日本金属学会誌
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論文
Ir-10 mass%Rh合金の酸化消耗に及ぼすRh添加の影響
上田 光敏寺井 健太横田 俊介竹谷 俊亮安原 颯人今井 庸介
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2023 年 87 巻 10 号 p. 279-287

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Abstract

This paper focuses on effect of rhodium addition on degradation behavior of Ir-10 mass%Rh alloy for a spark plug during oxidation at elevated temperatures. Oxidation tests were conducted at the temperature range from 1173 K to 1473 K in Ar-21%O2 gas mixture to clarify the effect of rhodium addition on degradation behavior of the alloy. As a result, there are three effects of rhodium addition to prevent the alloy from the degradation: (1) dissolution of rhodium into iridium oxide scale at below 1273 K, which decreases activity of iridium oxide in the oxide scale, (2) dissolution of rhodium into the alloy at above 1273 K, which decreases activity of iridium in the alloy and (3) formation of rhodium oxide, which decreases surface area of the alloy. All effects contribute to decrease vapor pressure of volatile iridium oxide, resulting in suppression of the degradation.

1. 緒言

自動車エンジンの燃費向上に大きく貢献しているイリジウムプラグは,その中心電極にイリジウム基合金が用いられている.イリジウム(Ir)は高融点金属であり,電極を細線化することができるため,従来の白金プラグやニッケルプラグと比較して飛火性や着火性に優れ,その寿命も長いことが知られている.一方,プラグのさらなる性能向上を目指すためには,プラグの寿命を決める電極消耗を改善する必要がある.電極消耗には火花消耗と酸化消耗の2つがあり,その双方を改善する必要があると言われている1

Irの高温酸化挙動については,すでに多数の先行研究2-6が報告されている.IrはIr酸化物の揮発によって酸化消耗し,減肉することが知られている.この酸化消耗を回避するために,イリジウムプラグにはロジウム(Rh)が添加されている1.Rhの添加効果については,表面にRh酸化物(Rh2O3)が生成することで合金の酸化損耗が抑制されると言われているが1,その詳細なメカニズムについては明らかになっていない.

他方,Ir基合金やIr基金属間化合物の高温酸化挙動についても,多数の先行研究7-15が報告されている.これらの研究の多くは,Ir基合金の高温構造用材料や耐酸化コーティングへの応用を目指したものであり,Al, Hf, Yなどを添加したIr基合金の耐酸化特性の評価が主な目的となっている.また,このような背景から,酸化温度も1000-2000℃と比較的高く,本研究が注目している自動車エンジンの実環境よりも高い温度における酸化消耗の評価が多い.また,RhはIrの固溶強化にはほとんど効果がなく強化元素にならないと報告されており15,高温耐熱金属材料の添加元素としてRhはあまり注目されていない.

著者らが調べた限り,プラグの電極材料としてのIr-Rh合金の高温酸化挙動を調査しているのはZhaoらの報告16のみであった.Zhaoら16は,1100℃(1373 K)におけるIr,Rh,Ir-Rh合金の高温酸化挙動を明らかにしており,長村1と同様にRhの添加により,合金の酸化消耗が抑制されると報告している.また,合金の引抜加工により生じた表面欠陥により酸化消耗が大きくなることを報告している.このように酸化消耗に及ぼす機械加工の影響などの有用な知見を得ている一方で,酸化温度が1100℃のみの評価であり,自動車エンジンの実環境を想定した場合,より広範な温度範囲,特に1100℃以下の温度範囲における酸化挙動の把握が必要となる.

以上で述べたように,プラグの中心電極として利用されているIr-Rh合金の高温酸化挙動については,その挙動や詳細なメカニズムの解明が進んでいないのが現状である.今後,高性能プラグを実現する新規イリジウム基合金の開発を行っていく上で,合金の酸化消耗に及ぼすRh添加の影響について詳細に検討していく必要がある.

そこで本研究では,上記で述べたIr-Rh合金の一例としてIr-10 mass%Rh合金を取り上げ,1173-1473 K(900-1200℃)における合金の酸化挙動を明らかにするとともに,合金の酸化消耗に及ぼすRh添加の影響を詳細に検討した.

2. 実験方法

試料にはIr-10 mass%Rh合金を用いた.以後,これをIr10Rh合金と呼称する.全量を50 gとし,Ir粉末(粒径約10 µm,純度99.95%)およびRh粉末(粒径約100 µm,純度99.95%)をIr-10 mass%Rhとなるように秤量した.秤量した粉末をϕ30 mmの金型を用いて,約90 MPaの圧力で圧縮成型した.非消耗アーク溶解炉を用いて圧縮成型体を溶解し,約50 gのボタンインゴットを作製した.次に,作製したインゴットを約1573 K以上にバーナー加熱しながら,厚さ約5 mmまで熱間鍛造した.次いで,熱間鍛造したインゴットを1273-1473 Kにバーナー加熱しながら圧延し,約1 mmの熱延板を得た.ワイヤ放電加工機を用いて板材から10 × 10 × 1.0 mm3(中央上部にϕ2 mmの穴)の試料を切り出した後,試料を濃硝酸に浸して洗浄した.最後に,平面研削盤を用いて試料の両面を研削し,厚さを0.8 mmとした.また,試料の表面および側面を#600の研磨紙で研磨し,一部の試料についてはハンドグラインダーを用いて放電加工機で開けた穴の側面を研磨した.酸化前に試料の表面積を測定し,エタノール中で試料を超音波洗浄した後,電子天秤を用いて酸化前の質量を測定して酸化実験に供した.

本研究では,1173-1473 K,Ar-21%O2混合ガス気流中におけるIr10Rh合金の酸化挙動を調査した.雰囲気制御可能な縦型電気炉を用い,試料を所定の酸化条件で最長180 ks(50 h)酸化させた.混合ガスの流量は2.5 × 10−6 m3 s−1(150 ml/min)であり,炉心管の内径を用いて,炉心管を流れる混合ガスの線速度を計算すると5.5 mm/sとなる.

酸化実験後,試料の質量を測定し,単位面積当たりの試料の質量変化を算出した.また,酸化後の試料の外観をデジタルカメラで撮影した.X線回折(XRD)により酸化後の試料の相同定を行い,試料の表面・断面観察および元素分析を,電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)およびエネルギー分散型X線分光分析器(EDS)を用いて行った.

3. 実験結果

Fig. 1に酸化後におけるIr10Rh合金の質量変化を示す.1173 K/0.18 ks酸化後および1273 K/0.18 ks酸化後の試料で約0.1-0.2 g.m−2程度の質量増加が見られたものの,これらを除くすべての試料で酸化後の質量が減少した.1173 Kで酸化した試料では,72 ksまで試料の質量が減少したが,それ以降で質量減少が見られなくなった.1223 Kで酸化した試料でも1173 Kと同様の傾向を示したが,質量減少量は1173 Kよりも大きくなった.1273 Kで酸化した試料では,0.18 ksでわずかな質量増加が見られたものの,それ以降で質量減少に転じた.1273 Kにおける質量減少量は1173 Kや1223 Kよりもわずかに大きく,72 ks以降でも質量減少が継続した.他方,1373 Kおよび1473 Kでは,18 ks以降で試料の質量減少がほぼ直線則に従った.1373 Kにおける質量減少量は1273 Kと同程度かやや大きいが,1473 Kでは大きな質量減少が見られた.

Fig. 1

Mass change of the samples after the oxidation.

Table 1は,XRDを用いて酸化後の試料の相同定を行い,各試料の表面に生成した酸化物の有無とその種類をまとめたものである.Table 1内の括弧は,検出強度が小さいことを示している.また,すべての試料において母相のIrが検出された.1173 Kで酸化した試料には,いずれの酸化時間においても合金表面にIrO2が生成していた.IrO2は,酸化の初期段階である0.18 ks酸化後の試料においても検出された.1223 Kで酸化した試料でもIrO2が生成しており,180 ks酸化後の試料ではIrO2に加えてRh2O3も生成していた.1253 Kで酸化した試料では,72 ks酸化後の試料でIrO2とRh2O3が検出された.一方,1273 Kで酸化した試料では,0.18 ks酸化後の試料においてIrO2が生成していたが,72 ksで消失した.Rh2O3は10.8 ks以降の試料で検出され,72 ks以降の試料ではほぼRh2O3のみが存在していた.1373 Kおよび1473 Kで酸化した試料では,非常に小さなIrO2のピークが観察されることがあったものの,表面において有意な酸化物の生成は見られなかった.

Table 1 Oxides formed on the oxidized samples.

Fig. 2は,1173 Kで酸化したIr10Rh合金の表面SE像である.1173 K酸化後の試料では,表面から酸化が進行したものの,酸化後の表面性状が酸化前と大きく変わっていなかった.合金表面で酸化物の微粒子が生成し,それが全面を覆うことで薄い酸化皮膜となった(0.18-3.6 ks).この酸化皮膜は緻密ではなく多数の孔(3.6 ks,矢印)が観察された.18 ks以降で,この酸化皮膜の直下に約500 nmの酸化物粒子(18 ks,矢印)が生成し,表面が部分的に隆起していた.72 ks以降で酸化初期に生成した酸化皮膜が部分的に消失し,直下に生成した酸化皮膜が露出していた(72 ksおよび180 ks,矢印).この酸化皮膜は緻密な膜であった.

Fig. 2

SE images of the oxide scale formed on the samples after the oxidation at 1173 K.

Fig. 3は,1223 Kで酸化したIr10Rh合金の表面SE像である.1173 Kと同様に,1223 Kでも最表層に微粒子からなる平滑な酸化皮膜(18 ks,矢印a)が生成し,その直下に粗大な酸化物粒子からなる緻密な酸化皮膜(18 ks,矢印b)が生成していた.1173 Kと比較して,最表層の平滑な酸化皮膜の消失が顕著であり,直下の緻密な酸化皮膜が露出していた(18 ksおよび72 ks).また,180 ks酸化後の試料には,平滑な酸化皮膜(矢印a)や緻密な酸化皮膜(矢印b)に加えて,緻密な酸化皮膜を構成する酸化物よりも大きな酸化物粒子(矢印c)が島状に存在している場所も見られた.Fig. 4は,1223 K/180 ks酸化後のIr10Rh合金における表面組織と面分析の結果である.Fig. 3に示した通り,試料の表面には,平滑で多孔質な酸化皮膜とともに,その直下に緻密な酸化皮膜が生成していた.また,数µm程度の大きな酸化物粒子が島状に点在している場所も見られた.面分析の結果から,平滑で多孔質な酸化皮膜およびその直下の緻密な酸化皮膜は微量のRhを含むIr酸化物であり,島状に点在している酸化物はRh酸化物であった.Rh酸化物が点在している場所にはIr酸化物からなる酸化皮膜が見られなかった.Fig. 5は,1223 K/180 ks酸化後のIr10Rh合金における断面組織と点分析の結果である.Fig. 3で見られた平滑で多孔質な酸化皮膜と緻密な酸化皮膜は同じ酸化物であった.これらの酸化皮膜は連続層となっており,厚さは約1-3 µmであった.EDSによる点分析の結果から,酸化皮膜にはRhが含まれていた.Table 1および点分析の結果から,酸化皮膜を(Ir,Rh)O2とし,Rh/(Ir + Rh)の値を計算したところ0.36-0.42となった.

Fig. 3

SE images of the oxide scale formed on the samples after the oxidation at 1223 K.

Fig. 4

Elemental mapping of the oxide scale formed on the sample after oxidized for 180 ks at 1223 K.

Fig. 5

Cross-sectional SE image of the oxide scale formed on the sample after oxidized for 180 ks at 1223 K with point analysis by EDS.

Fig. 6は1273 Kで酸化したIr10Rh合金の表面SE像である.1173 Kと同様に,1273 Kにおいても3.6 ks程度まで,表面から酸化が進行したものの,酸化後の表面性状が酸化前と大きく変わらなかった.合金表面で酸化物の微粒子が生成し,それが全面を覆うことで薄い酸化皮膜となるが(0.18 ks),1273 Kでは,1173 Kの結果(Fig. 2)と比較して,0.18 ksの段階で生成した酸化皮膜に非常に多く孔が観察された.また,3.6 ks酸化後の試料でも,酸化皮膜に非常に多くの孔(3.6 ks,矢印)が観察され,酸化皮膜を構成する酸化物粒子の成長も早くなっていた.酸化の初期段階で生成した酸化皮膜は,18 ksの段階でほぼ消失しており,直下に生成していたと思われる酸化物粒子(18 ks,矢印a)が露出していた.また,数µm程度の酸化物粒子(18 ks,矢印b)が点在している場所も見られた.72 ks酸化後の試料では,酸化物粒子が島状に存在している場所(72 ks,矢印a)と酸化皮膜で覆われず合金表面が露出している場所(72 ks,矢印b)とが混在した表面性状となっていた.さらに,180 ks酸化後の試料では,合金表面が後退し,島状の酸化物の輪郭が明瞭になった.Fig. 7は,1273 K/72 ks酸化後におけるIr10Rh合金の表面組織と面分析結果である.Fig. 6に示した通り,72 ks酸化後の試料では,酸化物粒子が島状に点在している場所と酸化皮膜で覆われず合金表面が露出した場所が存在していた.面分析の結果,合金表面が露出した場所においても微量の酸素が検出されており,微粒子状のIr酸化物が残存していることがわかった.一方,島状に点在している酸化物粒子はRh酸化物であった.

Fig. 6

SE images of the oxide scale formed on the samples after the oxidation at 1273 K.

Fig. 7

Elemental mapping of the oxide scale formed on the sample after oxidized for 72 ks at 1273 K.

Fig. 8は,1373 Kおよび1473 Kにおいて72 ks酸化したIr10Rh合金の表面組織である.1373 Kの試料表面には約500 nmのIr酸化物が点在していたが,両条件において合金が露出していた.また,合金表面には多数のテラスとステップが観察された.

Fig. 8

Surface morphology of the samples after oxidized for 72 ks at 1373 K and 1473 K.

4. 考察

本研究で実施したIr10Rh合金の高温酸化実験の結果から,Ar-21%O2混合ガス気流中におけるIr10Rh合金の酸化消耗の形態が,1273 K以下,1273 K,1273 K以上の3つの温度範囲で大別できることがわかった.本研究では,酸化物の化学的安定性およびIr酸化物の蒸気圧を考慮して,それぞれの温度範囲における合金の酸化挙動とRhの酸化形態を考察する.

4.1 各温度におけるIr酸化物およびRh酸化物の化学的安定性

本節では,Ir酸化物およびRh酸化物のエリンガム図を作成し,各酸化温度において合金の表面に生成する酸化皮膜の化学的安定性を議論する.本研究の酸化温度において,以下の反応によりIr上にはIrO2が生成し,Rh上にはRh2O3が生成する.   

\begin{equation} \text{Ir}\ (\text{s}) + \text{O}_{2}\ (\text{g}) = \text{IrO}_{2}\ (\text{s}) \end{equation} (1)
  
\begin{equation} (4/3)\text{Rh}\ (\text{s}) + \text{O}_{2}\ (\text{g}) = (2/3)\text{Rh$_{2}$O$_{3}$}\ (\text{s}) \end{equation} (2)

IrO2 (s)およびRh2O3 (s)の標準生成ギブズエネルギーは多数報告されており,式(1)および式(2)の反応における標準ギブズエネルギー変化は,これらの値を用いて算出することができる.本研究では,報告されている熱力学データの中から,IrO2 (s)については,Barinの熱力学データ17およびJacobらの報告値18,Rh2O3 (s)については,Barinの熱力学データ17およびJacobとSriramの報告値19を用いてエリンガム図を作成した.ところで,Ir基合金の高温酸化挙動を議論する場合,厳密にはエリンガム図においてIrやRhの活量を考慮する必要があるが,本研究の実験温度範囲におけるIr-Rh合金中の活量データがないため,本節ではIrおよびRh上に生成する酸化物に関するエリンガム図を作成することにした.

Fig. 9は,上記の熱力学データを用いて計算されたIr酸化物およびRh酸化物のエリンガム図である.なお,このエリンガム図には,酸化実験の雰囲気であるAr-21%O2混合ガス気流中の酸素分圧の計算値が点線で示されている.また,各酸化条件も白丸を用いてあわせてプロットした.エリンガム図から,1173-1273 Kの温度範囲においてIrO2とRh2O3がともに安定に存在できることがわかる.ところで,Table 1に示した相同定の結果,1223-1273 Kの温度範囲ではIrO2とRh2O3が検出されたが,1173 KではRh2O3が検出されず,1273 Kでは72 ks程度でIrO2が消失した.1173 Kと1273 Kの結果には,速度論的な要因が含まれていると考えられる.すなわち,1173 KではRh2O3の生成速度が遅く,1273 Kでは酸化初期に生成したIrO2の揮発が起こっていたと考えられる.他方,エリンガム図から1373 Kと1473 KではIrとRhは金属として安定に存在することがわかる.Table 1に示した相同定の結果とも一致する.相同定(Table 1)や組織観察(Fig. 8)の結果,両温度において表面にIrO2の微粒子が検出される場合があった.これは酸化実験後の冷却時に発生したものと考えられる.酸化後,試料は炉内の均熱帯から引き上げられ,実験雰囲気中で冷却される.この場合,試料を引き上げる際の実験雰囲気は,エリンガム図の点線に沿って温度が低下する方向に進み,冷却の途中でIrO2の安定領域に入る.このため,合金の表面にIrO2の微粒子が生成したものと推察される.

Fig. 9

Ellingham diagram for iridium and rhodium oxides calculated by using thermodynamic data reported in the literature17-19).

4.2 各温度におけるIrO3の蒸気圧の計算

本節では,Ir酸化物の揮発に伴う酸化消耗を議論する上で重要となるIrO3の蒸気圧をCordfunkeとMeyerの報告値20およびBarinの熱力学データ17を用いて計算した. Irの揮発は,Ir酸化物(IrO2)もしくはIr合金がIrO3 (g)となって起こることから,本研究では以下の反応を考慮した.   

\begin{equation} \text{IrO}_{2}\ (\text{s}) + (1/2)\text{O}_{2}\ (\text{g}) = \text{IrO}_{3}\ (\text{g}) \end{equation} (3)
  
\begin{equation} \text{Ir}\ (\text{s}) + (3/2)\text{O}_{2}\ (\text{g}) = \text{IrO}_{3}\ (\text{g}) \end{equation} (4)
ここで,IrおよびIrO2の活量を1として計算する.また,式(3)および式(4)から計算されるIrO3の蒸気圧は,温度および雰囲気の酸素分圧に依存するが,本研究では雰囲気の酸素分圧を混合ガス中の酸素分圧である0.21 atmとし,IrO3の蒸気圧の温度依存性を計算することとした.

Fig. 10は,酸素分圧を0.21 atmとした場合のIrO3の蒸気圧の温度依存性である.使用した熱力学データによる差が見られるものの,両者の計算結果は概ね同様の傾向を示した.式(3)から計算されるIrO3の蒸気圧は,温度の上昇とともに大きくなるが,式(4)で計算されるIrO3の蒸気圧は約10−4 atm程度で,その温度依存性は小さい.Fig. 10において,2つの計算結果の交点はIr/IrO2平衡酸素分圧が0.21 atmとなる温度であり,CordfunkeとMeyerの報告値20を用いてこの温度を計算すると1288 K(1015℃)となる.これはFig. 9で示したJacobらの報告値18による計算結果とも概ね一致する.また,Fig. 10Fig. 9のエリンガム図と対応させて考えると,この温度より低温側ではIrO2 (s)が安定であるため,IrO3の蒸気圧は式(3)から計算された曲線に沿って変化し,この温度より高温側ではIr (s)が安定になるため,IrO3の蒸気圧は式(4)から計算された曲線に沿って変化することになる.

Fig. 10

Vapor pressure of IrO3 as a function of temperature, calculated by using thermodynamic data reported in the literature17,20).

4.3 Ir10Rh合金の酸化消耗に及ぼすRh添加の影響

前節において,合金表面に生成する酸化物の化学的安定性とIrO3の蒸気圧の温度依存性を評価した.本節では,本研究で得られた実験結果および前節までの計算結果を用いて,Ir10Rh合金の酸化消耗に及ぼすRh添加の影響を考察する.以降,Fig. 10から各温度におけるIrO3の蒸気圧を読み取るが,本研究ではCordfunkeとMeyerの報告値20による計算結果を用いることにする.

1273 K以下の酸化条件では,酸化の初期段階から合金表面にIrO2の酸化皮膜が形成した.また,IrO2の酸化皮膜は,酸化の初期段階に生成する多孔質で薄い部分とその直下に生成する緻密で厚い部分から構成されており,酸化皮膜中にはRhが固溶していた.(Fig. 5)さらに,酸化の初期段階において,薄い酸化皮膜が生成する際に合金表面の性状がほとんど変化しなかったことから(Fig. 2およびFig. 3),この酸化皮膜は内方に向かって成長していると考えられる.Fig. 10からIrO3の蒸気圧は1173 Kで約8 × 10−6 atm,1223 Kで約2 × 10−5 atmとなる.酸化皮膜中にRhが固溶することによるIrO2の活量低下を考慮すると,IrO3の蒸気圧はさらに低くなることが予想される.従って,表面に生成した酸化皮膜からのIrO3によるIrの揮発は酸化皮膜を消失させるほど顕著にはならず,緻密な酸化皮膜が生成しやすい状況になると考えられる.故に,この温度領域では,表面の大半の部分がRhが固溶した緻密なIrO2の酸化皮膜で覆われ,その結果として,合金の酸化消耗が抑制されたと考えられる.1223 K,Ar-21%O2混合ガス気流中でIrの酸化実験を行ったところ,Irの質量変化が18 ksで−19 g.m−2,72 ksで−76 g.m−2となった.これらの値は同条件におけるIr10Rh合金の質量変化の3.3-5.6倍であり,酸化皮膜によってIr10Rh合金の酸化消耗が抑制されていることがわかる.また,1223 K以下の温度では,72 ks以降で合金の質量変化が小さくなる(Fig. 1).72 ks前後で表面の平滑な酸化皮膜の揮発が止まり,緻密な酸化皮膜が酸化消耗の抑制に効果を発揮し始めると考えられるが,この点についてはさらなる検証が必要である.その一方で,Fig. 4で示したように,1223 Kで酸化した試料には,Rh酸化物が島状に点在した場所が観察され,酸化皮膜の生成は不均一であった.このような表面が緻密な酸化皮膜で覆われない場所では,合金が直接雰囲気に接すると考えられる.この場合,この温度領域で仮想的に式(4)によるIrの揮発が生じることになる.Fig. 10において,式(4)の計算結果を低温側に外挿してIrO3の蒸気圧を推算すると,その蒸気圧は1173 Kおよび1223 Kで約8 × 10−5 atmとなる.実際には後述するように,Rhの添加により合金中のIrの活量も低下することから,推算した蒸気圧はさらに低下すると考えられるものの,この温度領域においては,合金が酸化皮膜で覆われず露出した場合,そこから選択的にIrO3によるIrの揮発が発生すると考えられる.先に述べた島状のRh酸化物は,局所的に合金が露出した場所で,選択的なIrの揮発によって濃化したRhが酸化することで,生成したと考えられる.なぜ酸化が不均一に起こり局所的な合金の露出が見られるのかという点については,今後さらなる検討が必要となる.

1273 Kでは,酸化の初期段階から合金表面にIrO2の酸化皮膜が形成するものの72 ksでほぼ消失した.Fig. 10から1273 KにおけるIrO3の蒸気圧は約7 × 10−5 atmとなり,酸化皮膜からのIrO3によるIrの揮発が無視できない.このような状況下では,酸化皮膜が検出された酸化の初期段階であっても,局所的に合金が露出する部分が多数発生するものと考えられる.すなわち,酸化皮膜の揮発とともに合金表面のいたる所で局所的なIrの揮発が起こり,局所的に濃化したRhが酸化して島状のRh酸化物が形成すると考えられる.それ故に,18 ks以降で薄い酸化皮膜が消失すると同時に,その直下に生成していたRh酸化物の粒子が表面に露出すると考えられる.また,1273 Kでは,酸化の進行とともに酸化皮膜が完全に消失して合金表面が露出する(Fig. 6).18 ks以降で見られる島状のRh酸化物の生成は先に見られた局所的なIrの揮発によるものだが,酸化皮膜が消失した後は,表面全体で仮想的に式(4)によるIrの揮発が起こると考えられる.1273 K以下の場合と同様に,Fig. 10からIrO3の蒸気圧を読み取ると約9 × 10−5 atmとなる.ただし,合金化していることにより合金中のIrの活量が低下していることから,Irからの揮発に比べると酸化消耗の度合いは小さくなると考えられる.TripathiとChandrasekharaiah21は1443 KにおいてIr-Rh合金中のIrの活量を実験的に求めており,Ir10Rh合金近傍の組成でIrの活量が0.33になると報告している.この値を考慮すると,式(4)から計算されるIrO3の蒸気圧が約半桁程度低下することになる.以上の考察から,1273 KではIrO2が消失するため,酸化皮膜によって合金の酸化消耗を抑制することはできないが,Rhの添加による合金中のIrの活量低下によって,合金自体の酸化消耗が抑制されたと考えられる.1273 K,Ar-21%O2混合ガス気流中でIrの酸化実験を行ったところ,Irの質量変化が3.6 ksで−11 g.m−2,18 ksで−57 g.m−2となった.これらの値は同条件におけるIr10Rh合金の質量変化の2.8-4.3倍であり,合金化によってIr10Rh合金の酸化消耗が抑制されていることがわかる.一方で,局所的なIrの揮発により生じた島状のRh酸化物も露出する合金表面の面積を小さくする効果があると考えられるが,本研究で使用した板状試料ではその効果が大きくならなかったものと推察される.従来から述べられているRh2O3による酸化消耗の抑制効果1,16は,線材を試料とした場合に観察されており,線材のような表面積の小さい試料では,合金化による抑制効果よりもRh2O3生成による抑制効果の方が大きくなっていると考えられる.

1273 K以上では,酸化の初期段階から酸化皮膜が生成せず,合金表面が露出する.Fig. 10からIrO3の蒸気圧は1373 Kおよび1473 Kで約1 × 10−4 atmに達するが,合金化によるIrの活量低下を考慮するとこれらの値よりも小さくなり,Irよりも酸化消耗が抑制されると考えられる.1273 K以上の温度領域では,Rhは酸化せず合金中に溶解しているため,合金化による酸化消耗の抑制効果のみが有効となり,Rh2O3生成による効果は発現しないと考えられる.ところで,両温度におけるIrO3の蒸気圧に大きな差がないにも関わらず,Fig. 1で示したように1373 Kと1473 Kでは質量減少量に大きな差がある.この点については酸化消耗における蒸気圧以外の因子を考慮する必要があり,さらなる検討が必要となる.

以上で述べてきたように,Ir10Rh合金の酸化消耗に及ぼすRh添加の影響には,Ir酸化皮膜への固溶による効果,合金化による効果ならびにRh酸化物(Rh2O3)の生成による効果の3種類があり,酸化温度によって有効となる効果が変化することが明らかとなった.

5. 結言

本研究では,プラグの中心電極として採用されているIr-Rh合金の一例としてIr-10 mass%Rh合金を取り上げ,1173-1473 K,Ar-21%O2混合ガス気流中における合金の酸化挙動を明らかにするとともに,合金の酸化消耗に及ぼすRh添加の影響を実験的に明らかにした.

その結果,Ir10Rh合金の酸化形態は1273 Kを境に3つに大別することができた.1273 K以下では,IrO2の酸化皮膜と島状のRh2O3が生成し,IrO2にはRhが固溶していた.酸化皮膜にRhが固溶することによりIrO2の活量が下がり,その結果として酸化皮膜の揮発が抑制されることがわかった.島状のRh2O3は局所的なIrの揮発によって発生していると考えられる.1273 Kでは,酸化の初期段階に生成したIrO2の酸化皮膜が酸化の進行とともに消失し,島状のRh2O3が残存した.1273 KではIrO2が消失するため,酸化皮膜によって合金の酸化消耗を抑制することはできないが,Rhの添加による合金中のIrの活量低下によって,合金自体の酸化消耗が抑制されることが明らかとなった.一方,局所的なIrの揮発により生じた島状のRh2O3も合金表面の面積を小さくする効果があるものの,その効果は試料形状に依存すると考えられる.他方,1273 K以上では,酸化の初期段階から酸化皮膜が生成せず,合金表面が露出した.この温度領域では,合金化による酸化消耗の抑制効果のみが有効となる.

以上のように,Ir10Rh合金の酸化消耗に及ぼすRh添加の影響には,Ir酸化皮膜への固溶による効果,合金化による効果ならびにRh酸化物(Rh2O3)の生成による効果の3種類があり,酸化温度によって有効となる効果が変化することが明らかとなった.

文献
 
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