日本金属学会誌
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マグネシウムの靱性・延性に及ぼす添加元素の影響
染川 英俊
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2019 年 83 巻 3 号 p. 65-75

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Abstract

Development of magnesium alloys, which exhibit high strength and high ductility (fracture toughness), is critical for ensuring safety and reliability in structural applications. It is well-known that grain refinement and/or alloying are impressive strategies to attain such properties in metallic materials. In the former case, grain boundaries of magnesium and its alloys have unique characteristics, e.g., sites for non-basal dislocation activity and occurrence of partial grain boundary sliding. As a result, strength as well as ductility (fracture toughness) tend to increase and improve with grain refinement. In the latter case, 29 types of solid solution elements, which have a maximum solubility of more than 0.1 at%, can dissolve in magnesium. Several elements are generally added to magnesium simultaneously to achieve good mechanical properties via a synergistic effect. In industrial fields, ternary magnesium alloys such as Mg-Al-Zn and Mg-Zn-Zr alloys, which have fine-grained structures, have been widely used; however, there is no still clear and systematic understanding of the impact of various alloying elements on properties for magnesium. In this paper, we review recent results on the effect of solid solution alloying elements on ductility (fracture toughness), with focusing on polycrystalline binary magnesium alloys. Regarding the toughness, crack-propagation behavior and/or fracture behavior are quite sensitive to the alloying element, regardless of the grain size. Twin boundaries in particular are recognized as harmful defects, because the act as crack-propagation site. Nevertheless, changing the electric bonding behavior through alloying has the potential to increase toughness. As for the ductility, alloying elements also dramatically affect the room-temperature plastic deformation; activation of not only non-basal dislocation slip but also grain boundary sliding plays a notable role in enhancing the elongation-to-failure in tension.

1. 緒言

1808年にハンフリー・デービー(1755年:ジョセフ・ブラックという説もある)によって発見されたマグネシウムは,日常生活で使用頻度の高い鉄鋼材料などと比較すると歴史の浅い金属である.2回の大戦期では,その使用量や消費量が急増し,1950~60年代には,「単結晶」を用いたマグネシウムの基礎研究が精力的に実施された1-11).マグネシウムに関する結晶塑性学は,この時期にほぼ構築されたといっても過言ではない.近年では,低密度を特徴とすることから,切迫した地球環境問題を解決する次世代の軽量金属材料として注目を浴びている.自動車への適用を例示すると,車体重量を100 kg低減すると,燃費効率が0.9 km/L向上すると試算され12),既存や新規部材をマグネシウムに代替することによって,大きな軽量化効果が得られる.自動車に限らず,電子機器や医療機器など多様な分野で,その適用や応用が検討されている.

一方,部材として使用する場合,安全性や信頼性の確保が重要であり,素材自身が「つよく」て「すぐに壊れない」,いわゆる高強度・高延性(高靱性)な特性を有することが要望される.マグネシウムに限らず,古来より,金属材料の力学特性を改善するために,1種類または複数の元素を添加する「合金化」が多用されている.Fig. 1の周期表は,マグネシウムに固溶できる最大濃度(=最大固溶量)と原子半径を表し,0.1 at%以上固溶する元素を色つきにて表示している13-15).29種類の元素(希土類元素を除くと14種類)が,マグネシウムに固溶することができ,これらの元素の組合せによって,強度や延性・靱性をはじめとする諸特性の改善や向上が図られている.材料製造時の操作性や簡便性から,固溶量が大きく安価であるアルミニウムや亜鉛などが,添加元素として好まれる傾向にある.適応事例が多岐にわたるMg-Al-Zn系合金が最も良く知られ,Mg-Al-Mn系合金およびMg-Zn-Zr系合金などは随所に流通がある.また,希土類元素の添加にともない,耐熱性が向上するため,Mg-RE系合金は以前から研究されている16).今世紀はじめ,我が国で開発された長周期積層型構造を発現するMg-RE-Zn系合金もまた,高強度と難燃性を兼備した新規マグネシウム合金として国内外から注目を浴びている17,18)

Fig. 1

The periodic table indicating maximum solubility (mol%) to magnesium and atomic radius (× 10−10 m)13-15). No value, i.e., a blank, indicates no data and/or no records in references and books.

翻って,合金化によって,特性高度化への最適解を導き出すためには,各特性に対する溶質元素の影響や効果を理解することが重要である.マグネシウムの高強度化は,金属材料であるが故に,従来冶金学に依拠した結晶粒サイズ微細化と合金化にて達成され,成熟した課題と言える.最近では,大規模計算機の活用により,転位運動と溶質元素との相互作用や弾性転位論から,高強度化に効果的な添加元素が予測,実証されている19-23).他方,延性や靱性は,弾性変形だけなく,塑性変形の応答を含んだ特性である.また,実用/汎用素材のほとんどは,無数の結晶粒と結晶粒界からなる多結晶バルク材である.延性・靱性の改善や向上に関して,検討・考慮すべき因子が多岐にわたることから,マグネシウムに限らず,他金属材料においても道半ばの研究課題である.本稿では,最近の研究報告例をもとに,「多結晶」材料に特化し,マグネシウムおよび二元系合金の靱性と延性に対する,溶質元素添加の効果や溶質元素機能について述べる.

2. 破壊靱性と添加元素の関係

2.1 微細結晶粒マグネシウム合金

マグネシウム合金およびアルミニウム合金の比強度(=降伏応力/密度)と破壊靱性値の関係をFig. 2に示す24).マグネシウム合金の比強度特性は,アルミニウム合金と類似するものの,靱性値は半分程度である.一方,展伸材の靱性値は鋳造材よりも優れ,マグネシウム合金の展伸化は,靱性改善に有効な組織制御法であるといえる.同図には,3種類の異なる結晶粒サイズからなるマグネシウム押出材の特性を表記しているが,結晶粒微細化にともない,強度と靱性は向上する傾向にある.これは,結晶粒サイズに起因した塑性変形メカニズムにある.すべり系の乏しいマグネシウムでは,塑性変形の進行とともに,変形を補完する変形双晶が生じる.しかし,双晶界面は,母相に対して幾何学的段差を作り出すため,マイクロボイドなど破壊の起点となりやすい25,26).また,破壊靱性試験に代表されるような,鋭利なき裂が試験片に内在する場合,母相と変形双晶の界面(近傍)がき裂の進展経路となることも報告され27,28),塑性変形を更に継続するためには,変形双晶の存在は有益ではない.多方,「多結晶」マグネシウムの塑性変形に関する研究から,結晶粒サイズの微細化にともない,非底面転位運動の活動29)や局所的な室温粒界すべりなど30),塑性変形応答に対して影響を及ぼす粒界塑性の活性化が指摘されている.また,結晶粒界は,変形双晶と密接な関係がある.変形双晶の核/形成サイトとなることや31,32),変形双晶の発生応力がHall-Petch則に従うことも報告されている33-36).そのため,数ミクロン程度までの結晶粒微細化は,変形双晶の形成数密度を低減させる効果があり,強度特性を損なわず,靱性改善に有効な組織制御法である.

Fig. 2

Relationship between specific strength (= yield strength/density) and fracture toughness of conventional magnesium alloys and aluminum alloys. This figure also includes the results of magnesium having different grain sizes and AZ31 alloy. This figure is reconstructed in part from Ref. 24) with permission from JIM.

Fig. 2より,汎用マグネシウム合金(平均結晶粒径:~15 μm)であるMg-3Al-1Zn:通称AZ31合金押出材の靱性値は,マグネシウム押出材よりも優れている.この結果は,合金化すなわち適切な添加元素を選択し,組織制御することで,マグネシウム合金の靱性が改善できることを示唆している.3 μm程度の平均結晶粒サイズからなる二元系合金押出材の靱性値をFig. 3に示す.マグネシウムの靱性値は,添加元素の種類によって変化する.靱性値は,変形双晶の形成や分散度合いなどに影響を受ける.しかし,Fig. 3に示す微細粒バルク材の場合,変形双晶の形成は,粒界塑性の活性化にともなって抑制される傾向にあり37),靱性値への影響因子として考えにくい.破壊形態やき裂進展挙動に関する観察より38),靱性値の低いMg-Ca合金のき裂は,結晶粒界を進展する割合が多く,その破壊形態は,粒界破壊に類似する.また,Mg-Y合金を用いたその場TEM観察では,き裂が結晶粒界を伝播することも捉えている39).他方,マグネシウムと比べて靱性値が比較的高いMg-Al合金やMg-Zn合金は,結晶粒内がき裂進展経路となり,延性破壊に似た様相を示す.

Fig. 3

Fracture toughness obtaining from fine-grained magnesium binary alloys38). The value of ∂(c/a)/∂C indicates the change in lattice parameter c/a ratio with solute concentration in each element52,53).

金属材料の粒界破壊は,粒界偏析に起因することが多く40,41),マグネシウム合金の粒界偏析も数多く報告されている42-48).経験則から,粒界偏析に影響を及ぼす因子として,母相原子と溶質原子とのミスフィット因子(=原子半径差)がしばしば使用され,ミスフィット因子の大きな溶質原子は,粒界偏析が起こりやすい傾向にある49,50).マグネシウムに適用すると,アルミニウムおよびイットリウムのミスフィット因子は,それぞれ−11%,+11%と絶対値は同じである.しかし,両二元系合金の靭性値や破壊形態は大きく違っており,ミスフィット因子を用いて議論,検討することは難しい.これは,純金属状態と合金化状態の原子半径が異なることが要因と考えられる.例えば,アルミニウムと銀の原子半径はほぼ同じ0.143 nm,0.144 nmであるが(Fig. 1),マグネシウム固溶時の体積ミスフィットは,Mg-Al:−35.8%,Mg-Ag:−63.4%である51)

六方晶金属の格子面間隔(c軸およびa軸の格子定数)は,添加元素や濃度に影響を受ける物理定数として知られている52,53).ミスフィット因子の代替ならびに溶質原子の影響を簡略化/規格化するため,ここでは,添加量に対して格子定数のc/a軸比の変化を表記した∂(c/a)/∂C(=c/a軸比の濃度変化率)を用いることとする.Fig. 3より,二元系合金の靱性値は,添加元素の∂(c/a)/∂Cと相関性をなしている.マグネシウムの格子定数(c/a軸比)を大きく変化させる働きのある元素,例えば希土類元素やカルシウムは,靭性改善への寄与が小さい.これらの元素は,粒内だけでなく粒界近傍でも大きな格子面間隔ひずみ(格子ミスマッチ)を引き起こし,粒界破壊を助長させるためと推測される.対して,アルミニウムや亜鉛は,添加にともなう格子定数の変化が小さく,マグネシウムよりも高い靱性値を示す.簡便ではありながら,靱性改善に効果的な添加元素選択の指針として,∂(c/a)/∂Cの値が提示できる.

一方で,カルシウムで例示したように,二元系合金では,粒界脆化として作用しやすい元素であっても,他元素との複合添加や組織制御によって,この問題を回避できることが指摘されている.三元系や四元系などの合金化は,本稿主旨から逸脱するが,亜鉛などと一緒に添加し,結晶粒界上の電子結合状態を変化させることで,粒界脆化を抑制することができる54).また,粒界偏析サイトとなる結晶粒界を制御することも有効である.加工熱処理に由来した再結晶挙動を活用し,自由体積の小さな亜結晶粒界(=結晶方位差が15度未満)を大量に導入したバルク材は,粒界偏析が抑制され,靱性値が飛躍的に向上することも報告されている55)

2.2 粗大結晶粒マグネシウム合金

マグネシウム合金の靱性改善には,変形双晶の抑制が重要であることは,先に述べた.ここでは,粗大粒材にとって避けることができない,高靱化阻害因子の活用法について紹介する.マグネシウムの変形双晶に関する研究より,{10-12}双晶に代表されるようなエネルギー的に安定な双晶界面であっても,静的熱処理によって溶質元素が双晶界面に偏析することが確認されている56).これらの双晶界面は,高強度化に寄与することや56-58),ひずみ付与に対する移動度が小さく,双晶の成長や消滅に影響を及ぼすこと59-62),双晶界面に偏析する元素によってき裂伝播経路が変化することも分かっている63-65)Fig. 4(a)は,変形双晶を導入後,静的熱処理した二元系合金(平均結晶粒サイズ:~20 μm)の靱性値を示している.結晶粒サイズと元素添加濃度に起因し,靱性値は高くないが,Fig. 3に示した微細粒バルク材と同様,添加元素に依存する傾向にある.変形前後のき裂伝播挙動観察より,添加元素の種類によって,伝播様相は大きく変化する.靱性値が高いMg-Ag合金と靱性値が低いMg-Li合金を比較すると,母相と双晶の界面(近傍)がき裂伝播経路となる割合は,Mg-Li合金の方がはるかに多い.破壊力学的モデルに基づく粒界凝集エネルギーの観点から,靱性値や伝播様相の違いは,溶質元素偏析によって生じる,双晶界面エネルギーと表面(き裂進展にともなう新生面)エネルギーとの各変化分に関連する.純金属状態と比較して,溶質元素偏析にともない双晶界面エネルギーの安定化に寄与する元素,換言すると「表面エネルギーを不安定にする元素を添加した合金」では,母相/双晶界面(近傍)がき裂伝播経路となりにくい66)

Fig. 4

(a) surface segregation energy vs. fracture toughness obtaining from meso-grained magnesium binary alloys, (b) relaxed atomic configuration of the {10-12} twin boundary in first-principles calculation and partial charge density and LDOS of magnesium around (c) Pb and (d) Zr atom. LDOS of the partial density of states of the s- (dashed lines) and p-band (solid lines) for compression A and expansion B sites as well as the perfect crystal, and partial charge density in the energy ranges −1 to 0 eV. This figure is reused in part of Ref. 66) with permission from Elsevier.

Fig. 4(a)の横軸は,第一原理計算によって取得した各溶質元素の表面偏析エネルギーを表し,大きな値を示す元素であるほど,靱性値が高い傾向にある.き裂伝播経路の観察結果と同様に,表面よりも双晶界面で安定化する元素が,靱性改善に有効であると言える.代表的な溶質元素(本稿では,鉛元素とジルコニウム元素)の双晶界面と表面に関する,溶質元素近傍のマグネシウムの局所電子状態密度(LDOS:local density of state)と電荷密度図をFig. 4(c)と(d)に示す.なお,各溶質元素は,Fig. 4(b)に示す{10-12}双晶界面の最安定位置に配置している.靱性改善効果の乏しい鉛元素の局所電子状態密度は,マグネシウムとよく似た様相を示す.また,溶質元素が双晶界面または表面に存在する場合を比較しても,局所電子状態密度や電荷密度図に大きな違いはない.一方,ジルコニウム元素の様相は,鉛元素やその他の溶質元素種と異なり,d軌道の価電子とp軌道電子が強固な混成軌道を形成する.表面偏析時の電荷密度図を比較例示すると,ジルコニウム元素が表面に存在する場合,エネルギー的に不安定であり,マグネシウムや他の元素との差異は明瞭である66).粗大粒マグネシウム合金であっても,元素添加にともなう結合状態を制御することによって,変形双晶が高靱化因子となる可能性を秘めている.

3. 延性と添加元素の関係

3.1 結晶粒界と粒内の変形応答

マグネシウムおよび典型的な二元系合金の結晶粒サイズと引張破断伸び値の関係をFig. 5に示す.引用した引張破断伸びは,速度依存性を無視または低減するため,準静的ひずみ速度下(10−2~10−4 s−1の範囲内)で取得した結果である.押出や圧延など,マグネシウム展伸材の延性は,結晶構造に由来した底面の分布状態(集合組織)に影響を受けることが知られている.例えば,Equal-channel-angular extrusion:ECAE加工によって底面配向を制御したマグネシウム合金の破断伸びは,従来材よりも2倍以上の値を示すものの67)Fig. 5では,概ね結晶粒サイズの逆数に比例する傾向にある.なお,同図のバラツキは,添加濃度や展伸加工法(集合組織)の違いによると思われる.マグネシウムの結晶粒サイズを1 μm程度まで微細化すると,破断伸びが100%を超える.また,破断伸びと結晶粒サイズの関係は,添加元素の種類に依存し,マンガン元素の添加は,マグネシウムと類似した挙動を示す.他方,汎用添加元素として知られるアルミニウム元素や亜鉛元素の場合,マグネシウムと比較して,結晶粒微細化に対する延性向上への寄与は微増である.底面すべりと非底面すべりの臨界分断せん断応力の違いを大幅に縮めると指摘されている希土類元素(イットリウム)も23,68-71),前記2種類の汎用元素と同様であることは,大変興味深く,マグネシウムの延性改善法について,転位すべり運動のみで検討や議論することが難しいことを示唆している.

Fig. 5

The variation in elongation-to-failure in tension as a function of reciprocal grain size; (a) magnesium binary alloys containing conventional alloying elements48,71,105-137) and (b) magnesium and Mg-Mn alloy82,87,97,105,106,138-149).

ここでは,まず,マグネシウムの塑性変形について,結晶粒界近傍と結晶粒内に分類した評価事例について記す.微小・局所変形解析が可能なナノインデンテーション法を活用し,押込みクリープ試験によって取得したマグネシウムの結晶粒界(近傍)と結晶粒内の押込み変位vs.時間曲線をFig. 6(a)に示す72).押込み応答は測定箇所によって異なり,結晶粒界近傍の押込み深さは,結晶粒内と比較して時間経過とともに深くなる.結晶粒界近傍であっても,測定箇所が結晶粒界から数ミクロン程度離れることで,押込み深さが浅くなる.この応答様相は,結晶粒内の計測結果と類似し,押込み時の変形メカニズムは,結晶粒界から数ミクロン程度(=~5 μm)で変化することが分かる.なお,結晶粒界からの距離:~5 μmは,粒界コンパティビリティが作用する限界距離と極めて近い値である29).押込みクリープ試験から得られた結晶粒界近傍と結晶粒内のひずみ速度感受性指数(m値)は,各々~0.5,~0.1であり,結晶粒界近傍では,粒界すべりの活性化が推測される.多結晶マグネシウム合金を使用した室温引張試験であっても,局所的な粒界すべりの痕跡が確認されていることは30),本結果と良い一致を示す.一方,結晶粒内で取得したm値から,結晶粒界近傍の粒界すべりよりも変形抵抗の大きな転位すべり運動,または,変形双晶が変形を担うと考えられる.粒界塑性の影響が小さな/無視できる粗大粒マグネシウムを用いた室温クリープ試験では,底面転位すべり運動が支配的であることも報告されている73,74)

Fig. 6

The indentation depth vs. time obtaining from nanoindentation creep tests (a) in the magnesium and (b) effect of alloying elements on nanoindentation creep behavior. Inset in each image at right-side bottom indicate measurement position. This figure is reconstructed in part from Refs. 72,75) with permission from Taylor & Francis and Elsevier, respectively.

結晶粒界近傍の局所押込みクリープ応答に及ぼす添加元素,すなわち粒界偏析元素の効果を示すため,Fig. 6(b)には,Mg-0.3 at%Al合金の結晶粒界近傍の押込み変位vs.時間曲線も併記している75).計測面の結晶方位や隣接粒との結晶方位差などは,マグネシウムと同じである.マグネシウムの様相と異なり,Mg-Al合金の押込み変位量:Δhはわずかで,マグネシウムよりも結晶粒界の変形抵抗が大きい.また,押込み変位量は,マグネシウム結晶粒内の計測値と同程度であり,Mg-Al合金の結晶粒界近傍の主たる変形メカニズムは,マグネシウムの結晶粒内と同じである可能性が高い.これらの結果は,バルク内に占める結晶粒界(=結晶粒サイズ)や添加元素の種類が,マグネシウムの変形メカニズムと極めて密接な関係があることを明示している.延性能を付与するためには,両因子の役割を理解し,その効果的な制御が重要である.

3.2 引張破断伸びに及ぼす添加元素の影響

前項に基づき,バルク内の粒界占有率が大きな微細結晶粒二元系合金の結果を用いて,室温延性に及ぼす合金化の効果を述べる.Fig. 7は,室温で,(a):準静的な引張試験速度によって得られた応力vs.ひずみ曲線,および,(b):破断伸びと初期ひずみ速度の関係である.比較のために,同様の微細組織様相からなる汎用マグネシウム合金(AZ31合金)押出材の結果も並記している76).同図で引用した二元系合金の添加濃度は0.3 at%である.また,平均結晶粒サイズが3 μm程度で,底面集合組織を有していることから77),添加元素の違いが,変形応答の差異を反映している.Fig. 7(a)より,破断伸びは添加元素に影響を受け,大多数の二元系合金は,マグネシウムよりも小さい.この傾向は,Fig. 5(a)や汎用合金の結果に合致する.一方,Mg-Mn合金の破断伸びは(Fig. 7(a)),マグネシウムの約2倍,AZ31合金の4倍以上を呈し,延性向上にはマンガン元素の添加が有効である.Mg-Mn合金の破断伸びの増加は,ひずみ速度の低速化にともない一層顕著である.例えば,ひずみ速度:10−5 s−1で得られた破断伸びは,室温であっても200%を超える.翻って,他の二元系合金の破断伸びvs.ひずみ速度の関係は,汎用合金と類似し,1/1000倍低速化した引張試験条件であっても,破断伸びの向上は数十%程度と,その増加率は僅かである.また,Fig. 7(a)に示す変形応答に関して,延性改善に有効な元素を添加した二元系合金の変形応力は,マグネシウムよりも低い値を示す.一般的に,添加した溶質元素と転位すべり運動との相互作用から,塑性変形時の応力は純金属よりも硬化し,固溶強化として認知されている.しかし,優れた延性能を有するMg-Mn合金(やMg-Li合金など)は軟化傾向であり,この現象を固溶強化によって説明することは難しい.主変形メカニズムに依拠した詳細な要因については,次節に記す.

Fig. 7

Room-temperature tensile behavior in fine-grained magnesium and its binary alloys; (a) nominal stress vs. nominal strain curves at quasi-static strain rate (1 × 10−3 s−1) and (b) variation in elongation-to-failure in tension as a function of strain rate. This figure also includes the results of fine-grained AZ31 alloy.

3.3 変形機構

Fig. 8に,特異な延性挙動を示すマグネシウムおよび二元系合金のHall-Petchの関係を示す87).破断伸びは,引張ひずみ速度に依存することから,同図では,(a):準静的ひずみ速度(≥ 10−4 s−1)と,(b):低ひずみ速度(< 10−4 s−1)に分割している.準静的ひずみ速度条件下で得られる降伏応力は,従来のHall-Petch則に従うが,ひずみ速度が遅い場合,数ミクロン程度の結晶粒サイズで,逆Hall-Petch則が確認できる.ニッケルや銅などでよく報告される逆Hall-Petch則は,結晶粒サイズが数ナノ程度の超微細粒材で起こり,結晶粒内にFrank-Read源などの転位発生源が枯渇することに起因する77-80).マグネシウムでは,結晶粒サイズが100倍以上粗大であっても逆Hall-Petch則が観察でき,その主要因が超微細粒材と同じであるとは考えにくい.Fig. 9(a)と(b)は,低ひずみ速度条件にて室温引張試験した後のSEM表面観察例である65).汎用合金と同程度の破断伸びを示したMg-Zn合金では,表面起伏など特異な様相は識別できない.一方,巨大な伸びを示したMg-Mn合金では,白矢印で示すように明瞭な粒界すべりの痕跡が確認できる.Fig. 9(c)と(d)より,引張試験前に導入したケガキ線は,隣接する結晶粒間で大きくずれ,試験の進行とともにずれ幅が大きくなることも確認されている81).また,汎用および従来材の低ひずみ速度引張試験後の破面は,延性ディンプル形態を示すのに対し,Mg-Mn合金は,超塑性変形時の粒界三重点でよく形成するキャビティーに由来した破壊が生じる82).以上のことから,逆Hall-Petch則の要因のひとつとして,局所的な粒界すべりの発現が考えられる.

Fig. 8

Hall-Petch relation in magnesium and its binary alloys (a) at quasi-static strain rate regimes (faster than 1 × 10−4 s−1)76,87,106,140,143,149-158) and (b) at low strain rate regimes (lower than 1 × 10−4 s−1)76,87,88,106,149,158,159). This figure is reproduced in part of Ref. 87) with permission from Springer nature.

Fig. 9

Typical examples for SEM observation; after room-temperature tensile tested samples at low strain rate regimes in fine-grained (a) Mg-Mn and (b) Mg-Zn alloys, and difference in surface features (c) before and (d) after tensile testing in fine-grained Mg-Mn alloy. White arrows in Fig. (a) show the trace of grain boundary sliding. In Figs. (c) and (d), white arrows and yellow characteristics correspond to the observed points/regions before and after tensile testing. Figures (a) and (b) are reused in part from Ref. 106) with permission from Taylor & Francis.

現時点では明確な解が得られていないが,室温粒界すべり発現の誘因について,微視的観点から述べる.展伸化二元系合金の微細組織観察より,添加元素が結晶粒界に偏析することは,前記のとおり多数報告されている42-48).飛躍的な延性改善のカギは,これらの偏析元素種が,粒界すべりを活性化させる働きがあるか否かにあると推測できる.第一原理計算を活用した電子結合状態の検討から,希土類元素など,粒界すべり促進効果の乏しい元素が結晶粒界上に存在する場合,マグネシウム電子と特定の方位に強固な非等方的結合状態を呈する.一方,マンガン元素は,等方的な結合を示し,この等方/非等方性結合が,粒界塑性に対する原子レベル的な影響要因と勘案される82).また,リチウム元素は,価電子がs軌道に存在するため非局在化し,自由電子としての挙動が優先的に生じるためである83).ただし,これらは一事例に過ぎない.実際の多結晶バルク内に占める結晶粒界は,多種多様な構造から構成されており,数値解析時に適応や使用するモデルも含め,今後より詳細な議論が必要である.

Fig. 10は,金属材料の代表的な変形機構である,粒界すべり,転位すべり運動,変形双晶に関する流動応力vs.ひずみ速度の模式図を表し,一般的な評価速度域を網掛けで示している84).図内太線は,支配的な変形機構の一例である.Fig. 5(a)7(b)で例示した汎用元素を添加したマグネシウム合金の場合,低ひずみ速度域であっても破断伸びが数十%程度で,m値が小さいことから65,76,これらの元素は,室温粒界すべりを促進させる働きが乏しいと推測できる.発現速度が極めて遅い粒界すべりを常用の試験速度域にて捉えることができず,通例の塑性変形挙動と同様に,転位すべり運動が変形を担う.なお,圧縮試験時は,結晶配向と応力付与方向との関係に起因し,流動応力は変形双晶を反映する.一方,リチウム元素またはマンガン元素は,粒界すべりを促進または活性化させる効果がある.そのため,粒界体積の多い微細粒バルク材では,低速および準静的ひずみ速度域であっても局所的な粒界すべりの発現が確認できる.しかし,試験速度の高速化にともない,主変形機構が転位すべり運動や変形双晶に遷移する.

Fig. 10

The simple relation for flow stress in tension or compression vs. strain rate in the conventional and/or specific magnesium alloys at room-temperature. GBS indicates grain boundary sliding. It is noted that three different deformation mechanisms, i.e., GBS dislocation slip and twinning, depend on grain sizes and testing temperatures. This figure is reused in part from Ref. 84) with permission from JIM.

微細組織構造の観点から特異二元系合金の粒界すべりの活性化は,粒界偏析が要因のひとつであろうことは先に述べた.粒界すべりを促進/活性化させる元素であっても,粒界偏析の制御は非常に重要である.バルク内に占める粒界偏析サイトの体積率によって,変形機構が大きく変化する.同程度の平均結晶サイズと添加量であっても,自由体積の小さな小角粒界が高密度に含有するMg-Mn合金では,破断伸びは20~30%程度で,変形応力や破断伸びはひずみ速度依存性を示さない.また,主変形機構は,汎用合金と同じく転位すべりであることが指摘されている85)

最後に,室温粒界すべりが発現する要因について,緩和機構から検証する.粒界すべりは,水飴のような巨大延性を示す「超塑性挙動」を連想する変形機構である86).粒界すべりによって変形の連続性を維持するためには,緩和機構が作用する必要がある.金属材料のクリープ挙動を反映した構成式は,次式で表記される86).   

\[\dot{\varepsilon} = A\left( {\frac{{Gb}}{{kT}}} \right){\left( {\frac{\sigma }{G}} \right)^n}{\left( {\frac{b}{d}} \right)^p}D\](1)
ここで,$\dot{\varepsilon}$:ひずみ速度,σ:流動応力,G:剛性率,n:応力指数(=ひずみ速度感受性指数の逆数),k:ボルツマン定数,b:バーガースベクトル,d:結晶粒サイズ,p:粒径指数,D:拡散係数である.マグネシウムおよびマグネシウム合金の室温クリープ変形に関する研究報告例についてTable 1にまとめる73,76,87-95).従来の転位すべり運動に支配された場合(例えば,m < 0.1)と比較して,変形機構と密接な関係にあるm値(=n値の逆数)または活性化体積:Vは,評価方法に由来した差異があるものの,概ね大きな値を示す.特に,結晶粒サイズの微細化やひずみ速度の低速化にともない,m値は高い,もしくは活性化体積は小さい.活性化エネルギーに関する研究報告例は数少ないが,数十μm程度の結晶粒サイズを有するバルク材では約20 kJ/molと計測されている30).この低い活性化エネルギーより,粒界すべりは,転位すべりによって誘発されると指摘されている.また,結晶粒サイズが数百μm以上の粗大粒材である場合,活性化エネルギーは数kJ/molで,粒界近傍の原子シャッフリング機構が粒界すべりの緩和機構であると提唱されている73,74,96).一方,微細結晶粒バルク材では,活性化エネルギーが75~85 kJ/molと粒界拡散に近い活性化エネルギーを示す76,86,87).前記の緩和機構と異なることを示唆し,Fig. 6(a)に示す局所・微小押込み応答から取得した変形機構と類似していることは興味深い.また,結晶粒内に蓄積した弾性エネルギー解放に起因した結晶粒回転モデルも提案されているが97),更なる議論が必要である.
Table 1

Results of room-temperature creep testing in various magnesium and its alloys73,76,87-95).

平均結晶粒サイズが,5 μm以下からなる微細結晶粒バルク材を用いて,ひずみ速度:10−3 s−1以下の引張試験の結果をもとに,剛性率と材料定数等で規格化した関係をFig. 11に示す.実験条件や評価試料が多岐ではあるが,優れた破断伸びを呈する応力vs.ひずみ速度の関係は,一義的に集積する傾向にある.前記のとおり,室温粒界すべりに関する緩和機構は諸説報告,検討されている.規格化した結果に大きな差異がないことから,概ね同じ機構によって,変形が支配されていると言える.

Fig. 11

The variation in $\dot{\varepsilon}$/D(kT/Gb)(b/d)p as a function of (σ/G) in fine-grained magnesium and its alloys76,87,88,97,106,149,159).

4. 結言

本稿では,マグネシウムに固溶する汎用元素を主な対象とした.最近,粒界すべりを活用した巨大延性化に関して,ビスマス元素の添加もマンガン元素と同様,または,それ以上の効果を発揮すると報告がある76,98).汎用押出加工によって作製したMg-Bi合金の破断伸びは,初期引張ひずみ速度:1 × 10−3 s−1であっても150%以上を示し,超塑性に極めて類似した挙動を呈する76).しかし,展伸加工温度域におけるビスマス固溶量が小さいことから,Mg-Mn合金等で観察した添加元素の粒界偏析が起こりにくい.室温粒界すべりを活性化させる微視的組織要因が異なることは,大変興味深い.一方,マグネシウムに対して固溶しないシリコン元素は(Fig. 1参照),容易にMg2Si金属間化合物を形成する.この粒子は,高温変形時の結晶粒粗大化を抑制する組織制御因子として活用することが多く,Mg-Si合金は,500℃であっても微細組織構造が維持され,ひずみ速度:1 s−1にて破断伸びが250%以上と高速超塑性を示す99).また,リチウム元素は,多量に添加することでBCC相になることも良く認知され,軽量化かつ易成形化を両立させる有望な元素である.33%以上のリチウムを添加したMg-Li合金は,水に浮く金属として有名である100).室温延性改善の観点から,HCP相とBCC相の二相からなる超微細結晶粒Mg-Li合金に至っては,準静的ひずみ速度下にて300%以上の破断伸びを呈することが確認されている101).スカンジウム元素も,添加濃度制御により,HCP相からBCC相に結晶構造を変化させる数少ない元素であり,20%以上添加することで相変態が起こる102).希土類元素でもあるため,マグネシウムとの原子半径差が大きく,高強度化にも貢献する元素でもある103).計算科学から,チタン元素はマグネシウムと類似した電子構造を有し,非底面転位運動の活性化や粒界強化元素として作用する可能性があると指摘されている104).現行のプロセス技術では,Mg-Ti固溶系合金の作製は不可能であるが,新規技術の発展にともない,夢の合金化となることも期待される.今後,人工知能やマテリアルゲノムを活用した材料・合金設計の創出も夢物語,近未来の話ではないように思われる.本稿が,新規合金設計の一助になれば幸いである.

本稿に対して,建設的なご指摘,ご助言を賜りました吉永日出男名誉教授(九州大学),都留智仁博士(国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構)に深謝いたします.また,本稿をまとめるにあたり,多大なるご助力を頂戴しました大澤嘉昭博士,小松玲子氏,小林康子氏(いずれも国立研究開発法人 物質・材料研究機構)に重ねて謝意を表します.なお,本研究の一部は,科学研究費補助金16K06783および新学術領域研究18H05477(ミルフィーユ構造の材料科学),25102712(バルクナノメタル)の支援によって得られたものである.

文献
 
© 2019 (公社)日本金属学会
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