Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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ISSN-L : 0021-4876
Technical Article
Damage Evaluation of Carburizing Gear for Remanufacturing
Tomohisa KanazawaMasao HayakawaMitsuhiro YoshimotoYuuki TaharaNorihito HataSusumu MeguroTakanobu HirotoYoshitaka MatsushitaMichio Sugawara
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2021 Volume 85 Issue 5 Pages 198-206

Details
Abstract

To investigate the microstructure and damage of friction-fatigued carburized martensitic steels for the reliability of remanufacturing parts, the retained austenite (γ) phase and residual stress were characterized by X-ray diffraction (XRD) and scanning electron microscopy (SEM). We evaluated their changes before and after roller pitching tests, and before and after the operation of the gear parts.

In the roller pitching tests, the retained γ phase decreased with increasing load and number of cycles, presumably due to martensitic transformation caused by the cyclic load. The residual stress ratio (after/before the test) was significantly lower at high loads than that before testing, which was ascribed to the appearance of surface microcracks and the resultant release of internal stress. From SEM observations of the cross-section of the friction surface, we confirmed that the changes in the retained γ phase and residual stress ratio reflect the process of formation of multiple microcracks in the 10 µm surface layer. The decreases in both the retained γ phase ratio and the residual stress ratio would therefore appear to rule out reuse. A decision on the potential for gear reuse can be made by means of non-destructive testing, i.e., investigating the relationship between the retained γ phase ratio and the residual stress ratio.

1. 緒言

機械の修理やメンテナンスにおいて,再生品を利用することがグローバル規模で広く認知されている.再生部品は再製造を意味する「Remanufacturing Parts」が一般的な呼称として広く知られている.例えば,航空機産業では,製造業者のみならず,エンドユーザーである航空会社でも定期メンテナンス時にリマニュファクチャリングのノウハウが活用されている1.自動車部品の産業では,航空機部品よりも1品当たりの価格は安価ではあるものの,流通している自動車の台数が多いため,再生品の需要が高い2,3

鉱山機械に関しては,1日当たり約20 h稼働するものとして,365日/年(=約5,000-6,000 h/年) × 約10年間の稼働が求められている.その一方,定期的なオーバーホールで機体を必ず休車させる必要がある4.したがって,機体の長時間の休車は,都市インフラの整備や資源採掘にとって重大な阻害因子の1つとなっており,機械の早期再稼働は,建設機械メーカーにとっても極めて重要な課題となっている5.故に,建設・鉱山機械の分野では,再生品の活用が強く望まれている6.一般的に知られている修理サービスによる機体のメンテナンスは,稼働機械から取り外した油圧機器などを一旦修理工場にてオーバーホールを行うため,その間は非稼働の状態となり,休車時間が長くなる.加えて,修理工場の設備では一般的にメーカーの推奨とする品質を管理することが困難である.一方で再生品利用でのメンテナンスは,以下のメリットがある.

  • (1)   新品と同等な品質の機器を提供可能
  • (2)   新品の6-7割程度の価格で提供可能
  • (3)   稼働現場で機器を交換するため,休車時間を短縮可能

したがって,再生品を利用することは,機械の休車時間の短縮とメンテナンスコスト低減に大きく寄与している.また,資源循環の観点でも,部品を再利用することによって鉱物資源の消費を低減し,サーキュラーエコノミー社会の構築に大きな影響を与えている7

一般的に建設機械メーカーで取り扱っている主な再生部品は,油圧シリンダ,油圧ポンプならびに減速機などである.その中で減速機などに多く用いられる歯車部品(特に鉱山機械用の歯車)は,高額かつスクラップとなる割合の高い部品の1つである.そのため,再生工程では,一定時間稼働した油圧部品などから歯車部品を取り出し,健全(=再利用可能)な歯車として評価を行った上で再利用することが求められている.現状の工程では,比較的低負荷の歯車部品に限って,作業者が歯面上の剥離などの有無を目視で確認し,寸法測定を行い再利用に関する可否判定を行っている.歯車のスクラップ要因とその割合をTable 1に示す.典型的な損傷形態は歯面剥離(ピッチング)8,9や摩耗であるが,ピッチングのない歯車であっても,その約30%がスクラップとなっている.さらには,部材の耐力に近い高負荷で使用される歯車部品に関しては,外観上損傷がない部品であってもスクラップとしている.これらの部品を再利用するためには,科学的根拠に基づいた非破壊手法による損傷評価手法の確立が求められている.

Table 1 Scrap rate of gear products.

非破壊の評価手法を検討する上で,歯車稼働条件下での状態および寿命に影響を及ぼす因子を特定することが重要である.一般的な機械構造物では外力と熱や腐食による劣化が寿命において支配的である10.一方,油圧機器や減速機に用いられる軸受や歯車部品は閉環境で稼働するため,熱や腐食による劣化の影響が小さく,外力負荷により機械的性質の変化および組織変化が顕在化すると考えられる.その機械的性質と組織構造の変化の因果関係を追跡するには物質に対する透過能を有し,結晶構造の変化に敏感なX線回折(XRD)法が有効である.実際,XRD法を用いた部材の評価法として以下の報告がなされている.野村ら(2011)11はXRD法と渦電流探傷測定を組み合わせた実験から,軸受の疲労損傷度が増加するにしたがい,残留オーステナイト(γ)相が減少することを報告した.王ら(2013)12は,XRD法に基づく残留応力測定により,原子力機器用の溶接金属部の非破壊的手法を開発した.嘉村ら(2018)13は,軸受の負荷回数と残留応力の相関関係から余寿命の予測式を提案した.加えて,吉崎(2019)14は,歯車の回転負荷サイクルが増えるにつれて,X線回折ピークの半価幅が減少する傾向を見出した.しかしながら,これらの手法では,一定の条件下での要素試験後の機械的性質と組織変化を相関付けるものであって,負荷履歴が不明である稼働機械から回収してきた歯車や軸受をはじめとした浸炭部品の損傷状態の評価に直接適用することは現状では困難である.

そこで本報告では,浸炭歯車の損傷評価を目的とし,稼働中の機体より回収した浸炭部品である歯車と要素試験を実施した試験片を比較しながら,金属組織と機械的性質の変化を調査した.その結果,これらの関係性を解析することにより,稼働履歴が明確でない場合も含めた浸炭歯車の損傷評価法の提案に至った.

2. 実験方法

2.1 供試材

供試材は機械構造用炭素鋼JIS SCM420(0.18-0.23% C, 0.60-0.85% Mn, 0.15-0.35% Si, 0.90-1.20% Cr, 0.15-0.30% Mo, P ≦ 0.030%, Si ≦ 0.030%, Ni ≦ 0.25%, Cu ≦ 0.30%; mass%)である.JIS B6911に従い焼きならしを行った後,同一の熱処理条件で浸炭処理を行った15.試験片内部のビッカース硬さはHV350-400,浸炭表層部でHV700-800であった.要素試験では,歯車のあたりを模擬した試験片形状をFig. 1(a)に,稼働機械から回収した歯車(外径ϕ150 mm)より切り出した試験片形状をFig. 1(b)にそれぞれ示す.なお,稼働機械から回収した全ての歯車の表面において,明瞭なクラックは認められなかった.

Fig. 1

Schematics of (a) roller-pitching test and (b) tooth surface of gear.

2.2 要素試験および表面損傷観察

要素試験として,ローラピッチング試験を行った.Fig. 1(a)の通り,試験片は駆動側ローラおよび制動側ローラから構成され,試験時において制動側ローラに荷重が負荷されることによって接触面に面圧が発生する.ローラはシャフトを介し駆動側モータ,制動側モータに連結され,各モータの回転数差を設定することで,摺動面にすべりを発生させることができる.評価対象は,制動側ローラの試験片である.試験時の負荷条件をTable 2に示す.試験後の試験片は実体顕微鏡にて,表面損傷状態の観察を行った.

Table 2 Testing conditions of roller-pitching.

2.3 組織観察

ローラピッチングの試験前後ならびに稼動前後の歯車の試験片の浸炭表層断面の組織観察を行った.焼戻しマルテンサイト相と残留γ相を明確に判別するために,バフ研磨(1 µmダイヤモンド粒子まで)により鏡面仕上げした後に電解研磨を施した.電解研磨条件としては,8 vol%過塩素酸,10 vol%ブトキシエタノール,70 vol%エタノール,12 vol%蒸留水からなる溶液(液温0℃)を用い,50 V・8 sの通電である16.微細組織の観察には電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いた.

2.4 X線回折(XRD)法

まず,試験片のキャラクタライズとして,2θ-θ法によるX線回折装置(㈱リガク製Smart Lab,45 kV,200 mA,Cu Kα1線(λ = 1.5406 Å))を用いて,稼働前後の歯車に対してあらかじめ残留γ相の割合を確認した.

次に,ローラピッチング試験前後の試験片ならびに稼働前後の歯車に対して,試験片形状に対する測定の自由度が高く,装置がポータブルサイズであるため,現場におけるその場測定や歯車形状での測定が可能な手法であるcos α法を用いた17-19.X線回折装置(パルステック工業㈱製μX-360,30 kV,1.5 mA,Cr Kα線(λ = 2.2910 Å))にて,残留γ相の割合と残留応力を測定した.なお,各試験片に関して,試験前後において同一箇所での測定を行った.cos α法による測定ではイメージングプレートを検出器として用いることによって,Debye-Scherrer環全周の回折線を用いて,より平均的な残留応力を求められる.

ここで,残留応力ならびに残留γの相割合における測定原理を詳述する.2θ-θ法およびcos α法ともにBraggの回折条件と弾性力学を基礎としており,基本原理は同じである,Braggの回折条件は,Fig. 2(a)の通り簡易な単位胞を一例とすると,測定面にX線を入射し,回折されるX線は,以下の式(1)で表される.   

\begin{equation} 2d\sin \theta = n\lambda \end{equation} (1)

ここで,d:格子面間隔,θ:Bragg角,λ:X線波長,n:回折次数である.

Fig. 2

Principles of the XRD measurement method (a) Basic principles of 2θ-θ method and cos α method under Bragg conditions. (b), (c) X-ray strain and cosα diagram using the cos α method.

波長λが一定の性質をもつ特性X線を想定する場合,式(1)を微分すると,以下の関係が得られる.   

\begin{equation} \varepsilon = \frac{d - d_{0}}{d} = (\theta_{0} - \theta)\cot\theta_{0} \end{equation} (2)

式(2)において,ε:ひずみ,d0:無ひずみの時のd値,θ0:無ひずみの時のθ値である.以上から,Fig. 2(b)のような格子面間隔を基準とするX線回折法で得られたひずみ量(以下,εα)が得られる.一方で,残留応力σxは,上記より得られた平均εαを算出し,Hookeの法則を仮定し計算する.ここで,式(3)-式(5)の関係が成立するものとする.   

\begin{equation} \sigma_{\text{x}} = K\text{c} \times M\text{c} \end{equation} (3)
  
\begin{equation} \mathit{K}\text{c} = \frac{E}{1 + \nu}\frac{1}{\sin 2\eta}\frac{1}{\sin 2\psi_{0}} \end{equation} (4)
  
\begin{equation} \mathit{M}\text{c} = \left(\frac{\partial a_{1}}{\partial \cos\alpha}\right) \end{equation} (5)

Kcはcos α法の応力次数であり,E:ヤング率,ν:ポアソン比,ψ0:試料法線方向からのX線入射角,η:入射X線と回折X線とのなす角である.以上の関係式から,Fig. 2(c)のように縦軸をa1に,横軸にcos αを取り,線図の傾きMcを求めることで,応力σxを求めることが可能となる19,20

残留γ相の割合に関しては,X線回折後の各ピーク角度に応じて回折される面が決まっており,それらの積分強度比を取ることで評価することができる.

3. 実験結果および考察

3.1 XRD法の違いによる相割合の変化

ここで,2θ-θ法とcos α法のXRD手法の違いによる結果を示す.Fig. 3(a), Fig. 3(b)は,両手法における稼働前後のX線回折されたピークを示している.測定対象物は,稼働前後の歯車部品を用いた.Fig. 3(a)の2θ-θ法では,低角側の30°から高角側100°の広範囲で複数のピークを検出し,相の同定が可能である.一方で,Fig. 3(b)のcos α法では,高角側の129°(残留オーステナイト相)ならびに156°(マルテンサイト相)の2点のピークで相の同定が可能となる.

Fig. 3

XRD profiles using (a)2θ-θ method, (b) cos α method. After operation, both methods tend to show a decrease in retained austenite (γR) and an increase in martensite (α′).

回折ピークから,Fig. 3(a), Fig. 3(b)の手法ともに試験前において,マルテンサイト相のピーク強度が強く,残留γ相のピーク強度が弱い傾向にあることがわかる.試験後では,さらにこの変化を顕著に捉えることができ,残留γ相のピーク強度が低下すると同時に,マルテンサイト相のピークが相対的に高くなっていることが確認できた.

また,これらの積分強度比を取ることで残留γ相の割合を算出することが可能となり,本試験片についてFig. 3(a)の2θ-θ法では,稼働前の残留γ相の割合は24%となり,稼働後は5%であった.一方で,Fig. 3(b)cos α法では,稼働前は21%となり,稼働後は6%であった.以上より,両手法の測定値に大きな差は見受けられなかった.

3.2 残留γ相と残留応力の変化

試験前(稼働前)の残留γ相の割合および残留応力はばらつきがあるために,試験後を試験前で除した数値を評価に用いた.残留γ相比(試験後/試験前)とサイクル数の関係をFig. 4(a)に示す.試験前の残留γ相の割合は,13-18%である.試験前後で試験片の同一箇所を測定している.そのため,残留γ相比1は新品状態である.図には面圧2.0 GPaと3.7 GPaの結果を示している.残留γ相比はサイクル数が多いほど減少しており,面圧3.7 GPaの方が面圧2.0 GPaより減少量が多かった.面圧3.7 GPaの場合では,6 × 104サイクルでは0.5となり,1 × 106サイクルでは0.2に減少した.一方,面圧2.0 GPaでは6 × 104サイクルでは0.9で,1 × 106サイクルでは0.8となり,サイクル数に対する変化率は小さいながらも,残留γ相比は僅かに減少した.

Fig. 4

Relationships between (a) retained austenite rate (after/before testing) and (b) residual stress rate (after/before testing) versus number of cycles. The differences of the retained austenite and residual stress ratios from 2.0 GPa and 3.7 GPa are remarkable.

次に,残留応力比(試験後/試験前)とサイクル数の関係をFig. 4(b)に示す.試験前の圧縮残留応力の値は,620-750 MPaであった.Fig. 4(a)の残留γ相と同じ場所での測定結果であり,残留応力比1は新品状態である.面圧2.0 GPaの場合では,残留応力比は6 × 104サイクルの低サイクル域では0.9となり,8 × 106サイクルの高サイクル域では1.2に漸増した.一方で面圧3.7 GPaの場合,残留応力比は6 × 104サイクルでゼロ近くまで減少し,その後漸増し,4 × 106サイクルでは0.3程度であった.

稼動後の歯車では同一箇所での稼動前の状態と比較できなかったが,稼働前の歯車(残留γ相20%,圧縮残留応力600 MPa)と比較すると,稼動後の歯車では,残留γ相が8.4-13%に減少した.その比率(稼働後/稼働前歯車)は0.4-0.7の範囲である.一方,圧縮残留応力は,730-1060 MPaに増加した.その応力比(稼働後/稼動前歯車)は1.2-1.8の範囲となった.

3.3 摺動疲労による表面状態の変化

ローラピッチングの試験前後の表面状態をFig. 5に示す.Fig. 5(a)の試験前と同様にFig. 5(b)とFig. 5(c)の面圧2.0 GPa(6.4 × 104サイクル,1.3 × 106サイクル)の場合には,明瞭なクラックは認められなかった.一方でFig. 5(d)の面圧3.7 GPa(2.6 × 105サイクル)の場合,転動面に明瞭なクラックが認められ,Fig. 5(e)ではピッチング損傷が現出した.Fig. 5(f)の稼働前の歯車はFig. 5(a)の試験前材と同様の形態を呈しており,Fig. 5(g)の稼動後の歯車表層には擦れた痕跡があるものの明確なクラックおよびピッチングは認められなかった.したがって,目視による外観検査では,稼動後の歯車は再利用可能と判定され,表層状態から推察すると,面圧2.0 GPaの試験片に近い状態と判断される.一方,面圧3.7 GPaの試験片では,全てにおいて明確なクラックやピッチング損傷が確認されており,稼働後の歯車よりも高応力下で損傷が進んだものと考えられる.

Fig. 5

Appearance of the surfaces for testing (2.0 GPa and 3.7 GPa) and gears. Cracks and pitching appear in the low-cycles region at 3.7 GPa, but not in the high-cycles region at 2.0 GPa. The appearance of the used gear is similar to that at 2.0 GPa.

3.4 浸炭表層断面の組織観察による残留γ相の定量評価

残留γ相は浸炭処理された焼戻しマルテンサイト組織において強靭化に寄与するものと考えられている21.浸炭表層断面のSEM像の代表例をFig. 6に示す.Fig. 6(a)は試験前材(=稼働前の歯車)である.焼戻しマルテンサイト相には板状のマルテンサイトブロックが並んでおり,ブロック境界とその内部に粒状の炭化物が存在している.残留γ相(白矢印)は単一のコントラストの領域として示され,境界およびその内部には析出物は存在しない.幅0.5 µm以下(粒面積0.5 µm2程度)の残留γ相の頻度が最も多いが,幅2 µmを超える粗大な残留γ相(最大25 µm2)も頻度は少ないが存在した.一方,Fig. 6(b)は稼動後の歯車の浸炭表層断面である.Fig. 6(a)の状態と比較し,幅2 µmを超える粗大な残留γ相がほとんど消失しており,粗大な残留γ相が優先的にマルテンサイト変態したものと考えられる.Fig. 6(c)は面圧3.7 GPa(1.3 × 106サイクル)でのピッチング損傷材の浸炭表層断面である.Fig. 6(a)およびFig. 6(b)の状態とも比較しても,より微細な残留γ相も消失した.

Fig. 6

SEM images of the microstructures of tempered martensite and retained austenite following the carburizing treatment. Arrows in (a) and (b) show typical retained austenite phase, which has almost disappeared in (c).

Fig. 7は残留γ相の粒子面積のヒストグラムであり,Fig. 6の結果が反映されている.表層深さ15 µm × 幅20 µmの5視野について残留γ相の粒子1個当たりの面積をそれぞれ計測した結果である.試験前材では5視野の総数537個,1粒子当たりの平均面積0.74 µm2,面積率(残留γ相の粒子面積の総和/視野面積)は25%であったが,稼働後の歯車では総数383個,1粒子当たりの平均面積0.56 µm2,面積率14%と減少した.さらに表面損傷が進行している面圧3.7 GPaのピッチング損傷材では,総数186個,1粒子当たりの平均面積0.59 µm2,面積率5%であり,負荷に伴い残留γ相の個数,粒子面積,面積率がいずれも減少した.

Fig. 7

Distribution of retained austenite size before testing, used gear and 3.7 GPa specimen (1.3 × 106 cycles). In used gears, coarse retained austenite phase more than 2 µm2 decreased. In 3.7 GPa specimen, the retained austenite almost disappeared.

3.5 残留γ相と残留応力の関係ならびに破壊メカニズムの検討

残留応力比と残留γ相比の関係をFig. 8に示す.図中には,ローラピッチング試験片と稼動後の回収歯車それぞれの結果が示されている.試験前および稼働前の歯車の横軸の残留γ相比,縦軸の残留応力比は,それぞれ1である.面圧2.0 GPaと稼働後の歯車においては,負荷が繰り返されると残留γ相比が減少し,残留応力比が増加する. この場合,残留γ相(面心立方格子:FCC)がマルテンサイト相(体心立方格子:BCC)へ加工誘起変態すると格子密度の違いから体積膨張が生じる.しかしながら,表層部の変形が抑制されているので,内部応力Δσが発生するものと考えられる.ひずみ値をFCCとBCCの格子密度の差から仮定し,弾性率210 GPaとの積からΔσの値を仮定する22と,1150 MPa = 0.55 × 10−2 × 210 GPaである.なお,低合金鋼における硬さと降伏応力の一般的な関係からHV 700以上の浸炭表層部では1150 MPaは弾性域である.変態前の残留γ相を潜在欠陥と見做すと,最大長さaが5 µm($\surd $(最大面積25 µm2))であることから,最も単純なモデルとして小規模降伏条件を仮定するとΔK = Δσ$\surd $πaの関係より,ΔK = 4.6(MPa$\surd $m)程度となる.摺動疲労による負荷が重畳されると,クラックの進展が助長されるものと考えられる.

Fig. 8

Residual stress ratio versus retained austenite ratio. As the retained austenite ratio decreased, the residual stress ratio of used gears and 2.0 GPa without pitching increased, but that of 3.7 GPa with pitching was very low. The internal stress appears to be released by the surface microcracks.

面圧3.7 GPaの場合には,低サイクルでもクラックが形成されることから,表層の変形拘束が弱くなり内部応力が開放され,残留応力比が顕著に減少するものと考えられる.その過程を経て,クラックは進展・成長し,最終的にはピッチングに至るものと考えられる23.したがって,組織制御により粗大な残留γ相の生成を抑制することができれば,クラックやピッチング発生の抑制に繋がるものと推測される.

ピッチング断面の代表例として低倍率と高倍率像をFig. 9(a)とFig. 9(b)に示す.幅2 mm,深さ0.5 mmのすり鉢状にピッチングが形成されており,表層近傍のサイドと底部からせん断応力方向(摺動面に対して45°方向)に沿って,長さ500 µm程度のロングクラックがそれぞれ観察される.ピッチング部では残留γ相は消失しており,残留応力も小さい.一方,それ以外の代表的な損傷様相として,ピッチング部から離れた領域の表層断面の低倍率と高倍率像をFig. 9(c)とFig. 9(d)に示す.深さ10 µm程度の表層域にマイクロクラックが摺動方向に沿って複数形成されている.マイクロクラックのいくつかは表面に突き抜けているものもある.また,本領域におけるXRDの測定結果からも,ピッチング部と同様に残留γ相は認められず,残留応力も同程度の低い値を示している.

Fig. 9

SEM images of cross-sections showing macro-appearance and long cracks around the pitching fracture surface in (a) and (b) at 3.7 GPa (4.4 × 106 cycles), while cross-sections in (c) and (d) for the microcracks and microstructures in region distant from pitching fractures. The retained austenite phases have already disappeared in (c) and (d).

したがって,残留γ相の変化率あるいは残留応力の変化率は,マイクロクラックが表層µmオーダーで顕在化するまでの微視的な損傷過程を反映するパラメータであって,マイクロクラックが成長・連結して,ピッチング形成に至るまでの巨視的な損傷過程を捉えるものではないと言える.歯車や軸受などの摺動疲労を伴う部品の再利用可否判定では,安全側の評価が求められるため,表層の微視的な損傷過程を捉えることがより重要である.したがって,残留γ相と残留応力の変化率は,負荷履歴が不明な稼働後の歯車部品においても,表層の微視的損傷状態を数値化できるパラメータとして工学的・技術的に有用であると考えられる.

4. 損傷評価基準のコンセプトと今後の課題

Fig. 8に示す残留応力比と残留γ相比の関係に基づいた歯車の損傷評価基準の検討を試みる.cos α法による実際の測定作業の典型例をFig. 10に示す.cos α法により,歯車のような複雑形状の部品においても,従来手法に比べて,約10倍速く,装置寸法が1/10とコンパクトな点から,高効率な測定が可能となる.

Fig. 10

Typical example of measurements of the gear parts using μ-X360s (cos α method).

稼働後の歯車では,残留γ相比が減少し,残留応力比は増加する傾向が得られたが,目視評価においてもクラックやピッチングは顕在化していない.表層断面の観察結果からも,マイクロクラックは形成されていないことが確認されている.従来であれば目視評価だけで再利用可としている歯車に対して,残留γ相比と残留応力比の数値で評価ができる.

対して,面圧3.7 GPaの場合では,ピッチング部以外の摺動部表層においても,残留γ相比と残留応力比が全面著しく減少している.これらの結果は,Fig. 9(c),Fig. 9(d)の断面様相の通り,表層10 µmの局所的領域において複数のマイクロクラックが形成されていることを反映している.したがって,目視評価では振るい落とされないような歯車でも再利用に適さないことが,残留γ相比と残留応力比の数値によって判定可能となる.

すなわち,損傷評価の信頼性を向上するには,目視評価および寸法測定,XRDによる非破壊検査ならびに断面観察による破壊検査のデータベース(DB)化が必須である.実用上は,再利用判定時に破壊検査はできないため,このDBの情報に基づき,表層の局所的な領域でのマイクロクラックの形成を反映している残留γ相比と残留応力比が低下する領域を再利用可否の評価基準とすることが,将来的に期待される.

5. 結論

ローラピッチング(面圧2.0 GPaと面圧3.7 GPa)試験前後ならびに歯車の稼動前後に関して,SEMによる浸炭表層断面の残留γ相のサイズ分布の変化とXRD法による残留γ相と残留応力の関係を解明し,以下の結論が得られた.

(1) 浸炭層では負荷が大きい程,また,サイクル数が多くなる程,残留γ相が減少した.これは,加工誘起マルテンサイト変態によるためと考えられる.

(2) 浸炭層断面の組織観察から,2 µm2を超える粗大な残留γ相が加工誘起変態により消失しやすく,0.5 µm2以下の微細なものが残存しやすいことがわかった.

(3) 残留応力比は面圧2.0 GPaでは試験前と同程度か僅かに高くなるのに対して,面圧3.7 GPaでは残留応力比は試験前に比べて顕著に小さくなった.これは,クラックの発生により内部応力が開放されるためと考えられる.

(4) 表面損傷のない稼働後の歯車材においても,面圧2.0 GPaのローラピッチング試験結果と同様に稼働前の歯車と比較して,残留γ相比は減少し,残留応力比は高くなった.

(5) 残留γ相は加工誘起変態することにより,内部応力を発生させることから,組織制御により粗大な残留γ相の生成を抑制することができれば,クラックの進展およびピッチング発生の抑制に繋がるものと推測される.

(6) 残留γ相および残留応力の変化率は,表層のマイクロクラックの形成過程を反映していると考えられる.そのため,両者の変化率を捉えることは再利用判断における安全側の評価基準となり得る.

文献
 
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