エネルギーの大きさは,OAの大きさにはあまり依存しないようである.方向性GTにおいて,OAの大きさを10%変えた場合の異方性エネルギーを求めてみたが異方性エネルギーの変化は1%程度であった.

Fig. 10

Anisotropy energy of electrical steel sheets under compression.

異方性エネルギーは応力に対して直線的な依存性となっている.電磁鋼板の場合には既に考察したように,応力が高いところでのデータを見るべきである.応力に対する傾きは磁歪の値と関係している.両者の関係を定式化するためには具体的な磁化過程を想定する必要がある.

磁歪を10 ppm,応力を100 MPaとすると磁気弾性,すなわち式(1)のエネルギーは103 J/m3であるから,実験で得られた磁化過程における異方性エネルギーの大きさとしては妥当な値となっている.次に,試料がリン青銅板に接着されていることによる拘束の影響の程度を見積もる.磁歪を10 ppm,ヤング率を200 GPaとすると磁場印加によって発生する余分なエネルギーは10 J/m3なので影響は小さい.また,異方性エネルギーを磁化曲線の差から求めていることから,拘束の影響は更に緩和されているはずである.なお,同じ理由により,反磁場の影響も相殺されている.Fig. 9Fig. 10では,同種の材料間でデータに差が生じているが,その主な要因は試料を接着する際に発生した各試料における内部応力の違いによるものではないかと考えられる.

3.3 磁区モデル

方向性電磁鋼板およびナノ結晶材料の場合を念頭において磁区モデルを想定する.応力ゼロにおける磁区は,長手方向(ロール方向,圧縮応力の印加方向)を磁化方向とする$180^\circ$磁区であると考えられる.そこで,圧縮応力下での磁区モデルをFig. 11のように想定した.圧縮応力下での磁区は一軸異方性により圧縮方向に垂直な帯状の磁区($90^\circ$方向磁区)分布となる.試料端には還流磁区($180^\circ$方向磁区)が形成されている.ちなみに,方向性電磁鋼板の場合長手方向は100方向であり,それと直交する方向も100方向である.磁壁は試料板面に垂直であるとする(試料は薄いので磁区は2次元的に分布するとしている).還流磁区と90°方向磁区間の45°の磁壁は90°磁壁である(Fig. 11(a)).上向きの磁場印加により90°磁壁a,bには左側の還流磁区を拡大する向きに磁場による圧力$p = M_s \times H$が垂直に働き20),右側に動く.90°磁壁c,dにも同じ向きに圧力pが働き,右側の還流磁区を縮小させようとするが試料端面に磁壁の端がピン止めされているため動けない.磁壁a,bでは同様なピン止めを解除する方向に力が働くため動き出せる(Fig. 11(b)).

Fig. 11

Magnetic domain model under compression; (a) magnetic domain structure; (b) magnetic domain walls and pinning sites in the one domain block.

この磁区モデルにおける磁化過程と磁化曲線をFig. 12に示す.磁場がゼロのときが①である.磁化はゼロである.磁場が上向きにかかると②となる(ここでは保磁力の効果は無視している).③からが回転磁化で飽和④に到達する.磁場を小さくすると可逆的に①に戻る.磁区モデルでは磁化率一定(磁化曲線の②)を想定している.

Fig. 12

Magnetic domain and magnetization process.

①における各磁区での,エネルギー状態は以下のようである.方向性電磁鋼板の場合は,90°方向磁区,180°方向磁区ともに100方向を向いている.磁化は結晶磁気異方性により100方向にいわば拘束されている.結晶磁気異方性のポテンシャルの谷底にいる.結晶磁気異方性の谷底のレベル(深さ)は同じである.一軸異方性エネルギーは180°方向磁区の方が,90°方向磁区よりも式(1)分高くなっている.一方,ナノ結晶の場合には,結晶の効果はない;結晶方位も結晶磁気異方性も考えなくてよい.一軸異方性エネルギーは方向性電磁鋼板の場合と同じである.さて,(圧縮応力下では)①状態がエネルギー的に最も安定な状態であることに注目すべきである.磁場を印加し②の途中で磁場をゼロとすると①に戻る.磁場を印加すると左側の180°方向磁区の体積が増加するため,その分,エネルギーの高い状態になるからである.

次に,説明図Fig. 13において,90°磁壁a,bが右側に距離s移動した場合のエネルギーを見積もろう.90°方向磁区の幅をd,試料厚さをtとすると磁壁がs移動したときの180°方向磁区の体積の増加分v$s \times d \times t \times 2$となる.圧力pは磁壁面に垂直に働くので圧力pの仕事は壁面に働く移動方向の力と移動距離との積であるが,圧力はゼロからpまで変化する($s = 0$のとき$p = 0$; sのときp)から,圧力pの仕事は結果としては$1/2 \times p \times v$となる.前述したように90°方向磁区の異方性エネルギーをゼロ(基準)とすると180°方向磁区の異方性エネルギーは式(1)で与えられるから,異方性エネルギーは$K_u \times v$増加する.したがって$1/2 \times p \times v = K_u \times v$となる.$H_\sigma$をこのモデル(90°磁壁移動)での異方性磁場とすると   

\[\frac{1}{2} M_s H_\sigma = K_u\](5)
となる.ちなみに,Fig. 12で②の磁化曲線(直線)を延長して$M_s$に到達したときの磁場が$H_\sigma$である.式(5)の左辺は磁化曲線における異方性エネルギーである(式(3),および文献10)参照方).そして,異方性エネルギーの応力依存性は式(1)そのものであることになる.
Fig. 13

Movement of 90 degree magnetic domain wall due to magnetic field.

また,180°方向磁区の体積増加は長手方向の磁歪(縦磁歪)を伴うので,90°磁壁移動における縦磁歪は磁化に比例することになる.

3.4 磁化過程に関する考察

圧縮応力下での磁化過程が横方向を向いた磁区における90°磁壁移動であるとすれば,式(5),(1)より,磁化曲線より求めた磁化過程における異方性エネルギーの応力依存性における傾きは磁区の伸び(磁歪)の値を与えることになる.Table 1は磁歪の実測値と応力依存性における傾きを対比させた表である.なお,磁歪の実測値については2.1項,2.3項を参照されたい.また,傾きはFig. 11に示すような磁区分布が十分に成り立っていると考えられる,圧縮応力において直線近似することにより求めた;電磁鋼板の場合には60 MPa付近~120 MPa付近,ナノ結晶の場合には60 MPa付近~100 MPa付近において直線近似した.GTの場合には傾きが磁歪の実測値とほぼ一致している.STの場合には合っていない.ナノ結晶の場合にも一致していない.

Table 1

Measured magnetostriction and anisotropy energy line slope.

試料厚さが0.1 mmよりも厚くないと歪ゲージによる磁歪の測定値の信頼性は乏しくなる12).本実験の場合にはGT,STの厚さは0.05 mmであり,ナノ結晶の場合には0.018 mmである.そして,0.2 mm厚さのリン青銅板にも接着されているため,拘束の影響が大きく磁歪の測定値は小さくなっている.各々の試料の接着積層体(GT,STでは4枚;ナノ結晶では7枚)での磁歪の測定も試みた.GTでは13~14 ppm,STでは11~12 ppm,ナノ結晶(Fe574)では14 ppm程度であった.Table 1において磁歪の実測値は,GTでは拘束の影響で少し小さめの値となっている;STでは結晶粒の向きがランダムであり,結晶粒が小さいためと推定されるが,同じ厚さのGTよりも大きめな影響となっている;ナノ結晶ではかなり大幅な影響となっている.したがって,拘束の影響を考慮すると,傾きは磁歪の(本来の)実測値とほぼ一致しているとみなせると考えられる.

なお,無方向性電磁鋼板STの場合には,異方性エネルギーの応力依存性の傾きである磁歪の値が,試料本来の磁歪の実測値と一致するとしてよいかについては更なる検討も必要であると考えられる.磁区分布は方向性電磁鋼板GTと類似であろうと推定されるが,結晶粒方向がランダムであり結晶粒サイズも小さいので,磁区サイズが小さいと予想され,想定している磁区モデルをそのまま適用できるか等は現状では不明なためである.

90°磁壁移動における磁歪の挙動は磁化に対して直線的な変化となるはずである.Fig. 141516はナノ結晶材料,方向性電磁鋼板GT,無方向性電磁鋼板STにおける圧縮応力下での縦磁歪の挙動である.GT,STでは0.5から1.0 T付近で応力が高い場合に,磁歪挙動は直線的な変化を示している.ナノ結晶材料では同じ磁化付近で放物線的になっていて,直線的な傾向が顕著ではない.リン青銅板に2次元的に拘束されている影響(試料が薄い)により,そのような結果となっているものと考えられる.よって,磁歪挙動も磁壁移動を支持していることになる.また,応力ゼロおよび応力印加下での縦磁歪の挙動は,以上において述べてきた解析,考察とも整合している.

Fig. 14

Longitudinal magnetostriction of nanocrystalline alloy under compression.

Fig. 15

Longitudinal magnetostriction of oriented electrical steel sheet under compression.

Fig. 16

Longitudinal magnetostriction of non-oriented electrical steel sheet under compression.

3.5 磁区モデルにおける磁化回転

Fig. 12における磁区において,一軸異方性の方向(容易磁化(軸)方向)は横向きである.上向きに(容易軸方向に垂直に)磁場を印加すると90°磁壁が右側に移動する.下側の磁区では磁壁移動に伴い(磁壁が通過すると),磁化は右まわりに90°回転する.上側の磁区では磁壁移動に伴い,磁化は左まわりに90°回転する.このような磁化回転の場合にも,一斉磁化回転である回転磁化の場合と同じ式(3)が成り立っている.この点にも注目すべきであると考える.

3.6 磁化曲線の応力依存

以上の議論より,圧縮応力下での磁化過程における異方性エネルギーは式(1)で与えられるから,磁歪の値がわかれば求められる.磁化率と異方性エネルギーは逆数関係(式(4)参照方)なので,応力ゼロでの磁化曲線がわかっていれば,圧縮応力下での磁化曲線の形を推定することが可能となる.したがって,圧縮応力下での磁化曲線推定にも本研究の知見が活かせるものと考えられる.本研究では異方性には分布がないとしているが,分布に関する知見が得られれば,より確からしい磁化曲線推定も期待される.

4. 結言

鉄系軟磁性材料である電磁鋼板,ナノ結晶材料の箔帯軟磁性材料における一様な応力下での磁化曲線を測定した.正の磁歪を有する軟磁性材料に圧縮応力を印加すると,磁化曲線は磁気弾性による一軸異方性によりその傾きを小さくする.異方性に分布がないとして応力下における磁化曲線から異方性エネルギーを求めた.異方性エネルギーの応力依存性は直線的であった.

圧縮応力下における単純な磁区モデルを想定し,90°磁壁移動が磁化過程であるとして,異方性エネルギーの応力依存性を定式化した.応力依存性の傾きから求まる磁歪の値は,実測した磁歪の値とほぼ一致していた.そのことから,本研究では圧縮応力下での主な磁化過程は,圧縮応力に対して垂直向きに形成された磁区における90°磁壁移動であると考えてよいという結果を得た.また,磁歪も磁壁移動と矛盾しない直線的な挙動となっていた.

また,異方性エネルギーの応力依存性を定式化できたことにより,磁歪の値がわかれば圧縮応力下での磁化過程における異方性エネルギーの大きさが求まる.したがって,磁化曲線がどのくらい傾くかを知ることができることから,本研究で得られた知見の活用も期待される.

磁区観察による磁区モデルの検証が今後の課題として残されている.この分野における本質的な知見とするためにも,モデルのような磁区(磁壁移動)を直接観察することにより確証を得ておく必要がある.また,異方性の分布(磁化曲線の曲がり)に関する検討も今後の課題として残されている.より確からしい応力下での磁化曲線の推定につなげるには,分布に関する検討も欠かせない.

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