Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Special Issue on Hydrogen and Materials Characteristic in Solids IV
Rotating Bending Fatigue Property of SCM435 during Electrochemical Hydrogen Charging
Ryo KawakamiKazumasa KubotaHisao Matsunaga
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2020 Volume 84 Issue 3 Pages 92-98

Details
Abstract

The method of rotating bending fatigue test under an electrochemical hydrogen-charging was established, by which the fatigue tests were carried out for a JIS-SCM435 to study the effect of hydrogen on fatigue strength. The fatigue life of the specimen was degraded by hydrogen-charging in relatively low fatigue life regime, where the slope of S-N curve for the hydrogen-charged specimens was equivalent to that for no-charged specimens. The fatigue strength on 50% failure probability at 107 cycles under the hydrogen-charging was slightly lower than that under the hydrogen-free condition. On the surface of the non-charged specimen that was run-out at 107 cycles, a number of cracks up to ≈100 µm in length was observed. By contrast, in the hydrogen-charged specimen, no crack was observed after the fatigue testing. These results suggested that the hydrogen-charging had a negative influence on the fatigue limit as well as fatigue life of the alloy used in this study.

1. 緒言

水素をエネルギーキャリアとして使用する水素社会の構築に向けて,燃料電池自動車(FCV)や水素ステーションの開発,水素サプライチェーンの構築などが進められている.それらのシステムにおいて水素ガスに曝される金属部材の強度設計では,水素による強度や延性の低下,いわゆる水素脆化を考慮する必要がある.現在,FCVにおいて高圧水素ガスに曝される金属部品には,主にオーステナイト系ステンレス鋼やアルミ合金などの良好な耐水素性を有する材料が使用されているが,コスト低減,軽量化,生産性向上などの観点から,使用材料の更なる拡大が期待されている.

低合金鋼などの体心立方格子の結晶構造を有する鋼は,高圧水素ガス環境中において顕著な延性低下を示すことが報告されている1).このような比較的高い水素感受性を有する材料を高圧水素ガスの充填・放出に伴い繰返し応力負荷を受けるFCV部品に適用し,安全に使用するためには,実際に部材が使用される圧力・温度の水素環境下における疲労特性を把握することが不可欠である.

高圧水素ガス環境中における低合金鋼の疲労特性については,これまでに数例が報告されている.Matsunagaら2)は,115 MPa水素ガス中でSCM435の引張圧縮疲労試験を実施し,繰返し数Nが105回に満たない比較的短寿命の領域では疲労寿命が顕著に低下するものの,上記を超える長寿命域では低下が起こらないことを報告している.また,宮本ら3)は,SCM435について70 MPa水素ガス中でN = 107を打切り繰返し数とする板曲げ疲労試験を実施し,疲労強度が大気中に比べて低下しないことを見出している.SCM435を用いた小川らの研究4)では,115 MPa水素ガス中における平滑試験片の引張圧縮疲労限度はき裂の発生限界であり,大気中のそれとほぼ同等であることを示す実験結果が得られている.さらに,小川らは,SCM435について,試験片表面に存在する微小欠陥から発生したき裂の伝ぱ停留限界で疲労限度が決まる場合でも,115 MPa水素ガス中と大気中で疲労限度が同等であることを報告している.一方,共振疲労試験機を用いた石崎らの研究5)では,10 MPa水素ガス中における炭素鋼の疲労限度は大気中に比べて大きく低下することはないものの,水素ガス中では大気中のS-N曲線の折れ点を超えるN = 106-107回の寿命範囲でも疲労破壊が生じる場合があることが報告されている.このように,水素ガス中における疲労強度特性は鋼種や強度レベル,荷重負荷方法により変化するが,研究例は非常に限られており,その詳細については十分に明らかにされていない.

通常,FCVや水素ステーションで使用される材料の疲労強度特性の評価には,高圧水素ガス中での疲労試験が用いられる.しかし,軸荷重型の疲労試験は試験装置自体が大型で高価であることに加え,圧力容器と荷重軸の摺動部に存在するシールの性能の限界により試験周波数が制限され,高速の試験が困難という欠点がある.一方,板曲げ疲労試験や共振疲労試験では,数十Hzでの試験が可能であり,一部で高圧水素ガス中での実施例3,5)もあるが,応力勾配や危険体積の影響により,得られる疲労強度は引張圧縮疲労試験のものよりも高めとなる場合がある.

そこで,本研究では,鋼材の疲労特性によるスクリーニング評価を迅速かつ安価に行う技術の確立を目的として,電解水素チャージ環境下での試験が可能な小野式回転曲げ疲労試験機の開発に取り組んだ.その試験装置を用いてSCM435の疲労試験を実施し,疲労強度特性に及ぼす水素の影響を調査した.

2. 実験方法

2.1 供試材及び試験片

JIS G4105に準拠したSCM435の直径28 mm圧延まま状態の丸棒を調質して試験に供した.Table 1に,化学成分を示す.Table 2に,調質後の機械的性質を示す.引張強さは996 MPaであり,ビッカース硬さは298HV30であった.Fig. 1に,ナイタールエッチングにより得られた,丸棒の圧延方向に対し垂直な面における微視組織の金属顕微鏡写真を示す.Fig. 2に,電子線後方散乱回折(Electron Back Scattered Diffraction Pattern: EBSD)による観察結果を示す.Fig. 2のIPFマップは丸棒の圧延方向に対し垂直な面において,丸棒の圧延方向の結晶方位を示している.組織は焼戻しマルテンサイトであり,組織中にはδフェライトは確認されなかった.

Table 1

Chemical composition of SCM435 (mass%).

Table 2

Mechanical properties of SCM435.

Fig. 1

Microstructure of specimen.

Fig. 2

EBSD images of microstructure (CI > 0.1, IQ > 1000).

試験片の製作にあたり,圧延まま状態の丸棒の中心部から直径10 mm × 長さ20.8 mmの平行部を有する疲労試験用の粗形材と,直径10 mm × 長さ55 mmの平行部を有する引張試験用の粗形材をそれぞれ機械加工により採取した.それらの素形材に,焼入れ熱処理(870℃ × 0.5 h油冷)と焼戻し熱処理(600℃ × 1.5 h水冷)からなる調質を施した.その後,仕上げの機械加工を施し,直径8 mm × 長さ20.8 mmの平行部を有する回転曲げ疲労試験片と,直径8 mm × 長さ55 mmの平行部を有するJIS 14A号引張試験片を得た.Fig. 3に,回転曲げ疲労試験片の形状を示す.試験片の平行部には,長さ方向に湿式研磨を施した後,ダイヤモンドペーストを用いたバフ研磨により鏡面仕上げを施した.その後,アセトンを用いて超音波洗浄を施し,回転曲げ疲労試験に供した.

Fig. 3

Dimensions of test specimen (mm).

2.2 水素連続チャージ下での回転曲げ疲労試験

山辺ら6)は,SCM435の水素拡散係数を室温において2.0 × 10−10 m2/sと報告している.例えば,この値を用いて,水素濃度が中心部まで一様にC0となるように飽和させた直径8 mmの試験部の平均水素濃度が,水素放出により(1/2)C0となるまで時間をDemarezら7)の式により概算すると,約60 minとなる.なお,このとき,試験片中には水素の濃度勾配が存在するので,試験片表面近傍での水素濃度は(1/2)C0よりもさらに小さくなる.このように,体心立法格子の結晶構造を有する鋼では,水素は材料中を速やかに拡散して表面から脱離してしまうので,水素をプレチャージした試験片の大気中疲労試験では,試験開始から試験片が破断するまで表面層の水素濃度を維持することができない.したがって,プレチャージ材の試験により疲労強度特性への水素の影響を評価することは困難である.そこで,本研究では,水素連続チャージ下で鋼材表面に水素が連続供給される状態で回転曲げ疲労試験を行う方法について検討した.

回転曲げ疲労試験機に試験片を組み付けた状態で,ゲル状の電解液に試験片の平行部を浸漬することにより,水素チャージ環境中での疲労試験を実施した.Fig. 4に,回転曲げ疲労試験機の模式図を示す.Fig. 5に,試験機の外観を示す.電解セルには,0.1 mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液に高分子凝集剤(MTアクアポリマー(株)製アコフロックA-150)を重量比で10:1の割合で混合し,ゲル状にしたものを充填した.さらに,電解セルに補充する電解液として,0.1 mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液と高分子凝集剤を重量比で100:3.5に混合したゲル状の電解液をペリスタポンプにて圧送し,約10 ml/hの流量で試験片近傍に加えた.水素チャージに要する電流を,回転曲げ疲労試験機の回転軸から試験片に供給した.グラファイト製丸棒をアノード電極とし,試験片近傍に設置した.電源として,北斗電工(株)製ガルバノスタットHA-151Bを用いた.試験片の平行部以外にはシリコーン接着シール剤によりマスキングを施し,−20 mA定電流制御にて水素チャージを行った.なお,水素チャージ環境中での全ての試験において,荷重負荷を開始する前にプレチャージとして試験片を試験機に組み付けた状態で試験応力を加えずに回転させて,24 hの水素チャージを施した.また,試験片の電解液への浸漬自体が疲労強度に及ぼす影響を確認するために,試験応力640 MPaにおいて電流値を0 mAとして疲労試験を実施した.N = 107での破壊確率50%疲労強度(以降,疲労限度と称する)の導出には,ステアケース法8)を用いた.回転曲げ疲労試験の試験温度は室温,試験周波数は33.4 Hzとした.

Fig. 4

Schematic diagram of the fatigue testing machine.

Fig. 5

Rotating bending fatigue testing machine.

Fig. 6に,回転曲げ疲労試験中のアノード・カソード間の電圧と電流値の例として,負荷応力振幅σa = 520 MPaの試験における測定結果を示す.全ての試験において,このように試験開始から終了まで電流値に大きな変動が生じないことを確認した.

Fig. 6

Transition of voltage and current.

3. 実験結果

Fig. 7に水素チャージなしおよび水素連続チャージの下での回転曲げ疲労試験の結果を示す.水素連続チャージにより,N < 4 × 105の比較的短寿命の領域において,疲労寿命が低下した.また,ステアケース法により求めた疲労限度は,水素連続チャージにより約25 MPa低下した.

Fig. 7

S-N curves.

なお,Fig. 7には高応力振幅側4水準の各2点で取得した試験結果を用いて,式(1)への回帰計算により求めたS-N曲線を示している.   

\[\sigma _{\rm a} = A \times \log N + B\](1)
ここで,Nは破断に至るまでの繰返し数(回),σaは負荷応力振幅(MPa),ABは係数である.

Fig. 7に示すように,σa = 640 MPaにおいて,水素連続チャージ時の電流値を0 mAとした場合の破断繰返し数(□印)は,チャージなしの場合の破断繰返し数(◆印)とほぼ同等であった.このことから,水酸化ナトリウム水溶液をゲル状にした電解液に試験片を浸漬すること自体は,疲労寿命にほとんど影響しないといえる.

チャージなし試験および水素連続チャージ試験で非破断となった試験片の平行部表面を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: SEM)を用いて観察し,エネルギー分散型X線分析(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy: EDX)を用いて,元素分析を行った.チャージなし試験と水素連続チャージ試験のいずれにおいても,試験片の表面に腐食は認められず,鏡面状態が保たれていた.Fig. 8に,各試験片の表面におけるEDX分析の結果を示す.いずれにおいても,酸素のピークは認められなかった.水素連続チャージ下では,試験片はカソード側に分極し電位は卑となるが,試験片の試験機への取り付け・取り外し時には,試験片表面に不働態被膜が生成すると推測される.しかし,試験後の試験片表面は目視にて鏡面状態を保っており,その厚みはEDX分析で検出できないほど小さかったと考えられる.これらの結果から,本研究において使用した回転曲げ疲労試験では,試験中に試験部表面の腐食は生じないことが確認された.

Fig. 8

Result of EDX at surface of specimen, (a) non-charged, (b) hydrogen-charged.

4. 考察

4.1 水素侵入に及ぼす酸化被膜の影響

筆者らは,本試験機開発の開始当初において,鋼材に腐食を与えないと考えられる0.1 mol/L水酸化ナトリウム水溶液をカソードである試験片にかけ流すことで,試験片が電解液に浸漬された状態を維持し,水素連続チャージ下での回転曲げ疲労試験を行う手法を試みた.電解液をポンプにより循環させ,アノード電極を試験片近傍の溜め升に配置した.

しかしながら,この方法で試験片を回転させながら電解水素チャージを行ったところ,水素チャージに要する電圧値がガルバノスタットの能力の上限程度まで高くなったことに加え,水素チャージ後,試験部に褐色の変色が視認された.この変色部のSEM観察及び,EDX分析を実施したところ,Fig. 9に示すように酸素が認められたことから,褐色の変色部は試験片表面に生成した酸化被膜と考えられた.

Fig. 9

Result of EDX at surface of specimen.

また,この試験片の平行部を,水素チャージ下で回転曲げ試験後にすみやかに湿式切断にて採取し,昇温脱離水素分析を実施したところ,300℃までに放出された水素量は検出限界の範囲ではゼロであり,水素は試験片中にほとんど侵入していないことが判明した.この方法では,電解水素チャージ中,アノードで発生した酸素の微細な泡がポンプによる電解液の循環によってカソードである試験片近傍に運ばれ,直接試験片に触れてしまう.これにより試験片表面で生じた酸化被膜が試験片内部への水素侵入を阻害したと考えられる.

そこで,電解液を循環させて試験片にかけ流す当初の方式を改め,高分子凝集剤を用いて電解液をゲル状にし,回転する試験片に巻きつけるようにして浸漬することで,電解液による導通を維持しつつアノード周辺の電解液とカソード周辺の電解液が混ざり難くし,アノードで発生した酸素が試験片に触れにくくなるように工夫した.このように,電解水素チャージ中の試験片表面の酸化を抑制した結果,水素を試験片に侵入させることが可能となった.また,電解液をゲル状にすることで,電解液の飛沫が霧状となって飛散することを防止できるとともに電解液の漏えいが起こりにくくなった結果,数日にわたる無人運転による高サイクル疲労試験を実現できた.

4.2 疲労寿命特性と影響因子

4.2.1 短寿命域におけるS-N曲線の傾き

実験で得られたN < 4 × 105の短寿命域データが,SCM435の既存の回転曲げ疲労データと一致するかを確認するために,金属材料技術研究所疲れデータシートNo.9に示されている疲労試験結果(以下,NIMSデータ)9)との比較を行った.なお,引用したNIMSデータは,直径8 mmの平滑丸棒試験片を用いて大気中の回転曲げ疲労試験により取得されており,応力勾配と危険体積は本実験とほぼ同等である.また,引用したNIMSデータの鋼材の引張強さは978 MPa,989 MPa,984 MPa,1008 MPaであり,本供試材の引張強さとほぼ等しい.Fig. 10に,本実験で得られたS-Nデータを,NIMSデータとともに示す.各疲労試験結果を,式(1)の左辺のσaをlogσaと置き換えて回帰すると,傾きAの値は,本実験のチャージなし試験において−0.11,NIMSデータにおいて−0.09となり,ほぼ一致した.また,水素連続チャージ試験では,傾きAは−0.10であり,チャージなし試験で得られた値−0.11とほぼ一致した.なお,本実験のチャージなしの場合の疲労寿命がNIMSデータのそれと比較して僅かに低い原因としては,結晶粒径の差が挙げられる.疲労強度に及ぼす結晶粒径の関係はこれまでに多くの報告があり10-14),結晶粒径が大きいほど疲労強度が低下する傾向が明らかにされている.NIMS材の結晶粒度番号が9.3-9.8であるのに対し,本供試材では8.9であった.このような微視組織の寸法の違いによって,発生する初期き裂の寸法が変化した結果,疲労寿命の差が生じた可能性がある.

Fig. 10

S-N curves.

4.2.2 疲労限度に及ぼす水素の影響

Fig. 7に示したように,N > 4 × 105の比較的長寿命の領域おいては,疲労限度は水素連続チャージによりわずかに低下したが,S-N曲線は水素連続チャージの有無にかかわらず明確な折れ点を示した.また,水素連続チャージ試験においては,S-N曲線の折れ点よりも長寿命側で破断した試験片があった.この結果は,石崎ら5)が10 MPa水素ガス中で炭素鋼の共振疲労試験の結果を報告した,(i)水素ガス中と大気中で疲労限度にほとんど違いがない,(ii)大気中では明瞭にS-N曲線の折れ点が認められる,(iii)水素ガス中ではN > 106の長寿命域でも疲労破壊が生じる,といった結果と類似している.

疲労限度において非破断となった試験片の試験部表面を金属顕微鏡により観察した.その結果,チャージなしの場合には,最大長さ100 µm程度のき裂が認められた.Fig. 11に,き裂の例を示す.これらのき裂は停留き裂と推定される.すなわち,チャージなしの場合には,疲労限度は発生した微小き裂の伝ぱ停留限界であると考えられる.一方,水素連続チャージ試験で非破断となった試験片の表面にき裂は認められなかった.すなわち,水素連続チャージ下では,チャージなしの場合の疲労限度においてき裂は停留せずに破壊に至り,疲労限度はそれよりも25 MPa低い応力振幅において,き裂の発生限界として決定された.

Fig. 11

Surfaces of non-charged specimens, (a) unbroken at 107 cycles at σa = 500 MPa, (b) unbroken at 107 cycles at σa = 460 MPa.

本結果とは対照的に,小川ら4)はSCM435中の微小き裂のΔKthが115 MPa水素ガス中で大気中に比べて低下しないことを報告している.水素によるΔKthの低下の有無を決める主因子の一つとして,材料の強度レベルが考えられる.例えば,引張強さが1000 MPaを大きく上回るSCM435のΔKthは,水素の影響下で著しく低下することが報告されている15).また,一般に,焼戻しマルテンサイト鋼の水素感受性は,引張強さが1000 MPaを超えると大きく上昇することも知られている16).本供試材のΔKthが水素の影響下でわずかに低下した理由の詳細は,現時点では不明である.1つの可能性として,小川らが用いたSCM435の引張強さが824 MPaであったのに対し,本供試材の引張強さは996 MPaであり,水素によりSCM435のΔKthが低下しない限界の強度レベルは,両者の間にあることが考えられる.この点の解明については,今後の課題としたい.

4.2.3 水素濃度

疲労試験中の水素濃度を明らかにするため,回転曲げ疲労試験終了後,すみやかに試験片平行部を湿式切断にて採取し,昇温脱離水素分析を実施した.Fig. 12に,昇温脱離水素分析結果の例を示す.室温から300℃までに水素放出のピークが認められる.この温度域で放出された水素は,室温で材料中を比較的高速で移動する拡散性水素であると考えられる.Fig. 13に,負荷応力振幅と試験片の拡散性水素濃度の関係を示す.Fig. 13中には,プレチャージとして電流値−20 mAにて24 hの水素チャージを施し,その後直ちに試験片平行部の拡散性水素の濃度を測定した結果,およびσa = 640 MPaにおいて電流値を0 mAとして回転曲げ疲労試験を行い,試験片平行部の拡散性水素濃度を測定した結果も併せて示している.Fig. 13に示した測定結果では,負荷応力振幅と拡散性水素濃度の間に明瞭な相関は認められなかったが,水素連続チャージ下において確実に試験片中に水素が侵入したことを確認できた.疲労試験の実施にあたり,ゲル状の電解液を電解セルに充填してから水素チャージを開始するまでの間に,最大で数時間の待機時間が存在した.試験毎の待機時間の差によって,試験片表面に生成する不働態被膜の厚みが僅かに異なり,それが拡散性水素の侵入量に影響を与えた可能性がある.いずれにしても,Fig. 13で示される試験片毎の水素濃度のばらつきに対し,Fig. 7S-N曲線においてはばらつきが少ないことから,本電解水素チャージにより水素が疲労寿命に一定の影響を与えたと判断できる.よって,本実験方法は,水素環境中で使用される鋼材のスクリーニングに使用できると考えられる.さらに,今後,試験片中の水素濃度を適切に制御できるようになれば,実験結果を高圧水素環境中で取得した結果と関係づけられるようになり,取得データの高圧水素用機器の強度設計への展開も期待される.

Fig. 12

Profiles of thermal desorption analysis for hydrogen.

Fig. 13

Relationship between diffusible hydrogen content and stress amplitude.

4.2.4 疲労強度に及ぼす非金属介在物の影響

破断した試験片の破面のSEM観察を実施した.その結果,き裂発生の起点はいずれも表面であり,破面様相や疲労き裂発生の起点数に明確な差異は確認できなかった.本研究で用いた回転曲げ疲労試験は応力比R = −1の両振り試験であるが,き裂面に繰返し負荷される圧縮により破面が損傷した可能性もあり,破壊過程に及ぼす水素の影響の詳細については,現時点では不明である.

き裂発生の起点はいずれも表面であったが,起点の一部では,水素チャージの有無にかかわらず,Fig. 14に示すような直径20 µm程度の凹みが認められた.EDX分析によりCaやSi等と同時に酸素が検出されたことから,この凹みは酸化物系の介在物が脱落した跡と推定される.これらの破面様相は,試験部が電解液に曝される水素連続チャージの場合だけでなく,電解液を用いない水素チャージなしの場合でも認められることから,腐食による食孔とは考え難い.

Fig. 14

SEM image of fatigue crack initiation site.

一般に,鉄鋼材料の疲労強度は硬さが増大するにつれて欠陥に敏感となり,400HV以上の高強度鋼の多くは,非金属介在物などの微小欠陥を起点として疲労破壊することが知られている15).本実験に用いた鋼材のビッカース硬さは,Table 2に示したように298HVであり,400HVと比較して小さい.したがって,疲労強度の介在物への感受性も比較的軽微であると予想される.基地組織そのものの疲労限度σw0とビッカース硬さの間には,次のような関係があることが経験的に知られている17).   

\[\sigma _{\rm w0} = 1.6HV \pm 0.1 HV\](2)

式(2)と本供試材のビッカース硬さ(HV = 298)から,σw0として477 MPaが得られる.これに対し,本実験で得られた疲労限度は,チャージなしの場合に490 MPa,水素チャージ有りの場合に465 MPaとなり,σw0とほぼ一致した.このことは,本研究で用いた試験片の一部では,内在する微小欠陥が起点となったが,その寸法は疲労限度に顕著な影響を及ぼすものではなかったことを示唆する.なお,微小欠陥の寸法がある限界寸法を超えると,本供試材のような比較的硬さと強度を抑えた材料でも,基地組織の疲労強度を達成できなくなる.したがって,水素環境中で使用される低合金鋼の選定にあたっては,疲労強度への水素感受性に加えて材料の清浄度にも注意を払う必要がある.鋼中の水素が鋼材の疲労寿命を低下させるメカニズムとして,水素が塑性変形に伴う原子空孔の生成とその凝集を助長し,延性的な破壊の進行を容易にするとの水素助長歪誘起空孔理論18)や,水素によるすべりの局在化によって疲労き裂進展速度が加速するとの水素助長継続疲労き裂進展機構19)などが提案されている.本実験結果は,これらの理論と矛盾するものではないが,水素連続チャージにより疲労強度が低下した要因については,現時点で特定には至っておらず,今後の研究課題としたい.

5. 結言

本研究では,水素連続チャージ下の回転曲げ疲労試験を行う方法を確立し,SCM435(298HV)の疲労特性に及ぼす水素の影響を調査した.得られた結論は次の通りである.

(1) 水酸化ナトリウム水溶液に高分子凝集剤を混合してゲル状にした電解液に,回転曲げ疲労試験片の平行部を浸漬しつつ水素チャージを行うことにより,水素連続チャージ環境中での回転曲げ疲労試験を可能とした.この技術開発により,水素環境中で使用される鋼材の疲労特性によるスクリーニング評価を迅速かつ安価に実施できる可能性が示唆された.

(2) チャージなしの場合と水素連続チャージした場合において,N < 4 × 105の短寿命域における両対数のS-N曲線における傾きは,ほぼ一致した.また,水素連続チャージ下では,N < 4 × 105の比較的短寿命の領域において疲労寿命が低下する傾向が認められた.

(3) N = 107での破壊確率50%疲労強度は,水素連続チャージにより25 MPa程度低下した.また,疲労限度において非破断となった試験片の表面にはチャージなしの場合には,試験片平行部において最大長さ100 µm程度のき裂が認められたが,水素連続チャージの場合には認められなかった.水素による疲労強度特性の低下に及ぼす材料強度レベルや水素チャージ条件などの各種因子の影響の解明が,今後の課題である.

文献
 
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