日本金属学会誌
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論文
易酸化性元素Mnを含む銅合金の大気溶解におけるNa2O-B2O3系フラックスによる耐火物の溶損とフラックスへのMn酸化物の溶解能の調査
長谷川 格小泉 琢哉鈴木 賢紀田中 敏宏
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2020 年 84 巻 1 号 p. 1-10

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Abstract

In order to clarify a guideline for designing of composition of a flux which can achieve both minimizing a refractory corrosion by the flux and maximizing of solubility of Mn oxides into the flux, corrosion tests for refractory was conducted in the atmosphere. The basic composition of flux is Na2O-B2O3 and the refractory is Mullite (3Al2O3・2SiO2), assuming a process of melting of a copper alloy containing Mn as easily oxidized elements. Although the corrosion ratio of refractory became larger with increasing of mole fraction of Na2O in flux, the concentration of refractory's constituents in the flux have different tendency predicted by the results of corrosion ratio. Through the corrosion test, the Na2O-B2O3 based flux has penetrated inside the refractory with Mn, and a part of that Mn has reacted with Al2O3 to form MnAl2O4. However, in the refractory/flux interface no clear formation of the compound layer could be confirmed due to the reaction between the refractory's constituents and the flux. In addition, the relationship between the corrosion ratio and the equilibrium solubility of 3Al2O3・2SiO2 for Na2O-B2O3 flux calculated by thermodynamic database was investigated. The result shows that there is not a clear relationship between them. The cause of this can be explained by the affection of corrosion inside the refractory by the penetration of the flux through the pores in the refractory. Furthermore, it was shown that the amount of Mn oxide dissolved in the flux was strongly affected by the viscosity of the flux by calculation.

Consequently, in order to design a proper composition of flux in this study, it became clear that the thermodynamic approach alone was not enough and more detailed examinations such as the wettability between the flux and refractory, properties of flux, especially penetration phenomena were also important.

1. 緒言

1.1 背景

金属の精錬や溶解・鋳造等の高温プロセスにおいて炉材として主に用いられる耐火物は,スラグやフラックスとの接触部において溶損することが知られており1-5),耐火物の溶損を抑制することは製造ラインの生産性を向上させる上で依然として重要である.

また,易酸化性元素を含む銅合金を大気雰囲気にて溶解する際には,溶湯表面に酸化防止用フラックスを散布することがあり,このフラックスとの接触による耐火物の溶損も報告されている6).易酸化性元素を含む銅合金の例には,Niの代替元素としてMnやTiを添加したCu-Zn-Mn合金やCu-Zn-Ti合金などの白色銅合金があり7,8),皮膚に接触した場合にNiによる金属アレルギーを生じさせず,かつCu-Zn-Ni合金と同等の白色の色調を有するために,ファスナーやボタンなどのアクセサリー用の合金としても用いられる.

このような合金の溶解で使用される酸化防止用フラックスの特性として,大気と溶湯表面との接触を防ぎ酸化による歩留まりロスを低減することに加え,溶解炉の表面に浮遊した易酸化性元素の酸化物を可能な限りフラックス中に溶解し除去することが重要である.その理由には,(1)溶解炉から保持炉へ出湯する際,出湯口やラウンダー(樋)が易酸化性元素の酸化物で閉塞することを防止すること,(2)易酸化性元素の酸化物が保持炉に流れ込み,鋳造品質に悪影響を与えることを防止することの2つが挙げられる.この特性を高めるためには易酸化性元素を主とする酸化物のフラックスへの溶解量を高めるようなフラックスの組成設計が重要である.しかしながら,そのように組成設計されたフラックスは,耐火物を構成する酸化物をも溶解し易くなる可能性が高いため,相反するこれらの特性を両立するようなフラックスの組成設計が必要である.すなわち,耐火物を構成する酸化物はフラックスへ溶解しにくく,銅溶解プロセスで生成する易酸化性元素の酸化物はフラックスに溶解しやすいという特性を有するフラックスの開発である.

このようなフラックスを設計するためには,フラックスによる耐火物の溶損のメカニズムと易酸化性元素の酸化物のフラックスへの溶解に関わる影響因子を知ることが重要となる.前者における既往の研究例としてはスラグと耐火物界面での溶損の律速段階に関する研究9,10)や,耐火物内部へのスラグの浸透と耐火物の寿命との関係性の研究11),また耐火物とスラグとの化学反応に関する研究12)と,耐火物とスラグとの化学反応により生成する高融点のスピネルを利用した耐火物の寿命向上に関する研究13)などがあり,特に金属精錬やガラス製造の分野で詳細な研究例が報告されている.後者においては溶湯中に存在する介在物をスラグまたはフラックス中に取り込んで除去するという観点から,精錬や鋳造の分野において多くの研究例がある14)

また,近年では溶融酸化物系に対する液相の自由エネルギーの組成・温度依存性の評価手法が構築され,スラグやガラスなどの多成分系の酸化物に対する相平衡についても熱力学的解析が可能となった15).この解析を通じ,銅精錬の分野において溶湯やスラグによる耐火物の溶損に関して考察した研究例もある1)

しかしながら,伸銅分野の溶解プロセスにおける耐火物の溶損に関する研究では,溶湯成分または溶湯成分の酸化により生成した酸化物と耐火物の構成成分との反応による耐火物の溶損に関するもの16)が主であるのに対し,フラックスやスラグを起因とした耐火物の溶損に関する報告は少ないのが現状である.また,酸化防止用フラックスの代表例としてホウ砂(Na2O・2B2O3)が知られているものの17),歩留まりロスを生じやすい真鍮などのCu-Zn 2元系合金だけでなく,その用途として適用頻度が高いはずの銅合金であるMnやTiなどの易酸化性元素を含む銅合金の溶解においてさえ,易酸化性元素の酸化物を溶解し除去するという特性と,Na2OとB2O3との混合比率に関する系統的な調査はされていない.さらに,これらの課題について多成分系の酸化物の相平衡の観点から熱力学的解析を行った例は伸銅分野において限られている6)

1.2 本研究の目的

本研究の目的は,伸銅分野での代表的な物質系に対して従来から実施されてきたフラックスによる耐火物の溶損評価のための促進試験に加え,多成分系の相平衡の予測に有効な熱力学データベースを用いて計算した相平衡に関する情報を活用しながら,耐火物の溶損の最小化と易酸化性元素の酸化物のフラックスへの溶解量の最大化を両立するようなフラックス組成の設計指針を得ることである.

本研究で取り扱う物質系は次の通りとした.すなわち,銅合金には易酸化性元素としてMnを含有したCu-Zn-Mn合金,フラックスにはNa2O-B2O3系フラックス,耐火物にはMullite(3Al2O3・2SiO2)を使用した.また,フラックスの組成と耐火物への溶損との関係を系統的に調査するため,フラックス中のNa2OとB2O3の混合比率を5通りに変化させて実験した.耐火物の溶損試験では溶損を促進するためにフラックスへの浸漬を維持しながら耐火物に回転を付与し,かつフラックスによる耐火物の溶損の度合いを評価し易くするため,形状の変化を評価しやすい角柱状の耐火物を使用した.また,熱力学計算にはGTT-Technologies社の熱力学計算ソフトFactSage7.318)を用いた.

2. 実験方法

2.1 装置

Fig. 1に耐火物の溶損試験に用いた実験装置の概略を示す.炉の加熱方式は高周波誘導加熱であり,坩堝には黒鉛製のものを用いた.坩堝の寸法は内径φ123 mm × 高さ185 mm,組成はC:40 mass%,SiC:45 mass%,SiO2:7 mass%である.黒鉛坩堝の上部には耐火物を取り付けられる装置があり,上下昇降および耐火物の回転が可能である.溶湯の温度の測定にはK型熱電対を用い,熱電対の保護管にはSi3N4製のものを用いた.実験はすべて大気雰囲気下で行った.

Fig. 1

Experimental apparatus.

2.2 試料

溶湯の原料には電気銅(4 N)・電気亜鉛(4 N)・Mnフレーク(3 N)を用い,組成がCu–36 mass% Zn–6 mass% Mnかつ総量が5 kgとなるよう混合した.Table 1は本実験で使用したNa2O-B2O3系フラックスの5種類の組成,および熱力学データベースにて1050℃の下で計算したフラックス中Na2Oの活量(対数表示)を示したものである.$x_{Na_2O}$はフラックス中のNa2Oのモル比率を表している.Flux AからFlux Eにかけて,フラックス中Na2Oの活量$a_{Na_2O}$が大きくなるように設定している.フラックスの作製には関東化学(株)製の特級試薬であるNa2CO3およびH3BO3を用い,これらを所定の比率で混合し総量を200 gになるよう調製した.また,溶損試験において使用した耐火物はMullite(Al2O3: 70 mass%,SiO2: 27 mass%,other: 3 mass%)であり,寸法は30 mm × 30 mm × 150 mm,形状は角柱状のものを用いた.耐火物の見掛気孔率は24.1%,見掛比重は2.4 g/cm3であった.

Table 1

Flux components used in this study.

2.3 手順

溶湯の原料である金属試料を黒鉛坩堝に投入し,誘導加熱により常温から1050℃まで40 minかけて原料を加熱し溶湯を作製した.溶湯の温度が1050℃に到達した後,レードルを用いて溶湯表面に生成した酸化物を可能な限り除去し,予め調製した200 gのフラックスを溶湯の上に一度に投入した.フラックスの溶融を目視にて確認した後,耐火物を回転装置にて60 rpmで回転させながら,耐火物の下端から約50 mmの部分がフラックスおよび溶湯に浸漬する位置まで下降させた.溶損試験の時間は,浸漬のための下降を止めた時点を基準に120 minとした.フラックスの採取については,回転する耐火物と黒鉛坩堝の内壁面との中間位置付近に浮遊するフラックスを,SUS301製のレードル(容量9 ml)を用いて約20 mlを採取した.溶損試験はフラックス毎に2回ずつ行った.

2.4 耐火物の溶損率の評価方法

Fig. 2に,溶損試験前後での耐火物の形状の変化と耐火物の溶損率の算出方法について示す.本研究における耐火物の溶損率は,溶損試験後の耐火物において最も溶損した部分の断面積Sfと溶損が認められなかった部分の断面積Siからの差分をSiで除して100を乗じたものと定義し,式(1)のδ [%]で表すこととした.溶損率δが大きいほど耐火物の溶損が進んだことを意味する.

Fig. 2

Change in refractory's shape during corrosion test and the definition of corrosion ratio of refractory: δ.

溶損率δの評価のため溶損試験時の耐火物との鉛直方向における接触対象に応じて,それぞれ大気接触部・フラックス接触部・溶湯接触部の3つに区分けした.溶損試験後の耐火物をファインカッターで切断した後,(株)キーエンス製マイクロスコープに搭載されている撮影画像からの面積測定機能を用いてSfおよびSiの測定を行った.   

\[\delta = \left( \frac{S_{\rm i} - S_f}{S_i} \right) \times 100 \ [ \% ]\](1)

2.5 分析方法

耐火物の断面観察およびEDX分析には,(株)日立ハイテクノロジーズ製SEM:S-3400Nを用いた.SEM観察は,加速電圧:15 kV,プローブ電流:60 mAの下で行った.化合物の結晶構造の同定には,Bruker社製X線回折装置:D8 DISCOVERを用い,回折条件は,線源:Cu-Kα線,出力:40 kV-40 mA,回折角度:2θ=35-117°とした.フラックス中の金属イオンはICP-AESにより定量した.

2.6 熱力学計算ソフトおよびデータベース

熱力学計算にはGTT-Technologies社の熱力学計算ソフトFactSage7.3のPhase DiagramモジュールおよびEquilibモジュールを用い,熱力学データベースにはFACT Pure Substances DatabaseおよびFACT Solution Databaseを用いた.フラックスの粘度はFactSage7.3のViscosityモジュールで計算した.

3. 実験結果

3.1 耐火物の溶損率δとNa2O- B2O3系フラックス組成との関係

Fig. 3に耐火物の溶損率δと初期のフラックス中Na2Oモル比率$x_{Na_2O}$との関係を示す.$x_{Na_2O}$が高まると溶損が進む傾向となり,溶損率δの最大値は$x_{Na_2O} = 0.5$のFlux Dを用いた場合で26%であった.

Fig. 3

Relationship between corrosion ratio of refractory: δ and mole fraction of Na2O in flux: ${x_{N{a_2}O}}$.

Fig. 4は,溶損試験終了後のフラックス中の金属イオン濃度と$x_{Na_2O}$との関係を示しており,それぞれ(a)耐火物成分:AlおよびSi,(b)溶湯成分:MnおよびZnに関するものである.

Fig. 4

Relationship between $x_{Na_2O}$ and the each concentration of metal in flux; (a) Al, Si as refractory components, (b) Mn, Zn as metal components.

Fig. 4(a)より,$x_{Na_2O}$が高まると耐火物の構成成分であるAlおよびSiのフラックス中の濃度の増加が見られるため,耐火物の溶損によるものと分かる.Si濃度については,使用した黒鉛坩堝の構成成分であるSiO2およびSiCや熱電対の保護管材質Si3N4からも少なからずフラックス中に溶解するものと考えられるが,その傾向はFig. 3と一致しているため耐火物からのSiの溶解が濃度変化の主な要因と分かる.その一方で,Al濃度は1-2 mass%程度で一定に推移しておりFig. 3において溶損率δ$x_{Na_2O}$に対して単調に溶損率が増加する傾向とは異なっている.フラックス中のAlとSiの濃度変化が,溶損率δに対して異なる傾向をもつ要因については4.2.2節において詳細に考察した.

Fig. 4(b)よりAlおよびSiの傾向と同様に,$x_{Na_2O}$が高まるとフラックス中のMnおよびZnの濃度は増加する傾向となった.Zn濃度に関してはFlux Eを用いた場合で最大で7 mass%程度であった一方で,Mn濃度に関してはFlux DやFlux Eを用いた場合に40 mass%程度まで高まる結果となった.両者の濃度差は,ZnよりもMnの方が酸化反応における標準Gibbsエネルギー変化が負に大きく酸素との親和性が高いために17),Mn酸化物の生成量およびフラックスへの溶解量がZn酸化物に比べて大きいことによるものと考える.

3.2 溶損試験後の耐火物内部の観察

Fig. 5に,溶損率が最大となったFlux Dを用いた場合の溶損試験後の耐火物における断面観察とEDX分析を行った結果を示しており,それぞれ(a)大気接触部および(b)フラックス接触部についてのものである.Fig. 5(a-1)およびFig. 5(b-1)は実体写真,Fig. 5(a-2)およびFig. 5(b-2)はSEM反射電子像,Fig. 5(a-3)およびFig. 5(b-3)は分析領域1 mm2における面分析をした際のEDX分析結果であり,平均組成とそのスペクトルをそれぞれ示している.

Fig. 5

SEM BSE micrographs of each section of refractory and EDX area analysis (area size 1 mm2) after corrosion test with Flux D.

Fig. 5(a-1)およびFig. 5(b-1)との比較から,大気接触部は白色を基本とする外観であり,形状は角柱状を維持していることから溶損試験前の初期状態と同等と見なせる.一方,フラックス接触部は,断面全体が赤茶色に変色し初期形状に比べ角部が丸くなり,大気接触部に比べて断面積が小さくなったことからもフラックスにより溶損したことが分かる.

Fig. 5(a-2)とFig. 5(a-3)より,初期状態と同等である大気接触部は大きさが約200-300 μmの粒子と,その隙間を埋める微細な粒子からなるバインダー層により構成されており,AlとSiおよびOを主成分とするMulliteであることが確認できる.また,EDX分析による大気接触部のAlとSiの物質量比は分析箇所によって大きく異なり,数箇所を分析したところAl:Si=1.7-3.4の範囲であることから,同図に示した組成はその一例であることを留意する必要がある.

次に,Fig. 5(b-2)とFig. 5(b-3)に示した結果から,フラックス接触部はSEM反射電子像において軽元素の特徴である低輝度の部分(黒色の模様)と重元素の特徴である高輝度の部分(散在する斑点)の2つの特徴が確認できる.Fig. 5(b-2)に対してEDX元素マッピングを行った結果がFig. 6であり,低輝度の部分にはNa,高輝度の部分にはMnの存在が確認できる.

Fig. 6

SEM-EDX mapping of cross section of refractory with Flux D at corrosion part contact with flux.

Fig. 7に,Fig. 6のEDXマッピングにおいてMn濃度が高く検出された部分のSEM反射電子像の拡大図と,当該箇所で確認した化合物のEDXの点分析結果,および当該箇所の周辺でのXRD分析結果(分析領域:1 mm2)を示す.SEM反射電子像の拡大図より,図上部にある気孔から液体が流れ出て凝固したような形跡がみられること,またスピネル型酸化物の特徴である正八面体の形状をした化合物が多数散在していることが分かる.またEDX分析結果より,この化合物の組成はMnAl2O4の理論組成に近いこととXRD分析結果からこの化合物をMnAl2O4と同定した.

Fig. 7

SEM BSE micrographs of cross section of refractory after corrosion test with Flux D and analysis of compound observed in Mn concentrated part by XRD and EDX.

以上から,Na2O-B2O3系フラックスはMnを含有しながら耐火物内部に浸透し,浸透したMnの一部は耐火物中のAl2O3と反応しMnAl2O4を生成したことが分かる.

3.3 溶損試験後の耐火物/フラックス界面の観察

3.2節より,耐火物内部においてMnAl2O4を確認したことから耐火物/フラックス界面においてもMnAl2O4が生成する可能性がある.また,そのような場合には界面に化合物が蓄積し化合物層が形成されることが予想される.耐火物/フラックス界面において化合物層を形成するかどうかを把握することは,耐火物の溶損における反応過程を理解し適切なフラックスを設計する上で重要であることから,耐火物/フラックス界面を観察することとした.

Fig. 8Fig. 5で観察したものと同様の耐火物の断面SEM-EDX元素マッピングの結果を示す.Fig. 8より,耐火物/フラックス界面において化合物層のようなものは見られないこと,またMnAl2O4の存在の目安となるMnとAlの同一箇所での元素の検出も明確には確認できなかった.このことから,本実験条件下では耐火物/フラックス界面においてMnAl2O4による明確な化合物層は形成されないことが分かる.

Fig. 8

SEM-EDX mapping of the interface between flux and refractory after corrosion test with Flux D.

4. 考察

4.1 耐火物の溶損の最小化とMn酸化物の溶解量の最大化を両立するためのフラックス組成の設計指針の考察

前述した通り,本系で扱う酸化防止用フラックスに求められる機能として,溶湯の酸化によって生じる易酸化性元素Mnの酸化物をフラックス中に溶解し除去することが重要である.しかしながら,Mn酸化物を溶解しやすいフラックスは耐火物を構成する酸化物をも溶解し易くなる可能性が高く,相反するこれらの特性を両立するようなフラックスの組成設計が必要である.そのためには耐火物の溶損とMn酸化物の溶解に対する影響因子を把握することが必要不可欠である.

そこで,以下4.2節および4.3節において,耐火物の溶損およびMn酸化物の溶解に対する影響因子のそれぞれについて考察を行い,4.4節において両者を両立するために必要なフラックス組成の設計指針について考察を行った.

4.2 耐火物の溶損に関する考察

フラックスの組成設計をする上で,フラックスによる耐火物の溶損を予測することは重要である.その予測手法において溶融酸化物系に関する熱力学データベースの活用が有効とであることが報告されている1).熱力学データベースで計算する平衡状態の前提は,系は物理的・化学的に均一であり局所的な欠陥がなく,また時間的制約もないという前提である.しかしながら,本実験系では実プロセスにおけるバッチ処理を想定した120 minという試験時間を採用していること,また耐火物はその表面に凹凸を有していて不均一であり,耐火物の内部においては気孔が存在し毛細管現象によるフラックスの浸透を起因とする溶損も考慮する必要がある9)

そこで,本系の実験結果について熱力学データベースで予測される平衡状態に対する溶損率の依存性に加え,従来より報告されている耐火物内部へのフラックスの浸透による溶損の観点から,以下のとおり考察を行った.

4.2.1 フラックスと耐火物との熱力学的平衡溶解度と溶損率δとの関係

Fig. 9は,FactSage7.3を用いて作成した1000℃におけるAl2O3-SiO2-Na2O-B2O3擬4元系状態図におけるAl2O3:SiO2=3:2断面図を示している.実験条件と同様の温度である1050℃での平衡計算を実施したものの,Na2Oの存在比率の高い液相領域の一部において計算が収束しなかったため,1000℃の計算結果にて代用した.Na2O-B2O3組成線上に示した5種類のフラックス組成とMulliteに相当するAl6Si2O13とを結ぶ線上の液相領域における線の長さが,各フラックスに対する耐火物の平衡溶解度の大きさに対応している.系が平衡状態に達した場合には,平衡溶解度が大きいほど耐火物が大きく溶損すると予想される.Fig. 9より,$x_{Na_2O}$に対する平衡溶解度(図中の線の長さ)の傾向は,Fig. 3における溶損率δの傾向,すなわち$x_{Na_2O}$に対して単調に溶損率δが増加する傾向とは異なっている.このことから本系での耐火物の溶損の傾向は,熱力学的平衡状態への依存性だけでは説明できないことが分かる.

Fig. 9

Phase diagram at 1000℃ calculated by FactSage7.3; Mullite(Al6Si2O13)-Na2O-B2O3system. Thermodynamic equilibrium solubility of Mullite for each flux can be estimated by length of bold line in the figure.

4.2.2 フラックスの浸透による耐火物内部の溶損

次にフラックスの表面張力および粘度の変化と耐火物内部からの溶損について考察する.式(2)は毛細管内を浸透する液体の水平方向の移動距離lを表している7).ここでγは液体の表面張力,ηは液体の粘度,rは毛細管の半径(本系では耐火物中の平均的な気孔径に相当),θは液体と固体との濡れ角,tは時間である.これより表面張力γが大きく粘度ηが小さいフラックスほど,毛細管現象による水平方向への移動距離lが大きくなり,気孔を通じた耐火物内部へのフラックスの浸透が進み易くなることが分かる.ここで,溶損試験に使用した耐火物は概ね均一に作製されているためrは近似的に一定と見なしたこと,また溶融酸化物であるフラックスと固体酸化物である耐火物との濡れ性は非常に良いために,フラックス組成によらず近似的にcosθ ≈ 1として扱うことができるものとする.   

\[{l^2} = (r \cos \theta ) \cdot ( \gamma /\eta ) \cdot t\](2)

一般にNa2O-B2O3溶融酸化物系においてNa2O含有率が高まると表面張力が高まることが知られている20).また同様にMnも溶融酸化物の表面張力γを高める元素である20)Fig. 4(b)で示した通り$x_{Na_2O}$の大きいフラックスほど溶損試験後のMn濃度は高い数値を示していたことから,$x_{Na_2O}$が大きいフラックスほど,Na2OとMnによる相乗的な表面張力の上昇のために耐火物内部への浸透はより進み易くなると考える.さらに,$x_{Na_2O}$が大きいほどNa2Oによって溶融酸化物中のネットワーク構造の切断が進みフラックスの粘度ηが小さくなるために,毛細管現象の駆動力はより一層高まると予想する.耐火物内部に浸透したフラックスは,耐火物の外表面で接触しているフラックスに比べて非常に大きな接触面積を得ることができるため,耐火物の内部からの溶損は顕著に促進されると考える.この考察の妥当性は,Fig. 4(a)のAl濃度の結果からも確認ができる.すなわち,採取したフラックス中のAl濃度は$x_{Na_2O}$に依らず1-2 mass%程度で一定に推移していることから,耐火物の溶損によってフラックスに溶解したAlは,フラックスのバルク中に溶出するだけでなく耐火物内部に滞留したことを示唆している.Fig. 7において確認されたMnAl2O4は,耐火物内部への滞留によって局所的に高濃度化したAlと,フラックスに溶解し耐火物内部に浸透したMnとの反応によって形成されたものと考える.また,Fig. 4(a)において生じたAlとSiの濃度変化の相違については,耐火物の溶解によりフラックスのバルク中に拡散するSiと異なり,Alは上記のMnとの反応によりバルク中に拡散せず耐火物中に滞留することから,両者の濃度変化に差が生じたと考える.

これらの考察を踏まえ,本系で進行する耐火物の溶損に関する概念図を示したのがFig. 10であり,図中の(a),(b),(c)の順に溶損が進行すると考える.すなわち,

  •  (a)   フラックスとの接触により耐火物の外表面から溶損が進み,耐火物成分であるAlやSiがフラックス中に溶解する.同時に,溶湯中のMnは酸化反応を経てフラックス中に溶解する.また,溶湯中のZnも同様の過程でフラックスに溶解するが,より酸化しやすいMnの溶解が優先される.
  •  (b)   Mnを含有したフラックスが毛細管現象により耐火物内部へ浸透し耐火物内部での溶損が進行する.この際,フラックスの表面張力が高いほど,また粘度が低いほど浸透が進み易く耐火物内部での溶損が促進される.
  •  (c)   耐火物内部での溶損により局所的に高濃度化したAlとMnとの反応によりMnAl2O4が形成される.

という流れである.

Fig. 10

Schematic diagram for mechanisms of refractory corrosion in the system; Na2O-B2O3 flux, Cu-Zn-Mn melt and Mullite.

以上から,本系での耐火物の溶損にはバルク間の熱力学的平衡状態への駆動力だけでなく,フラックスと耐火物との濡れ性,特にフラックスの表面張力および粘度を影響因子としたフラックスの浸透による耐火物内部での溶損も関与したと考える.

4.3 フラックスへのMn溶解量に関する考察

酸化防止用フラックスに求められる特性として,耐火物を溶損しにくいことに加え溶解炉の表面に浮遊した易酸化性元素の酸化物を可能な限りフラックス中に溶解し除去する特性が重要であることは前述の通りである.このようなフラックスの組成設計には,易酸化性元素の酸化物であるMn酸化物のNa2O-B2O3系フラックスに対する溶解量を高めることが必要である.Mn酸化物の溶解量の大きいフラックス組成の設計においては,フラックスとMn酸化物との熱力学的平衡溶解度の把握が有効であり,この平衡溶解度は熱力学データベースを用いて推定が可能である.しかしながら,4.1節で記述したように時間的制約のある対象系においてフラックス中へのMn溶解量を最大化するには平衡状態の評価だけでなく,平衡状態に至る過程の評価,すなわち物質移動の観点も重要と考える.

そこで,熱力学データベースを用いて計算したフラックスとMn酸化物との平衡溶解度への依存性と,Mn酸化物のフラックスへの物質移動という2つの観点において以下のとおり考察した.

4.3.1 フラックスとMn酸化物との熱力学的平衡溶解度とフラックスへのMn溶解量との関係

Fig. 11にFactSage7.3を用いて計算した1050℃におけるMnO-Na2O-B2O3擬3元系計算状態図を示す.Mn酸化物としてMnOを用いたのは,溶湯中Mnと大気中O2との酸化反応で生成する酸化物種の中で最初の酸化形態のものという理由からである.Fig. 12にFactSage7.3にて計算した1050℃において固体MnOと平衡するフラックス中のMn濃度(横軸)と,溶損試験後のフラックス中のMnイオン濃度(縦軸)の関係を示す.Fig. 12より,フラックス中のMnイオン濃度は,熱力学的な相平衡によって決定されるMn濃度と正反対の結果であることが分かる.このことから,溶損試験の完了時点においては熱力学的な平衡状態に至らなかった可能性が高く,物質移動の観点がより重要であると考えられる.なおFig. 11の作成に使用した熱力学データベース(Fact Oxide database)においてはNa2O-B2O3系およびMnO-B2O3系に対しては十分なアセスメントが行われたものであるが,MnO-Na2O系については近似的なものであることは留意する必要がある.

Fig. 11

Phase diagram of MnO-Na2O-B2O3 system at 1050℃ calculated by FactSage7.3.

Fig. 12

Relationship between concentration of Mn in flux equilibrated with solid MnO at 1050℃ calculated by FactSage 7.3 and Mn concentration in flux after corrosion test.

4.3.2 フラックスの粘度とMn溶解量との関係

一般に,Mn酸化物などの塩基性酸化物が溶融酸化物中に溶解する際,金属イオンと酸素イオンに乖離することが知られている.また,本系のように耐火物の回転による一定の外力(ずり応力)を受けてフラックスが流動する場合には,フラックスの粘度が小さいほど大きな流動が生じるために,フラックス中の金属イオンの物質移動は促進されると考える.このことから,フラックス中へのMn酸化物の溶解を物質移動の観点から考察する方法として,フラックスの粘度に注目した検討が有効であると考え以下の通り考察した.

Fig. 13に,フラックスの粘度η(対数表示)と溶損試験後のフラックス中のMnイオン濃度の関係を示す.フラックスの粘度ηは,フラックスの組成別にFactSage7.3のViscosityモジュールを用いて1050℃の下で計算したものである.Fig. 13より,溶損試験後のフラックス中のMnイオン濃度はフラックスの粘度ηに対して逆比例の関係となり,フラックスの粘度ηが低いほどMnイオンがフラックス中に多く存在することが確認できる.このMnイオンは元々溶湯中に合金元素として存在していたものであるが,大気中またはフラックス中の酸素との酸化反応によりMn酸化物となり,その後フラックス中に溶解したものと考える.

Fig. 13

Relationship between logarithm of viscosity at 1050℃ calculated by FactSage7.3 and Mn concentration in flux after corrosion test.

以上から,$x_{Na_2O}$が高まるほどフラックス中のMnイオン濃度が高まるというFig. 4(b)の結果は,フラックス中にNa2Oが多く存在するほど溶融酸化物中のネットワーク構造が切断されフラックスの粘度ηが低下するために,フラックスの流動が活発になりフラックス中へのMnイオンの物質移動が促進されたため,Mn酸化物が溶解し易くなったと考える.

4.4 本系におけるフラックス組成の設計指針

4.2節および4.3節の考察から,本系における適切なフラックス組成の設計指針について総合的な考察を行う.4.2節より,耐火物の溶損を最小化するにはフラックスへの耐火物の熱力学的溶解度を下げるだけでなく,フラックスの耐火物内部への浸透を抑制することが重要であることが分かる.また4.3節より,120 minという固定された反応時間の下でフラックスへのMn酸化物の溶解量を最大化するためには,熱力学的溶解度を高めるよりもフラックスの粘度を下げることが重要であることが分かる.

以上から,本系でのフラックスの組成設計においては熱力学的観点だけでなく,耐火物とフラックスとの濡れ性,フラックスの物性値や特に浸透現象のさらなる検討が重要であることが明らかとなり,それらを考慮した組成設計が有効である可能性が高いと考える.

5. 結言

本研究は,易酸化性元素としてMnを含有した銅合金の大気溶解において,酸化防止用フラックスによる耐火物の溶損の最小化と,Mn酸化物のフラックス中への溶解量の最大化を両立するようなフラックス組成の設計指針を得ることを目的として調査を行った.結論は以下の通りである.

(1) 易酸化性元素であるMnを含む銅合金の溶解におけるNa2O-B2O3系フラックスの組成と耐火物の溶損率δとの関係を調査したところ,フラックス中のNa2Oモル比率$x_{Na_2O}$が高まるほど溶損率δが大きい結果となった.しかしながら,フラックス中に溶解した耐火物成分Al濃度は溶損率δとは異なる傾向であった.

(2) 耐火物の溶損試験において,Na2O-B2O3系フラックスはMnを含有しながら耐火物内部に浸透し,浸透したMnの一部は耐火物の構成成分であるAl2O3との反応によりMnAl2O4を形成した.また,耐火物/フラックス界面においてはMnAl2O4による化合物層の明確な形成は確認できなかった.

(3) 熱力学データベースにより計算したフラックスのNa2Oモル比に対する耐火物の平衡溶解度の傾向と,溶損試験により確認した溶損率δとの傾向に乖離がみられた.この乖離は耐火物中の気孔を通じたフラックスの浸透による耐火物内部での溶損の関与によって説明でき,本系では特にフラックスの表面張力および粘度が耐火物の溶損に強く影響する.

(4) フラックス中へのMn酸化物の溶解量を評価するため,熱力学データベースにより計算した固体MnOと平衡する際のフラックス中のMn濃度の傾向と,溶損試験後のフラックス中Mnイオン濃度との傾向を比較したところ両者は大きく乖離した.一方,フラックスの粘度と溶損試験後のMnイオン濃度は強い依存性を示した.このことから,フラックスへのMn溶解量には熱力学的溶解度よりもフラックス中におけるMnイオンの物質移動のし易さの指標であるフラックスの粘度が強く影響する.

(5) 本系での適切なフラックスの組成設計には熱力学的なアプローチだけでは十分でなく,耐火物とフラックスとの濡れ性,フラックスの物性値や特に浸透現象のさらなる詳細な検討が重要であることが明らかとなり,それらを考慮した組成設計に対する指針が得られ,その具体的な解決策については次の段階の検討課題である.

文献
 
© 2020 (公社)日本金属学会
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