2021 年 85 巻 1 号 p. 23-29
The gelation behavior of aqueous methylcellulose (MC) solution was evaluated by using quartz crystal microbalance (QCM) which is an extremely sensitive mass balance that measures nano-gram to micro-gram level changes in mass per unit area. Then, possibility of QCM for interfacial selective viscoelasticity measurement was investigated. The viscosity changes accompanying with gelation were observed as the resonance frequency shift. The gelation temperature determined from the temperature dependence of the resonance frequency shift showed good agreement with the value obtained by visual observation and rheology measurement. Furthermore, MC molecules were adsorbed, and the concentration was increased at interface with hydrophobic quartz units due to the interfacial state. It was suggested that QCM enables to evaluate the interfacial viscoelasticity.
電子材料や接着剤,潤滑剤,選択透過膜,生体材料などは異種材料と接した状態でその機能を発現する.そのため,これらの高分子材料の高機能化を実現するためには,高分子と異種材料との界面における構造および物性を正確に理解し,材料設計を行う必要がある.それは高分子界面が材料内部(バルク)と比較して極めて異なったエネルギー状態にあり1,2),その構造と物性がバルクとは著しく異なることに由来する.現在,材料界面の構造はX線や中性子,和周波などを用いた分光法により非破壊かつ正確な解析が進んでいることから3-7),近年の材料設計においても,界面構造を考慮したものづくりが始まりつつある.しかしながら,界面の物性,特に粘弾性については,界面近傍の微小領域のみ選択的に材料の構造を破壊しないような超微小歪みや力の印加,また,その検出が非常に困難なため,評価方法が限られているのが現状である.
そこで,水晶振動子マイクロバランス(Quartz crystal microbalance, QCM)のプローブである水晶振動子がもつ超低歪みかつ高周波な振動が液体へ伝搬される深さ(界面からの距離)に着目した.水晶振動子の振動を粘弾性評価に必要な歪みに応用することで,界面近傍の局所領域を選択的に評価することが可能になると考えた.
本研究では,QCMを用いて熱可逆的に変化するメチルセルロース(Methylcellulose, MC)水溶液のゲル化挙動を計測することを検討した.MC水溶液中の水晶振動子の共振周波数および散逸率の変化を温度の関数として評価し,MC水溶液のゲル化挙動の計測を行った.そして,一般的なゾル-ゲル転移の評価法である目視観察,光透過率測定や最も代表的なレオロジー計測から得られるバルクのゲル化挙動と比較した.さらに,水晶振動子の電極表面性状を制御することで,水晶振動子電極とMC水溶液との界面相互作用を変化させ,MC水溶液のゲル化に及ぼす界面の影響を評価し,水晶振動子を用いた粘弾性計測法の界面選択性を検討する.
QCM法は,水晶振動子の電極上における分子レベルの質量変化を共振周波数変化として高感度に検出する重量測定法である.一般的な水晶振動子であるATカット水晶振動子は,水晶の結晶のAT面でカットした極めて薄い板状の水晶切片の両側に金属薄膜電極を取り付けたものである(Fig. 1(a)).水晶の逆圧電効果のため,電極に交流電圧を印加すると,一定の周波数(共振周波数)で水晶面に水平な方向に厚みずり振動する.水晶振動子の共振周波数は水晶の厚みで決まり,106 Hzオーダーの高い周波数をもつ.また,水晶振動子の機械的な歪みはサブナノメートルスケールと非常に小さいことが報告されている.

(a) Optical image of quartz oscillator with gold electrode. (b) Image of equivalent circuit of quartz oscillator. C0 is capacitance of electrode. L1, R1 and C1 are inductance, resistance and capacitance of AT-cut quartz, respectively. (c) Spectrum of electrical conductance obtained by QCM with the corresponding resonance frequency (f) and dissipation (Γ). (d) Schematic representation of a quartz oscillator in Newtonian liquid. The solid red line shows the propagation of vibration damped depending on distance from the interface (z). The u is the displacement filed of a shear wave, δ is the penetration depth shown as analysis depth of quartz oscillator in liquid.8)
水晶振動子は共振周波数で振動しているとき,Fig. 1(b)に示す等価回路で表される.水晶振動子の電気特性は,水晶振動子の周辺環境や機械的な力の印加に応答して変化する8).QCMは水晶振動子の電気特性を計測することで,電極基板上の重量変化や付着した物質の粘弾性を評価することが可能である.Fig. 1(c)はQCMによって計測される水晶振動子のコンダクタンススペクトルである.ピークトップにおける周波数を共振周波数(f)と呼び,ピークの半値半幅(Γ)は電極に付着した物質の粘弾性に応答する散逸率である.fおよびΓの変化量(ΔfおよびΔΓ)から重量変化や粘弾性を評価する.
複素共振周波数($\Delta f^{*}$)は,ΔfおよびΔΓから次式で表される8).
| \begin{equation} \Delta f^{*} = \Delta f + i \times \Delta \varGamma \end{equation} | (1) |
水晶振動子の電極上に剛直な物質が極微少量接触した場合,電極上のナノグラムオーダーの質量変化に比例して,複素共振周波数も変化する.ただし,散逸率変化が共振周波数変化と比較して,非常に小さくなる(|ΔΓ| ≪ |Δf|)ため,電極上の重量変化と共振周波数変化は以下の式(2)で表される9).
| \begin{equation} \Delta f^{*} \approx \Delta f = -2 \times n \times f_{0}{}^{2} \times \Delta m/\text{Z}_{\text{q}} \end{equation} | (2) |
一方,水晶振動子が振動の伝播限界より広い半無限領域の均質なニュートン液体と接触する場合,複素共振周波数は液体の粘度および密度の積に比例し,次式で表される8,10-15).
| \begin{equation} \Delta f^{*}/f_{0} = (-1 + \text{i}) \times (2nf_{0})^{1/2} \times (\eta_{\text{liq}} \times \rho_{\text{liq}})^{1/2}/(\pi^{1/2} \times \text{Z}_{\text{q}}) \end{equation} | (3) |
| \begin{equation} |\Delta f| = |\Delta\varGamma| = n^{1/2} \times f_{0}{}^{3/2} \times (\eta_{\text{liq}} \times \rho_{\text{liq}})^{1/2}/(\pi^{1/2} \times \text{Z}_{\text{q}}) \end{equation} | (4) |
さらに,水晶振動子の振動振幅は界面から指数関数的に減衰するため,振幅が界面における振動振幅の1/eの値となる距離を粘性侵入度(δ)と呼び,液体中における水晶振動子の分析深さとなる(Fig. 1(d)).δは次式で表される16,17).
| \begin{equation} \delta = [\eta_{\text{liq}}/(\pi \times f_{\text{0}} \times \rho_{\text{liq}})]^{1/2} \end{equation} | (5) |
基本共振周波数が9 MHzの水晶振動子の場合,水中における粘性侵入度はおよそ190 nmである.そのため,水晶振動子が示す極めて小さい振幅の振動を刺激として界面に直接印加し,界面近傍における微小領域の粘弾性計測が可能になると考えられる.
2.2 メチルセルロースメチルセルロース(Fig. 2)は無水β-グルコース環繰り返し単位のC2およびC3,C6位にある親水性のヒドロキシ基(OH基)の一部または全てが疎水性のメトキシ基(CH3O基)に置換された化学修飾セルロースの一種であり,樹木から単離・精製されたセルロース分子から生成されるため,環境低負荷な天然資源材料である.単位グルコース環あたりのメトキシ基置換度(Degree of Substitution, DS)が中程度(1.5-2.0)のMCは,分子鎖中の置換度に不均一性が存在するため,低温では水溶性高分子として振る舞い,昇温に伴って白濁したヒドロゲルへと可逆的に転移する18,19).HeymanはMCのゾル-ゲル転移は加熱時の分子鎖からの脱水に起因すると考え20),Takahashiらは可逆的なゲル化を引き起こす可逆的な物理架橋の候補として,分子鎖間に働く水素結合や双極子相互作用,高いDS値をもつセグメント間に働く疎水性相互作用などを提案した21).またKobayashiらは,MCは,初めにポリマー濃厚相と希薄相へと液-液相分離し,その後ポリマー濃厚相中で物理架橋を形成することで,ゲルへと転移する2段階過程でゲル化が進展することを明らかにした22).しかしながら,初期の相分離の経路に関しては,未解明な部分が多く,これまでにいくつかのモデルが提案されている.TakeshitaらおよびFaircloughらはMCの相分離はスピノーダル分解であると提案した23,24).一方,Lodgeらは核形成と成長の機構で進展すると結論づけ25),Tanakaらは粘弾性相分離であると説明した26).以上のように,MC水溶液の相分離とそれに誘導されるゲル化挙動の詳細なメカニズムは未だ明らかにされていない.

Chemical structure of methylcellulose used in this study.
そこで本研究では,MCのゲル化に関する新たな知見を得るため,QCMを用いてMC水溶液のゲル化挙動を計測することを検討した.
MCは信越化学工業㈱よりご提供いただいたメトローズSM-25を使用した.重量平均分子量(Mw)は5.1 × 104 g/mol,多分散度(Mw/Mn)は1.52,DS値は1.8であった.真空乾燥したMC粉体を電子天秤で量り取り,溶液濃度が臨界絡み合い濃度(C*)の10倍になるように水溶液を調製した.ここで,C*は,溶液中の隣接する高分子鎖同士が接触し,絡み合いが生じる濃度であり,希薄溶液から準希薄溶液への転移を表す濃度である.また,C*を境に高分子溶液の粘度は急激に増加するため,高分子溶液の粘度を特徴づける重要な濃度である.C*は,分子1つあたりの粘性率を示す極限粘度[η]から次式で表される.
| \begin{equation} \text{C}^{*} \approx 1/[\eta] \end{equation} | (6) |
今回実験で使用したMCのC*は,ウベローデ粘度計を用いた粘度測定により決定し,25℃の水中において0.58 wt%である.MC粉体に直接水を加えると粉体表面のみ水に濡れ,一部溶解した凝集粒が生じるため,70℃以上に加熱した水を加える熱水法により溶液を調製した.調製したMC水溶液は4℃で一晩静置した後,実験に使用した.
3.2 目視観察バルクのMC水溶液のゲル化挙動を目視によって観察した.MC水溶液を10℃から1℃/minの速度で昇温し,任意の温度でMC水溶液の入ったスクリュー管を90°程度傾け,溶液の状態変化や流動性の変化を目視で観察した.その後,同じ速度で10℃までMC水溶液を冷却し,ゲルからゾルへの変化も目視で観察した.溶液温度は熱電対温度計を用いて記録し,スクリュー管を傾けた際,溶液が自重で流れたものをゾル,流れなかったものをゲルと定義し,流動性が消失したときの温度をゲル化温度(Tgel)と定義した.実験は5回以上行い,その平均を用いた.
3.3 光透過率測定分光光度計(V-650,日本分光㈱)を用いて,MC水溶液のゲル化を誘起する相分離挙動を評価するため,透過率の温度依存性を評価した.光路長1 cmの石英セルに濃度10C*のMC水溶液を入れ,ゴム栓で蓋をし,加熱中の水の蒸発を防いだ.アルミブロック式ヒーターによって溶液温度を20-70℃まで1℃/minの速度で加熱した.波長380-780 nmの光の透過率を5℃毎に測定し,ゲル化温度付近の40-60℃では2℃毎に測定した.さらに,70℃まで加熱したMCゲルを1℃/minの速度で冷却し,波長380-780 nmの光の透過率を5℃毎に測定した.また,ゲルからゾルへと戻る温度付近の40-20℃では2℃毎に測定した.
3.4 レオロジー測定レオメータ(MCR302, Anton Paar社)を使用し,バルクのMC水溶液のゲル化に伴う粘弾性変化を評価した.共軸円筒型冶具のカップにMC水溶液を約20 mL注ぎ,回転子(内筒)を測定位置に移動させた後,実験データの再現性を良くするため,回転子上部の試料をピペットで取り除いた(トリミング).試料上部を粘度10 cSのシリコーンオイル(信越化学工業㈱)で密閉し,さらにその上から備え付けの溶媒蒸発防止用の蓋をすることで,測定中の溶媒蒸発による濃度変化を可能な限り防いだ.周波数は1 Hz,歪みは線形領域にあたる1%で固定し,貯蔵弾性率(G′)および損失弾性率(G′′)の温度依存性を1℃毎に測定した.温度はペルチェ温度制御システム(C-PTD200, Anton Paar社)で制御し,1℃/minの速度で10-70℃まで加熱した.その後,同じ速度で10℃までMC水溶液を冷却し,ゲルからゾルへと変化するときの弾性率の温度依存性を評価した.
3.5 QCM測定実験装置の模式図をFig. 3に示す.水晶振動子は基本共振周波数が9 MHz,金電極を有するものを使用した.電極表面はエタノール中で15 min超音波洗浄した.液体中での測定を可能にするテフロン製のディップ型セルを取り付けた水晶振動子をMC水溶液中に沈め,溶液温度はアルミブロック式ヒーターを用いて制御し,1℃/minの速度で10-70℃まで加熱した.水晶振動子付近の溶液温度を熱電対温度計で記録しながら,ΔfおよびΔΓを水晶振動子マイクロバランス測定システムQCM922A(セイコー・イージーアンドジー㈱)で計測した.70℃まで加熱したMCゲルを1℃/minの速度で10℃まで冷却し,ゲルからゾルへと変化するときのΔfおよびΔΓの温度依存性を評価した.

Schematic illustration of QCM measurement equipment.
金電極水晶振動子に加えて,親水性表面としてシリカ(SiO2)電極のものを使用した.さらに,シリコン(Si)電極水晶振動子の最表面の自然酸化層(Si-OH基)を1%フッ酸水溶液で疎水化(Si-H基)処理し,疎水性表面とした.これら3種類の電極と濃度10C*のMC水溶液との界面での相互作用がゲル化に及ぼす影響を検討した.
濃度10C*のMC水溶液の温度上昇に伴う状態変化を示す写真をFig. 4(a)に示す.低温では,MCは水に溶け,水溶液は無色透明であった.しかし,温度の上昇に伴い,溶液全体が白濁する挙動が観察された.これはMC分子の水への溶解度が温度によって変化するためである.MC分子中のメトキシ基は温度上昇に伴い,脱水和する27).そのため,疎水性のメトキシ基を多くもつセグメント同士が疎水性相互作用により凝集したことで,ポリマー濃厚相と希薄相へと相分離し24),水溶液が白濁したと考えられる.また白濁化が進むとともに,溶液の粘度も上昇した.さらに加熱し続けると,ある温度を境に溶液は流動性を完全に失い,ゲルへと変化した.これはポリマー濃厚相中で,MCの疎水部同士の凝集を架橋点とする物理架橋を形成し,可逆的なネットワーク構造を形成したためである.濃度10C*のMC水溶液の流動性が完全に消失した温度は50.9 ± 0.9℃であり,目視によるTgelとした.一方,冷却過程(Fig. 4(b))では,温度が低下するにつれて,溶液が透明になった後,昇温過程で観られたTgelよりも低い30℃付近で再び流動性を示し,MC水溶液のゲル化挙動のヒステリシスが観察された.

Optical images of aqueous methylcellulose solution with various temperatures at (a) heating and (b) cooling process.
Fig. 5(a)は波長380-780 nmで計測した加熱時における光透過率の温度依存性である.MC水溶液が無色透明な溶液状態では,約100%の高い透過率を示した.ただし,380 nmの透過率は低く80%程度であった.これは,MC分子が紫外領域の210 nm付近に吸収を有することに起因する.加熱すると透過率は35-40℃付近から急激に減少した.透過率が減少し始める温度は,光の波長が長くなるにつれて,高温側にシフトする傾向がみられた.これはMC分子からなる凝集のサイズに起因すると考えられる.MC水溶液の温度が低い(20-30℃)場合,水に溶け,分子同士はほとんど凝集していない28).そのため,ほとんどの光が散乱せずにMC水溶液を透過した.しかし,短波長の光の一部がMC分子によって散乱するため,同じ温度でも短波長の透過率が小さくなったと考えられる.溶液の温度が高くなるにつれてMC分子は凝集し,そのサイズは大きくなる.凝集のサイズが大きくなるにつれて,初めに短波長の光が散乱され透過率が小さくなり,凝集のサイズがさらに大きくなることで長波長の光も散乱され,その透過率も小さくなったと考えられる.60℃以上の高温では,全波長の光透過率は0%となり,目視観察でMCゲルが60℃以上で完全に白濁した現象を捉えている.

Temperature dependence of transmittance of aqueous methylcellulose solution at (a) heating and (b) cooling process.
一方,光透過率の冷却時の温度依存性(Fig. 5(b))は,加熱時とは異なる経路をとった.全ての波長において,加熱時のゲル化によって透過率が急激に減少した温度よりも低い温度で透過率は急峻に増加し,20℃付近で,加熱前とほぼ同じ値を示した.これより,MC水溶液のゲル化挙動のヒステリシスと熱可逆性を透過率の温度依存性からも確認した.また,冷却に伴って,長波長成分から次第に透過率が増加していたことから,冷却過程において,MC分子鎖の凝集体のサイズが徐々に小さくなっていると考えられる.
4.3 ゲル化に伴うメチルセルロース水溶液の弾性率変化Fig. 6は濃度10C*のMC水溶液の貯蔵弾性率(G′)および損失弾性率(G′′)の温度依存性である.低温側では,G′′(粘性成分)がG′(弾性成分)より大きく,MC水溶液がゾル(液体)状態であることを示している.10-40℃における弾性率の緩やかな減少は,温度上昇に伴って分子の熱運動が活発になり,分子間相互作用が減少したため,溶液粘度が低下したことに起因している29).40℃付近から,いずれの弾性率も急激に増加し,G′とG′′の大小関係が逆転し,高温側ではG′がG′′より大きく,MC水溶液がゲル(固体)状態へと転移したといえる.そこで,G′とG′′が逆転する温度をTgelと定義した.濃度10C*のMC水溶液のTgelは50.4℃であった.一方,MCゲルの冷却過程では,G′とG′′はどちらも40℃付近まで一定の値を示し,35℃付近から急激に減少し,25℃付近で逆転した.MC水溶液の弾性率は加熱時と冷却時で異なる経路で変化し,ヒステリシスを示した.このヒステリシスは,MCのゲル化がエントロピーが推進力となって生じる反応であることに起因する30).脱水和したMC分子を再び水和させるには,水分子をランダムな状態から比較的秩序だった状態へ変化させるためエントロピーを低下させる必要がある.それには多くのエネルギーを必要とするため,水溶液をより低温まで冷却しなければならない.したがって,MC分子鎖のネットワーク構造が低温でも保たれ,ヒステリシスが観察された.また冷却後,弾性率が15℃以下の低温で加熱前とほぼ同じ値をとったことから,MC水溶液のゲル化が熱可逆的であることを示している.

Temperature dependence of storage modulus (G′) and loss modulus (G′′) of aqueous methylcellulose solution at heating and cooling process.
Au電極水晶振動子を用いて,10C*のMC水溶液のゲル化に伴う共振周波数変化(Δf)および散逸率変化(ΔΓ)の温度依存性を測定した.その結果をFig. 7に示す.ΔfおよびΔΓは溶液粘度に依存して変化した.10-40℃におけるΔfの緩やかな上昇(ΔΓの減少)はレオロジー計測で観察された弾性率の緩やかな減少と同様に温度上昇に伴って,溶液粘度が低下したためである31).さらに加熱すると,45℃付近からΔfは急峻な減少(ΔΓは増加)を示した.これはMC水溶液がゲル化したことで溶液粘度が急激に増加したためである.その後,60℃以上ではMC水溶液のゲル化が完了したため,ΔfおよびΔΓは一定の値をとった.このようにΔfおよびΔΓはMC水溶液のゲル化に伴って変化した.そこで,Δfが急激に減少した部分の変曲点をTgelと定義した.濃度10C*のMC水溶液のTgelは50.4 ± 0.5℃であった.目視およびレオメータ計測から求めたTgelとともにTable 1に記した.各測定から求めたTgelは非常によく一致した.また,MCゲルを70℃から10℃まで冷却した時,ΔfとΔΓはどちらも40℃付近まで変化せず,一定の値を示した.35℃付近からΔfは急激に増加(ΔΓは減少)し,20℃以降加熱前とほぼ同じ値をとった.レオロジー計測で観察されたMC水溶液のヒステリシスと熱可逆性がQCM測定においてもΔfとΔΓの変化として観察することに成功し,QCMはMC水溶液のゲル化をΔfおよびΔΓとして評価することが可能であることが実験的に明らかとなった.

Temperature dependence of (a) the resonance frequency shifts and (b) the dissipation shift of aqueous methylcellulose solution at heating and cooling process.

Fig. 8はAu,親水性のSiO2,疎水性のSi電極を有する3種類の水晶振動子を用いて計測した濃度10C*のMC水溶液のゲル化に伴うΔfおよびΔΓの温度依存性である.Au電極およびSiO2電極の水晶振動子を用いたMC水溶液中におけるΔfおよびΔΓの温度依存性には顕著な差は見られなかった.一方,疎水性のSi電極を有する水晶振動子を用いた場合,Au,SiO2電極で計測された共振周波数より1000 Hz程度低く,散逸率は500 Hz程度高い値をとり,界面近傍で溶液の粘度が高いことを示している.また散逸率の変化量よりも共振周波数の変化量が大きいことから電極へMC分子鎖が吸着したと考えられ,MCの界面への吸着により粘度が増加したと考えられる.さらに,Table 2にまとめた各電極のΔfの温度変化から求めたTgelもSi電極で最も低い値を示し,Si電極基板との界面では,AuやSiO2電極界面よりもMC濃度が高いことを示唆する.

Temperature dependence of (a) the resonance frequency shifts and (b) the dissipation shifts of aqueous methylcellulose solution with Au (yellow circle), SiO2 (gray square) and Si (blue triangle) electrodes.

電極によりTgelに差が生じた原因を検討するため,電極表面の表面自由エネルギー(γ)および自乗平均面粗さ(RMS)を評価した.γは電極表面の水およびジヨードメタンに対する接触角測定から算出し,RMSは電極表面の原子間力顕微鏡観察から評価した.(Table 2)
γはSiO2電極とフッ酸により疎水化処理を施したSi電極で同程度の値であり,Au電極のγより大きいことが明らかとなった.Au電極のγは理論値と近い値を示したが,Si電極およびSiO2電極については,一般的なシリコン基板表面でみられる親疎水性の関係からは逸脱している.それは,疎水化Si電極の最表面を覆うSi-H基が非常に不安定であり,大気中で酸化された影響,また,SiO2電極の最表面を水晶振動子の構造上,酸処理を十分に行えなかった影響であると考えられる.いずれにしても,MCは親水性のヒドロキシ基と疎水性のメトキシ基を有しており両親媒性を示すため,今回得られた表面自由エネルギーの差では,電極の親疎水性に依存せず,全ての表面へと付着し有意な差がみられなかった.上述の結果は,表面自由エネルギーが水晶振動子の分析深さと比較して,極めて短距離の相互作用であることからも妥当である.
一方,RMSはAuおよびSiO2電極では0.8 nm程度であり,疎水化処理したSi電極表面では1.8 nmであり,明確な差が確認された.また,フッ酸による疎水化処理前のSi電極表面のRMSが0.76 nmであったことから,フッ酸処理によりSi電極の表面ラフネスが大きくなったと考えられる.それに伴って疎水化処理を施したSi電極の表面積が増大し,他の電極と比較してより多くのMC分子が界面へと吸着が生じている.これはΔfの変化量からも示唆されており,電極の表面積増加が界面近傍のMC水溶液濃度の増加を引き起こし,Tgelの低下に繋がったと結論できる.
QCMを用いてMC水溶液のゲル化に伴う溶液粘度の変化を共振周波数変化として捉えることに成功し,ゲル化温度を評価した.またレオロジー計測と同様にMC水溶液のヒステリシスと熱可逆性をΔfおよびΔΓとして捉えることに成功した.さらに,3種類の電極を用いた10C*のMC水溶液のゲル化に伴うΔfおよびΔΓの温度依存性から,水晶振動子電極の表面積の増加に起因するMC分子の吸着量の増加とそれに伴うTgelの低下が確認され,QCMによって界面近傍の粘弾性計測が可能であることが示唆された.
本研究はJSPS科研費JP19H05720, JP16K05926の助成を受けたものです.また,本研究の一部は三重大学工学部同窓会研究費支援を利用したものであります.さらに,レオロジー計測はNIMS連携拠点推進制度を利用し,実験の機会を頂きましたNIMSデータ駆動高分子設計グループ 主席研究員 内藤昌信 博士に厚く御礼申し上げます.