日本金属学会誌
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論文
強磁場中スリップキャストによる配向ポーラスTi3SiC2焼結体の作製とその高温変形組織
橋本 菜々池田 賢一三浦 誠司森田 孝治鈴木 達目 義雄
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2021 年 85 巻 7 号 p. 256-263

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Abstract

To clarify the effect of constraint conditions on the kink formation, fabrication process of the texture and porosity controlled Ti3SiC2 polycrystals was investigated and microstructural evolution during high temperature deformation was examined in it under high temperature uniaxial compression tests at 1200℃. Dense textured Ti3SiC2 sintered body was fabricated by slip casting in the high magnetic field of 12 T and following pressureless sintering at 1400℃ for 1 h. The porosity of the textured Ti3SiC2 was controlled by dispersing polymethyl methacrylate (PMMA) particles into the textured Ti3SiC2 as a spacer media. The highly textured Ti3SiC2 polycrystals with porosity of 8.4 vol% and 16.7 vol%, respectively, were successfully fabricated by the slip casting in the high magnetic field. After the high temperature uniaxial compression perpendicular to the c-axis of the textured structure, both the porous and dense Ti3SiC2 showed kink formation, which is a common deformation mode for anisotropic layered materials. However, the average rotation angles of the kink boundaries were higher in the porous specimen than in the dense specimen. Since the crystal rotation is necessary for the kink formation, kink bands would be preferably developed in the porous area due to its weaker constraint than in the dense area. It can be concluded from the microstructural analysis that the constrain factor caused by the neighbor grains affects the crystalline rotation, resulting in the kink boundary formation with different rotation angles.

1. 緒言

Ti3SiC2はMAX相の一種である.MAX相は,Mn+1AXn(M:遷移金属元素,A:Aグループ元素,X:CまたはN,n = 1, 2, 3)の一般式を持つ3元化合物の総称で1,金属的特性(熱・電気伝導性1-4,切削性4に優れるなど)とセラミックス的特性(低密度であり1,耐熱衝撃性2,耐酸化性1が良いなど)を兼ね備えたユニークな材料として注目を集めている.特に,1996年にBarsoumとEl-Raghyが純Ti3SiC2バルク体の合成を報告して以来3,Ti3SiC2を中心としてMAX相に関する研究が精力的に進められてきた.

MAX相は六方晶系の結晶構造を有し,なおかつ,結晶を構成するMn+1Xn層とA層がc軸方向に積層するような層状構造をとるため,強い異方性を示す1.MAX相のように強い異方性を持つ材料の変形機構の1つとして,キンク変形が知られている.キンク変形とは,層状結晶構造の物質において層状構造が折れ曲がることで起こる座屈変形のことであり,Znなどの六方最密充填構造(Hexagonal Close-Packed, HCP)純金属5,Mg系のHCP合金6,雲母7など様々な物質で確認されている.しかしながら,キンク変形は転位によるすべり変形や双晶変形と比較すると十分に理解されているとは言い難い.特に,ひずみ速度や外部拘束などの外的要因がキンク形成に及ぼす影響についてはあまり論じられていない.

外部からの拘束がキンク形成に及ぼす影響を論じた数少ない研究の1つに,層状の結晶構造を有するセラミックスの圧縮変形に対する分子動力学シミュレーションがある8.LeiとNakataniは,層状セラミックスの層状構造に対し垂直に一軸圧縮応力を負荷した場合,その層状構造に対して平行方向,つまり圧縮軸に垂直な方向への弾性拘束が弱いものと強いものの2種類を設定し,その変形挙動を評価した.得られた結果から,拘束の強弱によりキンク形成を介した変形過程や最終的なキンク形状が異なることを明らかにした.また,Ti3SiC2においてもシミュレーション同様,キンク変形は材料の拘束条件に依存することが示唆されている.BarsoumとEl-Raghyは,緻密Ti3SiC2焼結体に一軸圧縮を行い,拘束の弱い箇所から座屈変形が開始することを示した9.またSunらは,ポーラスTi3SiC2焼結体へ繰返し圧縮試験や繰返しナノインデンテーション試験を行った.緻密材と比較しポーラス材のエネルギー散逸量が大きいことを示し,この理由を,ポーラス材では拘束力が弱くキンク形成が促進されるためだと示唆した10

キンク形成に対する拘束条件の影響をより深く理解するには,拘束条件に差異のある状況を作り出して評価することが有効である.内在する残留気孔密度や組織を制御できるならば,気孔周囲の結晶粒では周囲からの拘束が少ない状態になる一方,気孔の少ない緻密な組織では,隣接する粒子同士で拘束の強い状態を作り出せる.したがって,試験片にポーラス材を用いることができれば,緻密材と比較し拘束に差異のある状況設定が可能になると考えられる.そこで本研究では,キンク変形における拘束条件の影響を理解するため,残留気孔組織を制御したポーラスTi3SiC2多結晶体を用いることとした.

さらに,キンク変形以外の変形機構が発現しづらい状況を実現し,変形挙動をより単純化することができれば,キンク変形における拘束条件の影響が議論しやすくなる.例えば,Ti3SiC2における単結晶のマイクロピラー圧縮試験11では,キンク変形は圧縮方向と底面がほぼ平行な場合のみにおいて発生し,その方位関係からわずかにずれた圧縮方位では底面すべりや破壊が支配的に起こることが報告されている.このことから,多結晶体においては,各粒の結晶方位を揃えること,すなわち配向組織制御を行った試験片を用いることにより,状況の単純化が可能になると考えられる.以上より,多結晶体中のキンク形成に対する拘束の影響を理解するためには,ポーラス組織と配向組織の両方を意図的に制御した配向性ポーラスTi3SiC2の作製が必要となる.

金属のように一定の延性が得られる材料においては,冷間加工後に熱処理を施すことによって,再結晶を利用した配向組織制御も可能である.しかし,セラミックスのような脆性材料では,金属材料のような塑性加工が困難なため,そのような手法を利用することは難しい.そこで,これに変わる配向制御法として強磁場を用いてセラミックスや金属の粉末粒子を配向させる磁場配向プロセスが開発されてきた12,13.これは,結晶異方性を有する物質の粉末を分散したスラリーをスリップキャストする過程で強力な磁場を印加することにより配向組織形成を行う手法である.スリップキャスト中に強磁場を印加することで,磁化率の結晶方位異方性に起因して発生する磁気トルクで粒子回転が起こり,配向組織が形成される.以下,この手法を磁場中スリップキャストと呼ぶ.強い結晶異方性を持つTi3SiC2に対しても,磁場中スリップキャストによる配向体の作製が報告されている14-16

また,気孔組織と密度を制御したポーラス材の作製法としては,気孔の元となるスペーサー粉末を予め加えて成形体を作製し,焼結前・後に除去する手法が知られている.磁場中スリップキャストプロセスにおいても,スペーサーとしてポリメタクリル酸メチル(polymethyl methacrylate,PMMA)を用いてポーラスα-アルミナから配向性β-アルミナを作製した報告がなされている17

以上を踏まえ,本研究は,Ti3SiC2のキンク形成に対する拘束条件を調査するため,以下の2点を目的とした.まず,PMMAをスペーサーに用い,磁場中スリップキャスト法を駆使して気孔密度と配向組織を制御した磁場配向ポーラスTi3SiC2焼結体を作製する.次に,得られた配向ポーラスTi3SiC2焼結体に対し,放電プラズマ焼結(spark plasma sintering,SPS)装置を用いた高温一軸圧縮試験を実施し,キンク組織の形成および発達に対する拘束条件の影響を検討する.

2. 実験方法

2.1 スラリーの作製

原料粉末としてFig. 1(a), Fig. 1(b)に示すような平均粒子径(体積相当球の直径)5.2 µmの板状Ti3SiC2粉末(Maxthal(312),KANTHAL社)と平均粒子径10 µmの球状PMMA粉末(MX-1000,綜研化学㈱)を用いた.スペーサーとなるPMMAの添加量は,Ti3SiC2に対し10 vol.%とした.スラリーの作製には,溶媒としてエタノール,分散剤として分子量10000のポリエチレンイミン(poly ethylene imine,PEI,富士フイルム和光純薬㈱)を用い,固体粒子濃度が30 vol%となるように溶媒,分散材および原料粉末量を決定した.ここで,PEI添加量はTi3SiC2粉末に対し1.5 mass%,PMMA粉末に対し1.0 mass%とした.

Fig. 1

FE-SEM images of the starting powders of (a) Ti3SiC2 and (b) PMMA.

PMMAとTi3SiC2を均一に分散するには,個々の粉末を個別に分散させたスラリーを準備した後,これを混合する方法が有効であることがわかった.そこで,まずエタノールとPEIに対し目的の分量となるよう秤量したPMMA粉末のみを加え,自転・公転ミキサー(ARE-310,㈱シンキー)により撹拌した.同様にエタノールとPEIにTi3SiC2粉末のみを加え撹拌したスラリーを用意した.その後,PMMAスラリーにTi3SiC2スラリーを加えて混合した後,スターラーで撹拌しながら真空中にて10分間の脱泡処理を行うことでPMMAとTi3SiC2が均一に分散したスラリーを作製した.

2.2 成形体の作製

焼結用の成形体は,調整したスラリーを回転磁場中でスリップキャストして作製した14.まず,多孔質アルミナモールド上に気孔径0.2 µmのメンブレンフィルターを敷き,その上に設置した内径10 mmのアクリル製筒型にスラリーを流し込んだ.粒子を配向させるために,次にスリップキャスト中の上記モールドを超電導マグネット(JMTD-12T1-NC5,ジャパン スーパーコンダクタ テクノロジー㈱)中にセットし(Fig. 2(a)),20 rpmの速度で水平方向に自転させることで成形体を作製した(Fig. 2(b)).マグネットによる磁場Bは12 Tの強磁場であり,鋳込み方向と自転軸に対して垂直に印加した.この方向で磁場が印加されると,磁化容易軸がa軸であるTi3SiC2c軸が鋳込み方向に対して平行になる.原料のTi3SiC2粒子は,c軸に対して垂直方向に延びた板状の形状を有することから,Ti3SiC2板状粒子が鋳込み方向に積み重なるように堆積されていく(Fig. 2(c)).

Fig. 2

Schematic explanation of the slip casting under the magnetic field B. (a) Mold rotates under the high magnetic field and (b) green body is formed from the slurry containing Ti3SiC2 and PMMA. (c) Orientational relationship between green body, grain and crystal lattice.

さらに,磁場が配向組織および気孔形成に及ぼす効果を検証するため,同じスラリーを用いて無磁場・無回転条件下でスリップキャストを行い,成形体を作製した.また,後述する圧縮変形組織の比較のために,PMMAを分散せずに同様に作製したスラリーを,回転磁場中でスリップキャストした成形体も作製した.

成形体の焼結は,放電プラズマ焼結(spark plasma sintering,SPS)装置(SPS-510L,富士電波工機㈱)を用いて行った.スリップキャスト後,得られた成形体に対して392 MPaで10分間の冷間静水圧プレス(cold isostatic pressing,CIP)処理を行った後,SPS装置による無加圧焼結に供した.一般にSPS装置は,導電性のダイスに一軸加圧をかけながら直流のパルス電流を印加することで,機械的加圧とダイスに発生するジュール熱により焼結体を得る手法である18.しかし,本実験では試験片の気孔率を維持するため,無加圧条件下において焼結を実施した.そこで,焼結用ダイスの内径より大きな径のパンチでダイスのみを挟みこむようにセットし,ダイスのみに機械的加圧が及ぶようにすることで,成形体自体には機械的圧力がかからないようにして無加圧焼結を実施した.まず,500℃/minで800℃まで昇温した後,800℃で1 h保持しPMMAを焼き飛ばし,除去した.その後,50℃/minで1400℃まで再び昇温した後,同温度にて1 h保持し,無加圧焼結を実施した.

2.3 焼結体の評価

作製した円柱状焼結体において,鋳込み方向に対し垂直な面をTop面,平行な面をSide面と呼ぶ(Fig. 2(c)).

Top面とSide面に対してX線回折(X-ray diffraction,XRD)装置(Smartlab,㈱リガク)により相の同定と配向度の評価を行った.測定はCu(Kα1)線を用いて実施した.

さらに,Side面に対してはエメリー紙,ダイヤモンドフィルム,ダイヤモンドスラリーを用いて鏡面仕上げでの研磨をした後,電界放出型走査電子顕微鏡(field emission scanning electron microscope, FE-SEM, JSM-7001FA,日本電子㈱)により反射電子(back scattered electron, BSE)像を取得した.BSE像をもとに,次に示す手順によりPMMAに由来する気孔の平均気孔径を求めた.まず,BSE像を画像処理ソフト(Image J,NIH)により二値化し,気孔に由来するコントラストのピクセル数から気孔の面積と単位面積当たりの面積率を算出した.次に,求めた面積から面積円相当径を求め,5 µm以上の相当径を持つものをPMMA由来の気孔径とした.最後に,100個以上の気孔径から平均値を算出し,平均気孔径とした.また,気孔率に関しては,BSE像から得られた面積率と比較するため,アルキメデス法によっても測定した.

さらに,コロイダルシリカ(粒子径0.04 µm)を用いて上記の機械研磨により形成されたダメージ層の除去を行った後,FE-SEMに付属する電子線後方散乱回折(electron backscattered diffraction pattern, EBSD)法により結晶方位解析を行った(測定装置:OIM Data Collections,㈱TSLソリューションズ).

2.4 一軸圧縮とその組織評価

キンク形成に対する拘束条件の影響を検討するため,キンク変形を起こしやすい方向で一軸圧縮試験を実施した.まず,得られた配向性ポーラスTi3SiC2焼結体から,圧縮軸が鋳込み方向と垂直,すなわちTi3SiC2の配向組織のc軸に対して垂直となるように,4 mm × 4 mm × 6 mmの角柱状圧縮試験片を作製した.試験片の側面は,エメリー紙による機械研磨後にダイヤモンドフィルムでさらに鏡面研磨処理を施した.

一軸圧縮は,焼結用のグラファイトダイス内に,グラファイトパンチとSiC製の圧盤で角柱試験片を挟む形に設置し,SPS装置により実施した.まず,100℃/minで1200℃の試験温度まで昇温した.その後,225 MPaの初期荷重を負荷し,圧縮ひずみが6.8%になるまで変形させた.比較のため,PMMAを入れずに磁場中スリップキャスト,CIP,無加圧焼結を行うことで作製した,配向性緻密Ti3SiC2焼結体からも同様に角柱状圧縮試験片を作製し,同程度(7.4%)まで変形させた.

変形組織の評価を実施するため,圧縮後の試験片から,圧縮軸方向に平行な面を切り出した.その後,2.3節と同様にエメリー紙,ダイヤモンドフィルム,ダイヤモンドスラリー,コロイダルシリカにより鏡面仕上げを施し,BSE像による組織観察とEBSD法による結晶方位変化の観察を行った.観察は,均一な変形が起こっていると予想される圧縮試験片の中央付近で実施した.

3. 実験結果と考察

3.1 焼結体の評価

Fig. 3(a)とFig. 3(b)は,それぞれ焼結体Side面の中央部と下部の焼結組織を示したものである.焼結体は,長辺10-20 µm程度,短辺5-10 µm程度の板状粒より構成されていることが確認できる.また,板状の結晶粒が紙面の水平方向に配向している傾向も確認できる.

Fig. 3

BSE images of the textured microstructure taken from (a) center and (b) bottom areas of the sintered body. White arrows show the pores formed by the PMMA dispersion.

一方,Fig. 3(a)とFig. 3(b)のいずれの像においてもサブミクロンオーダーの微小な残留気孔に加え,結晶粒サイズを超える粗大な球状気孔(図中の矢印)が観察される.これらの粗大な気孔の平均直径を求めると,9.0 µmであった.その形状と大きさから,この気孔はPMMA粉末(平均粒子径10 µm)により形成されたものであることが示唆される.また,中央部と下部から得られたFig. 3(a)とFig. 3(b)の焼結組織を比較すると,中央部よりも下部の方が球状気孔の数が多いことが見て取れる.実際にFig. 3(a)とFig. 3(b)の画像を二値化処理することによって算出した気孔率を比較すると,中央部が7.4 vol%,下部が17.9 vol%であり,下部の方が高い気孔率となっている.また,アルキメデス法により測定した焼結体の平均気孔率は16.7 vol%であり,局在化が認められる下部寄りの数値となっている.これは,アルキメデス法では,粗大な気孔に加え,無数の微細な残留気孔も含めて評価するためと考えられる.さらに,同様な気孔の局在化傾向は, 焼結体の下部のみではなく側面部分でも認められた.以上より,焼結体全体にわたって,端部への気孔の偏りが存在すると考えられる.これは,Ti3SiC2粉末とPMMAの比重の違いにより,磁場中スリップキャスト時の沈降速度の違いとアクリル製筒型容器を載せたモールドを回転させたため,PMMAが下部と端部に偏ったことが原因と考えられる.

Fig. 4にTi3SiC2粉末と焼結体のXRD回折パターンを示す.図中に示す面指数のうち太字斜体のものは,そのピークがTi3SiC2の(000l)面由来のものであることを意味する.Fig. 4(a)から,焼結前の粉末の時点で,Ti3SiC2に加えTiCやTiSi2などの不純物相が含まれていることがわかる.Fig. 4(b)とFig. 4(c)より,焼結後においてもそれらの不純物相が残留していることが確認できる.

Fig. 4

X-ray diffraction patterns of (a) the Ti3SiC2 powder and the sintered body taken from (b) side surface and (c) top surface. Scans were made with Cu (Kα1) radiation.

Side面とTop面の回折パターンFig. 4(b)とFig. 4(c)を詳細に検討すると,異なる特徴をしていることがわかる.Side面の回折ピークは,Fig. 4(b)に示すように$(10\bar{1}1)$面,$(10\bar{1}4)$面,$(10\bar{1}5)$面や$(10\bar{1}0)$面由来のピークが主である.各面と(000l)面のなす角度は順に81.4°, 58.9°, 53.0°, 90°であり,(000l)面由来のピークはほとんど見られないことがわかる.一方Top面のXRD回折パターンでは,Fig. 4(c)に示すように(000l)面由来の回折ピークが主となっている.これら2つの結果は,焼結体中の多くの結晶粒は,磁場印加方向に対し(000l)面の法線が垂直になっていることを意味する.

さらに配向組織と配向度をより詳細に議論するため,EBSD法を用いた方位解析結果をFig. 5に示す.Fig. 5では,各方位関係を明示するため,円柱状焼結体の直径方向をx軸,鋳込み方向をy軸,Side面の法線方向をz軸と表記している.ただし,ここで便宜上区別したx軸とz軸は,焼結体の性質上は等価なものである.Fig. 5(a)は,Fig. 5(b)のTi3SiC2の標準ステレオ三角形に示したカラーキーにより色づけした,z軸方向の結晶方位分布図(inverse pole figure map,IPF map)である.矢印で示す黒色の領域が,PMMAにより形成された気孔に対応する領域である.気孔周辺の結晶粒の方位分布は,緻密領域の結晶粒方位分布と同様であり,気孔が配向組織形成には影響を及ぼしていないことがわかる.また各結晶粒は,赤色,すなわち(0001)面に対応する粒が少ないことがわかる.これは,観察面に(0001)面がほとんど現れていないことを意味しており,Fig. 4のXRDの結果とも対応する.

Fig. 5

(a) IPF map of the sintered body and (b) its color-coded map. (c) PF of (0001) plane of (a), and (d) PF of (0001) plane of non-textured sintered body for comparison.

次に,(0001)面が試料座標系に対してどのように配向しているのかを,Fig. 5(c)の(0001)極点図により示す.Fig. 5(c)は,Fig. 5(a)に色づけされている各結晶粒の(0001)面が,試料座標系に対してどの方向に分布しているのかを表す強度分布である.Fig. 5(c)では,円のy軸方向に対応する部分が赤く示されている.これは,各結晶粒の(0001)面の法線ベクトルがy軸方向,すなわち鋳込み方向に集中していることを意味する.その集中度,つまり配向度に対する磁場の効果を比較するため,無磁場・無回転条件下で作製した焼結体の(0001)極点図をFig. 5(d)に示す.

Fig. 5(d)より,無磁場下で作製した焼結材では,スリップキャスト時に板状粒子がわずかに配向したことにより,わずかな(0001)面の集積が見られる.しかし,特定の試料系座標方向への(0001)面の顕著な集積は見られず,結晶方位がランダムに近いことがわかる.Fig. 5(c)とFig. 5(d)の極点図から計算により得られる集中度(配向度)の最大強度を比較すると,無磁場のものは3.468,磁場を印加したものは13.603となっている.最大強度が高いほど特定の方位が集中している,つまり高配向であることを意味する.したがって,磁場を印加したものは無磁場のものよりも高配向組織となっていることが明らかである.つまり,磁場を印加することで,c軸が鋳込み方向にそろった,高配向組織が形成されることが確認できた.また,気孔周辺でも緻密領域と同様の配向組織が得られていることから,PMMAを添加しても磁気トルクに起因するTi3SiC2粒の回転が起こり,磁場印加によるc軸配向が達成できることをXRDおよびEBSDによって確認できた.

以上のBSE,XRDおよびEBSDの結果から,PMMAの添加と磁場印加により,第一の目的である配向性と気孔率の両方を任意に制御した配向性ポーラスTi3SiC2焼結体が作製できたと結論できる.

3.2 一軸圧縮後の組織評価

キンク組織の形成に及ぼす気孔,つまり拘束条件の影響を検討するため,上述した配向性ポーラスTi3SiC2焼結体に対し1200℃での一軸圧縮試験を行った.比較のため,気孔率8.4 vol.%の配向性緻密Ti3SiC2焼結体にも同様に一軸圧縮試験を行った.試験は,Fig. 6(a)に示すように,キンク変形しやすい方位関係,すなわち圧縮軸とc軸が垂直になる方位関係となるよう,円柱状焼結体から圧縮試験片を切り出し,一軸圧縮応力下で行った.

Fig. 6

(a) Schematic explanation of the sintered body and the compression specimen fabricated from the sintered body. (b) BSE images of the porous specimen and (c) the dense specimen after the uniaxial compression. Black arrows in (b) show the pores formed by the PMMA dispersion. White arrows in (b) and (c) show the kink boundaries.

変形後の試験片には,明確なクラック形成は認められず,ほぼ均一に塑性変形していることが確認できた.Fig. 6(b),Fig. 6(c)に一軸圧縮後の断面BSE像を示す.図の上下方向が圧縮方向で,Fig. 6(b)は配向性ポーラス材,Fig. 6(c)は配向性緻密材の代表的な変形組織を示したものである.Fig. 6(b)中に黒色の矢印で示す箇所がPMMA由来の気孔である.Fig. 6(c)中にも小さな気孔が見られるが,これは無加圧焼結時の不完全な緻密化に起因する残留気孔や,変形により粒界に生じた気孔だと考えられる.Fig. 6(b),Fig. 6(c)に示すように,ポーラス材と緻密材の両方で,圧縮軸に対して平行に伸長した粒子の多くで,キンク形成に由来する粒子の座屈構造とキンク境界(白矢印)が認められる.すなわち,配向性ポーラス材と配向性緻密材の両方でキンク変形が生じていることを示している.

結晶方位の観点から配向性ポーラス材と配向性緻密材におけるキンク構造の差異を調査するため,同一サンプルに対しEBSDによる方位解析を行った.まず,Fig. 7に圧縮試験後の配向性ポーラス材の解析結果を示す.Fig. 7(a)は,Fig. 7(b)のカラーキーにより色づけした配向性ポーラス材の圧縮試験後の観察面の法線方向のIPF mapである.図の上下方向が圧縮方向であり,試験片断面を観察している.矢印で示すようにPMMAにより形成された気孔が材料中に均質に形成されていることが確認できる.Fig. 7(a)中に白枠で示した結晶粒を拡大したFig. 7(c)を用いてより詳細な方位関係を議論する.Fig. 7(c)の粒子における各点の結晶方位を可視化するため,粒子上に六方晶の格子を重ねると,[0001]方向に対し垂直な方向を回転軸とし連続的に方位変化していることがわかった.このような方位変化は,キンク変形がある結晶方位を軸として局所的に結晶回転する変形であることに起因する19.よって,各キンク粒の回転角やそのときの回転軸を調査することにより,キンク変形の幾何学的な分析が可能となることを示唆している.

Fig. 7

(a) IPF map of the porous specimen after compression and (b) its color-coded map. (c) Enlarged IPF map of the kinked grain surrounded by the white rectangular in (a) and the change of the misorientation angle of the grain.

そこで,変形後の材料中に観察された他の複数のキンク構造に対して,Fig. 7同様に回転角や回転軸の関係を求めた.Fig. 7(c)のキンク粒を例にとってその測定手順を説明する.まず,Fig. 7(c)右図のキンク変形粒に対し,上側の点から下側の点まで,破線に沿ってそれぞれのピクセルごとの微小方位差(回転角θ)とそのときの回転軸を測定する.すると,破線に沿った距離を縦軸に,そのときの回転角θを横軸にとるとFig. 7(c)左図の結果が得られる.この図より,キンク変形した粒内の回転角θには鋭いピークが極めて狭い範囲に局在して存在し,粒全体の座屈構造はこれらのピーク位置における結晶回転により形成されることがわかる.この鋭いピークは,Fig. 6(b),Fig. 6(c)で観察されたキンク境界でも同様に回転角度のピークを生じていると考えられる.したがって,Fig. 7(c)のようにキンク変形粒内の方位変化を評価することで,各キンク境界における回転角とそのときの回転軸が求められる.変形後の配向性ポーラス材と配向性緻密材中に形成されたキンク境界の回転角とそのときの回転軸の差異を調査することでキンク変形に対する拘束条件の影響を検討する.

まずは回転角θの評価結果について述べる.配向性ポーラス材中のキンク境界(104本)と配向性緻密材中で同様に測定したキンク境界(97本)における回転角の分布をFig. 8のヒストグラムに示す.ポーラス材と緻密材中に形成されたキンクの回転角θは,数度から最大70°の範囲に広く分布していることがわかった.この分布より,配向性ポーラス材と配向性緻密材におけるそれぞれの回転角θの平均値を計算すると,前者では16.4°,後者では12.1°となり,配向性ポーラス材の方が回転角が大きいことがわかった.すなわち,拘束が弱いポーラス材の方が強い緻密材よりも,1つのキンク境界当たりの回転角が大きいことが示唆された.

Fig. 8

Histogram of the misorientation angle at each kink boundaries of kinked grains observed in the porous and in the dense samples.

次に回転軸について述べる.それぞれのキンク境界における回転軸を求めると,ほとんどの回転軸はc軸と垂直であった.さらに,これらの回転軸はキンク境界ごとに様々な方位を示した.これはキンク変形が底面における転位運動に基づく結晶回転による変形であるとする従来のキンク変形モデル5やMg-TM-RE(TM:transition metal,遷移金属,RE:rare earth,希土類元素)系合金のLPSO相におけるキンク変形6と矛盾しないものである.そして,配向性ポーラス材においても配向性緻密材においてもこの傾向が同様であった.すなわち,キンク境界の回転軸は拘束の強弱に影響されないことが示唆される.

以上より,拘束が弱いと考えられる配向性ポーラス材と拘束が強いと考えられる配向性緻密材では,キンク境界の結晶回転軸には有意な差が認められなかったが,回転角には一定の差が認められることが明らかになった.このことは,ポーラス材と緻密材におけるキンク形成機構は,いずれも転位運動に基づく結晶回転によるもので,格子回転に寄与した転位が一列に配列することでキンク境界が形成されるために回転角θが鋭いピーク(局在化)を示すと考えられる.ポーラス材の変形量(6.8%)が緻密材の変形量(7.4%)より小さいにも拘らず,ポーラス材において大きな格子回転が観察されたことから,ポーラス材ではキンク形成に必要な格子回転に対する拘束力が小さく,格子回転を必要とするキンク形成も促進されると考えられる.先行研究8-10では拘束力がキンク形状,キンクの優先発生箇所,キンク形成によるエネルギー散逸へ影響を与えることが定性的に示唆された.本研究の結果から,その理由は,拘束力が格子回転へ影響を及ぼすためであると考えられる.

4. 結言

Ti3SiC2のキンク変形に対する拘束条件の影響を調査するために,磁場配向ポーラスTi3SiC2焼結体の作製を試み,SPSを用いた高温一軸圧縮を通じて以下の結論を得た.

(1) PMMA添加により焼結体のポーラス組織制御が可能であるとともに,Ti3SiC2粒の磁場配向を適切に行うことができた.その結果,磁場配向ポーラスTi3SiC2焼結体の作製に成功した.

(2) 磁場配向ポーラスTi3SiC2焼結体と磁場配向緻密Ti3SiC2焼結体に対しSPSを用いた高温一軸圧縮を実施した結果,ポーラス材中のキンク変形粒は緻密材中のキンク変形粒よりも,1つのキンク境界における回転角が大きいことが明らかになった.

(3) 回転角が大きいことから,ポーラス材では,キンク形成に必要な格子回転に対する拘束が小さいために,緻密材に比べ高回転角のキンク構造の発達が進んだものと考えられる.

本研究はJSPS科研費 JP19H05115,JP18H05482および公益財団法人大倉和親記念財団の助成を受けたものです.また本研究の一部は,文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム課題として北海道大学微細構造解析プラットフォームの技術的支援,2020年度NIMS連携拠点推進制度による支援を受けました.また研究の進行に当たり北海道大学大学院工学院・大学院生の白紙悠之氏にご協力いただきました.ここに謝意を表します.

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