Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Ex Situ Electron Microscopy Study of the Lithiation of Single-Crystal Si Negative Electrodes during Charge Reaction in a Lithium-Ion Battery
Yutaka ShimauchiSachi IkemotoShigekazu OhmoriTakaomi Itoi
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2021 Volume 85 Issue 5 Pages 182-189

Details
Abstract

Silicon (Si) has attracted considerable interest as a negative electrode material for next-generation lithium (Li)-ion batteries because of its high capacity density. In this study, ex situ electron microscopy was applied to observe Si negative electrodes under different charge states within an actual battery structure to reveal the Li intrusion direction and the effects of Li concentration on the electrode structure. All of the processes from disassembly of the charged battery and preparation of specimens for use in electron microscopy observation to specimen transport to the electron microscopes were performed under non-atmospheric exposure conditions. The orientation of the single-crystal Si powder in the charged state was observed by electron backscatter diffraction, indicating that lithiation occurred preferentially along the (110) plane of Si. The initial stage of amorphization was observed by high-angle annular dark field-scanning transmission electron microscopy, demonstrating that the Li atoms occupied the tetrahedral sites of Si crystals, and that the crystal structure was destroyed via the severing of Si-Si bonds between the {111} planes. During the charge reaction, Li occupied the tetrahedral sites via intrusion along the <110> direction of Si, and amorphization proceeded as the Li concentration increased. Thus, the amorphous region grew preferentially in the <110> direction of Si.

 

Mater. Trans. 60 (2019) 2328-2335に掲載

1. 緒言

リチウムイオン2次電池は,電気自動車や各種携帯機器をはじめとして多くの分野で使われている.例えば電気自動車向けでは,電池の放電容量は航続距離に直接影響する特性であり,一層の高容量化を目指した素材開発が必須となっている1.充電によりLiを多く蓄えられる負極材料として,従来の炭素材料に対して重量比で約10倍の容量増加が期待できるSiが着目されている2.しかし,Si負極を用いた電池の実用化検討が進められているものの,電気化学反応によるSiとLiとの基礎的な微細構造解析は必ずしも十分でない.高温下での固体反応と比べて,反応が結晶方位に対して異方性を持つことが多く報告されている.電気化学的なリチウム化については,第一原理計算などのシミュレーションにより,結晶Siに対してリチウム化が{110}面で優先的に反応し,やがて非晶質化する過程を原子レベルで考察した結果が報告されている3-6.Liは<110>方向に沿って拡散して{110}面のTetrahedral siteに入り込み,Li濃度が増加するにつれて{111}面間のSi-Si結合が破壊されzigzag chainを切ることで結晶構造が壊れて非晶質化する.また,結晶方位の異なる単結晶Siナノピラーを作製し,そのリチウム化過程をin-situ SEM(Scanning Electron Microscopy)観察により調べた結果,リチウム化によってa-Li-Si(非晶質)相の膨張速度が結晶方位により異なり,<110>方向が最も速いことも報告されている7.このような結晶Siのリチウム化による非晶質相の形成とその膨張速度の結晶方位異方性は,単結晶Siナノワイヤー(軸方向に対して<100>,<110>,<111>および<112>方向を持つ)の充電反応によるリチウム化過程を調べた結果においても明らかにされている8.他にも核磁気共鳴(NMR)9,10,特殊なSi構造を用いた実験による報告11-13はされているが,実際の電池構造を用いて充電したSi負極についてLiの侵入方位とLi濃化による組織変化を原子レベルで直接観察し考察した例は見られない.

近年,SEM,STEMやFIB(Focused Ion Beam)を利用した顕微鏡解析は成熟期を迎え,複合材料の微細構造をミクロンレベルから原子レベルに至るまで可視化して解析することが可能となった.さらに,原子レベルにおけるEELS(Electron Energy Loss Spectroscopy)の感度向上によりLiをはじめとする軽元素成分の検出が比較的容易になり,限定的ながらin-situ TEM(Transmission Electron Microscopy)観察による報告例もされている14,15.機能材料における性能発現と微細構造との因果関係を電子顕微鏡により明らかにすることは大変に重要となっており,実際の電池構造を用いたリチウムイオン電池の反応解析においても利用価値を高めていく必要がある.

一般にリチウムイオン電池は使用する材料が水分や空気に著しく活性であるため,充電状態の電池を大気に曝した場合,どの程度の時間まで組織が安定な状態が維持されるかがわからない.従って,実際の電池の充電状態を観察・分析する場合,電池の解体から電顕試料の作製,その輸送に至るまで大気と接触しない厳密な環境下でのex-situ実験が必要となる.本研究では,この点に着目し,電子顕微鏡観察に用いる充電状態のSi粉末試料の作製と顕微鏡への試料輸送の一切を大気非暴下にて行った.Si粉末を用いた負極を作製した後に,リチウムイオン電池に組み込んで充電し,解体後にその充電状態のSi粉末をex-situ SEMおよびex-situ STEM観察によりミクロンレベルから原子レベルまでの組織変化を調べた結果を報告する.

2. 実験方法

2.1 リチウムイオン2次電池の作製

リチウムイオン2次電池に用いた材料および電極作製時の配合比を以下に示す.負極として,Si粉末:アセチレンブラック:ポリフッ化ビニリデン = 80:10:10 mass%を用いて厚さ20 µmの集電金属箔(Cu箔)に塗布し,乾燥後にプレスして電極とした.負極活物質としてのSi粉末は,平均粒子径が10 µmの単結晶を用い,電極としての塗工量は単位面積あたり2.1 mg/cm2とした.正極はLi金属箔を使いLi対極のハーフセル構造とし,厚さ20 µmのポリエチレン製セパレータを用いて電池構造とした.電極はφ16 mmに打ち抜き,コイン型電池を作製した.Fig. 1に作製したコイン型電池の外観図を示す.電解液は,Ethylene carbonateとDiethyl carbonateを体積比で1:1の溶媒に対して,1 mol/LのLiPF6の電解質を混合して使用した.

Fig. 1

Image of the coin-type battery.

2.2 リチウムイオン2次電池の充電および解体

電池の充電処理はIvium社製Compact stat装置を使用した.Siを負極に用いた場合のリチウムイオン2次電池としての理論容量値に対して,今回の実験では満充電状態の理論容量値上限を4.2 Ah/gとして配合量から充電率(SOC:State of charge)を決定した.複数の電池を作製し,SOC 0(充電前),20%,40%,60%,80%,100%(満充電)まで1回充電し,各SOCの電池を観察に用いた.

Fig. 2にSOC 100%まで充電した電池における充電曲線を示す.電圧は充電開始とともに急激に低下し,充電容量で4.2 Ah/gまで充電してSOC 100%とした.SOC 100%の電位はほぼ0 Vであった.充電後のコイン型電池を高純度Arガスで十分に置換したグローブボックス中で解体した.グローブボックスの雰囲気は,露点温度−80℃以下および酸素濃度1 ppm以下を維持した.コイン型電池は充電後速やかにグローブボックス中で解体し,分離した負極のみを採取してからDimethyl carbonateにより3回洗浄してから分析に供した.

Fig. 2

Charging curve of an Si negative electrode.

2.3 SEM観察

グローブボックス中で解体して洗浄した負極の断面について走査型電子顕微鏡(SEM: S-4800)を用いて観察した.SEM観察試料はイオンミリング装置(IM4000)により負極の断面を形成した.イオンミリング装置に充電状態の負極を移送する際,専用のトランスファベッセルと呼ぶ治具を用いた.この治具は試料周囲の不活性雰囲気や真空を維持できる密閉構造を持ち,グローブボックス中で試料をセットしてから装置に移送し加工完了まで一貫して大気に曝さずに作業することが可能である.コイン型電池をグローブボックス内で解体後にイオンミリング装置のトランスファベッセルにセットし,電圧4.0 kVおよび電流0.2 mAで断面加工を施した後,ただちにSEMに移送して観察および分析を行った.なお,トランスファベッセルの効果を把握するため,充電状態の負極の大気暴露による影響を調査した.炭素負極を満充電(SOC 100%)し,トランスファベッセルを用いてSEM観察を行った試料に対して,SEM内から試料を取り出し,大気中に1 min暴露してから再度SEM観察して比較した.SEMは加速電圧1.2 kVで観察を行った.

負極の充電によるSi粉末の組織変化を調べるため,SOCの異なる試料(0%, 20%, 40%, 60%, 80%, および100%)について,それぞれ同様の手順でSEM観察した.さらに,Si粉末に対してリチウム化と結晶方位との関係を考察するため,40%の充電を行ったSi負極試料(SOC 40%)に対して電子線後方散乱回折(EBSD: Electron Backscatter Diffraction)法により㈱TSLソリューションズ製のOIMを用いて結晶方位解析を行った.

2.4 TEMおよびSTEM観察

SOC 40%について,透過型電子顕微鏡(TEM: ARM200F)を用いて加速電圧200 kVにてTEMおよび球面収差補正STEM観察を行った.さらに,電子エネルギー損失分光(EELS)法により組成分析を行った.薄膜試料は集束イオンビーム装置(FIB:FEI VERSA 3D)を用いて作製し,SEM観察の際と同様にトランスファベッセルを使用してTEMまで輸送した.なお,各装置のトランスファベッセルは試料保持構造が異なるため,装置間を移送する際には一度グローブボックスで各トランスファベッセルに乗せ換えて大気非曝露状態を維持した.トランスファベッセルは商用のものではなく,JFEテクノリサーチ㈱で作製したものを使用した.

3. 結果および考察

3.1 SEM観察

Fig. 3にSOC 100%の炭素負極について(a)大気非暴露状態,および(b)1 minの大気暴露を行った試料のSEM観察結果を示す.同視野を観察した結果,Fig. 3(b)中に矢印で示すように,大気に1 min曝すことによって,充電にともなって炭素中にリチウム化したLiが大気と反応して水酸化物などの状態で析出している様子が確認できる(温度:298 K,湿度:45%).このように充電状態の負極試料は短時間の大気曝露により変質することが明らかとなった.従って,グローボックス内での電池解体とトランスファベッセルを用いた観察試料の輸送を併用し,大気非暴露による不活性状態を維持した観察や分析は,活性なリチウムを含む負極試料の組織観察に効果的であるといえる.

Fig. 3

Cross-sectional SEM images of a carbon electrode in the fully charged condition (a) before and (b) after exposure to the atmosphere for 1 min. For the image in (a), the sample was disassembled, cleaned, and dried in a glovebox; transferred to the ion milling system in a transfer vessel; and then transferred again to the SEM instrument in a transfer vessel after cross-sectional milling. For the image in (b), the sample in (a) was removed from the microscope and allowed to stand in the open atmosphere for 1 min.

Fig. 4にSi負極の(a)(g)SOC 0%(充電前),(b)(h)SOC 20%,(c)(i)SOC 40%,(d)(j)SOC 60%,(e)(k)SOC 80%,および(f)(l)SOC 100%(満充電)のSEM像を示す.電極膜厚全体を観察したSEM像のFig. 4(a)-Fig. 4(f)において,Si粉末が充電深度の増加によるリチウム化にともない膨張していく様子が確認できる.Si粉末はSOC 40%から膨張しはじめ,Fig. 4(f)SOC 100%ではFig. 4(a)SOC 0%と比較して図中に矢印で示すように電極膜厚として約5-6倍に増大していることがわかる.また,Fig. 4(d)SOC 60%およびFig. 4(e)SOC 80%中に○で示した領域では,Si粉末が膨張により,集電金属箔(Cu箔)から剥離している様子も観察された.Fig. 4(g)-Fig. 4(l)にFig. 4(a)-Fig. 4(f)におけるSi粉末内部を拡大したSEM像を示す.Fig. 4(h)SOC 20%においてはFig. 4(g)SOC 0%のSi粒子と比べて大きな違いは見られない.しかし,Fig. 4(i)SOC 40%ではSi粒子内部に明るいコントラストの線状部位が観察され,またSi粒子間に数µmの空隙が多数出現していることがわかる.Fig. 4(j)SOC 60%ではSi粒子内部に広い範囲で明るいコントラストが観察され,リチウム化により充電前のSiの組成が変化していると考えられる.Fig. 4(j)-Fig. 4(l)からわかるように,SOC 60%以上の試料では,Si粒子がリチウム化により充電前の形状を維持できずに微粉化が進行し,SOC 100%ではほとんどのSi粒子が微粉化している.充電深度が増加するにつれて,Si粒子の微粉化にともない,Si粒子間の密着性が低下している部分も観察された.このようにリチウム化による体積膨張はSi粒子の破壊による微粉化を引き起こし,急速な容量低下をもたらす.

Fig. 4

Cross-sectional SEM images of Si negative electrodes with different SOCs: (a) and (g) 0% (before charging); (b) and (h) 20%; (c) and (i) 40%; (d) and (j) 60%; (e) and (k) 80%; and (f) and (l) 100% (fully charged). (g) to (l) show enlarged SEM images of the interior of the Si powder depicted in (a) to (f).

3.2 EBSD解析

Fig. 4(i)に示すSOC 40%のSi粒子の拡大図をFig. 5に示す.リチウム化による線状部位は,矢印に示すように互いに平行またはほぼ90°の角度で方位関係を持っているように見える.このようにリチウム化はSiの結晶方位に異方的に進展しているように見えることから,Liの侵入経路と結晶方位は関連があると推測される.このことを考察するためにSEM装置付帯のEBSDを用いて結晶方位解析を行った.

Fig. 5

Enlarged SEM image of the interior of the Si powder (SOC = 40%) depicted in Fig. 4(i).

Fig. 6にSi粒子の(a)SEM像,(b)IPF(Inverse Pole Figure)マップ,および(c)Si結晶格子を用いたLi侵入方位の模式図を示す.Fig. 6(a)のSEM像からは,矢印で示すように線状部位の多くはSi粒子内で互いに平行に進展している様子が観察され,Fig. 5と同様にリチウム化に異方性があることがわかる.Fig. 6(b)のIPFマップからはSiの(001)面が観察され,このSi粒子が単結晶であることがわかり,また線状部位はIQ(Image Quality)値が低く黒く示されている.この結果から,リチウム化により生じた線状部位は(110)面に沿って進展していることがわかり,Fig. 6(c)のSi結晶格子に模式的に示すようにLiは<110>方向に侵入していると考えられる.なお,複数のSi粒子に対してEBSD測定し解析した結果から,考察しやすい測定面の粒子を抽出して示している.Yangらは,軸方向に対して<100>,<110>,<111>および<112>方向を持つ単結晶Siナノワイヤーを作製し,充電によるリチウム化にともなう体積膨張の結晶方位依存性を調べた8.充電後にリチウム化したSi単結晶ナノワイヤーの断面を観察した結果,リチウム化による体積膨張には異方性があり,<110>方向へ優先的(<111>は~20%で<110>は~170%)に膨張すると報告している.このことは,Liの拡散が<110>方向へ速く生じることを示しており,上記のEBSDより調べた結晶方位解析結果と一致する.そこで,より詳細にLiの拡散経路を明らかにするためにTEMおよびSTEM観察を行った.

Fig. 6

(a) Cross-sectional SEM image, (b) Inverse pole figure (IPF) map, and (c) Schematic diagram of Li intrusion into the Si crystal lattice. When the observed plane of Si is (001), Li intrusion into Si occurs along the (110) plane.

3.3 TEMおよびSTEM観察,EELS分析結果

Fig. 7にSOC 40%のSi粒子について[110]入射により観察したTEM像を示す.図中には,領域(i)および(ii)で得られた電子線回折(ED)パターンを合わせて示す.Fig. 7からは100-200 nmの幅を有する板状組織が観察され,SEMで観察されたリチウム化した線状部位の幅とほぼ同じであることから,リチウム化した領域であると考えられる.領域(i)のEDパターンからはSiの格子反射が観察されるが,板状組織の領域(ii)からはハローパターンが観察され,非晶質相であることがわかる.領域(i)のEDパターンより,Fig. 7中に矢印で示した板状組織は[$\bar{1}10$]方位に平行に生成していると考えられる.Fig. 6(b)のIPFマップでは線状部位はIQ値が低く黒く表示されていた.これはTEM観察の結果から,リチウム化による線状部位の非晶質化による結晶性の低下に起因すると考えられる.

Fig. 7

Cross-sectional TEM image showing the linear parts of Si in the sample with SOC = 40% along with the ED patterns obtained in regions (i) and (ii).

Fig. 8(a)にSOC 40%のSi粒子のHAADF-STEM像,およびFig. 8(b)に同視野で得られたSTEM-EELS分析結果を示す.HAADF-STEM像のコントラストは原子番号zの2乗に比例するため,この像から観察されるコントラストは,白い部分がSi(z = 14)である.Fig. 8(b)のLiマップからは,板状組織には赤色で強調されるようにLiが濃化している様子が伺える.Fig. 8(b)中の領域(i)と領域(ii)から得られたEELSスペクトルからは,ともにSi-Liエネルギー範囲にスペクトルが観察されるが,領域(ii)では領域(i)と比較してLi-Kエネルギー範囲に高いスペクトルが観察される.以上の結果から板状組織はSiと比較してLi濃度の高い組成を有し,Fig. 7の領域(ii)のEDパターンから考えると,板状組織はLiの濃化により非晶質化していることが明らかとなった.Fig. 8(b)からは,特に板状組織が交差する部分で,赤で示される領域に濃淡差が観察され,板状組織内においてもLi濃度差が生じていると示唆された.Si結晶のリチウム化による非晶質化はよく知られており,Li濃度が増加すると非晶質化後にLi15Si4相(Cu15Si4 Prototype, Space group: I$\bar{4}$3d)が形成される5.WangらはSiの充電反応によるリチウム化についてin-situ TEM観察を行い,a-Li-Si相の形成について,Li濃度の増加にともない,2相のa-Li-Si相が生成していると考察している16.このようなLi濃度の増加に起因した電気化学反応による構造変化は非平衡状態で生じるため,結晶化に至るまでの濃化にともない,非晶質状態においてもLi濃度が異なる組成を有する状態が存在するかもしれない.

Fig. 8

(a) Cross-sectional HAADF-STEM image and (b) STEM-EELS map analysis result (red: Li, blue: Si) of Si in the sample with SOC = 40%. The EELS spectra obtained in regions (i) and (ii) are also shown on the right side (b).

Fig. 9(a)にFig. 7中に白枠で囲った線状組織の高分解能TEM像を示す.Fig. 7に見られるように,この線状組織は板状組織に接触しており,また,その幅が狭いことからも,Si結晶格子にLiが侵入している初期状態を示す部位であると考えられる.さらに,この像からは幅約2 nmでSi結晶格子の乱れが生じている様子が確認できる.Fig. 9(b)にはFig. 9(a)中に白枠で囲った部分の拡大HAADF-STEM像を示す.この像からは,Si結晶格子の乱れている領域では{111}面に沿って黒いコントラストが観察され,周囲と比較してLi濃度が高く,またLiの侵入にともないSiの結晶格子が破壊されていると考えられる.

Fig. 9

(a) TEM image of the region enclosed in a white square in Fig. 7 and (b) high-resolution HAADF-STEM image of the region enclosed in a white square in Fig. 9(a).

Fig. 10(a)にFig. 9(b)のHAADF-STEM像にLow-Passフィルター処理を施した像を,Fig. 10(b)に[110]方向から観察したSi結晶格子の模式図を示す.Fig. 10(a)中にはFig. 9(b)のフーリエ変換像を合わせて示す.HAADF-STEM像からは,Si結晶格子においてSi-Siダンベル(0.136 nm)が明瞭に観察される.注目すべきは,Liの侵入によって格子の乱れている領域にも,部分的にSi-Siダンベルが残存している様子が観察されることである.このようなSi結晶格子の乱れは,その後のLi濃度の増加による非晶質化の初期段階だと考えられる.また,Fig. 10中に白枠で示した領域に,Si結晶格子は乱れていないものの,Tetrahedral siteに粒状コントラストが観察され,これは,Li原子の可能性があることが示唆される.Fig. 10(b)の模式図に示したように,HAADF-STEM像からLi原子は図中に黄色線で示した{111}面間に侵入していると考えられる.

Fig. 10

(a) Low-pass filtered HAADF-STEM image of Fig. 9(b). Particulate contrast indicative of Li atoms is observed at tetrahedral sites (indicated by the white square). (b) Schematic diagram of the Si crystal lattice observed from the [110] direction. The yellow lines indicate the {111} planes between which the Li atoms intrude.

Fig. 11(a)に本研究結果から考察したLiの侵入によるSi結晶格子の非晶質化の模式図を示す.Liは<110>方向に沿って侵入して{110}面のTetrahedral siteに入り込み,Li濃度の増加とともに,Fig. 11中に矢印で示すようにzigzag chainを切るように{111}間のSiの結合を切ることで結晶構造が壊れて非晶質化が進行すると考えられる.Siの{111}面は他の結晶面と比較して表面エネルギーが低くへき開しやすいため,リチウム化にともなう非晶質化の初期段階においてzigzag chainへの分解が生じる際にSi-Siダンベルが残存すると報告されている9.また,Siへの水素注入に関してもab initio計算において,{111}面間のSiの結合が水素原子によって破壊されることがあり,注入後に{111}面で微小の亀裂伝播を生じることも報告されている17.Siなどのダイヤモンド構造を有する物質は,<110>方向に沿って格子間隙間が大きいため,イオン注入プロセスにおいてはよく知られたイオンチャンネルである18.充電深度が増加して,Si中のLi濃度が増加すると,Fig. 11(b)の模式図に示すように,Tetrahedral siteへのLiの侵入の増加による結晶格子の破壊により非晶質相が形成され<110>方向に優先的に成長して領域を拡大すると考えられる.Fig. 5およびFig. 6のSEM像に見られる数ミクロンの線状部位の異方性はこのような非晶質相の成長異方性に起因するものであるといえる.

Fig. 11

Schematic diagram of the amorphization process of the Si crystal lattice via the intrusion of Li atoms: (a) amorphization as Li atoms cut a zigzag chain across the Si crystal lattice; and (b) formation of the amorphous phase via the concentration of Li and its growth in the <110> direction.

本研究では,充電状態のSi負極について,ex-situ電子顕微鏡観察を行い,充電深度にともなうリチウム化によるSi粒子の形状変化を調べるとともに,Si結晶へのLiの侵入方位と非晶質化過程を原子レベルで実験的に明らかにした.これはSiのリチウム化における第一原理計算の結果を裏付ける結果であるといえる.また,Siナノワイヤーのリチウム化におけるin-situ TEM観察結果と同様に,実際の電池構造の負極を用いたex-situ実験においても,非晶質化と非晶質相の<110>方向への成長異方性が確認されたことから,本研究のSi負極の組織観察における大気非暴露実験の有効性が明らかとなった.

4. ま と め

本報では,実際の電池構造を用いて充電した負極のSi粉末について,Liの挿入方位とLi濃化による組織変化を調べた.電池の解体から,電子顕微鏡観察に用いる充電状態の試料作製と顕微鏡への試料輸送の一切を大気非暴下にて行い,充電後のSi粉末についてex-situ電子顕微鏡観察を行った.得られた結果を以下に示す.

(1) 満充電状態(SOC100%)の炭素負極は1 minの暴露で大気と反応した.活性なリチウムを含む負極試料の組織観察においては,大気非暴露による不活性状態を維持することが重要である.

(2) Si負極を充電した結果,電極膜厚は満充電状態(SOC100%)では充電前(SOC0%)と比較して約5-6倍に膨張した.また,充電深度が増加するにつれてリチウム化にともないSi粒子は微粉化し,粒子間および集電薄膜との密着性が低下した.

(3) SOC 40%のSi粒子についてSEM観察を行った結果,粒子内にはLi化にともなう線状部位が確認され,互いに平行またはほぼ90°の角度で方位関係を持って生成した.EBSD解析の結果,リチウム化により生じた線状部位は(110)に沿って進展しており,LiはSi結晶の<110>方向に侵入すると考えられる.

(4) TEM観察およびSTEM-EELS分析の結果,SEMで観察された線状部位は,LiとSiからなる非晶質相であった.HAADF-STEM観察の結果,充電にともないLi原子がSiのTetrahedral siteに入り込み,zigzag chainを切るように{111}間のSiの結合を切ることで結晶構造が壊れて非晶質化すると考えられる.このリチウム化によるLiの侵入方位と非晶質化過程は,第一原理計算により提唱されているリチウム化を裏付ける結果だと考えられる.

(5) 実際の電池構造を用いた充電状態のSi負極についてグローボックス内での電池解体とトランスファベッセルを用いた観察試料の輸送を併用し,ex-situ電子顕微鏡観察を行った結果,Siのリチウム化による非晶質化と非晶質相の<110>方向への成長異方性が明らかとなり,(1)の結果とともに,大気非暴露実験の有効性が明らかとなった.

文献
 
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