2019 Volume 83 Issue 11 Pages 424-433
In this study, thermal fatigue tests in the temperature ranges 473-873 K, 473-973 K, and 473-1073 K, with a restriction ratio of 100%, were conducted using 13%Cr-Nb-Si added steel, which is a representative heat-resistant ferritic stainless steel for automotive exhaust systems. The effects on the thermal fatigue, i.e., the thermal fatigue life and response of stress and strain, and changes in the microstructure were investigated. Comparison of the thermal fatigue life in the different temperature ranges revealed that the fatigue life improved with a decrease in the maximum temperature. The relationship of the inelastic, elastic, and total strain with the thermal fatigue life was estimated using the Coffin-Manson and Basquin laws. Using these, the curves for predicting the life on the maximum temperature could be obtained. In addition, a detailed observation of the interrupted specimens at the maximum temperatures of 973 K and 1073 K using electron back scatter diffraction confirmed the occurrence of dynamic recovery and recrystallization, along with uniaxial and fine grain formation. However, there was no dynamic recrystallization at the maximum temperature of 873 K. Changes in the microstructure during thermal fatigue were quantified by the frequency of the low-angle boundary, and the expression for dynamic recovery and recrystallization was formulated using the Zener-Hollomon parameter and cumulative inelastic strain range. Furthermore, together with 18%Cr-Nb-Mo added steel, from the consideration of the stress relaxation behavior during holding at the maximum temperature in the thermal fatigue and the prediction curves of fatigue life, it was shown that the thermal fatigue strength was improved by approximately 100 K in terms of temperature by the addition of 2% Mo.
自動車の排気部品の1つであるエキゾーストマニホールドは,エンジンから排出される高温の排気ガスの温度変動によって繰り返し歪が生じるため,高温低サイクル疲労に属する熱疲労特性が極めて重要となる1,2).フェライト系ステンレス鋼は,オーステナイト系ステンレス鋼に比べて熱膨張係数が小さいことから,主に熱疲労寿命の向上に着眼してNb,Si,MoおよびCu等を添加した種々の耐熱フェライト系ステンレス鋼が開発および実用化され,環境対応や燃費向上に貢献している3-13).また,適正な材料選定や寿命および余寿命の予測には,熱疲労評価技術14,15),数値解析手法16-18),熱疲労過程の応力-歪応答19-21)および熱疲労損傷21,22)の正確な把握が重要になる.これまでに著者らの1人は,Nb添加耐熱フェライト系ステンレス鋼の熱疲労過程の組織変化について電子線後方散乱回折(Electron Back Scatter Diffraction:EBSD)法を用いて調査し,最高温度が1073 Kにおける熱疲労過程では動的回復・再結晶が生じ,得られる微視的な結晶方位差情報が熱疲労損傷の定量的把握に有効であることを示した21).また,熱疲労過程の組織変化に及ぼす初期組織の影響について検討し,初期組織が粗粒な場合は動的再結晶が遅延することを知見した22).しかしながら,これらは熱サイクル中の最高温度が1073 Kに限られた試験環境であり,最高温度が変化した場合には熱疲労過程の組織形成が異なることが予想される.
そこで,本研究ではフェライト系ステンレス鋼の熱疲労挙動や組織変化に及ぼす熱サイクル中の最高温度の影響を明らかにすることを目的とし,代表的な耐熱フェライト系ステンレス鋼である13%Cr-Nb-Si添加鋼を用いて最高温度を873-1073 Kに変化させた熱疲労試験を実施した.そして,熱疲労寿命や応力-歪応答を比較し,歪範囲-寿命曲線の最高温度依存性を検討した.また,途中止め試験片の金属組織をEBSD法で詳細に観察し,動的回復・再結晶に着目して熱疲労損傷の定量化を行うとともに動的回復・再結晶の発現についてZener-Hollomon因子(以下Z因子)で整理した.更に,18%Cr-Nb-Mo添加鋼を用いて最高温度が1073 Kで熱疲労試験を行い,熱疲労過程の応力緩和挙動と寿命曲線からMo添加による熱疲労寿命向上について考察した.
既報20-22)と同様に商用のフェライト系ステンレス電縫鋼管(φ38.1 × 2 mm厚)を用いた.Table 1に化学成分を示す.低炭素・窒素とした13%Cr-Nb-Si添加鋼(Steel A)を用いて熱サイクル中の最高温度の影響を検討した.また,低炭素・窒素とした18%Cr-Nb-Mo添加鋼(Steel B)を用いてMo添加の効果を検討した.尚,光学顕微鏡による組織観察から,両鋼ともフェライト単相組織であることを確認した.
Chemical compositions of steels used (mass%).
既報20-22)と同様に鋼管から管状試験片を作製して熱疲労試験に供した.管状試験片は従来報告3,14)されている試験片と同形状で,長さ170 mm,中空部長さ40 mm,中空部に空気を通風出来る構造である.試験にはコンピュータ制御の電気油圧サーボ型疲労試験機を使用した.高周波誘導加熱を用いて試験片外面側から加熱し,冷却時は高周波誘導加熱の出力を制御するとともに,必要に応じて内面側から空気を通風した.温度パターンと拘束率を100%とした場合の歪パターンをFig. 1に示す.本実験では熱サイクル中の最高温度($T_{\rm max}$)を873 K,973 Kおよび1073 Kに変化させ,最低温度($T_{\rm min}$)を473 K,最高温度での保持時間を30 sとした.また,加熱速度は4 K/s,冷却速度は最高温度~573 Kを4 K/s,573 K~最低温度を1 K/sとした.これらは最高温度に寄らず同一としたため,1サイクル当たりの試験時間は最高温度によって異なる.中空部における軸方向に12 mm長さの標点間部の温度分布は,円周方向および軸方向において±5 K以内に調整した.熱疲労試験を行う前に上記温度パターンで自由熱膨張量を伸び計(標点間距離:12 mm)で測定し,各温度での自由熱膨張歪($\varepsilon_{\rm th}$)を求めた.得られた各温度の自由熱膨張歪を元に,上記温度パターン下で標点間部に一定の拘束率($\eta$)が作用する様に油圧サーボを制御した.本実験では温度と歪を逆位相に同期させたため,標点間部で圧縮歪($-\eta\varepsilon_{\rm th}$)を作用させており,加熱時に圧縮,冷却時に引張の応力が作用する.Steel Aを用いて最高温度を変化させた実験の拘束率は,標点間部が完全拘束される100%とした.また,Steel AとSteel Bを用いて最高温度が1073 K,拘束率が50%の実験を行った21).本実験では,各サイクルにおいて応力と歪を計測しながら熱疲労寿命を得るとともに,寿命に至る前のサイクルで試験を中断する途中止め試験片を作製した.具体的には,Steel Aを用いて拘束率を100%とした実験において,最高温度が873 Kの場合は700サイクル,1200サイクルおよび1800サイクル,最高温度が973 Kの場合は300サイクル,500サイクルおよび700サイクル,最高温度が1073 Kの場合は140サイクル,230サイクルおよび320サイクルで途中止めを行った.
Waveforms of temperature and mechanical strain with a restriction ratio of 100% for one cycle.
熱疲労試験片の断面組織観察および結晶方位分布測定をそれぞれ光学顕微鏡およびEBSD(加速電圧25 kV,WD15 mm,ビームステップ0.5 μm)で行った.硬度は,t/8部(t:板厚)においてビッカース硬度(荷重1 kgf)を測定した.これらの観察位置は,熱疲労試験の標点間における軸方向の中央部位とし,断面組織観察とEBSD測定については管の内面側で行った.
Fig. 2にSteel Aに対して拘束率を100%として熱疲労試験した際の最大引張応力と圧縮応力の推移を示す.最高温度が1073 Kと973 Kの場合,試験開始直後から繰り返し軟化の挙動を示し,拘束率が異なる従来の結果20-22)に類似している.一方,最高温度が873 Kの場合,約200サイクルまではサイクルの進行に伴い繰り返し硬化した後,以降のサイクルでは繰り返し軟化した.熱疲労寿命に及ぼす最高温度の影響をFig. 3に示す.本論文ではFig. 2に矢印で示した様に,最終停止サイクル前に最大応力-サイクル曲線の傾きが極端に変化した変曲点を寿命サイクルとした.これより,最高温度の低温化に伴い長寿命化しており,従来報告3)されている拘束率が50%の場合と同様である.既報21)で示したSteel Aの高温強度は,873 K,973 Kおよび1073 Kの0.2%耐力がそれぞれ142 MPa,104 MPaおよび27 MPaであったことから,熱疲労寿命は最高温度における高温強度と相関が強いと考えられる.Fig. 3中にはSteel AおよびSteel Bに対して最高温度が1073 K,拘束率が50%の寿命もプロットした.拘束率が低くなると長寿命化し,従来報告3)と同様な傾向である.また,Steel BはSteel Aよりも長寿命であり,Mo添加による高温強度の向上が主に影響していると考えられる21).
Changes in the stress peak with number of thermal fatigue cycles with a restriction ratio of 100% in Steel A. Arrows indicate the thermal fatigue life.
Effect of maximum temperature on thermal fatigue life.
Fig. 4にSteel Aに対して拘束率を100%として熱疲労試験した際のヒステリシスループを示す.ここで,1サイクル目の最低温度($T_{\rm min}$:473 K)において生じる歪を基準とし,熱サイクル中に生じる歪を機械的歪($\varepsilon_{\rm t}$)として表わす.本試験条件では,加熱・冷却過程で圧縮歪が作用し,加熱時に圧縮応力,冷却時に引張応力が作用する.具体的には,最低温度からの加熱により圧縮の弾性歪および応力が発生し,材料が塑性域となる温度から圧縮応力が低減する.最高温度では歪一定下で保持されるため応力緩和が生じ,冷却過程では引張応力が作用しつつ圧縮歪が低減する.最高温度が1073 Kでは,サイクルの進行に伴い非弾性歪範囲($\Delta\varepsilon_{\rm in}$)が極僅かに広がる様にヒステリシスループの形状が変化する.本試験では拘束率が100%であるため,拘束率が50%の結果20-22)よりも全歪範囲($\Delta\varepsilon_{\rm t}$)が大きく,ヒステリシスループの幅が広くなっている.一方,最高温度が973 Kでは1073 Kの場合に比べて$\Delta\varepsilon_{\rm t}$,$\Delta\varepsilon_{\rm in}$ともに小さくなる.また,最高温度が873 Kの場合はこれらが更に小さくなり,$\Delta\varepsilon_{\rm t}$に占める弾性歪範囲($\Delta\varepsilon_{\rm e}$)の割合が大きくなる.更に,最高温度で保持中の応力緩和も他温度条件に比べて小さい.保持中の応力緩和挙動については詳細を後述する.
Effect of maximum temperatures of (a) 1073 K, (b) 973 K, and (c) 873 K on hysteresis loops with increasing number of thermal fatigue cycles with a restriction ratio of 100% in Steel A. (d) Illustration of hysteresis loop.
Fig. 5,6および7にSteel Aに対して拘束率を100%とし,最高温度が1073 K,973 Kおよび873 Kにおける熱疲労過程の金属組織を示す.最高温度が1073 Kおよび973 Kの場合,それぞれ230サイクルおよび300サイクルから表面に微小な凹凸や亀裂が観察され,サイクルの進行に伴って複数の亀裂が板厚方向に粒界および粒内を進展している.亀裂幅は内部の方が表面より膨らんでおり,熱疲労過程で生成した酸化スケールの影響と考えられる.一方,最高温度が873 Kの場合,1800サイクルから表面に微小な亀裂が観察される.亀裂の進展方向は973 K以上の場合と同様に板厚方向であるが,比較的亀裂開口幅が狭く,亀裂の数が少ない傾向にある.温度によるこれらの差異は,SUS347鋼の等温低サイクル疲労で観察された亀裂の特徴と類似しており,低温域では亀裂の発生が不活発で少数の亀裂が比較的急速に成長するのに対して,高温域では試験初期に多数の微細亀裂が発生し,これらが緩やかに成長するためと考えられる23).本鋼の熱疲労亀裂に関して,最高温度が1073 Kの場合に寿命の約1/3程度のサイクルから進展が加速する報告が成されているが20),亀裂の密度や進展速度に及ぼす温度の影響について今後詳細に検討する必要がある.また,Fig. 4のヒステリシスループから,引張応力が作用する冷却過程において亀裂が進展すると推定されるが,熱サイクル過程における亀裂の発生や進展が生じる温度についても今後の課題である.
Microstructure of Steel A interrupted at (a) 140 cycles, (b) 230 cycles, (c) 320 cycles, and (d) 560 cycles with a maximum temperature of 1073 K and a restriction ratio of 100%. Arrows indicate the indistinct grain boundaries.
Microstructure of Steel A interrupted at (a) 300 cycles, (b) 500 cycles, (c) 700 cycles, and (d) 1001 cycles with a maximum temperature of 973 K and a restriction ratio of 100%. Arrows indicate the indistinct grain boundaries.
Microstructure of Steel A interrupted at (a) 700 cycles, (b) 1200 cycles, (c) 1800 cycles, and (d) 3251 cycles with a maximum temperature of 873 K and a restriction ratio of 100%.
金属組織については最高温度が1073 Kおよび973 Kの場合,図中に矢印で示す様に熱疲労初期から不鮮明な結晶粒界が見られ,末期段階において結晶粒が微細化している.この様な組織変化は,拘束率が異なる従来の研究20-22)でも観察されている.最高温度が873 Kの場合の金属組織では,熱疲労初期から末期段階において亀裂周辺の一部ですべり線と考えられる局所的に濃くエッチングされる箇所が見られるが,最高温度が1073 Kおよび973 Kの場合に観察された等軸微細粒は認められない.この差異については,EBSD観察から詳細に後述する.
Fig. 8にSteel Aに対して拘束率を100%として途中止め試験したサンプルの硬度を示す.最高温度が1073 Kと973 Kの場合はサイクルの進行に伴い軟化しているが,最高温度が873 Kの場合は初期に一旦硬化した後に軟化している.これらの硬度変化は,熱疲労試験で計測された応力推移やヒステリシスループ形状の変化に対応している.最高温度の変化に伴う常温硬度の変化は,主にLaves相の析出あるいは固溶Nb量の変化に起因する可能性と母相の加工硬化あるいは回復・再結晶に起因する可能性が考えられる21).別途実施したSteel Aの素材である焼鈍板の等温時効実験によると,3.6 × 103 s時効後の硬度変化は873 Kの場合で5ポイント硬化,973 Kの場合で4ポイント軟化,1073 Kの場合で5ポイント軟化した.このことから,最高温度が973 Kや1073 Kの熱疲労試験の場合に40-70ポイント軟化する現象は,母相の回復・再結晶の影響も生じていると考えられるが,動的な析出挙動も考慮して硬度変化を考察する必要がある.
Changes in hardness with number of thermal fatigue cycles with a restriction ratio of 100% in Steel A.
Fig. 9,10および11にSteel Aに対して拘束率を100%とし,最高温度がそれぞれ1073 K,973 Kおよび873 Kにおける熱疲労過程の結晶粒界マップを示す.ここで,結晶方位差が15°以上の大角粒界を黒線,2°以上15°未満の小角粒界を赤線で示した.最高温度が1073 Kおよび973 Kの場合,熱疲労初期段階から初期粒内に小角粒界で囲まれた微細なサブグレインの形成が見られ,サイクルの進行に伴い大角粒界を有する等軸微細粒が部分的に観察される.Fig. 5および6において光学顕微鏡で観察された不鮮明な結晶粒界はサブグレインに対応すると考えられる.最高温度が1073 Kで拘束率が50%の従来知見20-22)から,これは熱疲労過程で動的回復・再結晶が生じていることを示しており,本実験により最高温度が973 Kでも類似の組織変化を示すことが明らかとなった.また,熱疲労過程で生じたサブグレインや再結晶粒の大きさは,最高温度が1073 Kの方が973 Kの場合よりも大きく,最高温度が高温であるほど粒成長が促進されるためと考えられる.一方,最高温度が873 Kの場合,微細なサブグレインや再結晶粒は観察されない.小角粒界は熱疲労初期段階から初期粒の粒界近傍および粒内に方向性を持って筋状に形成しており,熱疲労サイクルの進行に伴い亀裂近傍に偏在している.Fig. 7の光学顕微鏡観察において局所的に観察された濃くエッチングされている箇所は,小角粒界が多く分布する箇所に対応していると考えられ,すべり線の形成により局所的に結晶方位差が生じていると推察される.以上より,最高温度が1073 Kおよび973 Kの場合は熱疲労過程で回復・再結晶が生じるが,最高温度が873 Kの場合は比較的低温のために転位の再配列が生じ難くく,熱疲労過程で導入された加工組織が残留する組織形態になる.即ち,本鋼では最高温度が873-973 Kの間で熱疲労過程の組織形成は大きく変化する.
Distribution of the high-angle boundary (≧15°) and low-angle boundary (<15°) for Steel A interrupted at (a) 140 cycles, (b) 230 cycles, (c) 320 cycles, and (d) 560 cycles with a maximum temperature of 1073 K and a restriction ratio of 100%. The black and red lines represent the high-angle boundary and low-angle boundary, respectively.
Distribution of the high-angle boundary (≧15°) and low-angle boundary (<15°) for Steel A interrupted at (a) 300 cycles, (b) 500 cycles, (c) 700 cycles, and (d) 1001 cycles with a maximum temperature of 973 K and a restriction ratio of 100%. The black and red lines represent the high-angle boundary and low-angle boundary, respectively.
Distribution of the high-angle boundary (≧15°) and low-angle boundary (<15°) for Steel A interrupted at (a) 700 cycles, (b) 1200 cycles, (c) 1800 cycles, and (d) 3251 cycles with a maximum temperature of 873 K and a restriction ratio of 100%. The black and red lines represent the high-angle boundary and low-angle boundary, respectively.
本結果から最高温度の低温化により熱疲労中に発生する歪範囲が低減し,長寿命化することが確認された.Steel Aのヒステリシスループから得られた非弾性歪範囲($\Delta\varepsilon_{\rm in}$),弾性歪範囲($\Delta\varepsilon_{\rm e}$)および全歪範囲($\Delta\varepsilon_{\rm t}$)と寿命($N_{\rm f}$)の関係をFig. 12のプロットで示す.ここで各歪範囲については,$N_{\rm f}$の約半分のサイクルで測定した値を代表値として用いた.また,拘束率が50%のデータ21)には*を付けている.これより,$\Delta\varepsilon_{\rm in}$と$N_{\rm f}$には相関が認められ,歪範囲の低下に伴い長寿命化する点は従来知見10,13,14,19-24)と同傾向である.本鋼が主に使用される排気部品を設計する上で$\Delta\varepsilon_{\rm in}$と$N_{\rm f}$の相関関係は極めて重要である.例えば,渡辺ら17)は,排気部品の熱応力解析から熱サイクル中に発生する$\Delta\varepsilon_{\rm in}$を計算し,寿命予測を行っている.この際,素材の$\Delta\varepsilon_{\rm in}-N_{\rm f}$曲線が必要となることから,以下に$\Delta\varepsilon_{\rm in}-N_{\rm f}$曲線の導出を行った.
Relationships between elastic, inelastic, and total strain ranges and thermal fatigue life in Steel A.
一般的に実用金属材料の低サイクル疲労寿命における$\Delta\varepsilon_{\rm in}$と$N_{\rm f}$の関係は,式(1)のCoffin-Manson則25,26)で整理される.
\[\Delta\varepsilon_{\rm in}=CN_{\rm f}^{-c}\] | (1) |
また,融点の半分以下の様な比較的低温での低サイクル疲労挙動には$\Delta\varepsilon_{\rm e}$($=\Delta\varepsilon_{\rm t}-\Delta\varepsilon_{\rm in}$)が重要である28).$\Delta\varepsilon_{\rm e}$と$N_{\rm f}$の関係は,一般的に式(2)のBasquin則29)で整理される.
\[\Delta\varepsilon_{\rm e}=BN_{\rm f}^{-b}\] | (2) |
熱疲労寿命を推定する場合,試験中一定に保たれている$\Delta\varepsilon_{\rm t}$で整理した方が良い場合があるため30),式(1)と式(2)から式(3)を用いて各最高温度毎に$\Delta\varepsilon_{\rm t}-N_{\rm f}$曲線を導出した結果をFig. 12に示す.
\[\Delta\varepsilon_{\rm t}=\Delta\varepsilon_{\rm in}+\Delta\varepsilon_{\rm e}=CN_{\rm f}^{-c}+BN_{\rm f}^{-b}\] | (3) |
既報21,22)において,最高温度が1073 Kにおけるフェライト系ステンレス鋼の熱疲労過程の損傷を定量的に表わす指標として,EBSD法で得られる小角粒界頻度が有用であることを報告した.これは,最高温度が1073 Kにおける熱疲労の初期は動的回復によって小角粒界頻度は増加するが,サイクルの進行とともに動的再結晶に伴う転位の再配列によって,小角粒界頻度が低下する現象に基づくものである21,22).本研究では最高温度によって熱疲労過程の組織形成が変わることが知見されたため,Steel Aに対して拘束率を100%として熱疲労試験した際の熱疲労サイクルの進行に伴う小角粒界頻度の変化を各最高温度について比較した結果をFig. 13に示す.ここで厳密には,本論文で定義した寿命サイクルと最終停止サイクルは異なるが,最高温度が1073 K,973 Kおよび873 Kにおける最終停止サイクルである560サイクル,1001サイクルおよび3251サイクルで規格化した値を寿命比とした.また,小角粒界頻度は測定箇所の全粒界長さに対する小角粒界長さの割合である.最高温度が1073 Kの場合,寿命比0.3で40%以上の高い小角粒界頻度を示し,更に寿命比が大きくなると低下する.これは,Fig. 9の結晶粒界マップで観察されたサブグレインの形成による小角粒界頻度の増加と新しく生成した大角粒界を有する微細粒の形成による小角粒界頻度の低減に対応している.最高温度が973 Kの場合は1073 Kと同様の傾向を示すが,寿命比0.5まで小角粒界頻度が増加し,1073 Kに比べて高い値となる.Fig. 10の結晶粒界マップから,1073 Kの場合よりも973 Kの方が微細なサブグレインが多数形成されており,回復・再結晶挙動の差異が反映した結果と考えられる.即ち,最高温度が973 Kの場合は回復が主体となり,動的再結晶の発現に伴う小角粒界頻度の低下が1073 Kに比べて遅れると推定される.一方,最高温度が873 Kの場合は,寿命比0.4程度まで小角粒界頻度が増加せず,その後寿命比の増加に伴ってその頻度が増加する.この挙動は,サイクルの進行に伴い小角粒界頻度が一旦増加した後に減少する973 Kおよび1073 Kの挙動と異なっている.また,寿命比1.0における小角粒界頻度は約60%を示し,最高温度が1073 Kと973 Kの場合の25-30%に比べると大きく異なる.これは,最高温度が873 Kの場合は転位の再配列によるサブグレイン形成が生じ難いため,加工組織が残存したまま破壊に至ることになる.本結果から,従来知見21,22)よりも低温環境における熱疲労損傷を小角粒界頻度で定量化し,最高温度に依存した組織形成差に起因して寿命比に対する小角粒界頻度の変化が異なることを明らかにした.このことから,小角粒界頻度で熱疲労損傷を予測する際には,最高温度を考慮することが重要となるが,統一的な指標の検討が今後の課題となる.
Relationship between thermal fatigue cycles and frequency of the low-angle boundary with a restriction ratio of 100% in Steel A.
従来の動的回復・再結晶の研究では,下記式(4)で示されるZ因子で整理された報告が多い31-43).
\[Z=\dot\varepsilon\exp\left({\frac{Q}{RT}}\right)\] | (4) |
Effects of the cumulative inelastic strain range and Zener-Hollomon parameter on the occurrence of dynamic recrystallization in Steel A.
一般的に静的および動的再結晶は,固溶元素および析出の影響を受ける.著者らの1人は21),本実験で用いた13%Cr-Nb-Si添加鋼(Steel A)よりもMoを1.8%含有する18%Cr-Nb-Mo添加鋼(Steel B)の方が,最高温度が1073 Kの熱疲労における動的再結晶は遅延し,固溶Moによる転位の粘性運動や上昇運動(回復)の抑制が影響することを報告した.また最近では,中村ら44)はMoを2%含有する18%Cr-Nb-Mo添加鋼の熱疲労について,973 Kでは低温型変形(すべり変形)が支配的で初期に繰り返し硬化するが,1073 K以上では高温型変形(クリープ変形)に遷移することで回復が律速し,破壊形態の変化や繰り返し軟化が生じることを報告している.本実験で用いたSteel Aの場合は,Fig. 2の結果から873 Kで初期に繰り返し硬化,973 K以上で繰り返し軟化を示すとともに熱疲労過程の組織変化も大きく変化した.試験方法の違いはあるものの,中村ら44)の結果と併せると約2%のMo添加によって熱疲労変形機構の遷移温度が約100 K高温化すると言え,Mo添加による熱疲労寿命向上の一因と考えられる.即ち,前報21,22)で指摘している様に熱疲労寿命や損傷には母相の回復・再結晶挙動が影響し,熱活性化過程が律速するか否かで機構が大きく異なるものと思われる.
以上は,熱疲労過程の繰り返し応力の推移や組織解析から得られる情報に基づくものであるが,熱疲労過程では最高温度で高温保持中に応力緩和現象が観察されることから,回復・再結晶の影響が最も顕著に生じると予想される最高温度で保持中の応力緩和挙動についてFig. 15に示す.ここでは熱疲労の履歴の影響を除外するため,1サイクル目における最高温度での保持中について,保持開始からの応力緩和量と保持開始時の負荷応力の比を応力緩和率として示した.これより,Steel Aでは最高温度の低下に伴い応力緩和率は低下する.また,1073 KにおけるSteel Bの応力緩和率は同温度におけるSteel Aよりも小さく,動的回復速度の減少に起因するものと考えられる.更に,この応力緩和率はSteel Aの973 Kにおける応力緩和率に近いことから,約2%のMo添加による動的回復速度の減少が熱疲労過程の回復温度を約100 K高温化させていると言える.
Stress relaxation ratio during holding at maximum temperature in first cycle.
上記のMoの効果が熱疲労寿命にどの程度反映されるかを把握するために,Steel Bの歪範囲-寿命の関係についてFig. 12に示したSteel Aの結果と比較することを試みた.Steel Bを最高温度が1073 K,拘束率が50%で熱疲労した際の全歪範囲および寿命はそれぞれ0.41%および1495サイクルであった.これをFig. 12で得られたSteel Aの$\Delta\varepsilon_{\rm t}-N_{\rm f}$曲線に当てはめると,最高温度が973 Kの$\Delta\varepsilon_{\rm t}-N_{\rm f}$曲線と概ね一致する.具体的には,Steel Aに対する最高温度が973 Kの$\Delta\varepsilon_{\rm t}-N_{\rm f}$曲線から,$\Delta\varepsilon_{\rm t}$が0.41%の場合の寿命は1687サイクルと見積もられる.これに対して上記で示したSteel Bの1073 Kの寿命は僅かに短いものの,約10%程度の差である.このことは,約2%のMo添加によって熱疲労強度が約100 K向上することを意味しており,応力緩和挙動から得られた回復温度の上昇代と一致する.以上より,熱疲労には母相の回復・再結晶が強く関与し,寿命向上には母相の回復・再結晶を抑制する元素の添加が効果的と言える.この他,本実験で用いた鋼ではNb系析出物(Nb(C,N),LavesおよびM6C)が熱疲労過程で析出するが,各種の元素添加によって生じる析出物も回復・再結晶に影響することから,今後熱環境と関連して詳細に検討する必要がある.
Nb添加フェライト系ステンレス鋼の熱疲労挙動と組織変化に及ぼす熱サイクル中の最高温度の影響およびMo添加の効果を明らかにすることを目的とし,代表的な耐熱フェライト系ステンレス鋼である13%Cr-Nb-Si添加鋼と18%Cr-Nb-Mo添加鋼を用いて熱疲労試験を実施した.その結果,以下のことがわかった.
(1) 13%Cr-Nb-Si添加鋼において,最高温度の低温化に伴い熱疲労過程で発生する非弾性歪範囲および全歪範囲が低減し,熱疲労寿命は長寿命化した.
(2) 13%Cr-Nb-Si添加鋼において,最高温度が1073 Kと973 Kの場合は熱疲労の初期から繰り返し軟化挙動を示したが,873 Kの場合は繰り返し硬化した後に軟化した.
(3) 13%Cr-Nb-Si添加鋼において,最高温度が1073 Kと973 Kの場合は熱疲労過程で母相の動的回復・再結晶が生じて等軸微細粒が形成したが,873 Kの場合はサブグレインの形成は認められなかった.
(4) 13%Cr-Nb-Si添加鋼の熱疲労過程の動的回復・再結晶をZ因子と累積非弾性歪量で整理した結果,Z因子が3 × 1012 s−1以下で部分的に動的再結晶が発現する知見を得た.
(5) 両鋼の熱疲労過程の応力緩和と歪範囲-寿命曲線を解析した結果,約2%のMo添加により熱疲労過程の動的回復および熱疲労強度が約100 K上昇する事を示した.このことから,熱疲労寿命には母相の回復・再結晶の影響が大きいと考えられた.