2023 Volume 87 Issue 4 Pages 139-147
The influence of oxide seed layers on the magnetic properties and crystalline structures of hcp-Co80Pt20 perpendicular magnetic thin films were investigated for magneto-optical chemical and biological sensing system. Cr-O, Al-doped ZnO (AZO) and Al2O3 films were used as the oxide seed layers. The Cr-O layer was most effective to improve the perpendicular magnetic properties of Co-Pt. The Cr-O seed layer produced the largest values of the interfacial perpendicular magnetic anisotropy (KS) and perpendicular magnetocrystalline anisotropy (KV). The investigation in the crystalline and chemical bonding conditions suggested that the both perpendicular magnetic anisotropies were originated from the interaction of Co and oxide at the Co-Pt/Cr-O interface. The improvements of KS and KV on the Cr-O seed layer are attributed to the hybridization of Co-3d and O-2p orbits and the hcp(001)-CoPt crystal growth with self-orientation, respectively. We also demonstrated the magneto-optical cavity effect on the Co-Pt perpendicular magnetic stacked films with the Cr-O intermediate layer. The stacked films indicated a large magneto-optical response by optical interference and good perpendicular magnetic properties with an ideal square shaped hysteresis loop.
六方晶(hcp)-CoPt系磁性薄膜は,室温成膜にて良好な垂直磁気特性が実現できることから,ハードディスクの記録媒体として実用化されている1).これに対して我々は,hcp-Co80Pt20垂直磁化膜の新たな応用展開を目指して,磁気光学効果を利用した光検知式バイオ化学センサに関する研究開発を進めている.光学干渉(キャビティ効果)あるいは表面プラズモン共鳴による磁気光学特性の増大2,3),ならびに,水素ガスセンサなどへの応用について報告している3,4).
ここで,ハードディスクにおいて高い記録密度を実現するためには,良好な垂直磁気特性と微粒子構造とを両立する磁気記録媒体が必要であり,下地層に関する材料開発も重要となる.Co-Pt磁性膜を記録媒体として用いる場合には,一般に,Ru薄膜が下地層として用いられる.直径が数nmのc面配向hcp-Ru微粒子上に,酸化物を添加したCo-Pt薄膜を成膜することで,高いc軸結晶配向を持ったグラニュラー型の垂直磁気記録媒体が実現されている5,6).
一方,磁気光学効果を用いる光検知式センサにおいては,磁性薄膜を酸化物などの誘電体膜と積層化することで,磁気光学特性の改善/制御を行う.検知信号の安定性や駆動電力の低減の観点からは,良好な磁気特性を実現する必要がある.しかし,Co-Pt積層膜で構成された磁気光学式センサにおいて,Ru金属膜を用いて磁気特性の改善を図ろうとした場合,Ruが強い光学吸収を有するため7),計測光の大きな減衰を招いてしまう.また,光学干渉や表面プラズモン共鳴を利用して磁気光学特性の増強を図る場合には,検知素子を構成する誘電体膜の光学特性に加えて,積層膜の表面・界面での平坦性や膜厚の均一性も重要となる.光学干渉を用いたセンサシステムでは,積層膜の各層の厚さをサブナノメートルの精度で制御する必要がある2,8).
本研究では,hcp-Co80Pt20垂直磁化膜を用いた磁気光学式バイオ化学センサの実現を最終的な目標として,検知素子への利用に適した酸化物誘電体膜の開発を目的として検討を行った.特に,3種類の酸化物シード層:Cr-O, Al-doped ZnO(AZO), Al2O3が,Co-Pt膜の磁気特性および膜構造に与える影響について調査したので報告する.ここで,Cr酸化物,特に(001)配向を有するαコランダム型Cr2O3反強磁性膜は,高い垂直交換バイアスによって,Pt/Co積層膜に大きな垂直磁気異方性を実現できることが報告されている9).一般に,α-Cr2O3(001)薄膜の作製には,単結晶基板を用いた高温成膜が必要であるが,本研究では,製品応用を想定して,ガラス基板上での室温成膜にて作製した結果について報告する.また,六方晶系のウルツ鉱型結晶構造を有するZnO薄膜では,室温でのスパッタ成膜によってアモルファス基板上にて,高いc軸結晶配向が比較的容易に得られることが知られている.AZO薄膜をシード層として用いることで,hcp(001)-Co80Pt20のエピタキシャル成長が期待できる.一方,Al2O3薄膜については,光学デバイスの観点から選択した.化学的な安定性が高く,光学レンズの反射防止膜などに用いられており,光検知式センサにおいても,高い光学特性が期待できる.
さらに本研究では,Co-PtおよびCr-O膜を用いることで,良好な垂直磁気特性と大きな磁気光学効果とを両立する「磁気光学キャビティ素子」についても紹介する.磁気光学式バイオ化学センサの検知素子として,Co-Pt垂直磁化膜で構成されたキャビティ素子を用いた場合の特徴とともに後述する.
試料は,多元マグネトロンスパッタ法を用いて,ガラス基板あるいは熱酸化Si基板上に室温にて作製した.到達真空度は1 × 10−5 Pa以下,成膜ガス圧は0.2 Paあるいは0.5 Paとした.膜構成は,【表面保護層/Co-Pt磁性層/酸化物シード層】/基板であり,表面保護層には厚さが5 nmのSi3N4膜を用いた.Co-Pt膜は,Co80Pt20(at%)スパッタターゲットを用いて純Arガスによって成膜した.酸化物シード層は,Cr-O,AZO,Al2O3の3種類であり,AZOおよびAl2O3膜は,純Arガスにて,Al2O3[0.1]-ZnO[99.9](mass%)ターゲットおよびAl2O3ターゲットを用いてそれぞれ成膜した.なお,微量のAl2O3を添加したZnOターゲットを用いてAZO膜を作製したのは,DCスパッタ法による成膜が目的である.一方,Cr-O膜は,純Crターゲットを用いて,Ar+酸素混合ガスにて流量比を変えて成膜した.磁気特性の測定には,振動試料型磁力計(VSM)および分光式磁気特性(極Kerr効果)評価装置を用いた.膜構造および化学状態は,膜面垂直(Out-of-plane)および面内(In-plane)X線回折装置,原子間力顕微鏡(AFM),ならびに,X線光電子分光装置(XPS)によって評価した.さらに,磁気光学式センサへの応用を想定して,【磁気ハーフミラー層/誘電体光干渉層/金属全反射層】で構成された磁性積層膜「磁気光学キャビティ素子」の磁気光学特性についても評価を行った.
3種類の酸化物シード層:Cr-O, AZO, Al2O3上に作製したCo-Pt膜の垂直磁気特性をFig. 1に示す.ガラス基板に厚さが30 nmの酸化物シード層を形成し,その後,厚さが14.9 nmのCo-Pt膜を成膜した.Cr-Oシード層については,Ar+酸素混合ガス:O2/(Ar + O2) = 30%にて成膜した.極Kerr測定によるCo-Pt膜の磁気特性は,シード層の種類によって大きく異なっており,特に,Cr-Oシード層を用いることで,良好な垂直磁化膜が得られることがわかる.
Magneto-optical polar Kerr loops for Co-Pt stacked films with oxide seed layers of Cr-O (red solid line), AZO (blue dashed line) and Al2O3 (black dotted line). The thicknesses of Co-Pt and oxide seed layers were 14.9 nm and 30 nm, respectively. The Kerr rotation angles (θK) were normalized by the saturation Kerr angle (θS) of each sample, and all hysteresis loops were measured at a wavelength of 400 nm.
酸化物シード層が,Co-Pt膜の磁気特性に与える影響について調査するため,Co-Ptの膜厚(dmag.)を変化させたときの飽和磁化(Ms),および,垂直磁気異方性について評価を行った.Fig. 2は,熱酸化Si基板上に作製した試料について,膜面垂直および面内VSM測定から算出した結果である.各層の厚さはFig. 1で示した試料と同じであり,ガラス基板を用いた場合とで極Kerr測定の結果に大きな違いは見られなかった.Fig. 2(a)およびFig. 2(b)は,それぞれ,飽和磁場(Hs)での磁気モーメント(M)の膜厚依存性:M (Hs) × dmag. vs dmag.,および,磁気異方性エネルギー(Keff)の膜厚依存性:Keff × dmag. vs dmag.を示している.両図面において,各プロットの傾きがMsおよびKeffを表しており,直線近似で説明可能であることがわかる.これらの傾きが一定であることから,Co-Pt膜の磁気特性は,成長初期から表層部まで均一であると考えられる.つまり,各シード層上に作製したCo-Pt膜は,膜成長にともなって途中で磁気状態が変わるような,組成あるいは結晶構造の大きな変化はないことが示唆される.特に,Fig. 2(a)のM (Hs) × dmag. vs dmag.特性では,すべての試料が同一直線上にあることから,Msは酸化物シード層の種類には依存しないことがわかる.
Dependences of Co-Pt thickness (dmag.) on perpendicular magnetic properties for stacked films with oxide seed layers of Cr-O (red), AZO (blue) and Al2O3 (green). The samples were deposited on Si substrate with a 150 nm thick thermal oxidized surface layer. (a) Magnetization (M) and (b) perpendicular magnetic anisotropy (Keff) were obtained from the VSM measurements.
ここで,磁化の膜厚依存性について,以下の式を仮定することで,x軸との切片から,Co-Pt膜中の磁化消失領域の厚さ(δ)を評価することができる.
\begin{equation} M(H_{\text{s}}) \times d_{\text{mag.}} = M_{\text{s}} \times (d_{\text{mag.}} - \delta) \end{equation} | (1) |
一方,Fig. 2(b)に示すKeff × dmag. vs dmag.特性においては,酸化物シード層によって明瞭な違いが確認でき,Co-Pt膜の磁気異方性が異なっていることがわかる.ここで,Keffは,膜面垂直方向と面内方向の磁化曲線の面積差から算出した値であり,反磁界の影響を考慮しない実効的な垂直磁気異方性エネルギーを示している.一般に,磁性薄膜の磁気異方性は,結晶構造に依存する結晶磁気異方性エネルギー(Kv)と,積層界面で生じる界面磁気異方性エネルギー(Ks)を用いて,以下の式で表すことができる.
\begin{equation} K_{\text{eff}} \times d_{\text{mag.}} = K_{\text{S}} + K_{\text{V}} \times d_{\text{mag.}} \end{equation} | (2) |
酸化物シード層が,結晶磁気異方性,すなわちCo-Pt膜の結晶構造に与える影響について調査を行った.Fig. 3(a)は,Fig. 1で示した3種類のシード層の試料について,膜面垂直方向(Out-of-plane)のXRD測定の結果を示している.すべての試料において,2θ = 43°近傍にてhcp(002)-CoPtに起因する回折ピークが確認できるが,Al2O3シード層では,ブロードな回折パターンとなっている.また,AZOシード層の試料では,2θ = 34.5°近傍に六方晶ウルツ鉱型結晶構造に起因するZnO回折ピークも確認できる.Table 2に,Co-Ptからの回折強度(ICoPt),面間隔(dCoPt),および,ロッキングカーブの半値幅(Δω)を,Keffとともに示す.Cr-Oシード層では,回折強度が最も大きく,またロッキングカーブの半値幅も小さくなっており,良質な結晶構造を持ったCo-Pt膜が実現できていることがわかる.このとき,Co-Ptの格子面間隔は,過去に報告されているhcp(002)-Co80Pt20の面間隔:0.2095 nmに最も近い値であった10).
Crystalline structures for Co-Pt stacked films with oxide seed layers of Cr-O (red), AZO (blue) and Al2O3 (green). (a) Out-of-plane and (b) in-plane XRD profiles for Co-Pt stacked films shown in Fig. 1. On the out-of-plane, hcp(002)-CoPt peaks are observed around 2θ = 43° for all samples. The Cr-O and AZO samples indicate hcp(100)-CoPt and hcp(110)-CoPt diffractions around 2θ = 40° and 73° in the in-plane profiles.
Cr-OおよびAZOシード層の試料について,膜面内方向(In-plane)のXRD測定を行った.Fig. 3(b)に示すように,どちらの試料においても,Co-Ptのc面配向に起因して,低角側ではhcp(100),広角側ではhcp(110)の回折ピークが確認できる.Cr-Oシード層では,AZOシード層に比べて,これらの回折強度が大きくなっており,Co-Pt膜が高い結晶性を有していることがわかる.さらに,これらの回折強度の比率から,Co-Pt膜の原子積層欠陥を評価することが可能である.hcp-CoPt膜中の積層欠陥は,結晶磁気異方性の大きな低下につながることが知られている11).hcp結晶構造中に,配向面に平行な積層欠陥の導入によってfcc原子層構造が形成された場合,面内XRD測定における低角側での回折強度が減少し,完全fcc結晶では,低角側の回折ピークは消失する.つまり,低角側および広角側での回折強度の比率(IL/IH)から,hcp結晶構造中のfcc原子層構造の形成量が定性的に評価できる12,13).Cr-OおよびAZOシード層でのIL/IHは,Fig. 3(b)から,それぞれ1.24および1.06と算出され,Cr-Oシード層が,原子積層欠陥の少ない良質なCo-Pt膜の形成に有効であると結論付けられる.
さらに,Cr-OおよびAZOシード層に関しては,シード層の膜厚がCo-Pt膜の磁気特性および結晶構造に与える影響についても検討を行った.Fig. 4(a), Fig. 4(c)に示す極Kerr測定の結果から,AZOシード層では,シード層の膜厚の増加にともなって垂直磁気特性が大きく向上するに対して,Cr-Oシード層では,膜厚依存性は小さく,Cr-O膜厚が2 nmの薄い状態でも,比較的良好な垂直磁気特性が得られている.これら磁気特性については,XRD測定との対応も確認できる.Fig. 4(b), Fig. 4(d)に示すように,Cr-O,AZOシード層ともに,シード層を厚くすることでCo-Ptからの回折強度は増加するが,膜厚依存性はAZOシード層の場合に,より大きいことがわかる.また,AZOシード層では,膜厚の増加にともなって,ウルツ鉱型結晶構造に起因するAZO回折ピークも増大しており,Co-Pt膜の結晶配向が,エピタキシャル成長を起源とすることが示唆される.このとき,Co-Pt(a = 0.257 nm)とAZO(a = 0.326 nm)との格子ミスマッチは,Fig. 4(d)内に示すように,a軸を30°回転させた場合で約9.6%と算出される.一方,Fig. 4(b)では,Cr-Oシード層からの回折ピークは観測されず,Cr-Oはアモルファス膜であると示唆され,Co-Ptは非エピタキシャル成長と推察される.Cr-Oシード層における,Co-Pt膜の結晶配向のメカニズムについては,次章にて議論する.
Dependences of the thickness of oxide seed layers on perpendicular magnetic properties and crystalline structure for Co-Pt stacked films. Normalized polar Kerr loops and out-of-plane XRD patterns for the samples with (a), (b) Cr-O and (c), (d) AZO seed layers. Schematic illustration in (d) shows the lattice structures of Co-Pt (red) and AZO (blue). The lattice mismatch of Co-Pt (a = 0.257 nm) and AZO (a = 0.326 nm) is approximately 9.6% on the illustration (30° rotation).
良好な垂直磁気特性が得られるCr-Oシード層について,Cr膜の酸化状態がCo-Pt膜の磁気特性および膜構造に与える影響についても検討を行った.Cr成膜時の酸素導入量[O2/(Ar + O2) = 30%, 10%, 5%, 0%]を変えたときの極Kerr測定および膜面垂直XRD測定の結果を,Fig. 5(a)およびFig. 5(b)に示す.Co-PtおよびCr-Oの膜厚は,すべて14.9 nmおよび30 nmとしており,Co-Ptの磁気特性と結晶構造が,酸素導入量に大きく依存することがわかる.成膜時に酸素を導入しない場合,Fig. 5(b)に示すXRD測定からは,Crシード層のbcc(110)回折ピークのみが観測され,Co-Ptからの回折ピークは確認されない.Co-Pt膜はアモルファス状態であることが示唆され,面内磁気異方性を有している.Cr成膜時の酸素導入量の増加にともなって,垂直磁気異方性および結晶配向性は大きく向上し,成膜中の酸素濃度を10%以上とすることで,良好な垂直磁気特性およびc面配向が得られる.ここで,酸素濃度が10%以上の試料においては,Co-Ptの回折ピークの周りに周期的な強度振動(フリンジ)が観測される.この強度振動は,Co-Pt/Cr-O積層界面で反射されたX線と,Co-Pt膜からの回折X線との干渉に起因するものであり,試料の結晶配向性ならびに平坦性が高いことを示している.
Dependence of Cr oxidation on (a) polar Kerr loops and (b) crystalline structures for Co-Pt/Cr-O stacked films. The Cr oxidation was controlled by changing the oxygen concentration during the sputter deposition, O2/(Ar+O2) = 0%, 5%, 10%, 30%. The Kerr rotation angles (θK) were normalized by the saturation Kerr angle (θS), and the XRD profiles were measured in the out-of-plane configuration.
Cr-O[O2 = 30%]シード層の試料について,XRD小角散乱および広角領域での回折プロファイル,ならびに,AFM測定の結果をFig. 6(a)-Fig. 6(c)に示す.Fig. 6(c)に示すAFM測定結果からは,表面平坦性(Ra = 0.12 nm)が非常に優れていることがわかる.また,XRD測定においては,広角領域でのフリンジパターンに加えて,小角領域においても,X線の干渉にともなう強度振動が観測され,良質な積層構造の形成が示唆される.Fig. 6(b)に示す広角領域の回折パターンについては,シミュレーション結果も破線にて示しており,フリンジパターンのピーク角度が再現できていることがわかる.なお,シミュレーションからは,Co-Pt膜の厚さは13.8 nmと算出され,設計膜厚よりも約1 nm薄くなっている.これは,Co-Pt/Cr-O積層界面でのCoの酸化によって,X線の干渉に関与するCo-Pt膜の実質的な厚さが薄くなっているためと考えている.積層界面でのCoの酸化状態については,次節にて議論する.
XRD profiles at incident (a) low angle and (b) high angle, and (c) surface morphology on AFM measurement for Co-Pt/Cr-O stacked film. Gray dashed profile in (b) is the Co-Pt diffraction pattern calculated by the simulation parameters of layer thickness: t = 13.8 nm and lattice constant: d = 0.2098 nm. The sample indicates a smooth surface with Ra = 0.117 nm and Rmax = 1.29 nm on the AMF image.
Co-Pt/酸化物シード層における,界面磁気異方性の発現機構の解明を目的として,Co-Pt膜のXPS測定を行った.特に,積層界面におけるCoの化学結合状態に着目し,Arイオンエッチングを用いた深さ方向分析を実施した.エッチング速度は,SiO2膜を用いて事前に算出した.Fig. 7(a)-Fig. 7(d)に,4種類のシード層:Cr-O[O2 = 30%],純Cr,AZO,および,Al2O3における結果を示す.各試料について,シード層との積層界面を基準として,SiO2換算で0.5 nmごとの深さでのCo-2pスペクトルを示している.積層界面から2.0 nmの位置では,すべての試料において,Coの化学結合に違いは見られず,金属状態を示している.一方,界面近傍ではシード層の種類によってスペクトルに違いが見られ,Cr-Oシード層では,積層界面の広い範囲に渡ってCoが酸化状態にあることがわかる.このことは,前節で示したXRDシミュレーションにおいて,Co-Pt膜が設計値よりも薄くなっていることと対応する.
XPS depth profiles of Co-2p spectrum for Co-Pt films deposited on (a) Cr-O, (b) Cr, (c) AZO and (d) Al2O3 seed layers. The depth of measurement position was estimated from the etching speed of SiO2 film by Ar ion milling. The numeric characters in (a) indicate the height from the interface. Red dashed lines show the binding energy of Co-O.
Fig. 7から,積層界面でのCoの酸化の度合いは,Cr-O > AZO > Al2O3 > 純Crの順番となっており,酸化物シード層においては,Coの酸化度の大きさと垂直磁気特性とが対応する結果となっている.ここで,磁性遷移金属/酸化物積層膜の磁気異方性には,積層界面での磁性原子の酸素との結合が寄与することが知られている.例えば,スピンエレクトロニクスにおいて不揮発性磁気メモリとして検討されているMgO酸化物とFe-Co系磁性膜との積層膜では,第一原理計算から,MgOの酸素2p軌道と遷移金属3d軌道との混成によって,界面垂直磁気異方性が発現することが報告されている14-16).積層界面での反転対称性の破れが,軌道磁気モーメントを誘起し,垂直磁気異方性をもたらすと考えられている.また,Chibaらは,ZnO基板上にCo超薄膜を成膜した場合,基板の最表面がZn面かO面であるかによって,磁気異方性が大きく異なることを報告している17).ZnO基板上のCo膜は,O極性面上では垂直方向,Zn極性面上では面内方向が磁化容易軸となる.本研究においても,Table 1で示した酸化物シード層による界面磁気異方性エネルギー(KS)の違いは,Coと酸素との化学結合状態の違いによって説明することができる.つまり,酸化物シード層におけるKSは,Co-3d軌道とO-2p軌道の混成を起源とするものであり,Cr-Oシード層での大きな界面垂直磁気異方性は,積層界面の広い範囲にわたるCo-O結合領域の形成に起因すると推察される.
3.2.3 Cr-Oシード層による垂直磁気特性の向上前述のように,Co-Pt/Cr-Oシード層では,Coと酸素との結合によって大きな界面垂直磁気異方性を得ることができる.さらに,積層界面でのCoの酸化反応は,Co-Pt膜のc面配向hcp構造を起源とする結晶磁気異方性の発現にも寄与していると考えている.AZOシード層における結晶磁気異方性については,前節で述べたように,Co-Pt膜のエピタキシャル成長にともなうc面配向hcp構造によって説明できる.これに対して,アモルファスであるCr-OおよびAl2O3シード層では,Co-Pt膜は,どちらも非エピタキシャル成長であるが,結晶配向性の違いを反映して垂直磁気特性が大きく異なっている.積層界面でのXPS測定から,Cr-Oシード層では,積層界面の広い範囲に渡ってCoが酸化していることが確認され,CoはCr-Oと高い反応性を有している.一般に,薄膜の成長初期において,基板あるいはシード層との反応性が乏しい場合には,密着性やぬれ性が低くなり,系全体の表面エネルギーを最小にするために,表面積が最小である球状の核が形成されて,結晶配向はランダムとなる.一方,界面での相互作用が大きい場合には,薄膜の結晶配向は,表面エネルギーの結晶面依存性,あるいは,シード層との相互作用によって決定される.したがって,アモルファスのCr-OおよびAl2O3シード層におけるCo-Pt膜の結晶配向性の違いは,積層界面でのCoの反応性の違いによるものと推察される.つまり,Al2O3シード層では,Alと酸素との強い結合によって,Coの反応性は小さく,ランダム配向となる.一方,Cr-Oシード層では,成長初期におけるCo-O結合領域の形成をともなったCoの高い反応性によって,Co-Pt膜は表面エネルギーが最小となるc面への自己組織的な結晶配向が実現されたものと考えている.AZOシード層におけるCo-Pt膜のエピタキシャル成長では,約9.6%の比較的大きな格子ミスマッチによって,積層欠陥が入りやすいのに対して,自己組織的な結晶成長であるCr-Oシード層では,高いc面配向性を持った良質なhcp結晶構造が実現でき,大きな結晶磁気異方性に繋がったと結論付けられる.
なお,Co-Pt膜の結晶構造および成長状態の評価に関しては,透過型電子顕微鏡を用いた断面構造解析を予定している.垂直磁気特性の向上に向けて,引き続き詳細な検討を進める.
3.3 磁気光学キャビティ素子 3.3.1 磁気光学式バイオ化学センサ一般に,光学キャビティ素子は,【表面ハーフミラー層/光干渉層/全反射層】積層構造体で構成される.上記3層のいずれかに磁性材料を用いたのが,磁気光学キャビティ素子であり,積層膜内部での光学干渉によって,大きな磁気光学効果を得ることができる.さらに,キャビティ素子の光学干渉は,表面状態に敏感であり,表面媒質の屈折率の変化やバイオ分子の付着にともなって磁気光学特性が大きく変化する.磁気光学式バイオ化学センサでは,外部磁場を用いて検知素子の磁化を周期的に反転させて磁気光学信号に変調を加えることで,検知精度の向上が図られる18).
検知素子に用いる磁性層には,デバイス性能や製造コストといった観点から,次のような特性が求められる.
ここで,Co-Pt薄膜は,可視光域で比較的大きな磁気光学効果を有しており,大きな検知信号が期待できる.また,キュリー温度が高いため,室温近傍での温度変化に対する磁気特性の変動は小さく,化学的にも比較的安定な材料である.また,前述のように,良好な磁気特性が,室温成膜にてガラス基板上で実現できることは,量産化ならびに製造コストの観点から,大きなメリットと言える.良好な磁気特性は,飽和磁場の低減につながり,磁場印加機構の低電力化および小型化の点からも有利となる.
以上に加えて,垂直磁化膜を用いたバイオ化学センサでは,垂直入射光学系「極Kerr効果」での計測システムの構築が可能となる.バイオ/化学反応の画像化はもちろん,検知素子を光学部品(光源&検出器)から離れた場所に配置するなど,多彩なデバイス構成に対しても有利である.
3.3.2 磁気光学キャビティ効果Co-Pt垂直磁化膜の光検知式バイオ化学センサへの応用を想定して,磁気光学キャビティ素子でのCr-O膜の活用について検討を行った.Cr-Oシード層では,良好な垂直磁気特性とともに,高い表面平坦性を得ることができる.光学干渉を利用するキャビティ素子では,磁気光学効果の大きな増強が期待できる.
前述のように,磁気光学キャビティ素子では,【表面ハーフミラー層/光干渉層/全反射層】で構成された積層膜のいずれかに磁性材料が用いられる.本研究では,表面ハーフミラー層にCo-Ptを用いた場合について検討を行った.表面ハーフミラー層は,光透過性と反射性を両立させるために,最適な膜厚は数nmとなる.一方,100 nm以上の厚さを必要とする全反射層に,大きな磁化を持つCo-Pt垂直磁化膜を用いた場合には,反磁界の影響によって飽和磁場が大きくなってしまい,磁化反転に大きな印加磁場が必要となる.
Fig. 8(a)に,【磁気ハーフミラー層/光干渉層/全反射層】積層膜で構成された磁気光学キャビティ素子において,極Kerr測定による磁気分光スペクトルを示す.膜構造は,[Co-Pt(4.5 nm)/Cr-O(2.1 nm)/Al2O3(60 or 0 nm)/Ag(100 nm)]/Al2O3(30 nm)/ガラス基板であり,Agとガラス基板との密着性を高めるため,厚さが30 nmのAl2O3膜を下地層として最初に形成している.積層膜の表面からCo-Pt/Cr-O,Al2O3,および,Agが,それぞれ,磁気ハーフミラー層,光干渉層,および,全反射層として機能する.Fig. 8(a)に示すように,Al2O3光干渉層の有無によって磁気分光特性は大きく異なっている.厚さが60 nmのAl2O3層を形成することで,積層膜内部での干渉効果によって,ハーフミラー層と光干渉層との合計の光学長(膜厚 × 屈折率)が,測定光波長の1/4に対応する共鳴波長(約600 nm)において,極性反転をともなった磁気Kerr効果の大幅な増大が得られる.磁化飽和状態でのKerr回転角の最大値は,約26°に達しており,Al2O3光干渉層を形成しない場合の約500倍に相当する.また,磁気光学キャビティ素子における急峻な磁気分光特性は,積層膜表面での光学状態(屈折率など)の変化に敏感であり,バイオ化学センサへの利用を可能とする.
Polar Kerr (a) spectrums and (b) hysteresis loops for magneto-optical cavity system consisting of Co-Pt stacked films. The magneto-optical cavities consisted of (a) [CoPt(4.5 nm)/Cr-O(2.1 nm)/Al2O3(60 nm or 0 nm)/Ag(100 nm)] and (b) [CoPt(4.5 nm)/Cr-O(2.1 nm or 0 nm)/Al2O3(60 nm)/Ag(100 nm)]. The polar Kerr loops were measured at a wavelength of 616 nm.
なお,磁気光学キャビティ素子における,極性反転をともなった磁気光学効果の増大に関しては,マトリックス法を用いた光学シミュレーションによっても確認している2).共鳴波長における磁気Kerr回転角の符号反転は,光学位相の反転が原因である.本現象が,Co-Ptの光磁気物性に起因するものではないことは,厚さ100 nmのCo-Pt単層膜の磁気分光測定からも確認している.
さらに,Co-Pt膜の良好な垂直磁気特性の実現には,これまで議論してきたように,Cr-O層の導入が有効である.Fig. 8(b)に,[Co-Pt(4.5 nm)/Cr-O(2.1 or 0 nm)/Al2O3(60 nm)/Ag(100 nm)/Al2O3(30 nm)]積層膜の磁気ヒステリシス曲線を示す.膜厚が2.1 nmのCr-O界面層を導入することで,角形比:θK/θS = 1の良好な垂直磁気特性が得られ,Co-Ptの磁化反転に必要な駆動磁場を大きく低減できることがわかる.分光エリプソメーターによる光学特性の評価では,Cr-Oの吸収係数が,ハードディスクで一般的に用いられているRuに比べて,1/30以下であることも確認している.Co-Pt磁性膜を用いた磁気光学式センサでは,Cr-Oを活用することで,デバイスの小型化,駆動電力の低減,検知信号の安定性ならびに検知精度の向上など高性能センサの実現に有効と期待される.
本研究では,hcp-Co80Pt20垂直磁化膜を用いた磁気光学式バイオ化学センサの実現を最終的な目標として,酸化物シード層がCo-Pt膜の磁気特性および膜構造に与える影響について調査を行った.3種類の酸化物シード層:Cr-O, AZO, Al2O3について検討し,Cr-Oにおいて,最も良好な垂直磁気特性が得られることがわかった.Co-Pt/Cr-O積層膜では,大きな界面および結晶磁気異方性が得られ,良好な垂直磁気特性がこれら2つの磁気異方性の寄与であることを明らかにした.このとき,積層界面でのCo-O結合領域の形成が,2つの垂直磁気異方性の発現に関与している可能性を指摘した.酸化物シード層における界面垂直磁気異方性は,Co-3d軌道とO-2p軌道との混成による反転対称性の破れが起源であると考えられる.一方,Co-Pt垂直磁化膜が得られる2つのシード層:Cr-OおよびAZOでは,結晶磁気異方性を発現させる結晶配向のメカニズムが異なると考えられる.AZOではエピタキシャル成長が,Cr-Oでは自己組織的な配向成長が,hcp-CoPt膜のc面配向の起源であると推察された.さらに,磁気光学キャビティ素子を作製し,極性反転をともなった急峻な磁気分光特性と,良好な垂直磁気特性との両立にも成功した.Co-Pt垂直磁化膜とCr-O膜とを組み合わせることで,磁気光学効果を利用した高性能バイオ化学センサの実現が期待される.
本研究の一部は,文部科学省科学研究費・基盤研究(C) 20K05375の支援を受けて実施された.