2021 年 85 巻 10 号 p. 391-398
Electrical resistivity and Vickers hardness of Alloy 625 due to cold rolling were measured, and, discussed with the microstructural change obtained using electron backscattered diffraction and X-ray diffraction. Both increase in dislocation density and grain subdivision due to rolling was observed. Although the electrical resistivity of the normal pure metals increases with increasing the rolling reduction, that of Alloy 625 initially decreased with increasing the rolling reduction of 70%. Then, the electrical resistivity slightly increased with increasing the rolling reduction of 80%. Up to the rolling reduction of 70%, the reduction of electrical resistivity is associated with K effect, which is the destroy of the short-range ordered domain due to the plastic deformation. On the other hand, Vickers hardness increased with increasing the rolling reduction. It was associated with the contribution of grain refinement, dislocation, solid solution, and sort-range order strengthening.
Ni基超合金はその名の通り,Niを主成分とし,Cr,Mo,Al,Tiなどの合金元素を添加した超合金で,高温強度,耐腐食性,耐酸化性などが非常に優れていることから,航空機用ジェットエンジン,発電用ガスタービンの高温部や化学プラントなどの耐腐食性が求められる設備など,過酷な環境で用いられてきた.これらの用途から力学特性や腐食特性が注目されてきたため電気特性に着目されることは少なかった.特に,圧延などの塑性加工に伴うNi基合金の電気特性に及ぼす影響に関する報告は限られているが,昨今の電子機器部品の発展や自動車の電動化などに伴い,Ni基合金の高電気抵抗率が注目されることが増えている1).
教科書2)に書かれているように,金属材料中に電流が流れる場合,自由電子は平均的に電流の流れる方向とは逆向きに移動することとなる.自由電子が散乱されずに進む距離が自由電子の平均自由行程であるが,平均自由行程が長いほど電気抵抗率が低くなる.そのため,自由電子の散乱源の密度が高いほど,自由電子は散乱されやすくなり平均自由行程が短くなり,結果として電気抵抗率が高くなる.電子の散乱源としては固溶原子が知られているが,格子欠陥である原子空孔,転位,粒界,自由表面も散乱源として働く.また,格子振動も電子の散乱に影響を及ぼすため,一般的な金属は,高温であるほど電気抵抗率が高くなる.これらは,マティーセン則として知られている.
近年,純アルミニウムや純銅,純ニッケルといった純金属に対して巨大ひずみ加工の一種である繰り返し重ね接合圧延(Accumulative roll bonding: ARB)法を施した場合に,電気抵抗率が相当ひずみの増加に伴って増加することが報告された3-5).電界放出型走査型電子顕微鏡法/電子線後方散乱(Field emission-scanning electron microscopy/ electron backscattered diffraction: FE-SEM/EBSD)や走査/透過型電子顕微鏡法(scanning/ transmission electron microscopy: S/TEM)を用いた組織観察やX線回折(X-ray diffraction: XRD)から求めた転位密度や粒界密度といった格子欠陥密度の変化から,電気抵抗率の変化を定量的に求めることが可能であることが示された.このことより,逆に,電気抵抗率の変化から格子欠陥密度の定量を行うことも,原理的に可能といえる.
塑性加工の一種であるARB法を純金属に適用することによって転位密度の上昇に加えてGrain-subdivisionが起こり,結果として結晶粒微細化も引き起こされて粒界密度も上昇する6).そのため,ARBによって与えられる相当ひずみが増加するに伴って格子欠陥密度が上昇し,それが自由電子の平均自由行程の減少を招き,電気抵抗率が増加することとなる.また,ARB法を行う時に,ロール表面を機械油で潤滑状態にすることで,通常圧延とほぼ同等の塑性加工を施すことが可能であることが報告されている7).そのため,上述のARB法を純金属に適用した場合の塑性変形に伴う電気抵抗率と組織の変化の関係は,与えることのできる相当ひずみの値が通常の冷間圧延と比較して大きいことを除き,通常の冷間圧延を純金属に適用した結果として扱うことが可能である.
一方,Ni-Cr合金8)やNi-Mo合金9)といった一部のNi合金は,規則-不規則変態を示すことも知られている.中でもNi-Cr合金は,短範囲規則や短範囲凝集を形成し,K効果と呼ばれる電気特性の異常な振る舞いを示す10).このK効果は,他にも,Cu3Au, CuAu3, Cu2NiZn, Fe3Alなどの種々の合金でも確認されており10,11),異常な電気特性の中には,塑性加工の進展に伴う電気抵抗率の減少も含まれている.また,広く用いられる600系の固溶強化型Ni基超合金は添加元素としてCrを大量に含み,規則-不規則変態を示すことが知られている12).そのため,固溶強化型Ni基超合金の加工に伴う電気抵抗率の変化は,塑性変形に伴う格子欠陥の導入によって単調に上昇するのか,K効果を示すために単調増加しないのかが不明であった.
そこで,本研究では,固溶強化型Ni基超合金の一種であるAlloy625を用いて,従来報告されていない冷間圧延に伴う電気抵抗率とビッカース硬さの変化を測定し,組織変化と関連付けることを目的とした.
本研究では,Table 1に示す組成を持つ板厚が4 mmのAlloy625を供試材として用いた.受け入れ材に対して大気雰囲気下にて1473 K,3.6 ksの条件で溶体化処理を行った.その後,ロール径が100 mmである㈱日本クロス圧延製の圧延機により圧下率が最大で80%となるまで,ロール表面を無潤滑状態として圧延を行った.加工前の板厚をh1,加工後の板厚をh2とすると,圧下率rは次式で定義される.
\begin{equation} r = (h_{1} - h_{2})/h_{1} \end{equation} | (1) |
その後,ワイヤ放電加工機を用い,それぞれの圧下率の試料に対して,縦50 mm,横1 mm程度の棒状試料をRD方向が長手方向となるように切り出し,電気抵抗率測定用試験片とした.圧延後に板厚が1 mmを超える場合は,試験片の厚さが1 mmになるように機械研磨を行った.圧延後に板厚が1 mm未満となる場合は,試験片の厚さは圧延後の板厚そのものである.また,組織観察用の試料とビッカース硬さ試験に使用する試料も同様に,ワイヤ放電加工機で切り出した.全ての試料の表面は,放電加工によるダメージ層を除去するために#2000のエメリー紙を用いて機械研磨を行った.その後,FE-SEM/EBSD測定を行う試料のみ,30%ナイタール(硝酸,メタノールの混合液,体積比1:2)中で約6 V,243 Kの条件で電解研磨を行い,鏡面仕上げとした.
2.2 電気抵抗率測定電気抵抗率測定用試料に対して,四端子法を用い電気抵抗率測定を行った.まず,試料に日本アピオニクス㈱製のスポット溶接機NRW-100Wと溶接ヘッドNA-60Aを用い,直径0.3 mmの純Ni導線(㈱ニラコ製,純度99%)をスポット溶接した.その後,Keithley社製の直流電流源6220とナノボルトメーター2184Aを用いて,電流100 mAで室温中(293 K),液体窒素中(77 K)の2温度条件でデルタモードにて測定を行った.なお,デルタモードとは,電流極性を逆転させることで,測定回路中に発生する熱起電力をキャンセルする手法である.電気抵抗率ρは,試料の断面積S,端子間距離l,そして,外側の端子間の印加電流A,内側の端子間の電圧降下Vから次式を利用し導出した.
\begin{equation} \rho = \frac{V}{A} \cdot \frac{S}{l} \end{equation} | (2) |
力学特性を評価することを目的に,ビッカース硬さ試験を行った.本実験では㈱島津製作所製のビッカース硬さ試験機HMV-G30を用い,荷重5 kgf,負荷時間10 sの条件で,試料表面の試料両端それぞれ3箇所,中央3箇所の合計9箇所に圧痕をつけ,ビッカース硬さを求めた後,それらの平均値を算出した.なお,最大値と最小値は扱わず,7点を測定結果として用いている.なお,エラーバーで7点の最大値と最小値を表示している.
2.4 組織観察およびXRD測定組織観察として,日本電子㈱製の走査型電子顕微鏡JSM-7900Fを用い,試料のFE-SEM/EBSD測定を行った.EBSD測定はSEMの加速電圧を20 kVとし,TD,RDの2方向から行った.また,方位検出には㈱オックスフォードインスツルメンツ製の方位検出プログラムAztecを用い,データ解析にもAztecを使用した.
XRD測定は㈱リガク製のSmartLabを用いて行い,条件は波長λ = 0.15418 nm(Cu-Kα線),管電圧45 kV,管電流200 mA,ステップ角0.01°とした.また,標準試料としてSiナノ結晶を用いて装置関数の除去を行った.
各回折ピークのブロードニングから転位密度を求めるために,Williamson-Hall法を用いた.
\begin{equation} \frac{(\Delta 2\theta)\cos\theta}{\lambda} = \frac{k_{s}}{D} + \frac{2e\sin\theta}{\lambda} \end{equation} | (3) |
\begin{equation} L_{\text{V}} = Ke^{2}/b^{2} \end{equation} | (4) |
Fig. 1,Fig. 2に,それぞれの圧下率におけるEBSD測定から作成した逆極点図マップを示す.Fig. 1とFig. 2は,それぞれ,TDとRDから観察したものである.Fig. 1,Fig. 2からわかるように,圧下率が増加するにつれて,NDの結晶粒界間隔が短くなっていき,RDの結晶粒界間隔が大きくなった.これは,圧延によって結晶粒が圧延方向に引き伸ばされると同時に板厚方向に潰されているため,結晶粒がパンケーキ状に変化していくためである6).このような変化は,一般的な圧延加工やARB法を施した材料でみられる組織変化となる.また,ある程度圧下率が増加して50%程度を超えると,微細な変形双晶の形成も確認することができる.これは,純Niなどと比較するとAlloy625はCr,Moなどの合金元素を含むために積層欠陥エネルギーが低下しているためである17).
IPF map of Alloy 625 with the rolling reduction of (a) 0%, (b) 20%, (c) 40%, (d) 60% and (e) 80% observed from TD.
IPF map of Alloy 625 with the rolling reduction of (a) 20%, (b) 40%, (c) 60% and (d) 80% observed from RD.
また,Fig. 3はFig. 1に対して切片法を適用して求めたNDの平均結晶粒界間隔dNDの圧延に伴う変化である.ここで,結晶粒界としては方位差が15°未満の小角粒界と方位差が15°以上の大角粒界の両方を含んでいる.また,EBSD測定の解析手法の限界から,2°未満の粒界は切り捨てている.最初,約40 µmであったdNDは,圧下率の増加に従い減少していき,最終的に約2 µmまで減少した.この現象は,幾何学的な変形に加えて,Grain subdivisionによる結晶粒の微細化も同時に起こっているためである6).そのため,純金属の場合と同様に3),圧下率の増加に伴って,塑性変形による転位密度の増加,転位組織の形成,小角粒界の形成,粒界の方位差の増加による大角粒界の形成が起こっており,それが,dNDの変化として現れている.
Mean grain separation of Alloy 625 depending on rolling reduction.
それぞれの圧下率におけるXRD測定の結果をFig. 4に示す.この図から,本合金はFCC単相であり,第2相は存在していないことがわかる.この結果は,EBSD測定結果とも一致する.Fig. 4から,圧下率の増加に伴ってピークブロードニングが起こっていることが見て取れる.圧下率によって見えないピークが存在するのは,圧延集合組織の形成に対応している.Fig. 5は各ピークのブロードニングに対してWilliamson-Hall法を用いて導出した,圧下率の増加に伴うLVの変化を示したものである.圧延前の0%(溶体化まま)材は,測定限界以下で値を得ることができなかった.これは,0%材の結晶粒径が40 µm程度と粗大であるため,測定範囲内の結晶粒の数が十分でなく,デバイシェラー環というよりもラウエスポットが現れるような状況だったためだと考えられる.そのため,0%材のLVは十分低く,1 × 1014 m−2未満であり,あくまでも参考値として扱う.Fig. 5に示すように,圧延による塑性加工によって転位が導入され,圧下率20%で急激にLVが増加し,1.5 × 1015 m−2程度へと増加した.圧下率20-60%の間で,LVは2.0 × 1015 m−2程度へとわずかに増加した.その後,LVは圧下率80%において再び増加し,約4.0 × 1015 m−2へと増加した.
XRD patterns of Alloy625 with the rolling reduction between 0% and 80%.
Dislocation density of Alloy 625 depending on rolling reduction. Value for 0% is estimated value since it is too low for Williamson-Hall method.
LVは測定手法によって値が異なることが報告されている18).示差走査熱量測定を用いてARB-CuとARB-NiのLVを測定すると,ARB-Cuの方がわずかに値は大きいものの,ともに2 × 1015 m−2程度の値となる.それに対して,Williamson-Hall法を用いて得たARB-CuとARB-NiのLVは,それぞれ,約5 × 1015 m−2と約3 × 1015 m−2となる.更に,ARB-Cuの場合は,LVを透過型電子顕微鏡によって測定すると,およそ5 × 1014 m−2であった19,20).このように,同じ試料でも異なる測定法を用いてLVの値を比較すると,傾向は同じものの1桁弱の絶対値の違いが存在する.
3.2 電気抵抗率測定Fig. 6に,圧延に伴う293 Kおよび77 Kにおける電気抵抗率の変化を示す.原子の格子振動の影響より,全ての測定点において,液体窒素中の電気抵抗率よりも室温での電気抵抗率のほうが約0.03 µΩm大きくなった.293 Kでは,電気抵抗率は最初約1.28 µΩmであったが,圧下率の増加に伴って徐々に減少していき,圧下率70%まで約0.08 µΩm減少し,約1.19 µΩmとなった.その後,約0.01 µΩm増加し最終的に圧下率80%にて約1.21 µΩmとなった.77 Kでは,最初約1.25 µΩmであった電気抵抗率が,圧下率70%までに約0.08 µΩm減少し,約1.16 µΩmとなった.その後,約0.01 µΩm増加し最終的に圧下率80%にて約1.17 µΩmとなった.両温度ともに圧下率70%までは徐々に減少し,その後わずかに増加する点で共通している.これは,格子欠陥の電気抵抗率への寄与率(係数)が温度の関数ではないことを意味している.Alloy625の電気抵抗率に関する報告は存在しないため,電気抵抗率測定を用いて金属材料の組織因子の情報を取得するという意味で,このデータは重要である.
Electrical resistivity of Alloy625 measured at 77 K and 293 K depending on rolling reduction.
純金属の場合は,圧下率の増加に伴い電気抵抗率は増加する.また,冷間圧延やARB法を施された材料でGrain subdivisionが起こることからわかるように,塑性変形の進展に伴い転位や粒界といった格子欠陥が導入され,転位密度や粒界密度の増加が起こる3).これらの格子欠陥は電子の散乱源となるため,格子欠陥密度の増加は電子の平均自由行程の減少につながる.そのため,純金属において,圧下率の増加に伴い電気抵抗率が増加することは組織変化からも理解しやすい.しかし,純金属といっても,元素によって転位密度および粒界密度の電気抵抗率への寄与率(係数:ΔρdislとΔρGB)は異なっている.理論計算からこれらの格子欠陥密度の電気抵抗率への寄与率は報告されており,その一部をTable 2に示す21).実験的にも格子欠陥密度が電気抵抗率に与える影響は報告されており,AlやCuにおいては塑性加工に伴う電気抵抗率の増加はnΩmオーダーである3,4).例えば,純Niの転位密度が1015 m−2程度増加して,粒界密度も10 Mm−1程度増加したとすると,電気抵抗率は6.74 nΩm程度増加することになる21).
一方,Alloy625では,圧下率の増加にしたがって電気抵抗率が減少した.これは,組織観察やXRD測定の結果から,圧下率が増加するに伴い電気抵抗率増加の原因とされる転位密度や粒界密度といった格子欠陥密度が増加していることとは逆の変化を示している.この,圧下率の増加にしたがって電気抵抗率の減少が起こる原因は,Ni-Cr合金などでみられるK効果が関係していると考えられる10,11).K効果としては以下が挙げられている.
この短範囲規則ドメインが自由電子に対する散乱源として働き,更に,冷間加工によって散乱限密度が減少していったと考えられる.その様子を模式図としてFig. 7(a)に示す.本研究でも,圧延加工によってこの短範囲規則ドメインが破壊されたために,電気抵抗率が減少したと考えられる.これはFig. 7(b)に示す短範囲規則ドメインの模式図に示すように,塑性加工によって導入された転位の通過が繰り返されることで,短範囲規則ドメインが破壊され,無秩序化したと考えられる.なお,文献によっては短範囲規則相という用語を使っている文献も過去には存在する24).しかし,本研究においては,電子の散乱源となりうる微小な領域を電気抵抗率測定で検出していることから,短範囲規則ドメインという呼称を用いている.
Schematic illustration of (a) K-effect before and after rolling, and (b) short range ordered domain before and after cut by a dislocation.
しかし,Alloy625の電気抵抗率は圧下率70%以降に増加している.冷間圧延によって電気抵抗率が増加する原因としては,ARB加工を施した純金属でみられる格子欠陥密度の増加が挙げられる3-5,18-20).このことから,圧下率70%以降の電気抵抗率の増加は77 Kにおいて9.87 nΩm程度であり,格子欠陥密度の変化から推定されるオーダーの値となり,妥当であると考えられる.言い換えると,圧下率70%以降の電気抵抗率の増加は,K効果による電気抵抗率の減少よりも,圧延に伴う転位密度や粒界密度の増加の影響が大きくなったとも考えられる.もしくは,圧下率70%程度までに大多数の短範囲規則ドメインが破壊され尽くし,K効果による電気抵抗率の減少が飽和状態に達した可能性もある.いずれにせよ,Alloy625の圧下率の増加に伴う電気抵抗率の変化は,純金属のように単調増加せず,むしろ圧延前よりも減少した後にわずかに増加するという現象が確認された.これは,報告されているNi-Cr系合金と同様であるが,実用Ni基超合金でも確認されたことに加えて,短範囲規則ドメインの存在を確認できたという意味でも重要である.
3.3 ビッカース硬さ試験Fig. 8(a)に圧下率の増加に伴うビッカース硬さの変化を示す.圧下率の増加に伴い,252 HVから465 HVまで,ビッカース硬さが213 HV程度増加した.これは塑性加工による加工硬化に加えて,EBSDによる組織観察でもみられた結晶粒界間隔の減少による結晶粒微細化強化の影響と理解できる.例えば,純Niに対して冷間加工やARB加工を施し,Grain subdivisionの進展に伴って上昇する引張試験で求めた降伏応力σyと,組織観察から得た結晶粒径や転位密度から推定される降伏応力を議論している報告がある25,26).同様の解析は,ARB加工を施した純Alに対しても行われている27).これらの研究では,以下の式(5)で示される,Hall-Petchの関係28,29)とTaylor(Bailey-Hirsch)30-32)の関係の加算則から降伏応力を推定している.
\begin{equation} \sigma_{y} = \sigma_{0} + M\alpha G\sqrt{L_{\text{V}}} + k_{\text{HP}}d^{-1/2} \end{equation} | (5) |
(a) Vickers hardness and (b) estimation of yield stress based on Vickers hardness and microstructural parameters of Alloy 625 depending on rolling reduction.
本研究では,ビッカース硬さのみを測定しているため,引張試験から求めた降伏応力σyの議論は直接行うことはできない.ただし,ビッカース硬さから降伏応力を換算し33,34),議論を行うことは可能である.本研究では,降伏応力はビッカース硬さの3倍であると仮定して,Fig. 8(b)のシンボルで示すように降伏応力が圧下率の増加に伴って変化したとして議論を進める33).ここで,結晶粒径はFig. 3で示した値を用いて,転位密度としてはFig. 5で示した値を用いている.なお,0%の転位密度の値1 × 1014 m−2はあくまで参考値である.また,σ0 = 20 MPa,G = 79 GPa,M = 3.06,α = 0.24,kHP = 345 MPa µm0.5を用いた.これらの推定値は,Fig. 8(b)において棒グラフで示している.黒,濃い灰色,薄い灰色,白がそれぞれ,摩擦応力,粒界の寄与(Hall-Petchの関係),転位の寄与(Taylorの関係),それ以外である.ビッカース硬さから換算した降伏応力と,白で示す粒界と転位の寄与以外は,圧下率0%では降伏応力の約95%を占めているのに対して,圧下率が20-60%では降伏応力の約25-35%を占めることとなる.また,圧下率80%ではほぼ0%となる.Alloy625は固溶強化型の合金であるため,この部分には固溶強化分が含まれているはずである.しかし,固溶強化だけであれば,圧下率の増加には無関係に降伏応力に寄与する19)はずであり,固溶強化分以外の寄与が含まれている可能性がある.
実際,近年注目を集めている,5種類以上の元素を当モルずつ含むハイエントロピー合金では,短範囲規則度が強度に寄与する短範囲規則度強化が存在するとされる35).Alloy625はTable 1で示すように,その組成からはハイエントロピー合金とは呼べないものの,複数の元素から構成され合金元素の割合が比較的高く,短範囲規則ドメインが存在する.そのため,短範囲規則度が強度に寄与しているとすると,Fig. 6(b)の棒グラフの白で示した部分の圧下率の増加に伴う変化を定性的に説明することができる.具体的には,圧下率が0%から20%に増加した時に大幅に減少するのは,短範囲規則度強化では最初に結合が破壊される時により大きな応力が必要であるため,もしくは,短範囲規則ドメインが圧下率20%までに急激に破壊されたことが原因と理解できる.また,圧下率の増加にしたがって短範囲規則ドメインの数密度が継続して減少しているとすると,圧下率80%の降伏応力が,ほぼ転位と粒界の寄与のみで説明できることと矛盾しない.今回のAlloy625におけるビッカース硬さの圧下率依存性を種々の強化分に分離する試みは,定性的な議論であるが,加工硬化,結晶粒微細化強化,固溶強化に加えて短範囲規則度強化が関わっている可能性が示唆される.
近年,XRDを用いたより正確なLV測定のための手法として,弾性異方性も考慮に入れた修正Williamson-Hall法などの手法も提案されている36).他にも,高木らによって簡便に弾性異方性を補正する手法(Direct-fitting法)も提案されている37).ただ,LVだけでなくて転位の配列パラメータなども現れるため,力学特性との関連付けを行う場合は注意が必要である.今後の課題として,上述したような複数の手法を用いた転位密度の導出に加えて,引張試験を用いて導出された降伏応力を用いた解析が挙げられる.
Ni基超合金の一種であるAlloy625を用い,冷間圧延に伴う電気抵抗率の挙動を明らかにした.また,それぞれの圧下率において,EBSD測定を用いた組織変化,XRD測定による転位密度の導出,また力学特性としてビッカース硬さも調査した.
EBSDによる組織観察の結果より,圧延前の結晶粒厚さは約40 µmであったが,圧下率の増加に伴い板厚方向の粒界間隔が減少し,最終的に約2 µmとなった.これは一般的な圧延加工でみられる組織変化であった.また,XRD測定の結果より,圧下率20%の冷間圧延により急激に転位が導入され,転位密度は3 × 1015 m−2程度となり,圧下率60%まではほぼ一定値であった.その後,圧下率80%において転位密度が再び増加した.電気抵抗率は77 Kと293 Kの2条件で測定を行ったが,格子振動の影響で77 Kよりも293 Kにおける電気抵抗率の値の方が約0.03 µΩm高くなった.両温度で測定した電気抵抗率はそれぞれ約1.28 µΩmと約1.25 µΩmであったが,ともに,圧下率70%まで徐々に約0.08 µΩm減少し,その後0.01 µΩm程度増加した.通常の純金属や希薄合金では,圧下率の増加に伴い転位や粒界といった格子欠陥が導入されるため,電気抵抗率は数nΩm程度上昇する.一方で,Alloy625では組織観察やXRD測定の結果から,圧下率の増加に伴い,電気抵抗率増加の要因とされる格子欠陥密度の上昇が確認されたにもかかわらず,異なる挙動を示した.これは,Ni-Cr合金などでみられる短範囲規則ドメインの破壊によるK効果が原因であると考えられる.ビッカース硬さも圧下率の増加に伴い52 HVから465 HVまで増加し,これは,塑性加工による加工硬化に加え,EBSDによる組織観察でもみられた結晶粒界間隔の減少による結晶粒微細化強化,固溶強化の影響に加えて,短範囲規則度強化が関わっている可能性が高い.
この研究の一部は,科研費新学術公募研究(19H05168, 19K05056)を用いて行われました.著者らは,SEM/EBSD観察に関して,金沢大の渡邊千尋教授に謝意を表します.