2021 Volume 85 Issue 10 Pages 367-374
Research and development of innovative energy storage and conversion devices are being actively pursued, such as supercapacitors, metal-air batteries, fuel cells, redox flow batteries, and rechargeable batteries using ions other than lithium ions as carrier ions. This review describes in detail the advantages and disadvantages of magnesium rechargeable batteries using magnesium ions as carrier ions. In addition, the key points of electrolyte development are explained. Furthermore, the progress and future challenges of electrolyte research, one of the most important elements of magnesium rechargeable batteries, are discussed in detail.
化学エネルギーとして蓄えたエネルギーを,必要な際に電気エネルギーとして取り出すことを可能にする蓄電池は,現代の社会に不可欠なデバイスである.小型携帯機器や電気自動車のみならず,太陽光や風力などの再生可能エネルギーによる発電出力の安定化や平準化,スマートグリッドの実現に必須のデバイスであり,リチウムイオン電池や全固体電池を中心に,エネルギー密度と出力・サイクル特性,安全性の向上を目指した研究が精力的に行われている1,2).その一方で,スーパーキャパシタ,金属空気電池や燃料電池,レドックスフロー電池,リチウムイオン以外のイオンをキャリアとして用いる蓄電池などの,革新的なエネルギー貯蔵・変換デバイスの研究開発も盛んに行われている.本稿では,その中の1つである,マグネシウムイオンをキャリアとして用いるマグネシウム蓄電池の利点と欠点ならびに,これまでの電解液研究の発展と今後の課題について詳細に述べる.
なお筆者は,2011年から2015年までJST ALCA(代表:市坪 哲 当時・京都大学准教授,現・東北大学金属材料研究所教授,運営総括:逢坂 哲彌 当時・早稲田大学教授,現・名誉教授),2015年から現在までJST ALCA-SPRING(総合チームリーダー:金村 聖志 東京都立大学教授,運営総括:魚崎 浩平 NIMSフェロー)および科研費の研究プロジェクトで,マグネシウムイオンをキャリアとして用いる蓄電池の研究を10年以上にわたり行ってきた.Fig. 1に示すように,マグネシウム金属の標準電極電位は,リチウム金属の標準電極電位よりもおよそ0.7 V高く,またリチウムを挿入したグラファイトLiC6の電位よりもおよそ0.6 V高いため,リチウムイオン電池で使用される正極活物質の酸化還元電位と同程度の酸化還元電位を有する正極活物質を開発すれば,3 V程度の作動電圧を有するマグネシウム蓄電池が実現できると考えられる3-6).リチウム金属はデンドライト成長しやすく,リチウム金属単体を負極活物質として使用することは安全性とサイクル特性の観点から難しいが,マグネシウム金属はデンドライト成長しにくい性質を有しているため,電気容量の大きなマグネシウム金属(Fig. 1: 3833 mAh cm−3, 2205 mAh g−1)を負極活物質として使用でき,その結果として電池の高エネルギー密度化を達成できる極めて大きな利点がある7,8).したがって,一連のプロジェクトでは特に,3 V vs. Mg/Mg2+程度の高い酸化還元電位を有し,可逆的に酸化還元反応が進行する正極活物質の開発に取り組んできた.

研究開始当初,最も困難な課題の1つは,正極活物質の酸化還元反応が進行する電位領域において,十分に安定な電解液が存在しなかったことである.例えば3 V vs. Mg/Mg2+の酸化還元電位を有する活物質を評価するためには,充電(酸化)のための分極を考慮すると,およそ4 V vs. Mg/Mg2+の電位以下で酸化分解しない電解液,すなわち電気化学的に安定な電位領域(電位窓)が広い電解液が必要となる.しかしながら,当時主に報告されていたグリニャール試薬ベースの電解液の酸化電位は,最大でもおよそ3 V vs. Mg/Mg2+程度であったため9,10),正極活物質の評価および研究開発を行うために,電解液の研究開発も同時に進める必要があった.これは,要素材料ごとに研究を実施できる,比較的成熟したリチウムイオン電池の研究とは大きく異なる点である.現在でも満足できる安定性を有するマグネシウム蓄電池用電解液は開発されていないが,以前よりも電位窓の拡大が達成されており,3 V vs. Mg/Mg2+程度の酸化還元電位を有する正極活物質の評価も,かろうじて行うことができるようになってきた.本稿では,マグネシウム蓄電池の研究開発に不可欠な,電解液の発展と今後の課題について述べる.その前に次章では,グリニャール試薬(RMgX,R = アルキル基orアリール基,X = Cl or Br)をベースにした電解液のサイクリックボルタモグラムを例に挙げ,電解液開発のキーポイントを解説する.
サイクリックボルタモグラムは,作用極の電位を一定の電位範囲で周期的に掃引した際の,電流または電流密度の応答を描画したグラフであり,測定系の電気化学的挙動の解析に極めて有用である.Fig. 2は0.50 M PhMgCl(Phはフェニル基)と0.25 M AlCl3を溶解させたテトラヒドロフラン(tetrahydrofuran: THF, 環状エーテル)溶液のサイクリックボルタモグラムである11).開放系のセルを用いる場合,ボルタモグラムの測定や充放電試験は,電解液への水の混入や活物質の酸化を防ぐため,水と酸素を除去したアルゴン雰囲気のグローブボックス内で行う(Fig. 3).ボルタモグラムで注目すべきポイントがいくつかある.1つ目は,電解液の酸化分解が進行し始める電位であり,Fig. 2の系においてはおよそ2.7 V vs. Mg/Mg2+である.また,Mg金属の還元析出電位(およそ0 V vs. Mg/Mg2+)との間の領域を電位窓と呼び,Fig. 2の系はおよそ2.7 Vの電位窓を有するといえる.蓄電池の構築のためには,電解液の酸化分解が進行し始める電位は,正極活物質の酸化還元電位よりも高い値でなければならない.そうでなければ,正極活物質の充電(酸化)反応と電解液の酸化分解反応とが競争反応となり,正極活物質の充電ができなくなるか,充電の電流効率が著しく下がる.また,電解液の酸化分解生成物によって反応が妨げられることもある.したがって,電解液の酸化分解が進行し始める電位は,なるべく高い値であることが望ましい.Fig. 2の系ではせいぜい2 V vs. Mg/Mg2+以下の酸化還元電位を有する活物質しか評価できない.逆に考えると,3 Vの作動電圧を有するMg蓄電池を実現するためには,それよりも高い4 V vs. Mg/Mg2+程度まで電解液が安定である必要がある.ただし,実質的な電解液の酸化電位は,熱力学的に決定される電解液の酸化電位とは必ずしも同じにはならない.その理由は,有意な大きさの酸化電流を流すためには,電極の電位を熱力学的に決定される酸化電位よりも高い値に設定する必要があるからである.そのために印加する余分な電圧を過電圧と呼び,酸化反応が遅い場合,過電圧も大きくなる.過電圧を反応の活性化エネルギーに相当する量と考えることもできる.なお,単に,考えている反応の平衡電位からの電位のずれを過電圧と呼ぶこともあるので,注意が必要である.電解液の酸化反応速度は,電極の表面状態や電解液の組成・濃度や粘度,対流の有無,温度など多くの因子に影響されるが,電荷移動が律速である場合,反応の交換電流密度(平衡電位において釣り合う酸化電流密度と還元電流密度の絶対値)が大きいほど,反応速度は大きくなる.これは以下のButler-Volmer式より明らかである12).
Butler-Volmer式:
| \begin{equation} i = i_{0}\left\{\exp\frac{(1 - \beta)nF\eta}{RT} - \exp\frac{-\beta nF\eta}{RT} \right\} \end{equation} | (1) |

Cyclic voltammogram (2nd cycle) measured in THF solution containing 0.50 M PhMgCl and 0.25 M AlCl3 at 10 mV s−1 and room temperature using a Pt plate as working electrode (WE) and Mg ribbons as counter electrode (CE) and reference electrode (RE).

Schematic diagram and photograph of a typical electrolytic cell. Experiments are conducted in an Ar atmosphere glove box with water and oxygen removed to prevent water contamination in the electrolyte and the oxidation of magnesium metal. The temperature is raised as necessary to accelerate the diffusion of magnesium ions.

Schematic diagram of the energy curve at an electrode-electrolyte interface.
Fig. 5はButler-Volmer式を用いて描画した分極曲線である.交換電流密度i0が1 µA cm−2の場合は,少し分極しただけで酸化電流または還元電流が流れるが,10−3 µA cm−2の場合は,この図のスケールで有意な電流が認められるまでに±0.2 V程度の分極が必要となることがわかる.交換電流密度は電極の種類によっても変化するため,電解液の酸化電位やボルタモグラムの形状が電極の種類で変化する.また電極材料によっては酸化溶解したり,その表面に電解液酸化分解生成物が堆積したりする.したがって,結果を記載する際には,電極の材料を明記する必要がある.なお,電解液の酸化分解反応が電荷移動律速である保証はない.Fig. 2では,2.7 V vs. Mg/Mg2+以上の電位で複雑な形状のボルタモグラムが見られることから,電荷移動律速ではなく,反応物である電解液構成分子の吸脱着,酸化分解生成物の堆積,脱溶媒和,物質移動などが反応に与える影響も大きいことが示唆される.

Polarization curves drawn using the Butler-Volmer equation for exchange current densities i0 of (a) 1 µA cm−2 and (b) 10−3 µA cm−2. Other conditions: n = 1, β = 0.5, T = 298 K.
還元側(低電位側)の挙動も重要である.熱力学的には,0 V vs. Mg/Mg2+以下の電位で,金属Mgの還元析出反応が進行すると考えられる.より正確には,0 V vs. Mg/Mg2+以下の電位で,金属Mgの還元析出反応の“駆動力が生じる”ということである.Fig. 2においては,−0.3 V vs. Mg/Mg2+以下で有意な還元電流が認められ,Ptを作用極に用いた場合,金属Mgの還元析出反応の過電圧は0.3 Vであるといえる.また,−1 V vs. Mg/Mg2+で折り返して,高電位側への電位掃引に切り替わる頃には,Pt作用極は電析した金属Mgで被覆されており,その結果として高電位側への電位掃引時には,過電圧は0.3 Vよりも大幅に低下して,0 V vs. Mg/Mg2+直下まで還元電流が見られている.すなわち,Pt表面よりもMg表面の方がMgの還元析出反応に対する過電圧は小さいことがわかる.通常,過電圧はMgの還元析出反応と酸化溶解反応の両方に生じるが,Fig. 2の系では,酸化溶解反応に対する過電圧はほぼゼロである.過電圧はエネルギー損失や副反応の進行,作動電圧の低下に繋がるため,できるだけ小さくすることが望ましい.また,「Mgの還元析出の際に流れる電気量」に対する「Mgの酸化溶解の際に流れる電気量」の割合をクーロン効率と呼び,実用化のためにはほぼ100%の極めて高いクーロン効率が求められる.Fig. 2の系のクーロン効率はおよそ95%であり,実用化には不十分ではあるものの,現在報告されている電解液の中ではかなり高い方である.クーロン効率も電極の種類によって大きく変化し,例えば,グラッシーカーボン電極表面では,55%まで低下する11).なお,「Mgの還元析出の際に流れる電気量」や「Mgの酸化溶解の際に流れる電気量」のすべてが,Mgの還元析出反応または酸化溶解反応に使用されないこともあり,その場合は,それぞれの反応の電流効率を議論する必要がある.
マグネシウム金属の電析の研究は,1900年代初頭にさかのぼる14-19).Fig. 1に示すように,マグネシウムは非常に卑な金属なので,水溶液からの電析はほぼ不可能で,非プロトン性有機溶媒,特にエーテル溶液中からのマグネシウム金属の電析が古くから研究されてきた.例えば1927年にGaddumらは,グリニャール試薬のエーテル溶液中における反応を解析し,金属マグネシウムの還元析出が電解によって進行することを報告した18).当時はまだ,エネルギー貯蔵,すなわちマグネシウム電池などへの応用は考えられていなかったと思われる.エネルギー貯蔵への応用が意識され始めたのは30年ほど前からで,1990年にGregoryらは,グリニャール試薬のTHF溶液の組成の最適化を行うとともに,その他の塩,特にMg(BBu2Ph2)2などの有機ほう酸塩(Buはn-ブチル基)や,種々の正極活物質の提案を行った20).さらに同論文中では,グリニャール試薬/THF溶液へのAlCl3添加により,マグネシウム析出・溶解の電流効率が大幅に改善し,純度の高いマグネシウムが電析できることも報告されている.1997-1998年には,Liebenowによりポリエチレンオキシドを添加した,グリニャール試薬(EtMgBr, Etはエチル基)とTHFあるいはジブチルエーテル(di-n-butyl ether, DBE)のポリマー電解液が提案されている21,22).その後1999年に,Aurbachらによって非プロトン性電解液の包括的な検討23)が行われた.2000年には,同じくAurbachらによって開発された,電位窓およそ2.2 Vのマグネシウムのハロアルキルアルミネート(Mg(AlCl2BuEt)2)系の電解液がブレイクスルーとなり,シェブレル化合物Mo6S8を正極活物質として使用したマグネシウム蓄電池のプロトタイプが初めて報告された24).その後も電解液の改良は進められ,2007-2008年には電位窓およそ3 Vを示す,AlCl3とPhMgClを1:2で混合したTHF溶液,いわゆるall phenyl complex(APC)溶液が報告された9,10).さらに,EtMgClとhexamethyldisilazaneから合成したhexamethyldisilazide magnesium chloride(HMDS-MgCl)とAlCl3を溶解させたTHF溶液25)やtris(3,5-dimethylphenyl)borane, (3,5-xylyl)3B/PhMgClのTHF溶液26)が報告され,電位窓は最大で3.5 V程度まで拡大した.なお,論文中では(3,5-xylyl)3BをMes3Bと記載されているが,Mesは通常メシチル基(2,4,6-trimethylphenyl基)を意味するため,ここではより一般的な表現で記載した.グリニャール試薬ではなく無機塩MgCl2を用いた電解液も報告されている27).以上のような,マグネシウムとアルミニウムの塩化物をベースとする電解液の最大の利点は,マグネシウムの析出・溶解のクーロン効率が高いことであり,95%以上のクーロン効率を示すものも少なくない28).それでも,実用クラスの約100%を達成する電解液はほとんどない.なお,マグネシウムよりも高い酸化還元電位を有するアルミニウムが先に電析しないのは,非常に安定なアルミニウムの塩化物錯体を形成するからであると考えられている.電解液系が平衡に達するまでに時間がかかり29),マグネシウム塩化物とアルミニウム塩化物の組成比によってはアルミニウムが析出することもあるため,作用極の電位を何度かサイクルさせたり,数時間~数日間電解液を静置したりするなどのコンディショニング処理が行われることもある28).しかしながら,これらの電解液は金属に対して腐食性を有する塩化物イオンを大量に含んでいるため,アルミニウムや銅,ステンレス鋼などの安価な金属材料を集電体などのセル材料として使用できない問題点がある11,30).例えばFig. 6に示すように,グリニャール試薬PhMgClベースの電解液中で金属電極を分極すると,白金以外の金属表面に孔食が生じる11).蓄電池の実用化のためにはコスト削減が必須であるため,特にアルミニウムや銅,ステンレス鋼で孔食が生じることは大きな問題である.筆者らの研究において,白金の他にもニオブやモリブデン,グラッシーカーボンが高い耐食性を示したものの,これらの材料を用いたとしてもコストの問題は避けられない.

Scanning electron microscopy images of various metal electrode surfaces observed after polarization from 0 to 4 V vs. Mg/Mg2+ in THF solution containing 0.50 M PhMgCl and 0.25 M AlCl3 at 10 mV s−1 and room temperature. Mg ribbons were used for the counter and reference electrodes.
このような背景から,最近では塩化物イオンを含有しない新しい電解液も多く報告されている.2012年にMohtadiらはマグネシウムボロハイドライドMg(BH4)2をマグネシウム塩として用いた,THFもしくは1,2-dimethoxyethane(monoglyme, G1)電解液を報告している31).電位窓の酸化端はおよそ2 V vs. Mg/Mg2+程度で比較的低いが,金属腐食の原因となるハロゲン化物イオンを含有していない.リチウムボロハイドライドLiBH4の添加により,マグネシウムの電析・溶解のクーロン効率を94%程度まで高めることができることも報告されている.2014年にHagiwaraらは,Mg(TFSA)2を溶解させたLiTFSA-CeTFSA溶融塩電解液を用いて,金属マグネシウムおよびLi-Mg合金の電析が150-200℃で可能であることを示した32).なお,TFSAはbis(trifluoromethanesulfonyl)amideまたはbis(trifluoromethanesulfonyl)azanideの略である.bis(trifluoromethanesulfonyl)imide(TFSI)やTf2Nとも表記されるが,本稿では,TFSAの表記に統一する33,34).
同じく2014年に,HaらはMg(TFSA)2を種々のエーテル溶媒に溶解させた電解液を用いて,マグネシウムの電析・溶解が可能であることを示した35).特にエーテル系溶媒として,G1とDiethyleneglycol dimethyl ether(diglyme, G2)の混合溶媒を用いて,ステンレス鋼やアルミニウムの酸化溶解が抑えられることを報告している.また,TeradaおよびMandaiらは,高酸化耐性を有するハロゲンフリー電解液[Mg(G4)][TFSA]2/[P13][TFSA]([P13][TFSA]: N-methyl-N-propylpyrrolidinium bis(trifluoromethanesulfonyl)amide)を提案している36,37).ここでG4は,tetraethyleneglycol dimethyl ether(tetraglyme)である.この電解液を構成する[P13][TFSA]はイオン液体であり,電解液全体として,マグネシウムイオンにG4が1:1で配位した,ある種の溶媒和イオン液体と考えることもでき,PtまたはAl作用極を用いた場合,電位窓の酸化端が4.1 V vs. Mg/Mg2+もの高い値を示すことが報告された.また,この電解液中では,Al金属がほとんど酸化溶解しないことも優れた特徴であり,筆者らも実験で確認した.しかしながら,酸化物系活物質と導電助剤,Al集電体からなる合剤電極を作用極として用いた場合,およそ3 V vs. Mg/Mg2+以上で電解液が酸化分解した.一方,Kitadaらも同様のアプローチでグライムとイオン液体を混合し,Mgの電析が可能な電解液を報告している38).
以上のように,Mg(TFSA)2のエーテル電解液はマグネシウムの析出・溶解が可能ではあるものの,Mg金属との反応による不働態化を示唆する結果もあり,マグネシウム析出・溶解のクーロン効率は低く,過電圧も大きい.そのため,ごく少量の水を添加してMgの溶解を促進させたり39),MgCl2などのハロゲン化物塩を加えてクーロン効率を向上させたりする研究も行われている40-43).例えばShimokawaらは,triethyleneglycol dimethyl ether(triglyme, G3)を溶媒に,Mg(TFSA)2とMgCl2をMg塩として用いたとき,1 ≤ G3/Mg塩 ≤ 2の条件で,マグネシウム溶解の過電圧を小さくできることを報告している41).もちろんハロゲン化物塩を加える場合は集電体の腐食の問題が生じるため,heptamethyldisilazane(HpMS)などのハロゲンフリー添加剤の研究も行われている44).
その他の電解液系として,2014年にCarterらはマグネシウムクロソボラン化合物(ホウ素多面体)MgB12H12およびその類縁体に注目し,エーテルへの溶解度の高いマグネシウムカルボラン化合物(ホウ素と炭素の多面体)MgB10C2ClH11のTHF電解液の電位窓の酸化端は3.1 V vs. Mg/Mg2+程度であり,Mg(BH4)2/THF電解液よりも大幅に高くなることを示している45).また,MgB10C2ClH11はCl−イオンを含有するものの,集電体金属の安定性への影響は微小であると報告されている.2015年にOscarはハロゲン化物イオンを全く含有しない類縁カルボラン化合物Mg(CB11H12)2のG4電解液を合成し,その高い酸化耐性を実証している46).この電解液は,2020年,Dongらによる2 V級マグネシウム蓄電池のプロトタイプに採用されているが,合成が難しいことが欠点である47).一方で,2017年にZhao-Kargerらによって,高い酸化安定性と比較的良好なマグネシウム析出・溶解のクーロン効率を示すフッ化アルコキシボレート系電解液Mg[B(HFIP)4]2/G4([B(HFIP)4]: tetrakis(hexafluoroisopropoxy) borate)が報告されているが48),Mandaiはこの電解液の問題点として,Mg金属との反応性や純度の高い電解液の調整の難しさを挙げている49).その反応性を改善したボレート系電解液として,Mg[B(O2C2(CF3)4)2]2(magnesium perfluorinated pinacolato borate, Mg(FPB)2)をG2に溶解させた電解液も提案されている50).
以上で紹介した,電解液を構成する代表的な溶質・カウンターアニオンと溶媒の構造式をFig. 7にまとめた.溶媒として,R-O-R′構造を有するエーテルが多く用いられているが,これはエーテルが高い還元耐性を有し,マグネシウムの析出・溶解が進行する電位においても還元されにくいからであると考えられる.溶質は,有機マグネシウム塩であるグリニャール試薬を除くと,第13族元素のホウ素やアルミニウム,第15族元素の窒素を含む塩が用いられている.それ以外では,フッ素やシリコンも構成元素として認められる.

Structural formulae of solutes, counter anions, and solvents constituting electrolytes for Mg rechargeable batteries.
上述のように,この10年間で,集電体腐食の問題を回避しつつ,3 V vs. Mg/Mg2+程度の酸化還元電位を有する正極活物質の評価をかろうじて行うことができるようになってきた.しかしながら,未だ十分な安定性とマグネシウム析出・溶解のクーロン効率を有する電解液は開発されていない.そのため,電解液の本質的な安定性向上と同時に,別のアプローチによる電解液の性能向上も試みられている.例えばDuらは,更なる高エネルギー密度化と安全性向上のため,ガラスファイバーとカップリングしたポリテトラヒドロフラン・ボレート系ゲル電解液を合成し,シェブレル化合物Mo6S8を正極活物質に用いたマグネシウム蓄電池を試作している51).また筆者らも,電解液の酸化分解電流の大きさが,正極活物質を構成する元素の種類によって大きく変化することを発見した.この発見に基づき,電解液の酸化分解抑制効果の大きな,Feイオンを含有するスピネル型酸化物Mg(Mn1−xFex)2O4を合成し,電解液の酸化分解抑制とサイクル特性の向上を達成した52).Fig. 8に示すように,2.9 V vs. Mg/Mg2+よりも高い電位で,電解液の酸化分解に起因する酸化電流が観測されるが,この電流は,Mg(Mn1−xFex)2O4中のFe含有量の増加とともに減少している.言い換えれば,電解液の酸化分解反応に対する触媒活性は,MnイオンよりもFeイオンの方が低いということである.このFeイオンの特性を活かせば,電解液の本質的な安定性が仮に不十分であっても,電解液の酸化分解を抑制し,電池性能を向上させることが可能である.また,MgMn2O4は正方晶であるが,Feイオンを添加したMg(Mn1−xFex)2O4は立方晶となるため,還元による岩塩型構造への相変態,そしてそれに続く酸化によるスピネル型構造への相変態がスムーズに進行することで,サイクル特性やクーロン効率の向上が期待される53).

Cyclic voltammograms of Mg(Mn1−xFex)2O4 measured in 0.3 M [Mg(G4)][TFSA]2/[P13][TFSA] at 25 µV s−1 and 100℃. Counter electrode: Mg ribbon. Reference electrode: Ag wire in G3 containing 0.01 M AgNO3 and 0.10 M Mg(TFSA)2.
本稿では,次世代蓄電池の1つとして期待されているマグネシウム蓄電池の実現に必須の,電解液とその発展について述べた.実用化までに解決すべき課題は未だ山積しているが,この10年で電解液の安定性やマグネシウム析出・溶解のクーロン効率は大きく改善したのも事実である.電解液の本質的な安定性向上はもちろんのこと,リチウムイオン電池系で利用されている固体電解質層(SEI: Solid Electrolyte Interphase)形成と類似の手法を用いた電解液分解抑制も試みられている.とはいうものの,この先には高性能な正極活物質の開発や,セル構造・材料の最適化などの課題もあり,電池研究のスタートラインにようやく立てた段階である.最後に紹介した,正極活物質の触媒活性の違いを利用した電解液の分解抑制技術は,筆者らによって今後さらに発展させていく予定であり,マグネシウム蓄電池の実現に向けて,引き続き鋭意研究に取り組んでいく所存である.
本稿の執筆ならびに本稿に関連する研究は,JST ALCA-SPRING(JPMJAL1301),JSPS科研費(18H05249, 20H05180),東京大学卓越研究員制度,東北大学金属材料研究所における共同研究(20K0086)の支援の下で実施された.東北大学金属材料研究所 市坪 哲教授には研究開始当初より詳細な議論をしていただくと同時に数多くのご助言をいただいた.また,本学博士課程学生の韓 鍾賢君には文献の収集と原稿のチェックを,本学砂田 祐輔准教授と京都大学の邑瀬 邦明教授には化学構造に関して議論をしていただいた.改めてここに感謝を申し上げる.