2021 Volume 85 Issue 1 Pages 7-16
Nanoindentation tests were conducted near the grain boundary (GB) of the Al-Mg-Si alloy, and the influence of GB character on the aging precipitation behavior and the mechanical properties was confirmed. After obtaining the GB characters by electron back scattered diffraction (EBSD) analysis and nanoindentation tests were carried out on under-aged, peak-aged, and over-aged samples. And then, the indentation areas were observed by back scattered electrons imaging (BSE) in order to identify indentation positions to the GB. In this study, for the GB character, focusing on the rotation angle, the high-angle GB (HAGB) and the low-angle GB (LAGB) were selected. In addition, coincidence site lattice GBs (CSL) were selected as the special GB. In the 180℃ under-aged sample, the nano-hardness near GB is higher than that far from GB, while 180℃ peak-aged and 250℃ aged samples, the nano-hardness is lower than that far from GB. Then the amount of change in hardness of HAGB was larger than that of the LAGB. This suggests that the GB character affects the aging precipitation behavior and mechanical properties.
Al-Mg-Si系合金は加工性,耐食性に加え塗装焼き付け硬化性(時効硬化性)が他のアルミニウム合金に比べて優れており,自動車用のボディパネルとして使用されている.塗装焼き付け硬化性とは,自動車の車体成形後の塗装焼き付け熱処理で硬さが増加することを意味し,この硬化性の発現は,熱処理時に形成される時効析出物が寄与していると考えられる.それゆえ,Al-Mg-Si系合金の時効硬化性を利用して製品を開発する際,時効析出物が強度に及ぼす影響を理解することが必要となる.
Al-Mg-Si系合金に時効熱処理を施す際,過飽和固溶体(Super Saturated Solid Solution:SSSS)から以下に示す過程で時効生成物が遷移していくことが知られている1-3).
| \begin{equation*} \text{SSSS} \Rightarrow \text{Mg-Si}\text{クラスター} \Rightarrow \text{GP zone} \Rightarrow \beta'' \Rightarrow \beta' \Rightarrow \beta \end{equation*} |
構造材料においては強度と延性の両立が課題である.材料開発において,材料強度は粒内強度を高めることによって向上する方向になるが,境界である粒界に応力が集中するため破壊の起点になり,延性低下を引き起こしてしまう.それゆえ,強度と延性の両立にとって粒界の影響は無視できない.軽量構造材料としての用途が拡大している時効硬化型Al-Mg-Si系合金において,塑性変形に対する粒界の影響を調査した報告が行われてきた4-11).また,人工時効を施したアルミニウム合金の粒界近傍には無析出帯(Precipitate Free Zone:PFZ)と,PFZに隣接して不均一に粗大な析出物が分散する領域が形成されるということが報告されている12,13).PFZは析出強化の影響が小さい領域であることから合金の機械的性質に直接影響を及ぼすと考えられ,強度や延性,耐食性などの材料特性とPFZを関連付けた研究が行われてきた13-16).また,アルミニウム合金において析出強化以外の有用な強化法として結晶粒微細化強化がある.しかしながら,巨大ひずみ加工などを施して結晶粒径がサブミクロンレベルに微細化された時,合金内の結晶粒界の体積率の増加に伴い粒界析出と粒内析出が競合することに加え,粗大粒中の析出と超微細粒中の析出挙動が異なることから析出強化能が減少すると報告されてきたため,析出強化能を損なわず結晶粒微細化強化を付与するためには,粒界近傍の析出挙動の理解を深める必要があり,過去様々なアルミニウム合金,特に7000系アルミニウム合金において研究がなされてきた12,17-22).
また,CaiらはAl-Zn-Mg-Cu合金においてPFZ幅を粒界性格で系統的に分類した結果,低Σ対応粒界であるΣ1a,Σ3,Σ5のPFZ幅はランダム粒界のPFZ幅と比べ狭いことを報告した23).ここで粒界性格とは 隣り合う結晶粒の相対方位(回転角/回転軸)と粒界面方位によって分類された粒界の性質であり,この性質は材料の諸特性に大きな影響を与えることが知られている.通常の粒界であるランダム粒界が高エネルギー構造を有して,粒界劣化現象を引き起こしやすいのに対し,原子が規則的に配列し隙間の少ない低エネルギー構造をもつ低Σ対応粒界は粒界劣化現象を起こしにくいことが知られている.ゆえに,この対応粒界を多数材料内に導入し,多結晶材料の特性を向上させることを意図する技術である粒界工学が発展してきた24).その適用例としてShimadaらはSUS304Lに腐食・破壊の起点となりうるランダム粒界を減らして対応粒界を多数導入することで,腐食速度を母材の1/4に抑えたことを報告した25).上述したように材料特性に影響を与える因子について粒界性格と関連させた研究は注目されている26,27).特に時効硬化型Al-Mg-Si系合金において,強度と延性の両立のためには,粒界およびその近傍での析出物の有無を含めた構造解析が必要不可欠であり,強度や延性を高めるため粒内や粒界直上の析出挙動に注目した研究がなされてきた28,29).しかしながら,時効温度・時効時間を変化させた際の粒界近傍におけるミクロな力学特性や時効析出挙動を網羅的に研究した例は少なく,得られた結果を粒界性格で分類した報告はなされていない.
本研究では,Al-Mg-Si合金の圧延材を用いて,再結晶・溶体化処理と時効熱処理を施して得られた試料について組織観察と粒界性格分布で粒界を識別した.その後,異なる粒界について時効析出挙動と局所力学挙動に及ぼす粒界の影響を調査し,その結果を粒界性格の観点から分類した.
本研究で用いたAl-Mg-Si系合金の組成をTable 1に示す.Al-Mg-Si系合金の冷間圧延材(板厚1 mm)を供試材として用い,試験片形状が15 mm × 10 mmとなるよう切断し,Vickers硬さ試験とナノインデンテーション試験用の試験片をそれぞれ作製した.各試料に対し550℃-1 hの再結晶・溶体化処理を施した後,氷水焼き入れを施し,過飽和固溶体(SSSS)を作製した.この過飽和固溶体試料に対しオイルバスを用いて180℃と250℃の人工時効,電気炉を用いて大気中で350℃の人工時効熱処理を施した.

人工時効を施した試料に対し,速やかに機械研磨・バフ研磨を行った後,Vickers硬さ試験機を用い,荷重を29.4 N,負荷時間を15 sに設定してVickers硬さ試験を行って,時効曲線を作成した.測定では,7点に圧子を打ち込み,最大値と最小値の2点を除いた5点の平均値をVickers硬さとした.
2.3 ナノインデンテーション試験後述する条件で熱処理を施した180℃,250℃の亜時効材(180U,250U)を作製したのち,速やかに機械研磨・バフ研磨を行い,仕上げ処理として15 Vの電圧で電解研磨を90 s行った.電解液は過塩素酸:エチレングリコール:エタノール = 1:2:7の比率で混合させた溶液を使用した.
各亜時効材の表面上に,圧痕位置が2 mm × 1 mmの長方形頂点となるようにVickers硬さ試験を2.94 Nの荷重で実施した.その圧痕を目印としてFE-SEM(日本電子㈱製 JSM-6500F)に付属する㈱TSLソリューションズ製OIM D.C.を用いて長方形の範囲内にEBSD(Electron Back Scattered Diffraction)結晶方位解析を行い,粒界性格分布(Grain Boundary Character Distribution:GBCD)を取得した.加速電圧は15 kV,step sizeは必要に応じて10 µmもしくは3 µmに設定した.その後SEM観察において反射電子(Back Scattered Electron:BSE)像を取得し,組織を確認した.本研究で選択した粒界は回転角と回転軸に注目し大角粒界と小角粒界,そして特殊粒界としてΣ3,Σ5対応粒界を選択した.対応粒界については,選択した粒界の共通回転軸がそれぞれ対応格子理論に基づく共通回転軸に近いことを確認した後,Brandonが提案した対応粒界としての粒界構造を維持できる許容ずれ角度の最大値$\varDelta \theta = 15/\varSigma ^{1/2}$(度)を下回るものを対応粒界とした30).本研究において選択した粒界の分類と,実際に調査した各粒界情報をそれぞれTable 2,Table 3にまとめる.


取得した粒界性格分布とBSE像より圧痕位置からの相対距離を確認し,粒界を横切るようにナノインデンテーション試験を実施した.使用した装置は,Bruker社製 TI 950 Tribo indenterである.荷重を500 µN,測定点間隔を1-3 µm毎,Loading rateを50 µN/s,保持時間を10 sに設定した.試験終了後,インデント位置をBSE像で確認した.各圧痕における粒界までの距離は,粒界からの垂直距離で算出した.
180U,250Uへのナノインデンテーション試験後,それぞれの試料に対し同じ温度による時効を追加してピーク時効材(180P,250P)を作製し,亜時効時に試験した粒界と同じ粒界に対してナノインデンテーション試験を行った.
また,350℃の過時効材(350O)を作製したのち,上記と同様の条件で機械研磨・バフ研磨を施した後,粒界性格分布を取得し,ナノインデンテーション試験を行った.
2.4 微細組織観察180℃,250℃の亜時効,ピーク時効材をそれぞれ作製し,厚さが0.20 mm以下になるまで粗研磨したのち,Φ3 mmのディスクを打ち抜いた.その後厚さが0.10 mm以下になるまで研磨したのち,ツインジェット電解研磨を施して透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)観察用の試験片を作製した.電解液は硝酸:メタノール = 1:4の比率で混合させた溶液を使用した.TEM観察(日本電子㈱製 JEM-2000FX)とEDS分析を各試験片で実施し,粒内と粒界の組織と組成を確認した.
180℃,250℃,350℃における時効熱処理を施した試料と,比較として過飽和固溶体試料を用意し,各試料の粒界性格分布(GBCD)とEBSD解析から算出した平均結晶粒径をTable 4に示す.また,一例として180℃時効材におけるInverse pole figure(IPF)マップと粒界性格マップをFig. 1に示す.Fig. 1中の結晶方位分布は標準ステレオ三角形のカラーキーに対応する.各粒界の配置に規則性はなく,ランダムに分布していることが確認できる.Σ3,Σ5対応粒界のトレースは,観察領域内においては1-3本含む程度である.また,Table 4より各時効熱処理後において,GBCDと粒径に大きな違いは確認できなかった.これより,本研究で行った時効熱処理中に,試料の粒界性格分布は大きく変化しないと考えられる.


Crystal orientation distribution maps of 180℃ aged sample; (a) IPF map and (b) GBCD map.
Fig. 2に180℃および250℃で時効熱処理を施した試料の時効時間とVickers硬さの関係を示す.過飽和固溶体のVickers硬さは約41 HVである.180℃での時効熱処理において時効開始7.5 minで硬化が始まり,時効開始8 hでピーク硬さである約90 HVを示した.250℃の時効熱処理においては,時効開始30 minでピーク硬さである66 HVを示した.以上の結果を考慮し,本研究では各時効温度のピーク時効条件として180℃-8 h,250℃-30 minを,亜時効条件として180℃-1 h,250℃-7.5 minを選択した.各試験片の時効条件・名称をTable 5にまとめる.

Age-hardening curves of samples aged at 180℃ and 250℃. “U” and “P” in the figure indicate under-aged and peak-aged.

180℃時効熱処理における粒界まわりのナノ硬さ分布をFig. 3に,粒内の平均硬さをTable 6に示す.Table 6より,粒内の平均ナノ硬さは,亜時効材(180U)は1.04 GPaであり,ピーク時効材(180P)が1.25 GPaであった.Fig. 3(a),Fig. 3(c),Fig. 3(e),Fig. 3(g)より,亜時効材において,粒界近傍の硬さは粒内の硬さと比べて大きかった.一方,Fig. 3(b),Fig. 3(d),Fig. 3(f),Fig. 3(h)より,ピーク時効材においては,粒界近傍の硬さは粒内と比べて小さかった.また,粒界性格によって硬さの差が認められる範囲(Fig. 3中の矢印で示す範囲)には差異が生じており,大角粒界(HAGB)は小角粒界(LAGB)やΣ3対応粒界(CSL3),Σ5対応粒界(CSL5)と比べその範囲は大きかった.

Nano-hardness around grain boundaries at aging temperature of 180℃; (a) at under-aged around HAGB, (b) at peak-aged around HAGB, (c) at under-aged around LAGB, (d) at peak-aged around LAGB, (e) at under-aged around CSL3, (f) at peak-aged around CSL3, (g) at under-aged around CSL5 and (h) at peak-aged around CSL5.

250℃,350℃時効熱処理における粒界まわりのナノ硬さ分布をFig. 4に示す.Fig. 4(a)-Fig. 4(d),Table 6より,250℃時効熱処理材の亜時効材(250U)とピーク時効材(250P)ともに粒界近傍での硬さの減少がみられた.また粒内の平均ナノ硬さの値は250Pの0.98 GPaより250Uの1.08 GPaの方が大きく,Fig. 2に示されるVickers硬さ試験の結果と硬さの関係が逆になる結果となった.また,粒界性格によって硬さの差が認められる範囲には差異が生じており,180℃時効材と同様の傾向が確認された.

Nano-hardness around grain boundaries; (a) around HAGB in 250U, (b) around HAGB in 250P, (c) around CSL5 in 250U, (d) around CSL5 in 250P, (e) around LAGB in 350O and (f) around CSL5 in 350O.
Fig. 4(e)より,350℃過時効材(350O)におけるLAGB近傍において,粒内から粒界に向かってナノ硬さの単調増加がみられた.しかしながら,Fig. 4(f)より,CSL5近傍では,粒界からの距離が近づくにつれて硬さが減少し,粒界からの距離が2 µm以内の領域で硬さの増加がみられ,粒内より大きいナノ硬さを示した.350OにおいてCSL5周りにナノインデンテーション試験をした後の粒界近傍のBSE像をFig. 5に示す.粒界に沿ってPFZの存在が確認された.また,HAGB,LAGB,CSL3にも同様にPFZが確認され,その幅は粒界の種類によって差異が生じていた.各粒界のBSE像からPFZ幅wPFZを算出し,粒界からの距離DGBをwPFZで規格化したDGB/wPFZとPFZ上の硬さの関係をFig. 6に示す.(I)の範囲では粒内平均硬さより小さな硬さを示し,PFZの中心から粒内に近い地点(0.6)で最も小さいナノ硬さである0.50 GPaを示した.(II)の範囲では粒界に近づくにつれ硬さが増加し,(III)の範囲では反対に硬さの減少傾向がみられた.

Images of after nanoindentation test around CSL5 in 350O; (a) IPF map, (b) GBCD map and (c) BSE image.

The relation between the nano-hardness on PFZ and the distance from GB normalized by PFZ width in 350O.
180℃,250℃の時効熱処理条件下で得られたTEM明視野像と,組織観察を通して算出した析出物の形状,平均半径と平均長さ,数密度をそれぞれFig. 7とTable 7に示す.Fig. 7中白抜きの矢印は析出物,黒い矢印は粒界(GB)を示している.Fig. 7(a)とFig. 7(b)より,180℃時効時の母相内には<100>方向に沿った針状のコントラストと点状のコントラストを確認できることからβ′′の析出が示唆される.その針状と点状のコントラストから算出した数密度は,180Uより180Pの方が高かった.また,Fig. 7(c)とFig. 7(d)より,100 nm程度のPFZが粒界に沿ってそれぞれ確認された.加えて,PFZの外側に隣接する100 nm程度の領域において,粒内のものと比べサイズの大きな析出物がまばらに分散していた.粒界上では180U,180Pともに析出物を確認することができ,180Uにおいては白抜きの矢印で示す針状のコントラストが確認されることから,粒界上の析出物はβ′′であることが示唆される.180Pでは球状のコントラストが観察された.また,180PにおいてFig. 7とは異なる観察視野におけるTEM明視野像をFig. 8に示す.TEM像中の(i)と(ii)の領域のEDS分析結果をそれぞれ併記する.この粒界上では,Fig. 7(d)にみられた粒界析出物と形状の異なる粒界析出物がみられた.Fig. 8(a)では,周辺のアルミニウム母相の組成も含んだ(i)の領域の平均的な組成分析結果を示している.このMg/Si比が2:1であるため粒界析出物はβ(Mg2Si)であることが示唆される.

BF-TEM images of the aged samples; (a) grain interior in 180U, (b) grain interior in 180P, (c) around grain boundary in 180U, (d) around grain boundary in 180P, (e) in 250U and (f) in 250P. White arrow indicate precipitates and black arrow indicate grain boundaries.


BF-TEM images and TEM/EDS analyses in 180P; (a) on grain boundary precipitate and (b) on grain interior.
Fig. 9に180Uにおいて粒界から連続的に取得したTEM像と,TEM観察後のEBSD解析結果,そして観察した粒界近傍における析出物の数密度変化を示す.数密度の各値は算出地点の前後0.25 µmを合わせた0.50 µmの範囲における平均値とした.これより,小角粒界からの距離が3.5 µm程度の地点から1 µm程度の地点にかけてβ′′の数密度が増加している領域があることがわかる.

Correspondence between TEM observation area and EBSD analysis area in 180U; (a) BF-TEM image around LAGB (13.8°) and (b) GBCD map. The circle of dashed line indicates TEM observation area. And (c) number density of precipitates around LAGB in 180U.
Fig. 7(e)とFig. 7(f)より,250℃時効材の粒内では,180℃時効材の析出物と比べて長い棒状コントラストが観察されたことから,β′であることが示唆される.粒界上においては楕円状のコントラストがみられた.また,180℃時効材と同様250℃時効材においてもPFZの外側に析出物が確認された.
Al-Mg-Si系合金において,180℃の時効熱処理における粒内の析出物はβ′′が支配的であり,このβ′′が緻密に分散することで粒内強度を向上させることが知られている.Fig. 7(a)とFig. 7(b)より,亜時効材では,回折コントラストで確認できるβ′′析出物も確認されるが,その数密度がピーク時効材と比べ小さいことから,コントラストでは確認できないMg-SiクラスターやGP zoneが粒内に緻密に存在していると考えられる.時効時間を増やすにつれ,支配的に存在していたMg-SiクラスターやGP zoneがβ′′に成長し,β′′の数密度が増加した.これよりピーク時効材は亜時効材と比べて粒内平均硬さが増加したことが理解できる.
Fig. 7(c),Fig. 7(d)では,PFZの内部や隣接する領域で粒内の析出物より大きな析出物が観察された.この析出挙動はMaらやOguraらがAl-Zn-Mg系で報告している“Precipitate Sparse Zone:PSZ”や“遷移領域”と一致していると考えられる12,13).Oguraらは時効熱処理過程において,母相に過飽和に固溶するZn,Mg濃度(過飽和度)は粒界に近いほど減少し,かつ時効時間を増加させることでPFZ内の平均Zn,Mg濃度も減少すると報告した.また,Miyazakiらは「組成傾斜時効法」を用いて組成に対する微細組織の変化を系統的に調査した31-33).例えばNi-Al合金においてNi-15 at%Al合金と純Niとをアーク溶解を利用して接合した際,母相内の溶質濃度が異相界面に近づくにつれて減少し,界面から遠い高濃度領域における析出物Ni3Alと比べて,界面付近の低濃度領域では大きくまばらに析出物Ni3Alが分布すると報告した33).これは母相と析出物の界面での平衡組成と析出物のサイズの間に依存性があり,低濃度側の析出は以下に示すGibbs-Thomson方程式に従うからであると考察している34).
| \begin{equation} C_{\text{e}}(r) = C(\infty)\left[1 + \left(\frac{2\gamma_{\text{s}}V_{\text{m}}}{rRT}\right)\right] \end{equation} | (1) |
Ce(r)は析出物サイズに依存した平衡溶質濃度,γsは析出物と母相間の界面エネルギー,Vmは析出物のモル体積,rは臨界半径,Rは気体定数,Tは温度,そしてC(∞)は析出物サイズが無限大のときの平衡溶質濃度である.これより,析出における臨界半径が大きくなることから,低濃度側では析出物サイズは大きくなる.
また,PFZの形成メカニズムは,析出に要する焼き入れ過剰空孔が結晶粒界に拡散し,粒界上で消滅するため粒界近傍で枯渇することによる空孔枯渇説と,溶質元素が粒界に拡散して粒界析出物を形成するため枯渇する溶質枯渇説が提案されている.OguraらはAl-Zn-Mg系合金において,亜時効時に形成される幅広の(>200 nm)PFZは空孔枯渇によるものであることを,3DAP法を用いて粒界近傍のアトムマップを取得することで説明した20).これより,粒界近傍における空孔濃度が低い程,析出物の数密度は小さくなると考えられる.
さらに,Fig. 9より,180UのLAGB近傍では,幅がともに100 nm程度であるPFZやPSZに加え,約2 µmにわたって数密度が高い“成長促進領域”が形成されることがわかった.
以上の現象が生じることを踏まえると,今回の実験結果から示唆されるPSZは以下の過程で形成されると考えられる.
①焼き入れ時に導入された過剰空孔と溶質原子の複合体が粒界へ拡散し,粒界上に溶質原子が偏析し,粒界析出物を形成する.
②粒界析出物の形成と,粒界上での空孔消滅に起因して粒界近傍の溶質濃度,空孔濃度がそれぞれ減少し,濃度勾配が形成される.
③時効初期においては,空孔濃度の減少により,粒内と比べ析出物の核生成がしづらくなる.加えて過飽和度が粒内と比べ低いため,Gibbs-Thomson方程式に従い,大きな析出物が核生成し,疎に分布して,PSZが形成される.
180Uにおいては,時効時間の短さから粒内は強化相であるβ′′が十分に形成されず微細なMg-SiクラスターとGP zoneが分散する.“成長促進領域”では,クラスターやGP zoneの多くがβ′′へと成長することで,粒内と比べてβ′′の数密度が増加したと考えられる.粒界から200 nm程度に位置するPSZ上では,溶質濃度の低下によりサイズの大きなβ′′が析出したと考えられる.これより,180Uにおける粒界近傍の硬さは粒内の硬さと比べて相対的に高い値を示したと考えられる.
180Pにおいては,粒内においてはクラスターやGP zoneが成長してβ′′となり析出強化量が上昇する一方,“成長促進領域”とPSZ上では析出物がより成長することによって数密度が低下し,析出強化量が相対的に低下することで,粒界近傍において硬さの減少がみられたと考えられる.
250℃時効材においては,時効温度の上昇により過飽和度が減少するため,粒内にはβ′′と比べてサイズが大きいβ′が疎に分散することで析出強化量が減少した.加えて180℃の時効材と同様に溶質濃度と空孔濃度の低下より,サイズの大きな析出物が疎に分布してPSZが形成した.さらに,“成長促進領域”では180Uと異なり,強化相であるβ′′ではなくβ′が,粒内のβ′よりも成長してサイズが大きく,疎に分布していたことから,亜時効材であっても,粒界近傍では粒内と比べて低い硬さを示したと考えられる.また,250Uと250Pの粒内におけるナノ硬さの大小関係がVickers硬さと逆の関係であったのは,亜時効時における過飽和に固溶した溶質原子の影響や,ナノインデンテーションの圧入体積内に占める析出物の大きさに関係があることが考えられ,今後さらなる調査が必要となる.
今回の結果を踏まえ,時効条件ごとの粒界近傍のナノ硬さと析出組織の関係を表した模式図をFig. 10に示す.圧子を圧入した際の塑性変形領域は,Itokazuらが報告した圧痕直径の1.5倍であることを考慮した35).ナノ硬さは,圧入時に導入される転位と,圧入時に形成される塑性変形領域の中に含まれる析出物などの因子との相互作用によって,決定づけられると考えられる.180Uでは,粒界に近づくにつれ塑性変形領域の中に,“成長促進領域”上に高密度で分散している強化相β′′が多く含まれるようになるため,硬さが増加していく.粒界極近傍では析出強化量の少ないPSZとPFZが領域内に含まれるようになり,硬さの増加が緩やかになる(Fig. 10(a)).さらに,“成長促進領域”において180Pではβ′′,250U,250Pではβ′の成長に伴い数密度が低下し,塑性変形領域内に占める析出物の割合が減ることで,硬さの減少に至ったと考えられる(Fig. 10(b)).また,今回著者が言及した“成長促進領域”に関してAl-Mg-Si系合金などの時効硬化型合金において同様の報告をした例は,著者の調べうる限りでは見当たらなかった.詳しい形成メカニズムについてはさらなる調査が必要となる.

Schematic diagram showing the effect of each factor near the grain boundary on the local mechanical behavior, which varies with aging conditions; (a) in 180U and (b) in 180P, 250U and 250P.
各時効条件におけるナノ硬さの分布は粒界性格によって力学特性に差異が生じていた.
相対方位差が11°以下の小角粒界は全ての粒界の中で溶質原子の最大の拡散活性化エネルギーを持つことが示唆されており,小角粒界は大角粒界と比べ格段に粒界拡散がし難いことが考えられる23).加えて,大角粒界の中でもΣ3,Σ5対応粒界は粒界を挟んだ両結晶のマッチングがよく,原子配列の乱れが少ないことから,ランダム粒界より溶質原子が拡散しづらい.一方ランダム粒界は粒界近傍の原子密度が低いことから溶質原子が拡散しやすく,小角・低Σ対応粒界と比べ核生成サイトを多く含むと考えられる.さらに,この粒界性格毎の粒界近傍の原子密度の違いが,焼き入れ時における溶質原子の偏析量に影響を及ぼし,高エネルギー粒界であるランダム粒界では粒界偏析度は大きく,低エネルギー粒界である小角粒界や低Σ対応粒界では粒界偏析度が小さい36,37).それゆえ,焼き入れ時に粒界近傍の溶質・空孔濃度勾配がランダム粒界近傍では大きく,小角粒界や低Σ対応粒界では小さく形成される.したがって,時効熱処理中に粒界拡散で粒界析出物が形成し,粒界近傍の溶質原子が粒界へと拡散することで形成された粒界析出物が成長する際,ランダム粒界近傍ではより拡散しやすいため,時効が進むにつれ,より大きな勾配が形成され,PFZ・PSZ・“成長促進領域”が広く形成される.Fig. 3より,LAGB,CSL3,CSL5近傍の硬さ変化が認められる範囲がHAGBと比べて小さかった.これは,焼き入れ時の粒界偏析量が少ないことと粒界拡散がし難いことから析出物の体積率が小さくなり,それに起因して溶質・空孔の濃度勾配の変化領域が狭くなったため,“成長促進領域”やPSZ・PFZ幅が狭まり,“成長促進領域”内の析出物が影響を及ぼし始める領域が狭まったためであると考えられる.
Fig. 4(e)とFig. 4(f)より,350OにおいてLAGBとCSL5で硬さの傾向が異なった.Fig. 11に,数µmのPFZをもつ350Oにおけるナノ硬さと析出組織の関係を表した模式図を示す.幅広のPFZ直上に圧入した場合は,塑性変形領域内にPSZや粒界析出物を含まなくなるため,ナノ硬さは母相中の固溶Mg,Si原子の影響のみを受け,大きく減少する(Fig. 11(a)).一方,幅が狭いPFZ直上に圧入した場合は,塑性変形領域内にPSZ上の析出物と粒界析出物を含み,それらの影響も受けるため,ナノ硬さの減少が抑えられる(Fig. 11(b)).それゆえ,狭いPFZ幅をもつLAGB近傍のPFZ上に圧入しても,硬さの減少は表れない.Fig. 6中の領域(I)より,粒界から遠ざかるにつれ硬さが増加したのは,いずれもPFZ中心からPSZ側に近づくにつれPSZ内の析出物の影響を受け始め,析出強化の寄与が増加し始めたからである.次に,Fig. 6領域(II)にみられる硬さの増加挙動は180℃亜時効時の粒界近傍と同様であるが,180UではPFZの外側に位置する“成長促進領域”へ圧入しているのに対し350OではPFZ直上へ圧入しているため,180Uにおける硬化の原因とは別のものであると考えられる.粒界近傍の局所力学挙動について,Tsurekawaらは,粒界性格によらずFe-3 mass%Si合金の粒界近傍では硬化挙動をとることに加え,隣接する粒にひずみを伝達するのに必要な応力は粒界性格で変わると報告した38).また,Tokudaらは純アルミニウムにおいて粒界に近づくにつれ転位の生成に必要な臨界応力が低くなることと,隣接する粒にひずみを伝播させるのに必要な応力を算出し,粒界が硬さに及ぼす影響を定量的に評価した39).今回用いた試料は前述した合金系とは異なるため,より詳細な調査が必要であるが,350Oにおいて粒界に近づくにつれ硬さが増加するのは,隣接する結晶粒ですべり面が異なることで,変形の際に導入された転位が粒界で止められたことによる転位のpile-upが関係していると考えられる.Sekidoらはナノインデンテーション試験で得られた荷重Pと変位hについて(P/h)-hプロットを行うことで塑性変形の形態変化を解析した40).Fig. 6中の領域(III)にみられる粒界極近傍における硬さの減少を解明するためには,上述する方法を用いて,粒界極近傍における転位の生成に関する調査を行う必要がある.

Schematic diagram showing the influence of factors near grain boundaries on local mechanical behavior at 350O with a PFZ width of a few µm; (a) around HAGB and (b) around LAGB.
また,本実験では粒界面法線の影響と,試料表面に対する粒界の挿入角度を考慮していない.加えて,PFZやPSZ,粒界析出物が局所力学挙動に及ぼす影響を粒界性格で調査する上では,数µmのPFZ幅を持つ場合,各粒界のPFZ幅をBSE像から算出した後,Fig. 6に示すようにPFZ幅を規格化してナノ硬さを整理していく方法が有用であると考えるが,数百nm程度のPFZ幅をもつ時効条件においてはPFZやPSZのみの影響を分離して考えることができないため不適である.そこで,Fig. 9に示すように,粒界から遠い位置までTEM像を連続的に取得し析出物の数密度を算出することに加え,TEMで観察した試料に電子線回折やEBSD解析を実施して粒界性格を取得することで,粒界近傍のナノ硬さ変化と析出挙動の関係を整理することができる.しかしながら,本研究でそのような調査したのは180UのLAGBについてのみであるため,今後他の時効条件・粒界について調査を続けていく必要がある.
以上の結果より,粒界性格を介し与える時効析出挙動への影響は存在し,力学特性に変化をもたらすことが示された.
Al-Mg-Si系合金にナノインデンテーションとTEM観察を行い,異なる粒界について時効析出挙動と局所力学挙動に及ぼす粒界の影響を調査し,その結果を粒界性格の観点から分類した.得られた結果を以下に要約する.
(1) 180℃亜時効時には“成長促進領域”で変形に対する高い抵抗力をもつβ′′が,粒内と比べ高密度に分散することで,粒界近傍における硬さの増加に大きく寄与した.180℃ピーク時効,250℃時効時では粒界近傍において粒内と比べ大きな析出物が粗く分布することで析出強化量が減少し,粒界に近づくにつれて硬さが減少した.
(2) 過飽和固溶体が形成される際,小角粒界,Σ3対応粒界,Σ5対応粒界上は粒界偏析がし難いことから溶質・空孔濃度勾配が小さくなり,加えて粒界拡散がしづらいことに起因して,大角粒界上と比べて析出物の数密度が小さい.それゆえ,溶質・空孔の粒界への拡散が制限されることからPFZ・PSZ幅と“成長促進領域”といった,粒内と比べ析出挙動が異なる領域が狭くなる.したがって,粒界性格で粒界近傍の時効析出挙動は変化し,この析出挙動変化がナノ硬さの変化する領域に影響を及ぼし,小角粒界,Σ3対応粒界,Σ5対応粒界近傍におけるナノ硬さが変化する領域は,大角粒界近傍と比べ狭くなる.
(3) 各時効条件における粒界近傍の因子がナノ硬さへ及ぼす影響を粒界性格で分類する際,数µmのPFZ幅をもつ高温時効においては,PFZ幅を規格化することでPFZやPSZ,粒界析出物の影響をそれぞれ調査することができる.数百nmのPFZ幅をもつ低温時効においては,粒界近傍の析出物の数密度変化を算出することで,析出物がナノ硬さに及ぼす影響を調査することができる.
本研究の一部は,JSPS科研費JP16H04502とJP19K22036および公益財団法人軽金属奨学会,一般社団法人日本アルミニウム協会の助成を受けて実施されました.また,本研究で用いた供試材は,古河スカイ㈱(現:㈱UACJ)より提供いただきました.この場をお借りし,関係各位に感謝申し上げます.