日本金属学会誌
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微小領域の力学挙動解析と塑性現象のモデリング ― 第2報 多様な格子欠陥による強化機構の考察 ―
大村 孝仁譯田 真人
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2023 年 87 巻 2 号 p. 45-55

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Abstract

Mechanical behaviors of metallic materials in a small scale are characterized and physically modeled based on experimental measurements and computational simulation. An effect of in-solution carbon or silicon in Fe on a plasticity initiation was characterizes by nanoindentation pop-in phenomenon. A coherency at a ferrite-cementite interface significantly affects to a plasticity initiation leading to a different macroscopic yielding behavior. A stability of an austenite phase in TRIP steel was evaluated though the analysis of indentation-induced deformation behavior, demonstrating a significant constraint effect on stabilization by an adjacent harder phase. Heterogeneous microstructures with a bimodal grain size in fcc metals show an inhomogeneous mechanical behavior depending on a location of the fine microstructure. An intermittent plasticity in pure iron was analyzed through a statistical model showing a Gaussian function by thermally activated process in the early stage and a power-law one by an avalanche type phenomenon in the subsequent stage. An elementally step in a plastic deformation in a metallic glass was characterized through Molecular Dynamics simulation indicating that the plasticity inhomogeneity depends remarkably on the initially inhomogeneous atomistic structure.

1. はじめに

第1報で述べたように,金属材料のマクロ変形挙動を精緻に理解・制御するためには,支配因子となる組織・格子欠陥と同じ微視スケールにおける塑性変形の素過程モデルの精度を高めることが重要である.従来は,実験技術の限界によって微視的モデルと同じスケールで力学応答を実測された例は極めて少ない.また,個々の転位挙動に基づいたモデル化はさらに難易度が高い.従来モデルでは,ある体積内の平均挙動として扱っているにすぎず,転位運動が画一的である根拠は乏しい.また,転位のすべり運動が障害物を乗り越える過程は,決定論的機構と確率論的機構が混在すると考えられる.これらの課題に対して,実験的な手法による直接的なアプローチとそれを精緻にモデリングするシミュレーション技術の開発が強く望まれている.筆者らはナノインデンテーション法,TEM内その場変形などの微視スケール力学実験手法1-10と,分子動力学法などの原子シミュレーション11,12を組み合わせたユニークな取り組みによってこれらの課題に取り組んでいる.両手法は,10-100 nmのスケールにおいて重畳する関係にあり,微小領域の力学挙動を理解するうえで,ナノ力学試験と原子シミュレーションの連携が1つの有効なアプローチとなる.

第1報では,これらの手法を応用した転位―粒界相互作用の解析例を紹介し,結晶粒界による強化機構の素過程について考察した.第2報の本稿では,その他の格子結果として固溶元素・異相界面などの影響や,原子スケールにおける摩擦抵抗などの極めて局所的な機構についての考察を述べる.いずれも重要な強化因子と考えられており従前より多くの取り組みが報告されているが,未解明な点が多く残されている.これらの課題に対して取り組んだ最近の結果について,ケーススタディとして紹介する.

2. 固溶元素の影響

固溶元素は,短範囲の応力場を持つ障害物であり最も小さなスケールの強化機構の1つと考えられる.転位のすべり運動における熱活性化過程に強く影響すると考えられるため,単独の固溶元素が持つ影響のモデル化に加えて,多数の元素が持つ抵抗がどのような確率分布を示すのかを定量化することが重要である.マクロスケール試験では,転位の長距離運動または多数の転位運動の平均挙動が特性として発現するため,逆解析的に固溶元素の影響を解析する必要があった.固溶元素濃度に空間分布がある場合や複数の元素が混在している場合などは複雑な挙動を示すため,素過程を明らかにするのは容易ではない.それに対して局所力学解析は,サブミクロン程度で分離された空間の挙動を独立的に解析できることに加えて広い空間内の多点測定が可能であるため,元素濃度の不均一性などに対しても解析が可能である.以下に2つの応用例として純鉄中のCの影響,IF鋼中のSiの影響について述べる.

2.1 Fe中における炭素の影響

Feの強度に対する炭素の効果は,鉄鋼材料において最も重要な因子である.炭素はFeに対する固溶強化能が最も高いとされ,例えばFe-C2元系マルテンサイト鋼のas-quench材では,わずか1%未満の炭素添加で強度が3倍以上に上昇する13.炭素はFe格子中の侵入型位置に固溶すると考えられており,大きな格子ひずみを発生させることによって強化に寄与する.また,置換型元素よりも拡散係数が大きいことが知られており,室温においても動力学挙動が無視できない.一方,軽元素であることから現状の分析技術では材料中の存在位置などを高精度に検知することができず,強度特性との関係付けが難しい.固溶炭素の影響は,最も小さな組織である単位格子のスケールで働くと考えられることから,微小領域の力学挙動に対する影響を明確化することによって強化機構やマクロ強度発現機構をより深く理解できると期待される.その具体的なアプローチとして,炭素量の異なるFe-C合金に対してナノインデンテーション試験を行い,負荷過程に発現するpop-in挙動と炭素量の関係を明らかにした14.試料は,市販の高純度鉄(純度4N)を湿水素焼鈍した後,メタンと水素の混合ガス中で浸炭処理を行って炭素量を変えたFe-C2元系合金である.固溶炭素量は,内部摩擦法によって測定した.その結果,参照用として用いたIFでは検出限界以下(0Cと呼称),湿水素焼鈍の直後では3 at. ppm(3C),異なる浸炭処理条件の2試料については,33 at. ppm, 123 at. ppm(30C, 120C)であった.Fig. 1に,4試料のナノインデンテーション試験で得られた典型的な荷重―変位曲線を示す.いずれにおいても,負荷過程に明瞭なpop-inが確認できる.また,炭素量が多いほどpop-inの発生荷重Pcが高くなる傾向も見られる.Pop-in発生前は,すべての試料がHertzの接触モデル式によく一致しており,塑性変形開始前の弾性変形領域では固溶炭素の顕著な影響は見られない.この測定を各試料に対して30点程度行い,Pcに対する確率密度をプロットしたものがFig. 2である.0C材では,300 µN付近にピークを持つガウス関数的な分布形状であり,これまでの知見15と同様の結果である.3C材では,0Cと同様の300 µN付近にピークが見られるものの,その高さが低くなると同時に高Pc側にすそ野が拡がった分布形状を示し,Pcの平均値はわずかに上昇した.さらに炭素量の多い30C材では,300 µN付近のピーク高さがさらに低下し,同時に900 µN付近に低いピークが現れた.最も炭素量の多い120C材では,30C材で現れた高Pc側のピーク位置がさらに高いPcの値に遷移し,その分布幅も拡大した.これらの結果が発現する理由について,以下のように考察した.300 µN付近のピークは,IF鋼を含めた全試料に共通して現れることから固溶炭素がほとんど関与していない挙動と考えられる.固溶炭素を含む試料であっても,炭素原子の空間的な分散状態は均一とは限らず,優先的な拡散パスである粒界や転位からの距離に依存して濃度の不均一性が発生すると推定される.したがって,測定位置をランダムに選択する場合,固溶炭素が存在しない領域に圧入変形を加えるケースがある割合で存在し,その確率は平均固溶炭素濃度が上がると低下すると考えられる.さらに高いPc側のピークは,固溶炭素を含む試料でのみ現れることやピーク位置が炭素量に依存することから,固溶炭素が強く関与した挙動と考えられる.ピーク位置が固溶炭素量の上昇に伴って高荷重側に遷移することは,pop-in挙動に影響する炭素原子の数が増えることによって臨界荷重を上昇させる機構を想起させる.また,高荷重側の分布幅が300 µN付近ピーク幅よりも大きいことは,炭素原子の固溶状態に不均一性があることを示唆し,これは全試料で300 µN付近にピークが現れる考察と整合する.以上の結果は,固溶炭素による強化が平均濃度によって上昇する従来の理解に加えて,高濃度ほど不均一性が増大することを示している.このことは,平均値よりも極値モデルが適当なき裂発生・伝播などの挙動に対して重要な知見となりうる.

Fig. 1

Examples of the load-displacement curves for Fe-C binary alloys with various carbon contents14).

Fig. 2

Frequency of the pop-in event as a function of the critical load Pc for Fe-C binary alloys with various carbon contents14).

2.2 Fe中におけるSiの影響

鉄や鋼の力学特性に対するSi添加の影響は,炭化物安定性などの組織制御を通じた論点16,17に加えて,転位組織のすべり面制限18-21が以前より指摘されている.いずれも,Si原子が単独で直接的に寄与するモデルとは考えにくく,したがって力学挙動との関係は不明な点が多い.近年,固溶Siがbcc鉄中のらせん転位に対するパイエルス応力を低下させることが第一原理計算によって示され,マクロなCRSSの実験値と一致することが報告されている22.さらに理解を進めるためには,マクロ力学挙動の素過程である転位運動に対するSiの影響を実験的に明確化することが重要な課題である.この課題に対して,種々のSi量を添加したFe-Si合金に対してナノインデンテーション試験を行い,塑性変形開始挙動とSi量の関係などについて明らかにした23Fig. 3(a)は,3種類のSi量(1.8 at%, 5.5 at%, 9.3 at%)とIF鋼に対して各数100点の測定で得られたpop-in荷重Pcと変位Δhの関係である.実線は,試料ごとにべき乗関数24でfitした結果である.Si量の上昇とともに,係数が上昇する傾向,すなわち同一のPcレベルにおいてΔhが減少する傾向が見られる.これについては,次の図でさらに考察する.Fig. 3(b)は,Hertzモデルを用いてPcから圧子下の最大せん断応力τpを算出し,その累積確率fをプロットしたものである.また,これを熱活性化モデル25に近似して活性化体積を求め,Si量に対してプロットしたものがFig. 3(c)である.Fig. 3(b)より,τpの平均値はIF鋼に対してFe-Si合金において大きく上昇するものの,Si量に対する依存性は本研究の濃度範囲では強く現れない.Pop-inの素過程を転位ループの生成と考えると,1.8 at%程度の濃度でその寄与が飽和することを想起させる.一方,Fig. 3(c)の活性化体積はIF鋼と1.8 at%で大きく変化しない.このことは,τpを上昇させる固溶Siの働きとして,活性化エネルギーの上昇による機構が支配因子の1つと考察される.また,9.3 at%で活性化体積が大きく上昇する理由については,8 at%以上のSi量において交差すべりの抑制が顕著になること18が関係していると考察されるが,さらなる詳細の解明は今後の課題である.熱活性化過程の詳細をさらに理解するためには,高温での測定などが有効な方法であろう.次に,Δhに対するSiの効果を考察する.Fig. 3(a)で述べたように,Si量の上昇に伴って同一のPcレベルにおいてΔhが減少する.これを変形後の転位組織から考察するため,圧痕下の断面TEM観察を行った.Fig. 4は,IF鋼および9.3 at%Siの(a)荷重―変位曲線とそれぞれの曲線に対応する圧痕断面TEM像である.pop-in発生時の転位組織を可能な限り保存するため,pop-in発生直後に除荷を開始した.また,両試料を厳密に同一のPc値で比較することが理想であるが,確率過程であるために制御ができない.したがって,多くの測定結果の中から同程度のPc値を選択して比較した.Fig. 3(a)の傾向と同様に,9.3 at%Si材(赤色)のΔhがIF鋼(黒色)よりも極端に小さな値を示している.断面TEM写真には,表面に形成された圧痕(矢印)とその直下の転位組織が観察される.観察される圧痕の深さとFig. 4(a)の除荷後の深さがほぼ一致することから,TEM試料の薄片は圧痕の最深部付近を含んでいると判断される.圧痕下に観察される転位組織は,圧痕位置からやや深い位置を中心とする半円状(3次元的には半球状)に拡がっており,おおよその大きさ・形状を赤破線で図中に示した.9.3 at%Si材の転位組織の広がりがIF鋼に比較して小さく,Δhの大小関係と定性的に一致する.弾性定数はSi量に対してほぼ変化しないため,同一のPcにおける弾性ひずみエネルギー,すなわち転位運動の駆動力は同じと考えられる.固溶Siを含む場合,すべり面上の摩擦力が上昇するために転位の運動エネルギーの減衰がより顕著になり,易動度が低下して到達距離が短くなると考察される.Pop-in現象の際には,圧子直下の領域から連続的に転位が射出すると考えられるが,先頭転位の到達距離が短いために射出点に働くバックストレスが大きくなり,その結果,後続転位の数が抑制されると推測される.Δhは試料表面の最大変位量であるため,射出転位の数に比例するモデル26に基づくと転位組織の大きさとの関係を合理的に説明可能である.一方,本節の冒頭で述べたすべり面制限の影響については,TEMで観察された転位密度が高いためにすべり面の特定が困難であったため解明には至らなかった.圧子直下では複数のすべり系が活性化されると考えられることから15,すべり面が制限される場合は交差すべりによる障害物の回避が困難になり,転位間相互作用が強く働いて転位の移動距離が短くなるとする仮説が成り立つ.機構のさらなる詳細解明は,今後の課題である.

Fig. 3

(a) Relation between the pop-in load Pc and magnitude of displacement burst Δh for each sample. (b) Cumulative probability f of onset shear stress for plastic deformation τp calculated from the pop-in load Pc in each sample. (c) Activation volume v* of the samples for the dislocation nucleation at the pop-in normalized by b3 23).

Fig. 4

(a) Load-displacement curves of the samples subjected to STEM observation. Cross-sectional STEM image of (b) IF and (c) Fe-9.3 at%Si samples after the pop-in23).

3. 異相界面の影響

異相界面は,結晶粒界と同様に重要な面欠陥と理解されており,マクロ力学挙動との関係解明が待たれる課題である.粒界における幾何学的な自由度に加えて,隣接する異相の構造や材料の組み合わせ数は膨大であり,一般化した議論が難しい.最も重要な因子の1つは,界面の整合性である.析出・分散強化の機構モデルでは,整合性が転位の運動に与える影響からマクロ挙動を説明することができる.これに加えて,界面近傍の局所的な力学挙動を実測することができれば,これらの機構モデルのさらなる精緻化が期待できる.また,異相間における弾性定数や塑性変形能の差異も大きな影響を与えると推測されるが,これについては主に連続体ベースの混合則で扱われるような平均化モデルが多用されており,局所的な拘束効果などの議論は進んでいない.これらの課題に対して,鉄鋼材料中の典型的な構成相であるフェライト,オーステナイト,セメンタイトおよびマルテンサイトの異相界面に対して著者らが行った局所力学解析の例を以下に述べる.

3.1 パーライト鋼のマクロ降伏挙動とフェライト―セメンタイト界面近傍の局所力学挙動

パーライト鋼におけるマクロ降伏挙動は,フェライト(α)-セメンタイト(θ)組織の形態に依存して連続降伏と不連続降伏を示す場合がある.冷間圧延―再結晶に伴ってセメンタイトが球状化した場合は不連続降伏を示すのに対し,フェライト相の再結晶を伴わずに球状化した場合は連続降伏を示す.すなわち,マクロ降伏挙動はセメンタイトの形態に単純に依存するわけではない.形態の他に考慮すべき因子として,界面の整合性に着目する.再結晶後はα―θ界面に特定の方位関係が存在しない非整合界面であるのに対し,再結晶を伴わない球状化のみの場合は部分的に特定の関係が保持されている半整合界面である27.この界面の整合性の違いが局所力学特性に及ぼす影響を明らかにするため,界面近傍のナノインデンテーション測定を行った27Fig. 5は,球状化材(SA)および再結晶材(RA)の(a)α結晶粒内と(b)α―θ界面の荷重―変位曲線である.Fig. 5(a)のフェライト粒内においては,両材ともに15-20 µNの位置で明確なひずみバースト(pop-in現象)が観察される.Pop-in現象は,Hertzの接触理論モデルに従う弾性変形から弾塑性変形へ移行する塑性変形開始挙動と理解されており,この臨界荷重をpop-in荷重Pcと定義する28Fig. 5(b)のα―θ界面近傍では,RA材にのみpop-inが発現しておりSA材では5 µN程度の比較的低い荷重でHertz曲線から逸脱が観察される.SA材では明瞭なpop-inが起きていないが,Hertz曲線からの逸脱点を塑性変形開始と判断し,同様にPcとして整理する.Fig. 6は,SA材およびRA材におけるPcの値をα―θ界面から距離に対してプロットしたのものである.界面からの距離Lは,図中に挿入したSPM上に示すように試料表面上の圧痕位置から界面までの最短距離とした.SA材の界面近傍にのみ比較的低いPc値が観察され,その他のケースでは距離に依存せず15-20 µNの荷重範囲に存在している.これはα―θ半整合界面近傍でのみ塑性変形の開始荷重(応力)が低いことを意味する.半整合界面では,α―θ両相の格子定数の違いによるミスフィットひずみが存在しており,局所的な内部応力が存在すると考えられる.この内部応力は圧入外力をアシストする可能性があり,例えば界面からの転位射出を促すなどの機構によってより低い外力下で塑性変形が開始するものと考察される.これにより,α―θ半整合界面が有効な転位源となってより低い外力下で塑性変形が開始されるために,マクロな応力―ひずみ曲線状に連続的な降伏挙動が現れると推量される.非整合界面の場合は,内部応力のアシストがないためにより高い外力が必要であるが,一旦その応力に達するとα―θ界面やα―α結晶粒界などが転位源となって転位密度が急上昇するため,不連続降伏挙動を示すものと考えられる.

Fig. 5

Examples of the load-displacement curves for (a) grain interior and (b) near interface. The calculated Hertz curves and the determined critical load Pc are depicted27).

Fig. 6

The critical load Pc as a function of the distance between the center of the indent and the interface. An SPM image of the sample surface after indentation measurements is shown in the inset. Note that error bar was calculated by relative standard deviation27).

3.2 ひずみ誘起マルテンサイト変態に対する界面の影響

TRIP(Transformation Induced plasticity)鋼におけるγ相の安定性には,粒径,外力に対する結晶方位,固溶元素濃度などが影響することが知られている.いずれもバルク試料における実験結果に基づく知見であるが,一方でγ相から生成するマルテンサイト相の典型的なサイズは数µm以下であるため,より精緻に安定化因子を定量化するためにはマルテンサイト相のサイズに近い微小領域の力学挙動を実測する必要がある.特に粒径などの組織因子に関しては,粒径が主因子なのか粒界からの距離などの幾何学因子がより本質的な因子であるのかを明確化することが素過程解明に重要である.この課題に対して,ナノインデンテーション測定をFe-Ni合金に応用して異相界面や粒界などがγ相の安定化に及ぼす影響を実験的に明らかにした29.試料は,Fe-27Ni合金をベースにγ単相の均質化材(Fe-27Ni-H)およびサブゼロ処理を行ったγ―α′の2相材(Fe-27Ni-S)を用いた.比較のため,よりγ相が安定なFe-30Ni材を参照材とした.Fig. 7は,第1報のFig. 3で述べたP/h-hプロットを(a)Fe-27Ni-Hの粒内,(b)Fe-27Ni-Hのγ/γ粒界,(c)Fe-27Ni-Sのγ/α′界面,および(d)Fe-30Ni材の粒内の4ケースについて典型的な例を示したものである.γが安定なFig. 7(d)では,プロットの傾きがほぼ一定であるのに対し,Fig. 7(a)-Fig. 7(c)では途中に折れ曲がり点が現れ,変形の後半でその値がより高い.変形開始から折れ曲がり点までをステージI,折れ曲がり点以降をステージIIと呼称する.TEM観察などの結果よりステージIの段階で圧痕下にα′が観察されることから,ひずみ誘起マルテンサイト変態がこのステージにおける主な変形機構と判断される.ステージIIは,その傾きがα′の粒内の値に近いことから,ひずみ誘起で変態したマルテンサイト相がさらに転位すべりによる塑性変形を起こした過程であると推測される.したがって,この折れ曲がり点はマルテンサイト変態からα′の塑性変形に遷移した点と考えられ,この荷重をPtと呼称する.ステージIの傾きαの値は,Fig. 7(a)で最も小さくFig. 7(c)で最も大きい.また,Ptの値も同様の傾向を示す.これらをまとめたものがFig. 8である.横軸の並びは,左がγ/α′界面,中央がγ/γ粒界,右がγ粒内である.緑マークはステージIのスロープαを左Y軸に対して,赤マークはPtを右Y軸に対してプロットしたものである.(青マークはFe-30Niの参考値).測定位置に対する傾向は,スロープαとPtともに右下がりを示す.これら2つの指標は,値が高いほどマルテンサイト変態に対する抵抗が高い,すなわちγが安定であることを意味しており,γ/α′界面で最も高くγ粒内で最も低い.異相界面や粒界近傍でγがより安定化することは,界面からの拘束などの力学的な因子が働いていることを示唆する.さらに,隣接粒がγより硬いα′である場合により高い値を示すことは,隣接粒の塑性変形能が粒界による拘束効果の一因であると判断される.同様の解析をFe-C鋼のγ―α′2相組織材に対して行った結果,γの粒径が小さいほどγは安定になる傾向が得られた30.これらの結果から,γの安定化に寄与する粒径効果の素過程は,界面からのひずみ拘束によってマルテンサイト変態を抑制する機構が深く関与していると考察される.

Fig. 7

Typical P/h vs. h plots for (a) γ grain interior in the Fe-27Ni-H, (b) γ/γ grain boundary in the Fe-27Ni-H, and (c) γ/α′ interface in the Fe-27Ni-S. All the plots exhibit the two stages of I (yellow) and II (green) during plastic deformation. Slope a in stage I corresponds to a resistance to martensitic transformation, and the critical load Pt corresponds to the transition from stage I to stage II, namely the end of martensitic transformation. (d) Typical P/h vs. h plot for γ grain interior in Fe-30Ni.29)

Fig. 8

Plot of average values of a in stage I and Pt for metastable γ in Fe-27Ni-H and Fe-27Ni-S, and a in plastic deformation stage for stable γ in Fe-30Ni, where γ grain interior, γ/γ grain boundary, and γ/α′ interface are indicated by rectangles, circles, and rhombi, respectively. Error bars are calculated based on standard deviation for total data in each case.29)

4. その他の格子欠陥の影響

微小領域の力学挙動解析は,対象組織が微細・複雑であるほどその威力を発揮する.実用材料の多くは,複雑な組織の階層構造で構成されているため,特にミクロンオーダーよりも小さな構成組織における個々の力学特性は,積み上げ型の機構モデルでマクロ特性を議論する際には欠かせない知見である.また,さらに微小なスケールにおける挙動解析にもアプローチが進んでいる.冒頭で述べたように,無欠陥に近い領域からの転位生成を素過程とする塑性変形の開始挙動は,未踏課題である降伏現象の発現起源に迫る課題であり,実用上においても重要である.また,頻繁に観察される不安定塑性現象は,極めて本質的ながらほとんど解明が進んでない.以下の最終節では,これらの課題に対して応用した例を紹介する.

4.1 調和組織材料における種々の粒界の影響

降伏強度と延性のバランス向上は,構造材料の最も主要な課題の1つである.これを実現する材料の1つとして,微細粒と粗大粒を混合させる粒径モーダル制御が組織制御における大きなトレンドになっている.なかでも,調和組織材料と呼ばれる材料は,ネットワーク状の微細粒組織(shell領域)とその間に存在する粗大粒(core領域)からなる材料で,優れた強度―延性バランスを示すことが示されている31,32.不均一組織であることから,外力に対するひずみ応答も不均一と考えられるが,その微細で複雑な組織と局所的な力学挙動の関係は不明である.多様な組織に依存した微視的変形機構が明らかになれば,その優れたマクロ機械的特性の発現機構がより精緻に明らかになると期待される.この課題に対して,ナノインデンテーションを応用してshellおよびcore領域とそれらの界面や粒界に着目して局所力学挙動を評価した.試料は,SUS304Lステンレス鋼33および純Cu34である.Fig. 9は,SUS304L材の結晶粒内で測定されるP-h曲線の典型例である.Fig. 9(a)はshell領域,Fig. 9(b)はcore領域を示す.圧痕を含む試料表面のSPM像をそれぞれの図内左上に示す.shell領域では粒径がおよそ2 µm,core領域では10 µm弱であり,500 nm程度の圧痕は粒内の中心位置に確認できる.粒径が小さなshell領域においても,圧痕サイズは粒径よりも十分に小さいと判断され,この測定条件においてはいずれの領域も粒界の影響を無視できる粒内の変形抵抗を抽出して測定されている.これによって,粒内と粒界の変形抵抗をスケールで分離して強化因子を解析することが可能である35,36.まず粒内の変形抵抗を比較すると,core領域でより高いことがわかった.TEM観察の結果,core領域では初期転位密度がshellよりも高いため,強い転位間相互作用によってcoreの粒内がより硬い値を示すと考察した.一方,粒界を含むマクロなビッカース硬さ測定では,shell領域の方が高い値を示した.これは,shell領域における結晶粒微細化強化と考えられる.Hall-Petch型の強化機構を仮定し,shell領域およびcore領域における疑似的なHall-PetchプロットをFig. 10に示す.ナノインデンテーションによる粒内硬さは,粒界の影響を受けない強度すなわち粒径無限大の強度に準えるのでy切片上にプロットする.ビッカース硬さは,測定位置における粒径をEBSDで事前に測定して横軸の値とした.その結果,Fig. 10に示すようにHall-Petch係数はshellでより高い結果を示した.これは,shell領域の粒界がより強い変形抵抗を示すことを意味する.shell領域の粒界近傍では,EBSD-KAMで測定される局所ひずみがより高いことが判明しており,これが転位のすべり運動への抵抗もしくは粒界からの転位射出を妨げる働きを持つと考えられ,変形抵抗が高くなる理由と考察した.さらに,調和組織材料に対してマクロな引張変形を加えた際の変形組織発展とそれに伴う力学応答の変化を純Cuを用いて解析した.Fig. 11は,種々の引張ひずみにおけるShell-Core界面近傍におけるひずみ分布とナノインデンテーション硬さを示す.Fig. 11(a)は,SEM-EBSDとKAMによるひずみ分布を示している.AからCは引張破断後の平行部における位置の違いを示しており,AからCにかけて肩部から破断位置に近い位置,すなわち塑性ひずみが高くなっている.左端は,引張変形前の結果である.上段は,粒径で判別されたshell領域とcore領域をそれぞれ緑,赤で示しており,core領域に観察される黒い点は圧痕を示している.下段は同一観察視野のKAM分布を示しており,結晶方位差をカラースケールで示している.左から右へマクロひずみが大きくなるほどKAM値すなわち局所的な塑性ひずみが大きくなる傾向が観察される.Fig. 11(b)は,4つの領域におけるナノインデンテーション硬さをshell-core境界からの距離に対してプロットしたものである.三角形で示される引張前の条件では距離によらず一定の硬さ値を示すのに対し,AからCでは粒界に近いほど硬さが高い傾向が見られる.KAMで測定される局所塑性ひずみが転位密度と相関があると仮定すると,shell-core境界に近いほど転位密度が高いためにナノインデンテーション硬さが高くなるものと考えられる.この傾向をマクロ引張ひずみに対してより明確化するため,Fig. 11(b)中の最も粒界から遠い位置の硬さに対する比,すなわちひずみ勾配をプロットしたものがFig. 11(c)である.Aのマクロ引張ひずみ条件において距離の依存性が最も高く,マクロひずみが上昇するとひずみ勾配が小さくなることがわかる.これは,マクロ変形初期においてはshell-core境界から塑性変形が開始され,それが徐々にcore粒内に広がっていく変形組織のひずみ発展を示唆する.shell-core境界のさらに詳細なKAM分布において,core-core粒界よりもshell-core境界でより値が高いことが明らかになった.これは,shell-core境界が有効な転位源として働くことによって塑性変形を誘発していることを示唆する.

Fig. 9

Load-displacement (P-h) curves for (a) shell and (b) core grain interior. Data “with pop-in” and “without pop-in” behavior were plotted, and the critical load was labelled as Pc on each figure. Scanning probe microscopy (SPM) images showing the indentation marks on the (c) shell and (d) core grain interiors. Black arrow indicates grain boundary33).

Fig. 10

The Hall-Petch plot for SUS304L stainless steel with the Hall-Petch coefficient, k, for shell and core regions33).

Fig. 11

(a) IQ maps overlaid on the grain size (top) and KAM (bottom) maps with a 0.2 µm step size at the nanoindentation area of the pre- and post-tensile-test samples. The arrayed dots represent the nanoindentation marks. (b) Nanohardness of the pre-tensile-test sample and three positions on the post-tensile-test sample plotted as a function of the distance from shell-core boundary. (c) Normalized KAM as a function of distance from the shell-core boundary34).

4.2 pop-in現象の素過程モデリング

前述の圧入変形の負荷過程におけるひずみバースト現象は,pop-inと称される間欠的な不安定塑性現象と理解されている37.塑性現象の最も基本的な素過程の1つと考えられることから,格子欠陥の影響などの明確化が重要とされている.Fig. 12は,純Fe単結晶における典型的なP-h曲線である.Pop-in現象は,2つのタイプに大別される.より一般的な挙動としては,圧入開始より続く弾性変形から急激に大きなひずみを発生する挙動(黒矢印)と,それに引き続いて起こる小規模で複数のバースト現象(赤矢印)である.前者を1st pop-in,後者を2nd以降pop-inと呼称する.1st pop-inは,発現までの荷重―変位曲線が弾性変形を表すHertz曲線によく一致することから,塑性変形の開始点と理解されている.1st pop-inが起こる荷重PcとHertzモデルより,圧子下における最大せん断応力は理想強度に達すると見積もられることから,完全結晶からの転位生成が素過程と考えられている12.一方,2nd以降pop-inについては,研究例が圧倒的に少ない.その理由は,Fig. 12の挿入図に示すように,ひずみバーストの大きさが実験的な測定限界に近い1 nm程度と小さいために変位を定量的に測定することが難しいためである.筆者らは,統計的なアプローチによって実験ノイズなどのエラーと区別することに成功し,物理モデルの検討を行った15Fig. 13は,各pop-in現象のイベント規模を応力降下Δσで表し,その確率密度分布をプロットしたものである.1stが青丸,2nd以降が赤三角である.1stは,応力域が比較的に高い領域に分布し,ガウス分布的な形状を示す.これは,転位生成の素過程が熱活性化過程であるとするモデル25と定性的に一致する.一方の2nd以降は,1stとは全く異なる分布関数を示す.すなわち,ほぼ単調な右下がりであり,これはべき乗則に近い.べき乗則は破壊などのカタストロフィー現象で多く観察されるモデルの1つで,スケールフリーのフラクタル性をも持つ現象をよく表現できる.これを圧入変形における素過程で考察すると,1st pop-inで導入された大量の転位が再活動する過程と考えられる.その際,1stとは異なって既存転位が多いために,1つの転位のすべりが開始されるとその前方の転位を次々と活性化してなだれ現象を引き起こす.なだれ現象は典型的な不安定現象であり,べき乗則に従うモデルが最もリーズナブルと判断される.このことは,単独の転位運動モデルでは表現できない現象が塑性変形の重要な素過程であることを示唆している.この間欠塑性はfccなどの他の結晶構造金属でも多く観察される現象であり,一般的な塑性現象のモデルとして今後も理解の進化が求められる.例えば,フラクタル次元に対応するべき指数やイベントの最大値などの特徴量がどのような因子と関係するかなどは非常に興味深い.一方で,不安定塑性現象の微視的素過程モデルの構築は容易でなく,計算科学と実験の連携などの総力的なアプローチが望まれる.

Fig. 12

Typical indentation load (P) vs. displacement (h) curve for the (100) surface of BCC Fe single crystal, showing the first, second, and subsequent pop-ins during the loading segments15).

Fig. 13

Probability distributions of first pop-in and second and subsequent pop-ins magnitudes as a function of the stress drop Δσ (Pa) for the (100) surfaces of BCC Fe obtained by equal-width binning (5.0 × 108 Pa for first pop-in and 1.0 × 107 Pa for second and subsequent pop-ins)15).

4.3 アモルファス金属における局所領域の変形挙動

長周期格子構造を持たないアモルファス金属は,結晶金属とは異なる局所領域の変形挙動を示す.結晶金属で見られる転位は周期格子構造に由来するものであり,アモルファス金属においてどのような塑性変形の素過程が存在するのか,長年にわたり議論が行われてきた38.アモルファス金属の局所変形のモデルとして,Shear Transformation Zone(STZ)と呼ばれる∼1 nm3の原子領域での変形が提案されており39,40,これに基づいた実験結果の理解と原子シミュレーションによるSTZの研究が行われている.アモルファス金属では回折を利用した構造と局所変形の詳細な直接観察は簡単ではなく,原子シミュレーションによる構造と変形の解析が有効な手段となる.アモルファス金属の構造については隣接原子程度の短距離秩序とそれ以上の空間スケールにおよぶ中距離秩序の存在がMD研究を中心に議論されてきた41.またアモルファス金属は巨視的には均質・等方的であるが,ナノメートルスケールでは不均質であることを示唆する実験結果が報告されている42.アモルファス金属のMDモデルにおいてもナノメートルスケールで構造の不均質性が存在し,変形の際にはこの不均質性に対応して初期の塑性変形領域が分布していることが報告されている43Fig. 14参照).このような原子スケールの変形機構に対して,それより大きな空間スケールで生じるせん断帯と呼ばれる変形が帯状に局在化した領域についても多くの研究が行われている.常温でのアモルファス金属の変形は大きな塑性変形能を示さず,せん断帯領域に変形が局在化して破壊が生じることが知られている.このためせん断帯の発生と進展を制御することが,アモルファス金属の常温での変形能,破壊特性を改善するために重要となる.せん断帯に関して複数のMD研究が行われており,せん断帯の構造,発生機構,そして進展メカニズムについて原子論に基づく知見が得られている44-46.アモルファス金属は準安定状態であり,密度やエネルギーは熱的プロセスで生じる構造緩和によって変化する.前述の変形挙動と力学特性もアモルファス金属構造の緩和の程度に影響を受けることが知られており,近年では構造をより未緩和にすることで力学特性の改善を目指す取り組みも行われている47.アモルファス金属では転位論のバーガースベクトルに相当する明確な塑性変形の単位を定義することが困難であり,塑性変形の厳格な力学モデルの構築は容易ではない.これに対して統計的な手段を用いた変形機構理解の取り組みが行われており,上記4.2節で述べた塑性変形のべき的な振る舞いがアモルファス金属変形のMD解析でも観察されている.べき乗則などの力学モデルの活用が,結晶金属,アモルファス金属によらない,局所領域の力学挙動を理解するための1つのアプローチになると考える48

Fig. 14

(a) Distribution of local geometrical structure in MD model and (b) atomic displacement under 3% MD shear simulation43). White circles show significant local deformation regions.

5. おわりに

第1報に続いて,微小力学挙動の実験解析やMDシミュレーションによるモデリングを種々の金属材料に応用した例を紹介した.固溶元素,異相界面などのextrinsicな組織因子のみならず,intrinsicな変形抵抗である原子間の摩擦などの極めて局所的な挙動に対しても,微小力学解析のアプローチは新しい知見を示すことができる点を述べた.これらの取り組みで明らかにされた中で最も重要な点の1つは,材料内の組織因子はあらゆるスケールで不均一性を持っており,従来の平均化モデルでは正しく表現しきれない現象が多いことである.例えば,転位なだれのモデルでは,不安定塑性現象が塑性ひずみの大部を担う可能性を示した.しかし,どのような条件がトリガーとなるのか,イベントの規模を支配する因子は何か,材料内のどこで優先的に起きるのか,などのマクロ塑性現象を理解・記述する上で必要な機構がほとんど不明のままである.本稿で紹介した実験および計算解析は,力学定量と素過程モデリングに大きな威力を発揮すると考えられ,地道なケーススタディの積み重ねを継続することが肝要である.

文献
 
© 2023 (公社)日本金属学会
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