日本金属学会誌
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論文
オーステナイト系耐熱鋳鋼の耐熱衝撃性に及ぼすNbの影響
奥山 哲也東園 拓海ゴ フィン キン ルアン工藤 昌輝
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2019 年 83 巻 12 号 p. 474-478

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Abstract

The effect of Nb on microstructure and thermal-shock resistance was investigated for as cast and annealed JIS SCH21 steels. Primary NbC carbide were crystallized together with M23C6 at grain boundary in as cast steel. Decomposition of primary M23C6 was detected, while NbC was also hardly decomposed when annealed at elevated temperature. It was found that chromium carbides had low thermal stability but primary NbC carbides played a role in preventing propagation of micro-cracks and restraining shape deformation under condition both heating and quenching. As a result, thermal-shock resistance was improved in the Nb-added steel.

1. 緒言

自動車産業と熱処理業界において,熱処理部品を積載する熱処理治具や熱処理炉の炉材部品には,汎用材であるJIS規格のSCH13,SCH21およびSCH22などのオーステナイト系耐熱鋳鋼が用いられている1,2).従来,大気あるいは浸炭雰囲気の激しい熱処理環境下で,加熱と急冷(水冷または油冷)が長時間繰り返されると,割れの発生や外形変形によって製品寿命を大きく損なうとされている3)

一般的に耐熱性の向上には,Niの添加が有効であることが知られているが4),比較的高価で価格変動の大きいNiを多量に添加することは,コストの観点から効率的な高温特性の改善法とはいえない.そのため最近ではNiの添加量を抑え,代わりにNb,Ti,W,Moなどの合金元素を少量添加することによる高温クリープ強度を初めとする耐熱性の改善に関する研究が盛んに行われている5-7)

一方,熱処理治具には長寿命化を図る成分調査が求められるばかりでなく,より一層の軽量化の需要に応えた肉薄構造化の要求もあり,この肉薄構造化下においても所定の寿命を保つことが重要となる.このような成分や構造とは別に,健全な製品であっても加熱冷却サイクルが繰り返される熱衝撃環境下では表面に亀裂や割れが発生するという課題があり,この場合の亀裂や割れ要因の調査が少なく,実用上の課題とされている.

本耐熱鋳鋼はクリープ特性や耐酸化性ならびに耐浸炭性については上述したとおり,元素添加に関する多数の研究例8,9)が報告されているが,亀裂や割れ発生要因となる耐熱衝撃性についての調査はほとんどなく,さらに熱衝撃環境の影響による割れ発生や変形のメカニズムや抑制効果についても明らかにされていない.

そこで本研究では,高温強度特性の改善に有効な合金元素の1つであるNbに着目し,実際の使用環境を想定した熱衝撃試験を行うことで,オーステナイト系耐熱鋳鋼の耐熱衝撃性に対するNb添加の有効性について検討した.

2. 実験方法

耐熱鋳鋼の高温特性は,高温脆性を招くフェライト相(以後,α相)とシグマ相(以後,σ相)が強く影響することが知られており7),これらの相の有無は主に材料の化学組成に依存する.そのため高温特性の調査には高温脆化を十分に考慮した合金設計が必要となる.本研究では汎用熱力学計算ソフトウェアThermo-Calc(データベース:TCFE5)を利用した合金設計を行い,高温脆化を防ぐために炭素量を0.32 mass%程度と固定することとした.これを基に,JIS規格SCH21鋳鋼に定められる化学組成範囲内のFe-20Ni-23Cr-0.33C-0.02Nb(以後,ベース鋼),ならびにベース鋼に1.25%Nbを添加した鋳鋼(以後,Nb鋼)の2種の合金を高周波誘導炉によりJIS G0307 a号供試材型に鋳造したものを供試材として準備した.因みに,Yブロックの鋳造条件に関して,溶鋼を1913 ± 20 Kに過熱した.600 s保持した後,溶融合金を1873 Kで取鍋に軽くたたき込み,次いでYブロックの砂型に注いだ.両鋼種のAs cast状態Yブロックの下端から丸棒を切り出し,熱衝撃試験片に加工した.Table 1には供試材の主成分を示している.

Table 1

Chemical compositions of experimental cast steel. (mass%)

Fig. 1に熱衝撃試験の試験機および試験片の概略図を示す.試験片の外径D(mm),内径および厚さはそれぞれ25 mmɸ,14 mmɸ,7 mmである.試験片は1223 Kで0.6 ks加熱後水冷0.12 ksを1サイクルとして合計300サイクルの熱衝撃試験を行った.20サイクル毎の試験片の外径変形率を以下の式により定義し算出した.   

\[外径変形率(\%)=|D_{w300}-D_{h300}|/{\rm D}_{w0}\times100\](1)

D: 試験片の外径(mm),w: 幅方向,h: 長手方向,下付き数字: サイクル数)

Fig. 1

Experimental apparatus of (a) thermal shock equipment and (b) dimensions of samples.

各種試料において熱衝撃試験により発生した微小亀裂の観察に対しては,光学顕微鏡,走査型電子顕微鏡((株)エリオニクス,ERA8900FE)および走査透過型電子顕微鏡(STEM,日本電子(株),JEM-ARM200CF)による組織解析を実施した.STEM観察試料は,微小亀裂発生部位を限定してサンプリングを行うことができるデュアルビームFIB(FEI社,Quanta 3D 200i)を利用して準備した.また微小亀裂の定量評価を行うために,画像処理を用いて亀裂の平均面積(測定41ヵ所)および平均長さ(測定18ヵ所)を求めた.各添加元素の分配については,エネルギー分散型X線分光法(EDS,EDAX,AMETEK)を用いて解析を行った.更に熱衝撃試験中の組織変化を再現するために,大気雰囲気で1223 K × 180 ks,360 ks,720 ksの条件にて焼鈍処理を施したものについても同様に組織解析を実施し,更にX線回折法(XRD,PANalytical,Empyrean,ターゲット:Co)を用いて炭化物を同定した.

一方,物性評価として実施した熱膨張係数の測定は,3 mmɸ × 10 mmの試験片に対して昇温速度0.167 K/secとして,0.098 Nの荷重下で大気雰囲気にて373-1273 Kの温度範囲で熱機械分析装置((株)島津製作所,TMA-60H)を用いて行った.得られた変位曲線により室温からの平均熱膨張係数を100 K毎に算出した.熱伝導率の測定はレーザーフラッシュ法により室温から1073 Kまで実施した.

3. 実験結果および考察

Fig. 2にベース鋼とNb鋼のas castおよび1223 K × 180 ks,360 ks,720 ks焼鈍処理後のXRD結果を示す.Fig. 2で示されるように,いずれの被検試料もオーステナイト(以後,γ)に帰属する顕著な回折ピークが観察されているのに対し,炭化物と考えられる回折ピークの強度は極めて弱くなっている.観察された炭化物のピーク位置について解析を行ったところ,○および■印で示している回折ピークはそれぞれM23C6,NbCであることが分かり,ベース鋼では単一のM23C6の晶出炭化物であるのに対し,Nb鋼ではM23C6とNbCの共存であることが分かった.ここでNb鋼におけるM23C6とNbC炭化物のピーク強度比に着目すると,M23C6に比べてNbCの強度が高くなっており,Nb添加に伴ってNbCが優先的に晶出したものと考えられる.この両鋼種におけるγ相中の炭化物を確認した以外は,特性に悪影響を及ぼすα相とσ相の回折ピークは確認されなかった.

Fig. 2

X-ray diffraction spectra obtained from base and Nb steels in as-cast and annealed at 1223 K for various times.

Fig. 3にベース鋼およびNb鋼の鋳放し状態(以後,as cast)の組織観察結果を示す.ベース鋼ならびにNb鋼の組織はγマトリックスと塊状のM23C6であり,加えてNb鋼にはネット状のNbCが認められた.これらは耐熱鋳鋼の典型的なミクロ組織である.

Fig. 3

Optical micrographs of as cast steels.

Fig. 4に熱衝撃試験結果を示す.横軸の第2軸は,それぞれのサイクル数での総加熱保持時間を示している.高温保持と急冷が繰り返される環境,いわゆる熱衝撃条件下では両鋼種とも試験片の厚さに変化はなく,外径変形が生じた.ここで300サイクルの熱衝撃試験による試験片の高温保持時間の総計は焼鈍処理時間の180 ksと等しい.300サイクルの熱衝撃試験後の外径変形率を式(1)より算出した結果,ベース鋼が2.5%であるのに対してNb鋼は1.5%であった.また300サイクル終了後の両試験片表面には微小亀裂が観察された.Fig. 5に熱衝撃試験後の試験片表面の微小亀裂の観察結果を示す.ベース鋼において発生した微小亀裂の多くは,Nb鋼と比較して非常に大きなものであった.Table 2には両鋼種において観察された微小亀裂の平均面積および平均長さを示している.Table 2が示すように熱衝撃に伴い発生する微小亀裂は,Nbを添加することにより平均面積ばかりでなく平均長さも減少する.この結果は熱衝撃試験において算出した外径変形率とよい相関が得られており,熱衝撃により生じる外径変形は微小亀裂の進展の程度に依存することが考えられる.

Fig. 4

Deformation rate measured through thermal shock test from 293 K to 1223 K.

Fig. 5

SEM micrographs showing micro-cracks in base and Nb steels occurred during thermal shock test at 1223 K for 300 cycles.

Table 2

Quantitative evaluation of micro-cracks.

一般的に,加熱と冷却が繰り返される環境では膨張,収縮による変形あるいは温度勾配に伴い発生する熱応力を受けるため,熱膨張係数と熱伝導率が重要な因子であるとされている4).すなわち,熱膨張係数が小さいほど膨張,収縮による変形が小さく,また熱伝導率が大きいほど,温度勾配が小さく発生する熱応力が小さい.Fig. 6およびFig. 7はそれぞれ熱膨張係数と熱伝導率の測定結果である.両鋼種の熱膨張係数は温度上昇に伴い増加する.Nbの添加が熱膨張係数の減少に有効であることはFig. 6から明らかであり,この結果は植田らの報告と一致している2).更にFig. 7からNb添加は熱伝導率の増加に寄与することが考えられ,前述の通り熱膨張係数の減少にも有効であることから,耐熱衝撃特性の改善に効果的であることが期待される.

Fig. 6

Temperature dependency of thermal expansion coefficient.

Fig. 7

Temperature dependency of thermal conductivity.

Fig. 8に熱衝撃試験後の試験片表面の微小亀裂の組織観察結果を示す.両鋼種において熱衝撃試験により発生した微小亀裂周辺にはCr炭化物が観察され,SEM-EDSを用いた定量分析とXRDの結果に基づき,この炭化物は晶出M23C6と同定した.したがって熱衝撃により生じる微小亀裂は,as castにおいて確認された晶出M23C6に起因することが予測される.

Fig. 8

SEM-EDS micrographs showing micro-crack in base and Nb steels occurred when thermal shocked at 1223 K for 300 cycles.

Fig. 9Fig. 10にそれぞれベース鋼およびNb鋼のas castと焼鈍処理後の組織観察結果を示す.Fig. 9に示すようにベース鋼のas castにおいて観察された晶出M23C6は,熱衝撃試験300サイクルと同等の加熱温度,総加熱時間(1223 K,180 ks)による焼鈍処理時間に伴い,Table 3に示すように晶出Cr炭化物中心部のCrおよびC濃度の低下が確認された.Fig. 11にはTable 3の結果をより顕著に見るためにFig. 9で示した観察結果中の炭化物を横断する箇所についてライン分析を行った結果を示している.点分析結果と同様に,ライン分析結果からも晶出Cr炭化物中心部のCrおよびC濃度の低下が確認できる.高橋らは表面近傍のCr炭化物の分解は,CrおよびCの減少によりマトリックスと析出相(Cr炭化物)の平衡が崩れることに起因するとしており,本実験においても同様の現象が起こったと考えられる10).この分解したM23C6は,中心部と外周部のCrおよびC濃度の違いによる熱膨張係数の差異から,熱膨張と収縮を繰り返す際の微小亀裂の発生起点となったことが予測される.一方Fig. 10に示すように,Nb鋼のas castにおいて観察された晶出NbCは焼鈍処理後も同様の形態で観察されることから,晶出NbCはM23C6と比較して熱力学的に安定度が高いことが分かった.一方,焼鈍処理を施した両鋼種において観察されたマトリックス中に多数分散している数μm程度の微粒子は,2次炭化物のM23C6であると推測される.また,NbCの2次炭化物は確認できなかった.

Fig. 9

SEM-EDS micrographs of base steel in as cast state and 1223 K × 180 ks annealed.

Fig. 10

SEM-EDS micrographs of Nb steel in as cast state and 1223 K × 180 ks annealed.

Table 3

Chemical composition of the selected precipitates analyzed by EDS.

Fig. 11

EDS line profile of base steel annealed at 1223 K × 180 ks. Note line position in SEM image indicates the analysis position.

Fig. 12に熱衝撃試験後のNb鋼における微小亀裂近傍のSTEM観察結果を示す.両鋼種において観察された微小亀裂は,晶出M23C6の中心部に多数存在し,いくつかの亀裂は連結して,進展することが確認された.しかしNb鋼においては,Fig. 12が示すように亀裂の進展を妨げるような晶出NbCが観察された.一方で亀裂の進展を妨げるM23C6は確認されなかった.したがってNb鋼において観察された微小亀裂は,熱衝撃環境中も安定して存在するネット状の晶出NbCが微小亀裂の進展一時的に妨げた結果,ベース鋼と比較して微小亀裂の連結を抑えたことが推察される.また植田らによると,Nb添加量の増加に伴いNbCが優先的に晶出することによって晶出M23C6の量は少なくなることが報告されており2),本実験におけるNb添加は晶出M23C6量を減少させ,亀裂の発生起点を低減させる.

Fig. 12

Partitioning of alloying elements analyzed by STEM-EDS for micro-crack in Nb steel occurred when thermal shocked at 1223 K for 300 cycles.

以上の調査結果から,工業的に使用される熱処理用治具の使用環境を再現した熱衝撃の条件下で発生した微小亀裂は,分解した晶出炭化物を起点にしたものであることがわかる.その耐熱衝撃性の向上にはNbの添加が有効である.

4. 結言

JIS規格SCH21オーステナイト系鋳鋼をベースに,1.25 mass%のNbを添加した鋳鋼を作製し,熱衝撃試験による耐熱衝撃性ならびに焼鈍処理に伴う組織変化を調査し,以下の結論を得た.

(1) Nb鋼における加熱と冷却に伴う外径変形率は,ベース鋼と比較して減少する.また微小亀裂の平均的な大きさはNb鋼の方が小さい.

(2)as castにおいて観察される晶出M23C6は,焼鈍処理によって分解する.一方,NbCは焼鈍処理後も熱的に安定して存在する.

(3) 晶出炭化物であるM23C6は,熱処理環境下で分解することにより炭化物の粒内を起点とした微小亀裂が発生する.

(4) 晶出NbCは微小亀裂の進展の抑制に有効である.

文献
 
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