日本金属学会誌
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論文
Sn/Cu 2層めっき上に発生するウィスカの長さ分布と成長速度に関する研究
坂本 佳紀津田 和人山崎 中志村 将臣石原 外美
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2019 年 83 巻 8 号 p. 273-281

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Abstract

In this study, the occurrence and growth behavior of many whiskers occurred on the Sn/Cu plating system was observed over a long period of more than 1 year. The growth behavior of whiskers was analyzed statistically and quantitatively using the whisker length distributions and their temporal change. The whisker length distribution was approximated well with the 3 parameter Weibull distribution. Of the three parameters, the location parameter γ was constant at 4.9 μm regardless of the elapsed time. The scale parameter α increased at the beginning of the time and did not change after reaching the constant value. In addition, the scale parameter α almost agreed with the average length of whiskers. The shape parameter m gradually approached from the initial value of 2 to the value of 1 in the later time. In other words, the whisker length distribution was initially in the form of a lognormal distribution, but it changed to an exponential distribution over time. The relationship between whisker length l and an elapsed time t can be approximated well by the exponential function of expression, l = l0{1 − exp(−klt)} and the whisker growth rule is expressed by expression, dl⁄dt = l0klexp(−klt) = kl(l0l). Here, l0 is the whisker length at saturation and kl is the experimental constant. Relatively short whiskers with length 20 to 70 μm were slow in growth rate and stopped growing at an early stage. On the other hand, long whiskers grown to over 200 μm grow faster and longer than short whiskers, but finally stopped growing.

1. 緒言

電子機器のコネクタ部のピンなどには,耐食性,耐久性,表面の適度な硬さ,並びに優れたはんだ付け性等が求められている.現在,これらの諸条件を満たすピンとして,Cu合金線材にSnめっきを施したピン(Sn/Cu 2層めっきピン)が使用されている.しかし,Sn/Cu 2層めっきピンを採用すると,針状のSn単結晶(ウィスカ)が発生する.このウィスカによって電気回路が短絡し絶縁不良が生じるなど問題となっており1),改善策が求められている.特に近年,電子デバイスのダウンサイジングによりピンのピッチ間隔が小さくなり,短いウィスカの発生でも電気回路の短絡の原因となりやすく,Snめっきのウィスカ発生が再び問題視されるようになった2,3).これまでSnウィスカ対策として,Pbを添加することによりウィスカの発生を抑制する方法が採用されてきた4).しかし,近年,Pbは特定有害物質として使用が制限されている.

Sn/Cu 2層めっきにおけるSnめっき上のウィスカの発生挙動に関して,これまでに多数の研究報告1-7)がなされているが,ウィスカの成長特性に関する研究は極めて少ない.例えば,CharsonらはSnめっき上に発生した1本のウィスカの成長特性を50 hまで観察し,ウィスカ長さが時間に比例して伸長し,その成長速度が10.7 μm/dayであることを報告5)している.

著者らは,既報6)において,7-3黄銅基板上にSn/Cu 2層めっきを施した試料を用いて,Snウィスカの生成機構を詳細に研究した.時間の経過に伴ってCuがSnめっき中に拡散し,そしてSn/Cu界面近傍のSn粒界に沿ってSnめっき内に金属間化合物(Intermetallic compound,以後IMC)Cu6Sn5が生成される.そして,Sn内にIMCが生成するのでSnが押し出され,Snウィスカとして発生することを報告した.また,Sn/Cu 2層めっき上のウィスカ発生,並びにめっき内の金属間化合物の発生に及ぼす熱処理の影響について報告した7).しかし既報6,7)では,多数発生するSnウィスカの発生・成長挙動に関する統計的,かつ定量的調査は行わなかった.Snめっき上に発生する複数のウィスカの発生・成長挙動を一年以上の長期にわたって観察し,統計的,かつ定量的に明らかにした研究はこれまでない.

本研究では,既報6)と同様のSn/Cu 2層めっき試料を作製し,これを用いてSnめっき表面上に発生・成長する多数のウィスカの発生および成長特性を1年以上の長期にわたって観察した.そして,ウィスカの長さ分布の経時変化に着目して,Snめっき表面上の多数のウィスカの発生・成長特性を統計的にそして定量的に調査・分析した.さらに,めっき断面におけるIMC生成量の経時変化も併せて調査し,ウィスカの成長速度とIMCの生成速度との相関性について定量的に検討した.

2. 試験片および実験方法

2.1 めっき方法とめっき後の保管法

Fig. 1(a)及び(b)は,それぞれSn/Cu 2層めっき試料の模式図,並びにめっき部断面の模式図を示したものである.めっき基板は市販の7-3黄銅(C2680R-H)であり,その寸法は幅20 mm,厚さ1 mm,長さ40 mmである.Fig. 1(a)に示す10 mm × 10 mmの所定箇所に,Cuめっき,Snめっきの順に処理をおこなった.めっき処理をしない箇所にはマスキングを施した.Table 1にめっき処理条件を示す.

Fig. 1

Schematic illustrations of the specimen with Sn/Cu double layers plating.

Table 1

Bath composition and plating conditions.

下地のCuめっき処理にはシアン化銅浴を使用し,Snめっき処理にはメタンスルホン酸スズ浴を用いた.めっきは片面のみとし,めっき時に流す電流量の調整によって,めっき厚さを調整した.本研究のSn/Cu 2層めっき試料では,Cuめっき厚さを1 μm,Snめっき厚さを2 μmと設定した.試料を2枚以上作製し実験に用いた.Sn結晶粒径の測定は,集束イオンビーム(Focused Ion Beam(FIB))による試料表面の観察を行い線分法にて測定した.

FIBの観察ビームからめっき表面を保護するために,めっき処理後,所定の箇所(Fig. 1(a)の3 mm × 3 mm)に油性塗料を塗布することによって保護膜を形成した.そして,めっき処理後の試料をエアコン設置の室温環境(室温295 ± 3 K,湿度50 ± 20%)において保管し,めっきの経時変化を観察した.

2.2 Snめっき膜断面のIMCの生成挙動と同定

FIB加工と走査イオン顕微鏡(Scanning Ion Microscope(SIM))像を用いて,Snめっき膜断面におけるIMCの生成挙動を観察した.FIB加工には日本電子(株)製,集束イオンビーム装置(JIB-4000)を用いた.FIBを用いて,測定時間毎に,保護膜範囲(3 mm × 3 mm)に横65 μm,縦20 μm,深さ10 μmのミリング加工を行った.現われたSnめっき断面のIMCを,試験片を60°傾けSIMを用いて観察した.IMCの組成分析には,エネルギー分散型X線分析装置(Energy Dispersive X-ray Spectrometer(EDS))を備えた走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope(SEM):日本電子(株)製,JSM-6301)を用いた.FIBを用いて,Snめっき断面から幅60 μm,深さ10 μm,厚さ3 μmの分析用試料を作製し,これを点分析を行うことにより,IMCを同定した.

2.3 Snめっき表面に発生するウィスカ密度,並びにウィスカ長さ分布の経時変化

Snめっき表面上に発生するウィスカ発生密度の経時変化を調べた.Fig. 1(a)の保護膜の無い部分に,450 μm × 300 μmの領域を4か所,合計450 μm × 1200 μmの領域を観察域として設定した.観察域を4か所設定した理由は,ウィスカ発生密度,成長速度が場所によって変化するので,ウィスカ密度,並びにウィスカ長さ分布の一般的特性を把握するために十分に広い観察域を設定した.またFIBで目印を付けることによって,同一の観察箇所におけるウィスカ密度とウィスカ長さの変化をSIM像を用いて連続的に観察した.観察時には試料を60°傾け観察した.2~3 μmの長さのウィスカも観察されたが,観察しづらいため,測定精度を考慮して4 μm以上の長さを持つウィスカを測定対象とした.観察時間は,めっき後380日までとした.試料を60°傾けてめっき表面を観察しているので,この傾角を考慮してウィスカ長さを測定した.

3. 実験結果

3.1 Snめっき膜断面のIMCの生成挙動

Fig. 2は,めっき後のめっき断面のSIM像の経時変化を示したものである.最長の経過時間は380日である.Fig. 2(a)からわかるように,めっき直後では,めっき断面は黄銅基材,Cuめっき層,Snめっき層が明確に分かれている.しかし時間経過と共に,Fig. 2(b)~(d)中の矢印が示すように,Cu/Snめっき界面近傍のSnめっき粒界に沿って,灰色の相が多数形成されている.この灰色の領域は時間の経過に伴って増加していることが確認できる.この灰色の相をSEM付属のEDSを用いて分析を行ったところ組成がCuが52.7 mol%,Snが47.3 mol%であることからCu6Sn5であると考える.以上の観察結果は,既報6)の観察結果と同一である.

Fig. 2

SIM images of the plating parts observed in the cross section of the sample. Elapsed times are (a) 3 days, (b)15 days, (c) 110 days and (d) 228 days after the plating processing.

めっき後,灰色の領域(IMC)が時間経過に伴う変化を定量的に観察した.Fig. 2のSIM像より,灰色のIMC部,並びにSnめっき部のピクセル数をカウントした.これらを式(1)に代入することで,Snめっき膜中の灰色のIMCの面積率,Xを算出した.   

\[X(\%)=\frac{{\rm IMCのピクセル数}}{{\rm Snめっきのピクセル数}+{\rm IMCのピクセル数}}\times100\](1)

Fig. 3Xと経過時間tの関係を示したものである.図よりわかるように,Xはめっき後100日程度まで急増し,その後一定値X0(30%)に漸近することがわかる.このような結果は,既報5)の実験傾向と同一である.

Fig. 3

Relationship between IMC area ratio (X) and elapsed time (t).

このIMC面積率Xとめっき後の経過時間tの関係を,式(2)の指数関数で近似した.Fig. 3中の実線は式(2)による近似結果である.図より,Xtの関係は式(2)によって良く近似できる.   

\[X=X_{0}\{1-{\rm exp}(-k_{{\rm X}}t)\}\](2)
ここで,X0 = 30%,kX = 2 × 10 − 2 day − 1である.式(2)中のX0の値はFig. 3Xの飽和値より定めた.またkXの値は以下のようにして求めた.式(2)を変形すると,ln(1 − X/X0) = − kxtの関係を得る.そこで,実験データを用いて,ln(1 − X/X0)とtの関係を直線で近似し,最小二乗法を用いて直線の傾きkXを定めた.この際,Xの初期の挙動を重視するためにめっき後100日までの実験データを用い,kXを定めた.

3.2 Snめっき表面のウィスカ発生密度の経時的挙動と成長挙動

Fig. 4は,めっき処理後の経過時間毎(3~380日)に,Snめっき表面のウィスカ発生・成長の変化状況を観察したSIM像である.これらの図中の矢印は発生・成長しているウィスカを示している.めっき処理後3日のFig. 4(a)では,ウィスカの発生が認められない.めっき処理後6日のFig. 4(b)では,図中の矢印が示すように,数μmの長さを持つウィスカの発生が認められる.Fig. 4(d)のめっき後30日までには,長さ10 μm程度の短く,多数のウィスカが発生・成長している.しかし,Snめっき処理後30~96日では,Fig. 4(d)~(e)からわかるように,個々のウィスカの成長は観られるものの,新たなウィスカの発生は見られない.また,Fig. 4(d)~(e)中の大多数のウィスカは数十μmの長さであり,緩やかに成長していることがわかる.しかし,少数のウィスカは著しく成長し長くなっている.

Fig. 4

SIM images of the plating surfaces observed. Elapsed times after the plating processing are (a) 3 days, (b) 6 days, (c) 10 days, (d) 30 days, (e) 96 days, (f) 159 days, (g) 228 days and (h) 380 days.

Fig. 5はウィスカ密度の経時変化を両対数グラフ上に示したものである.図より,ウィスカ密度はめっき後20日までは120 mm−2まで急増する.その後の20~50日では,ウィスカ密度は120~280 mm−2まで緩やかに増加し,めっき後50日以降は,一定値280 mm−2をとる.このようなウィスカ密度の経時変化は,Fig. 3のIMC面積率の経時変化と類似している.また,既報6)のウィスカ密度の実験結果とほぼ同一の実験傾向を示している.

Fig. 5

Variation of whisker density with an elapsed time after the plating.

成長するウィスカを任意に複数抽出し,連続観察より各ウィスカの成長特性を調査した.結果をFig. 6(a)及び(b)に短ウィスカと長ウィスカに分類して示した.縦軸はウィスカ長さ,横軸はめっき後の経過時間である.Fig. 6(a)の長さが50 μm以下の短ウィスカでは,経過時間初期に急成長し,その後成長を停止する.一方,Fig. 6(b)の長さが200~500 μm程度の長ウィスカでは,経過時間後期においても成長している.また,ウィスカ長の長短に関わらず,ウィスカの発生時期,並びに成長速度は個々のウィスカ毎に変動している.そこで,次節では,個々のウィスカの成長特性ではなくウィスカの長さ分布の経時変化に着目し,ウィスカ全体の発生・成長特性を統計的に把握することとする.

Fig. 6

Occurrence and growth behavior of individual whiskers.

3.3 Snウィスカの長さ分布の経時的変化

ウィスカの成長特性を観察・測定するために,Snめっき上に4つの観察域を設定した.1つの観察域面積は450 μm × 300 μmであるので全観察面積は450 μm × 1200 μmであった.そして,経過時間毎に,Snめっき上の観察域に発生・成長している4 μm以上のウィスカ長さを測定した.ウィスカ長さの実験データを統計的,かつ定量的に検討するために,ウィスカ長さ分布をワイブル確率紙上で表示した.ウィスカの長さ分布に対しワイブル分布を用いた理由は,ワイブル分布では,形状母数mの値の変化によって,正規分布,対数正規分布そして指数分布等,広範な分布形を表現できる柔軟性を持つので,ウィスカ長さ分布を定量的に表示するのに適していると考えたためである.腐食疲労下で発生する複数の表面き裂の成長過程の解析に同様の方法が用いられ,き裂長さの分布はき裂の発生密度の経時変化とき裂の成長速度の統計的分布を考慮して理論的に導出できることが示された8)

Fig. 7は観察結果をワイブル確率紙上にプロットした結果である.図の横軸はウィスカ長さ,l μm,縦軸は累積確率F(li)である.F(li)は平均ランク法を用いて,i/(n + 1)として計算した.ここで,分母のnは観察されたウィスカ総数,分子のiはウィスカ長さを短いものから順に並べ替えた時の順番である.

Fig. 7

Variation of the whisker length distribution with an elapsed time after the plating, plotted on the Weibull probability paper.

Fig. 7からわかるように,ウィスカの長さの分布はワイブル確率紙上で曲線で表示される.また,めっき後6~100日まで,ウィスカの長さの分布は経過時間とともに変化している.しかし,時間に伴う変化領域は,ウィスカ長さが10 μm以上の長いウィスカ領域に限定され,F(li)が30%以下の10 μm以下の短いウィスカ長さ領域では,時間経過による変化は認められない.さらに,めっき後100日以降380日まで,経過時間に伴うウィスカの長さの分布の変化は認められない.しかし,累積確率99~99.9%前後における最長ウィスカは成長を継続していることが認められる.

ウィスカの長さ分布がワイブル確率紙上で曲線表示されたので,ウィスカの長さ分布を式(3)の3母数ワイブル分布9)で近似することを試みた.

Fig. 8は,一例として,めっき後10日経過時のウィスカ長さ分布と実線で表示される式(3)の3母数ワイブル分布を比較した結果である.   

\[F(l)=1-{\rm exp}\left\{-{\left(\frac{l-\gamma}{\alpha}\right)}^m\right\}\](3)
Fig. 8

Approximation of whisker length distribution with three parameters Weibull distribution.

ここで,mは形状母数(Shape factor),αは尺度母数(Scale factor),γは位置母数(Location parameter)である.位置母数γが0の場合,2母数ワイブル分布と呼ばれ,統計分布形がワイブル確率紙上で直線で表示される.

ワイブル3母数の推定は以下の手順に従った.最初,めっき後の経過時間6日のウィスカ長さ分布を用いて,任意の初期値を位置母数γとして仮定した.この初期値を出発値として,γ値を0.1 μごとに種々変化させ,その都度,実験データを用いて,横軸のln(lγ)と縦軸のlnln(1/(1 − F(l)))の間で最小二乗法による直線近似を行い,相関係数を求めた.ここで,lは個々のウィスカ長さ,lnは自然対数である.そして相関係数が最大となる時のγ値を位置母数と採用し,γ値として4.9 μmを得た.その時の傾きと切片の値から形状母数mと尺度母数αを求めた.この方法は相関係数最大法10)として知られている.これらの3母数を式(3)に用いて経過時間10日の結果について描いた曲線がFig. 8中の曲線である.図からわかるように,実験で得られたウィスカ長さの分布は3母数ワイブル分布で良く近似できることがわかる.以上の検討より,経過時間10日以外の他の経過時間に対しても,γ値を4.9 μm一定として,最小二乗法より形状母数mと尺度母数αを求めた.

3母数ワイブル分布の3母数の意味を簡単に説明する.位置母数γ(4.9 μm)はウィスカの長さ測定の下限界値(4 μm)に関連する母数である.また,形状母数mはウィスカの長さ分布の分布形を表現する母数である.m = 3~4はウィスカの長さ分布が正規分布に近い分布形状,m = 2は対数正規分布に,また,m = 1は指数分布に対応する.尺度母数αは,ウィスカの長さ分布におけるウィスカの代表長さを表す.式(3)において,l = αとおくとF(α)は式(4)で与えられる.ここで,αγαと近似するとF(α) = 0.632となるから,αは,ウィスカの長さ分布において,累積確率63.2%におけるウィスカ長さを表している.Fig. 9(b)で後述するように,尺度母数と位置母数の和α + γウィスカの平均長さに対応している.   

\[F(\alpha)=1-{\rm exp}\left\{-{\left(\frac{\alpha-\gamma}{\alpha}\right)}^m\right\}\approx1-{\rm exp}(-1)\approx 0.632\](4)
Fig. 9

Time variation of shape parameter, m, and scale parameter, α, of the whisker length distribution.

Fig. 9(a)及び(b)は,それぞれ,ウィスカの長さ分布(ワイブル分布)における形状母数mα + γとめっき後の経過時間の関係を示したものである.Fig. 9(b)中にはウィスカの長さ分布における,平均ウィスカ長さも示してある.Fig. 9(a)からわかるように,形状母数mは,ウィスカ発生直後の6日目には2程度の値を取るが,めっき後6~30日の時間経過より2から1まで急激に低下する.その後の30~100日では,形状母数mは,1から0.9まで緩やかに減少し,その後ほぼ一定値0.9の値をとる.この結果は,めっき後初期において,ウィスカの長さ分布は対数正規分布形を示すが,めっき後30~100日以降,ウィスカの長さの分布が指数分布形のまま変化しないことを示している.一方,尺度母数αは,Fig. 9(b)に示すように,めっき後20日頃まで10~20 μmまで比較的速く増加する.20~100日では20~27 μmまで増加し,100日以降では27 μmの一定値をとっている.また,ウィスカの平均長さはα + γと類似の成長挙動を示すことがわかる.

尺度母数αの経時的変化に注目すると,平均的なウィスカの成長挙動を把握することができる.しかし,既述のように,一部のウィスカは成長が速く,成長も継続した.そこで,長いウィスカの成長挙動を検討するために,ウィスカの長さ分布において,累積確率F(li)が90%,99%,99.9%におけるウィスカ長さを縦軸に,横軸にめっき後の経過時間をとり整理した結果をFig. 10に示す.F(li) = 90%のウィスカ長さはウィスカ分布の上位90%に位置するかなり長いウィスカの成長特性を,また,F(li) = 99%及び99.9%はウィスカの中で最長グループのウィスカの成長特性を表している.比較のために,Fig. 10中には,Fig. 9(b)に示した平均ウィスカ長さを持つウィスカと尺度母数αの成長挙動も併せて示してある.

Fig. 10

Time variation of whisker length evaluated from time-dependent change in the whisker length distribution.

Fig. 10よりわかるように,各累積確率値におけるウィスカ長さlは,時間初期には速く,時間経過に伴い徐々に成長速度が低下し,最終的には成長を停止する.平均長さを持つウィスカ及びF(li) = 90%におけるウィスカ等,20~70 μmの比較的短いウィスカは成長速度が緩やかで,早期に成長が停止する.一方,F(li)が99%,99.9%における,200 μm以上の長いウィスカは,短いウィスカと比較すると成長が速く,成長も長時間継続する.しかし最終的には成長が停止する傾向が認められる.以上の特性はFig. 6の個別ウィスカの成長特性と類似している.Fig. 10中の実線,破線等は,ウィスカの成長挙動を各累積確率毎に式(5)で近似した曲線である.   

\[l=l_{0}\{1-{\rm exp}(-k_{{\rm l}}t)\}\](5)

ここでl0は成長停止時のウィスカ長さ,klはウィスカの成長速度に関係する実験定数,tはめっき後の経過時間である.Fig. 10からわかるように,ウィスカの成長挙動は式(5)によって良く近似できる.

式(5)において,ウィスカの発生初期でtが小さければ,exp(−klt)≒1 − kltと近似できるから,ウィスカ長さlll0kltとなる.すなわち,ウィスカ長さlは時間に比例し,比例定数はl0klである.時間初期において,ウィスカ長さが時間に比例するという結果はCharsonらの報告結果5と一致する.

式(5)の定数l0klの定め方は,IMCの面積率Xにおける方法と同様である.Table 2は,ウィスカの長さlを式(5)で近似した時のl0及びkl値を各累積確率値毎に示したものである.

Table 2

Parameter values used in the whisker growth curve of Eq. ( 4 ).

式(5)を時間tで微分するとウィスカの成長速度dl/dtは時間tの関数として式(6)で与えられる.また,式(6)を式(5)の関係を考慮し変形すると,dl/dtはウィスカ長さ(l0l)に比例する.その際の比例定数はklである.   

\[{\rm d}l/{\rm d}t=l_{0}k_{{\rm l}}{\rm exp}(-k_{{\rm l}}t)=k_{{\rm l}}(l_{0}-l)\](6)

Table 2l0及びkl値を式(6)に代入することによって,成長速度dl/dt(μm/day)とt(day)の関係,並びにdl/dt(μm/day)と(l0l)(μm)の関係が得られる.Fig. 11(a)及び(b)はそれぞれdl/dtt,並びにdl/dt − (l0l)の関係を示したものである.これらのFig. 11中には,Fig. 10の実測のウィスカの長さ分布の変化から得られる実験結果も併せて示してある.Fig. 11より,実験データのばらつきは大きいものの,式(6)のdl/dtt,並びにdl/dt − (l0l)の関係は実験結果と良く対応することがわかる.

Fig. 11

Growth characteristics of whiskers. (a)Relationship between whisker growth rate, dl/dt and elapsed time, t. (b) Relationship between whisker growth rate, dl/dt and whisker length, l0l.

Fig. 11(a)から分かるように,比較的短い30 μm程度の平均長さを持つウィスカは,めっき後経過時間0~20日において,成長速度0.5~1.5 μm/day程度であるが,30日以降ではほとんど成長しない.長さが70 μm程度の比較的長いF(li) = 90%のウィスカは,めっき後0~20日において成長速度1~3 μm/day,20~100日において0.1~1 μm/day,100日以降は成長を停止する.一方,最長グループのF(li) = 99%及び99.9%の極めて長いウィスカは,めっき後0~20日において5 μm/dayの速い成長速度,そしてめっき後200日においても長期にわたって成長している.しかし,300日以降は成長を停止する.

Fig. 11(b)から分かるように,ウィスカ成長速度はウィスカ長さ(l0l)に比例する.比例定数klの値はウィスカ長さlが長いほど小さいが,l0の値は逆にウィスカ長さが長いほど大きくなる.

4. 考察

4.1 ウィスカ長さ分布に基づく成長特性と個々のウィスカの成長特性の比較

Fig. 11に示したように,ウィスカ長さ分布に基づいて,ウィスカの成長則として式(6)を得た.しかし,個々のウィスカの成長特性についても同様の成長特性が得られるか不明であった.そこで,Fig. 6の実験結果を用いて,個々のウィスカの成長速度dl/dtとウィスカ長さ(l0l)の関係を調査した.結果をFig. 12に示す.図中には,比較のために,ウィスカ長さ分布に基づくウィスカの成長則も各累積確率毎に実線,破線,一点鎖線で示している.図より分かるように,個々のウィスカにおいても,ウィスカ成長速度dl/dtとウィスカ長さ(l0l)の間に直線関係が成立し,式(6)のウィスカ成長速度則が適用できる.この結果は,ウィスカ長さの長短に依らない.しかし,l0及び直線の傾きklの値は個々のウィスカ毎に異なる.これは,ウィスカの発生場所,ウィスカの発生時間の相違によりウィスカ間の相互作用が種々異なるため,ウィスカの成長速度が複雑に変化するためと推察される.

Fig. 12

Relationship between whisker growth rate, dl/dt, of the individual whiskers and whisker length, (l0l).

調査した個々のウィスカの中に380 μmの最大長さを持つウィスカの成長挙動も含まれている.Fig. 12から分かるように,最長ウィスカの成長特性とウィスカ長さ分布のF(li) = 99.9%におけるウィスカ長さの成長特性は,直線の傾きが等しく一致することが分かる.一方,40~50 μmの短い個々のウィスカに対するdl/dt − (l0l)関係に着目すると,直線の傾き(kl値)は0.1~0.18であり,これはウィスカ長さ分布における平均長さを持つウィスカに対する傾き0.0625と比較して大きい.また,短い個々のウィスカのl0値は40~50 μmであり,ウィスカ長さ分布における平均長さを持つウィスカのl0値22 μmと比較して長い.この理由は,短い個々のウィスカは,成長するウィスカを任意に選択して測定した結果であるのに対し,ウィスカ長さ分布における平均長さを持つウィスカの成長特性は,成長性と非成長性のウイスカ両者の平均値を反映しているためと推察できる.

4.2 IMCとウィスカの経時変化の類似性

既報6)において,Sn/Cuめっき後,時間経過に伴ってCuがSnめっき中に拡散し,Sn粒界に沿ってIMCが生成される.このIMCがSnを押し出すことによってSnめっき表面にSnウィスカが発生することを報告した.以上の結果によれば,IMCの発生・成長特性(Xt関係)と,ウィスカの発生・成長特性(ウィスカ密度及びウィスカ長さ分布)の間に相関があることが予想された.

そこで,本研究で得られたXt関係,ウィスカ密度の時間変化(nt関係),平均ウィスカ長の時間変化(μt関係),ウィスカの長さ分布における尺度母数の時間変化(αt関係)とを比較した.結果をFig. 13に示す.Xnμαのいずれも時間経過tに伴って一定値に飽和する.これらの飽和値は互いに異なるので,諸特性の時間変化を直接比較を容易にするために,Fig. 13の縦軸はXnμαを下添字0を付した飽和値で除している.図からわかるように,X/X0n/n0μ/μ0α/α0と経過時間tの関係は類似の挙動を示している.すなわち,tの初期に増加し,その後,徐々に一定値に漸近している.これらの関係はFig. 13中の曲線,すなわち式(6)の指数関数で近似できる.   

\[{\rm y}=1-{\rm exp}\{-0.05279t\}\](7)
Fig. 13

Time variations of IMC area ratio X, whisker average length μ, whisker density n, and scale parameter, α. These values are standardized with each of the saturated values, X0 = 28%, μ0 = 22 μm, n0 = 251 mm−2, α0 = 21 μm.

ここで,yは便宜上,X/X0n/n0μ/μ0α/α0の4つの変数を代表して表したものである.また,tはめっき後の経過時間を表している.

めっき内のIMC面積率Xが増加すると,めっき内部はIMCによって圧縮され,そこに圧縮内部応力が形成される.

この圧縮内部応力の大きさに応じてめっき表面にウィスカが発生・成長すると,めっき内部に蓄積された圧縮内部応力が緩和され,そして減少するものと考えられる.IMC面積率X,及びウィスカの特性が式(7)で表示できる理由は,めっき内の圧縮内部応力の発生と圧縮内部応力の減少が拮抗しながら生じるためと推察されるが,詳細なメカニズムは現時点では明確ではない.今後,めっき内の圧縮内部応力の時間変化を具体的に明らかにする必要がある.

5. 結論

Snめっき表面上に発生・成長する多数のウィスカを1年以上の長期にわたって観察した.ウィスカの長さ分布の経時変化に着目して,多数のウィスカの発生・成長特性を統計的にそして定量的に調査した.得られた結論は以下の通りである.

(1) IMC面積率Xは,めっき後初期に急増するが,100日程度の長時間経過後一定値X0(30%)に漸近するる.Xとめっき後の経過時間tの関係は式(2)の指数関数で近似できる.

(2) ウィスカ密度はめっき後50日まで300 mm−2まで増加し,その後変化しなかった.また,複数ウィスカの発生時期,並びに成長速度は個々のウィスカ毎に変動した.これは,複数ウィスカ間に働く相互作用によるものと推察される.

(3) ウィスカの長さ分布は3母数ワイブル分布で良く近似できる.位置母数γは4.9 μmでありウィスカの最小観察長さと対応する.尺度母数αはウィスカの平均長さとほぼ一致し,時間初期に増加するがその後一定値22 μmに到達する.また形状母数は分布の形状に関連し,時間初期の2から後期の1に漸近する.

(4) ウィスカ長さの時間変化は式(4)で,また,ウィスカ成長則は式(5)で与えられる.20~70 μmの比較的短いウィスカは成長速度が緩やかで,早期に成長を停止する.一方,200 μm以上の長いウィスカは,短いウィスカと比べより速く,より長期にわたり成長するが,最終的には成長を停止した.以上の結果は個々のウィスカの成長挙動においても確認された.しかし,ウィスカの発生時期,並びに成長速度は個々のウィスカ毎に変動した.これは,複数ウィスカ間に働く相互作用によるものと推察される.

(5) 飽和値を用いて無次元化したIMC面積率X/X0,ウィスカ密度n/n0,平均ウィスカ長μ/μ0,及び尺度母数α/α0とめっき後の経過時間tの関係は同一の曲線で表示でき,式(6)の指数関数で近似できる.

(6) IMC面積率X,及びウィスカの諸特性の経時変化が式(6)の指数関数で表示できる理由は,IMC生成によるめっき内の圧縮内部応力の発生とウィスカ発生・成長による圧縮内部応力の緩和に密接に関連しているものと推察される.今後,めっき内の圧縮内部応力の時間変化を明らかにする必要がある.

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© 2019 (公社)日本金属学会
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