日本金属学会誌
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ISSN-L : 0021-4876
特集「巨大ひずみ加工で創出した超機能ナノ材料」
高エントロピー合金における超塑性変形
シャミア アーメドメランプア モハメド サハド川崎 恵ラングドン テレンス
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2025 年 89 巻 1 号 p. 76-86

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Abstract

High-entropy alloys (HEAs) are a new class of material producing superior properties that have a potential for replacing many structural materials in industry. Single-phase solid solution HEAs with face-centered cubic crystal structure show significant ductility and toughness over a wide temperature range including at cryogenic temperatures. Nevertheless, the occurrence of decomposition at elevated temperatures is challenging for many applications. These materials reveal sluggish diffusion and therefore high thermal stability so that processing by severe plastic deformation gives increased kinetics of decomposition and leads to fine-multiphase microstructures which provide a potential for achieving superior superplastic elongations. The present review is designed to examine the available superplastic data for HEAs and thereby to compare the behavior of HEAs with conventional superplastic alloys.

Mater. Trans. 64 (2023) 1526-1536に掲載. Figs. 6, 12を修正.

1. はじめに

5種類以上の主元素(各元素濃度は5-35 at%)を含み,比較的単純な格子構造を持つ高エントロピー合金(HEA)は,過去20年間に多くの注目を集めてきた[1-3].高い混合エントロピーを持つこれらの合金は,望ましい特性を持つランダムな原子配置を持つ固溶体の形成を促進する.このような合金は,高強度,高熱安定性,耐酸化性などの潜在的な有望特性により非常に魅力的な材料であり,様々な分野での応用が期待されている[4-10].そのため,高エントロピー合金の加工,特性評価,応用に関する研究に研究者の関心が高まっている.多くの実験的研究と相図計算に基づく熱力学的予測から,高温では単相の濃縮固溶体相が分解し,それぞれエータ相やシグマ相のような幾何学的または位相的最密充填相を含む多相の微細構造が形成されることが明らかになっている[11-13].これらの新たに形成された相は,一般に延性を著しく低下させる代償として高強度をもたらすと考えられている金属間化合物の性質を有していることが多い[12-14].このような高エントロピー合金材料は拡散が緩慢であるため熱的安定性が高く,そのため分解過程を動力学的に遅らせることが報告されている.

強歪み変形(SPD)は,材料が破壊することなく非常に高い歪みを加えるために使用されてきた新しい加工法であり,様々な材料においてサブマイクロメートルまたはナノメートルスケールまで結晶粒を微細化する能力を備えている[15].さらに,強歪み加工は,優れた特性を持つ複合材料の製造や冷間圧密にも使用されている[15,16].高密度の格子欠陥やユニークな微細構造の形成とともに,結晶粒を大幅に微細化することで,形状記憶効果,水素貯蔵性能,磁気特性,耐放射線性,耐食性などの高度な機械的・機能的特性が得られる[17-19].この手順は,高エントロピー合金を含む様々な材料においてマルテンサイト相変態を促進することさえ可能である[19-21].また強歪み変形は,高速拡散経路としてまた新しい相の形成のための優先的な核生成サイトとして機能する粒界などの多数の欠陥を作り出すことにより,単相高エントロピー合金の分解の速度を速める[21-24].これにより,制御された変形後の加熱下で超微細多相構造を実現できる可能性があり,多くの高エントロピー合金で超塑性伸び(400%以上)を示すことができる[25,26].

高エントロピー合金の導入から20年近くが経過した現在でも,高温における微細組織と機械的特性との関係を解釈するという点において,基礎的な理解を深める研究はまだ始まったばかりである.したがって,本レビューは,これらの合金で超塑性を達成するために今日まで行われた主な試みの概要を提供し,従来の工学材料との比較を系統的に行い,産業用途における高エントロピー合金の利点と高い可能性を明らかにすることを目的としている.

2. 基本的な超塑性流動挙動と強歪み変形の意義

超塑性とは,合金を一定のひずみ速度で引張ったときに,破断前に達成される非常に高い伸びのことである.超塑性流動の出現の決定的な基準として,現在のところ,少なくとも400%の引張伸びの測定値を定義している[26].この挙動は,様々な用途に使用されるため複雑な曲面形状を工業的超塑性成形によって加工される合金にとって重要な特性である[27].超塑性を達成するためには,非常に小さな結晶粒径(通常10 µm未満)と,少なくとも~0.5TmTm は絶対融解温度)の比較的高い温度で加工を行うという2つの必須要件がよく知られている[28].基本的に超塑性流動は,高温で特に重要となる拡散緩和機構により制御される.

これまでの産業界において,このような小さな結晶粒は,粒径を~2-5 µmまで小さくすることができる熱機械的処理によって達成されてきた.しかし,過去30年間で,金属および合金を強歪み変形加工することで,さらに小さい粒径,通常はサブマイクロンまたはナノメートルの範囲内の粒子が得られることが明らかにされた[29-33].したがって,強歪み変形は,超微細粒材料を実現し,その後の塑性変形中に超塑性をもたらす大きな可能性を持つ新しい加工手順として実証され[34],このアプローチは現在,優れた超塑性成形能力を達成するために多くの材料に使用されている[35].強歪み変形加工技術にはいくつかの種類があるが,最も注目されてきたのは,鋭角に曲げられた溝を含む特殊な金型を通してロッドまたは棒を押し出しするECAP(Equal-Channel Angular Pressing)法[36]と,ディスク状試料に高い圧力を加え,同時にねじり歪みを加える高圧ねじり(High-Pressure Torsion: HPT) 法[37]の2つの異なる加工法である.

超塑性流動が発生する決定的な基準は,測定された引張伸びが 400%以上で,ひずみ速度感受性がm ≈ 0.5に達することである[26,38].超塑性流動の主なメカニズムは,粒界すべり(GBS)の発生であることが実証されており[39],このすべりは,粒内転位が粒を横切り反対側の粒界に集積してから境界に上昇することによって調整される必要がある[40,41].粒界すべりに基づく理論モデルは,超塑性ひずみ速度$ \dot{\varepsilon}_{\mathrm{sp}} $を導き出し,次の一般的なべき乗則の関係で与えられる[42]:

  
$ \dot{\varepsilon}_{\mathrm{sp}} = \frac{AD_{\mathrm{gb}}G\mathrm{\mathbf{b}}}{kT} \left(\frac{\mathrm{\mathbf{b}}}{d}\right)^2 \left(\frac{\sigma}{G}\right)^2 $(1)

ここで,Aは〜10の値を持つ無次元定数,Dgb は粒界拡散係数,Gはせん断弾性率,bはバーガースベクトル,kはボルツマン定数,Tは絶対温度,dは粒径,σ は負荷応力である.超塑性流動における変形機構としての粒界すべりの重要性に基づいて,結晶粒の微細化は,より速いひずみ速度でまたより広い応力域において超塑性領域を拡張するための鍵となる.さらに,強歪み変形加工後の結晶粒微細化は,高角度粒界の体積分率の増加をもたらし,これがすべり活性に寄与する[43].式 (1)は,粒径が数マイクロメートルの従来の金属と,強歪み変形加工後に高温に加熱した超微細粒合金の両方の超塑性流動を見事に記述している[44].具体的には,Al合金やMg合金を含む多くの従来の材料において,公表データと式(1)の予測との間に非常に良い一致があることが示されている[45-47].

高温での引張試験は,実際には微細構造の粗大化に必要な駆動力を促進することであり,微細構造に大きな影響を与え,超塑性が期待される温度での延性を著しく低下させる可能性がある.したがって,二相あるいは多相構造を持つことは,微細粒組織を維持するための重要な要件であり,特に,結晶粒微細化の活性を機能させる第二相を材料中に微細に分散させると,結晶粒成長の著しい抑制につながる.比較的高温で安定した多相構造を形成する高エントロピー合金を使用することは,著しい超塑性を達成するために大きな利点となる.したがって,先述したような超塑性に関する理論モデルと実験データとの間における合致が,高エントロピー合金の超塑性流動の発生にも当てはまるかどうかを評価することが重要である.

3. 超塑性における高エントロピー合金特性の役割

著しい超塑性を達成するためには,合金材料は,高い熱安定性と,粒界移動を抑制することによる高い耐粒界成長性を有するか,少なくともそれらを発達させなければならない[38].ここで,粒径を10 µm以下の範囲に保持するための第二相の形成が,超塑性に不可欠な因子であることに注目することが重要である.そのため,従来の合金における低い熱安定性,結晶粒や析出物の粗大化が,これまでの一般的な材料における超塑性の悪化の原因となっている.

固有の緩慢な拡散と,粒界移動度を制限する強固な障害物の存在は,高エントロピー合金の高温での熱安定性を向上させる重要な要因である.Fig. 1(a)が示すように,よく研究されているCoCrFeNiMn高エントロピー合金で使われている元素を用いた金属や合金の拡散の活性化エネルギーと融点との比率を比較すると,高エントロピー合金が非常に高い値を示し,これが緩慢な拡散につながっていることを示している[22,48].加えて,Fig. 1(b)は異なる合金における粒成長の活性化エネルギーを示しており,高エントロピー合金における粒成長がより困難であることを直接示している[49-54].実際には,拡散係数が最も低い元素(CoCrFeNiMn高エントロピー合金ではNi)の粒界拡散が超塑性流動の速度を制御することが立証されている[22,48].基本的に,高エントロピー合金の固溶体強化は,様々な成分の化学結合と原子サイズミスフィットに依存する.したがって,高温での効果は小さくなるものの,高エントロピー合金では溶質原子によって境界移動度が制御される可能性が大きい.CoCrFeNiMn高エントロピー合金における結晶粒粗大化は,指数3の古典的なべき乗則的挙動を示すことが報告されており,材料が単相状態にあるとき,粒界運動が溶質ドラッグ機構によって制御されていることを示唆している[55-58].さらに,熱処理間に組織中に現れる析出物は,粒界を固定するのに特に効果的であることがわかっている.実際には,析出物は転位の動きを制限し,粒界の動きを抑制するため,結果として組織粗大化の発生を減速させる[59].明らかに,これらの析出物のサイズと体積分率は焼鈍温度に依存し,その結果ツェナー効果のピン止め力と結晶粒径に影響する[60,61].従来の合金に関する多くの研究で,顕著な超塑性は,ツェナー・ピニング効果によって結晶粒成長を防ぐのに効果的な第二相の存在と関連していることが報告されている.したがって,種類を問わず第二相が存在すれば,高エントロピー合金における超塑性の発生を改善することが期待できる.実際には,強歪み変形によって促進される高温での高エントロピー合金の分解と,第二相形成の可能性が内在している.強歪み変形中に生成する微細構造中の多くの欠陥は,高速拡散経路を提供し,優先的核生成サイトとしての高い体積分率の界面は,新しい相の形成を促進する.これにより,高エントロピー合金において超塑性発現が可能な熱間変形領域で,超微細多相構造を実現できる可能性がある.高エントロピー合金にはシグマやNiAl-B2など多くの析出物があり,これらは超塑性特性を向上させることができる(Fig. 2 参照)[62,63].したがって,高エントロピー合金は粒界移動に対する本質的な耐性と高い熱安定性というユニークな特性を有し,それが従来の合金と比較して優れた超塑性特性をもたらすと結論づけられる.

Fig. 1. (a) Activation energy of diffusion for different elements [48] and (b) activation energy of grain growth for different alloys (data based on Refs. [49-54]) in different metals and alloys.
Fig. 2. (a) Bright-field TEM image of CoCrFeNiMnTi0.1 [81] and (b) SEM-BSE image of V10Cr15Mn5Fe35Co10Ni25 [91] HEAs after post-deformation annealing at 800℃ for 60 min.

4. HEAにおける超塑性流動の実証と第二相の重要性

高エントロピー合金の超塑性における最初の実証は,950℃での多軸熱間鍛造によって加工された,平均粒径~2 µmの微細多相等軸晶構造を持つAlCoCrCuFeNi合金を用いて報告された(加工前と加工後の組織はFig. 3(a)とFig. 3 (b)参照)[64,65].この合金の組織はFig. 3(b)に示される多相構造で成り立っている: (i) 規則正しい 面心立方格子(fcc) 構造を持つ Cu -リッチ相,(ii) 規則正しい B2 構造を持つ Al-Ni -リッチ相,(iii) 無秩序な 体心立方格子(bcc) 構造を持つ Cr-Fe-リッチ相,そして(iv) 規則正しいfcc 構造を持つ Co-Cr-Fe-リッチ相.強歪み変形加工によってCu-リッチ相とCo-Cr-Fe-リッチ相の秩序が変化し,bcc構造のCr-Fe-リッチ相が位相的最密充填相のシグマ相に変化したことが報告されている[64,65].Fig. 3(c)は,この合金の加工前と後において,室温から1000℃までの温度範囲でひずみ速度10-3 s-1 での全伸びの値を示しており,強歪み変形を適用することの利点を明確に示している[64,65].この結果は,熱間鍛造による結晶粒の微細化によって,脆性から延性への遷移温度が鋳造のままの状態よりも~100℃低下することに起因して,引張試験温度を700℃から800℃に上昇させたときに起こる著しい延性の増加を示している[65].700℃以上での延性の大幅な増加は,主に拡散制御プロセスによる粒界すべりのような粒界に関連するメカニズムの活性化によるものである.ひずみ速度感受性指数(m値)は,~0.37-0.56の範囲にあり,粒界すべりが変形速度を制御する変形機構である場合の細粒超塑性におけるm ≈ 0.5の値と一致している[64].Fig. 3(d)は,超塑性流動に対するひずみ速度の影響を示しており,10-3 s-1のひずみ速度が違った試験温度で最大の全伸びを示している[64].この合金は結晶粒成長に対して顕著な抵抗性を示すが,これは複雑なミクロ組織と様々な析出物の存在に起因すると考えられる[64,66].

Fig. 3. Microstructures of AlCoCrCuFeNi HEA in (a) as-cast [65] and after (b) multidirectional hot forging at 950°C. (c), (d) A summary of the tensile elongations under different conditions [64,65] where the horizontal dashed line at 400% represents the critical criterion for achieving true superplastic behaviour.

Fig. 4は,冷間圧延で50%の板厚減少,800℃で1hの変形後焼鈍,200℃で85%の板厚減少後,700℃で15 minの最終焼鈍を合わせた複合熱機械処理された等原子量のCoCrFeNiMn 高エントロピー合金の高温機械特性の研究結果を示す[67].最終的な微細構造は,粒径~1.4 µmの単相fcc構造であった.この結果は,室温から750℃まで温度を上げると,流動応力が減少し,延性が劇的に向上することを示している.しかし,全伸びが400%未満であったため,定義的な超塑性が達成されたとは言えず,結晶粒の微細化の程度を高めることで超塑性が得られることが示唆された[67].

Fig. 4. True stress-elongation(%) curves of a fine-grained CoCrFeNiMn HEA at room temperature and 750°C for different strain rates [67].

この後に続く調査[68]では,CoCrFeNiMn HEAにおいて,HPTを使用して顕著な結晶粒の微細化が達成された.ここでHPT加工は,超塑性特性の改善のため合金に大きな歪みを加えて微細粒化する,頻繁に使用されるSPD法の1つである[21,36,37,53,69,70].Fig. 5(a)にあるように,HPT加工後の平均粒径は<100 nmで単相組織を示している.ナノ粒子材料の高温での機械的特性は超塑性を示し,ひずみ速度10-3 s-1の下,973 Kで最大全伸び~620%を示した(Fig. 5(b)).600-800℃の温度範囲における析出物の形成が,高温での微細組織の維持に重要な役割を果たし,それゆえ超塑性流動を改善することが示唆された(Fig. 5(c))[68].CoCrFeNiMn HEAの析出に関する多くの研究が行われており,600-800℃の温度範囲でbccおよびシグマCr-リッチ相の析出物が形成され,これらは750℃以上で溶解し始めることが観測されている[23,71-74].ナノ結晶CoCrFeNiMn高エントロピー合金における新しい相の形成は多数の粒界に起源し,それは高速拡散経路,また優先的な核生成サイトとしても機能する[74-76].これらの析出物はCoCrFeNiMn 高エントロピー合金の結晶粒成長の過程に多くの強力な障害をもたらすが,750℃以上で溶解すると,急速な結晶粒成長と高温荷重下での微小亀裂の形成により,超塑性挙動が著しく低下する[68].

Fig. 5. (a) Microstructure of the CoCrFeNiMn HEA after HPT processing [68], (b) total elongation versus strain rate for different conditions [67,68] and (c) microstructure after tensile testing at 700°C [68] where TD is the tensile direction.

Ti[77]とAl[78-80] 元素をCoCrFeNiMn 高エントロピー合金に添加したのは,析出物の体積分率を増加させ,微細構造制御工学を利用して安定性を高め,製造した高エントロピー合金の超塑性挙動を改善するためである.Fig. 6に,微量のAlとTiを添加したCoCrFeNiMn 高エントロピー合金の超塑性特性の概要を示す.これらの元素の存在は,CoCrFeNiMnの超塑性挙動を著しく改善し,TiとAlを含む合金はそれぞれ800%以上と1200%以上の伸びを示すことが示唆された.これは,結晶粒成長に対抗する安定した障害物の生成に起因する.B2-NiAlのような硬質相をわずかに導入することで,動的粒成長の発生を劇的に抑制できることが報告されている[80].

Fig. 6. Elongation diagrams of HPT-processed CoCrFeNiMn, CoCrFeNiMnTi0.1 and CoCrFeNiMnAl0.5 HEAs after testing at 700°C (data based on Refs. [68,77,78]).

高エントロピー合金へのTi添加は,Cr-リッチ析出物の形成を促進し,これらの析出物の安定性を高め,800℃より高い温度まで結晶粒径の安定性を高めることが示された(Fig. 7参照)[72,77,81].HPT処理後のCoCrFeNiMn+9 at% Alの微細組織は,平均粒径~2 µmのfcc母相の等軸粒と,母相中の粒界に形成された微細なNiAl-B2析出物(~0.8-1 µm),および粒内の超微細なNiAl-B2析出物(~200-400 nm)を含んでいた[78].NiAl-B2析出物の形成は,NiとAlの間での高い負の混合エンタルピー(-22.3 kJ·mol-1)と,bcc相の形成を促進する他の元素に比べてAlの大きな原子サイズに関連している.Fig. 7(d)は,HPT処理後のCoCrFeNiMn+9 at% Al 高エントロピー合金の微細構造を示しており,著しく変形した微細構造中に,析出物サイズをあまり減少させることなくB2相が 存在していることを示している[78].Fig. 7(e)に, Al添加の6元素を含む高エントロピー合金における,800℃で5×10-2 s-1 のひずみ速度下で2000%までの驚異的な超塑性伸びが示されている[78].別の研究では,熱機械的処理による結晶粒微細化後,5元素高エントロピー合金よりも高い微細粒安定を示すとして,6元素を含むCoCrFeNiMnAl0.5 高エントロピー合金の1000℃での高い超塑性特性が報告されている[79].

Fig. 7. (a) Effect of Ti addition on the microstructure of the CoCrFeNiMn alloy at elevated temperatures [68,77]. (b) and (c) Thermo-Calc diagrams of CoCrFeNiMn HEA [81] and CoCrFeNiMn+2 at% Ti HEAs [81], respectively. (d) Backscattered Electron image of the HPTprocessed CoCrFeNiMn+9 at% Al [78] and (e) engineering stress versus elongation for HPT-processed CoCrFeNiMn+9 at% Al after testing at elevated temperatures [78].

微細粒および超微細粒組織において,高温で結晶粒界を固定し,高エントロピー合金の超塑性特性を向上させるシグマ相の形成を含む他の析出物の重要性を示唆する研究もある.この脆性の相は,低温ではこれらの合金の機械的特性を低下させてしまうことに注意する必要がある.そこで,非等原子量 V10Cr15Mn5Fe35Co10Ni25高エントロピー合金が開発され,高温での機械的特性についてCoCrFeNiMn 高エントロピー合金と比較された[82].その結果,非等原子量合金において,粒成長の障害となるシグマC-リッチ析出物の形成により,超塑性特性の向上が明らかになった.ひずみ速度3.3×10-3 s-1,700℃での引張試験で最大伸び770%が報告された.V元素の存在は,6元素を含んだ高エントロピー合金において2次相の形成を促すと結論づけられた[82].

他にも,摩擦攪拌加工された平均粒径~0.7 µmのFe42Mn28 Co10 Cr15 Si5 二相構造の高エントロピー合金について研究が行われた[83].この材料は,シグマ析出物の体積分率が高く(42%), 700℃で10-3 s-1 のひずみ速度下で550%の破断伸びを示した.700℃で著しいCrの分配が起こることが,シグマ形成の原因となる.また,試験中にひずみ速度を下げると,シグマの析出が著しく増加した[83].別の研究は,HPT加工したMo7.5Fe55Co18Cr12.5Ni7合金の700℃および800℃における超塑性特性について調査を行った[84].高温での引張試験前において,fccbccマルテンサイト,Mo-リッチµ相を含む複雑な多相組織が観察された(Fig. 8(a)参照).Fig. 8(b)は,この微細粒合金において,800℃で400%以上の破断伸びを示しているが700℃での試験では超塑性は観察されなかったことを示している.これは,高温でよりMo-リッチなµ析出物が形成されることと関連している[84].

Fig. 8. (a) XRD patterns of Mo7.5Fe55Co18Cr12.5Ni7 HEA before (annealed) and after HPT processing and (b) elongation-strain rate diagram of HPT-processed samples before and after testing at elevated temperatures [84].

HPT加工されたCoCrNiAl0.3 合金の場合,粒界偏析したAlの部分溶融と,シグマ析出物およびB2析出物の形成が,800℃で5×10-2 s-1 のひずみ速度下で,~1200%の全伸びを含む優れた超塑性をもたらしたことが示唆された(Fig. 9参照)[85].HPT加工したCoCrNiAl0.3 とCoCrFeNiMnAl0.5 試料を比較すると,体積分率を増加させ,またシグマ相とB2相析出物のサイズを小さくすることで,結晶粒成長プロセスを阻害し,これらの合金の高速超塑性特性を改善できることが明らかである(Fig. 10参照).800℃で変形後焼鈍(PDA)した後のCoCrNiAl0.3 の特性が,900℃で焼鈍した場合と比較してわずかに優れているのは,前者の合金のシグマ相が小さいためであると報告されている(~300 nm vs ~380 nm).より大きなシグマ粒子は,結晶粒の周囲に発生する局所的な応力集中を通じてキャビテーションを促進し,これによって超塑性が低下するようである[86].

Fig. 9. (a) STEM image of deformation-induced grain boundary segregation in CoCrNiAl0.3, (b) HRTEM image of deformation-induced grain boundary segregation in CoCrNiAl0.3 and (c) the EDS line-scan through sigma and B2 grains [85].
Fig. 10. (a) Elongation-strain rate diagram of HPT-processed Al0.3CoCrNi and Al0.5CoCrFeNiMn samples and (b) volume fraction of all phases in CoCrNiAl0.3 and CoCrFeNiMnAl0.5 alloys [86].

5. 超塑性高エントロピー合金における流動機構の解析

現在,高エントロピー合金において超塑性の発生を記録した限定的な結果が入手可能であり,このデータはTable 1に要約されている.現在の情報には,高エントロピー合金の組成,超塑性粒径を得るために使用した加工手順,引張試験片のゲージ寸法,試験の温度とひずみ速度,破断までの伸びの測定値などの主要なパラメータが記載されている.先に述べたように,超塑性は,少なくとも400%の引張伸びが基準として正式に定義されているため,これらの結果の一部は,真の超塑性流動に必要な範囲からすると厳密には外れており,キャビテーションの付随的な発生により延性が制限された可能性があるという追加的な証拠とともに,“超塑性的な流動”を示していると言える[67].したがって,微細粒や超微細粒の高エントロピー合金,特にAlを含む合金に ついては,引張伸びが400%をはるかに上回り,最大で ~2000%に達する顕著な超塑性を示す有望な結果がいくつか 得られている[67].真の超塑性の例は,超塑性流動[87] で要求されるように,ゲージ長さ内にネッキングが発生した証拠がない,Fig. 6Fig. 8に掲載されているような試験片で示される.

Table 1. Experimental results for superplasticity and superplastic-like flow in high-entropy alloys.

少なくとも 400% の伸びという定義に加えて,超塑性流動の発生にはもう1つ決定的な基準があり,それはひずみ速度感受性の測定値が m ≈ 0.5 であることはよく知られている[26,38].基本的に,式(1)で表されるように,粒界すべりに基づく理論モデルは,σ/Gの応力指数が2に等しく,mが応力指数の逆数に対応するべき乗則の関係を持つ超塑性ひずみ速度を導き,予想されるひずみ速度感度はm = 0.5となる[42].しかし,ひずみ速度に対する流動応力のプロットの勾配から得られる,強歪み変形した高エントロピー合金の平均ひずみ速度感度はm ≈ 0.3と計算された[68].この値は式(1)とは一致しないが,その代わりにこれらの高エントロピー合金の試験において粒界すべりの発生を示す微細構造の証拠が示された.m ≈ 0.3という値は,高温での変形が粒内転位すべり運動によって制御されていることを示唆している[88]が,逆に,転位すべりによって変形する試験片は,400%を超えるような高い伸びを達成することはできない.したがって,加熱中に析出物が形成される前に,強歪み変形した単相高エントロピー合金の結晶粒が数十ナノメートルから数マイクロンまで成長するという大規模な結晶粒成長の発生によって,異例の低ひずみ速度感受性が達成される可能性があることに注目して,データは別の方法で解釈した[68].この説明をFig. 11に模式的に示す.高温引張試験前の強歪み変形後の初期組織に第二相を含む高エントロピー合金では,より高いひずみ速度感度m ≈ 0.4が報告されており[68],これが加熱中の大規模な結晶粒成長の発生を妨げている可能性があると理解することができ,この合金は従来の超塑性合金と同様に高温変形していると考えられる.

Fig. 11. Schematic illustration of stress versus strain rate showing the effect of grain refinement on an enhancement of the superplastic region at intermediate strain rates and the displacement to faster strain rates that effectively reduces the measured value of m [68].

式(1)は,微細粒および超微細粒の従来材料の超塑性流動を見事に記述していることはすでに述べた通りであり[45-47],高エントロピー合金において Table 1にまとめた公表データと理論モデルの予測との一致を確認することが重要である.そこで,超塑性高エントロピー合金の流動メカニズムを評価するために,式(1)を再整理し,各調査の実験データを正規化応力に対する温度と粒径補償ひずみ速度の形でプロットした. この結果をFig. 12に示す.ここで,Dgb = Do exp(-Qgb /RT),Do は周波数係数(19.4 × 10-4 m2 s -1:純Niより),Qgb は粒界拡散の活性化エネルギー(113 kJ mol-1:微細粒高エントロピー合金の超塑性変形より[68]),Rは気体定数,b = 2.55 × 10-10 m[56],G = 85-{16/(exp(448/T)-1)} GPa[89].このプロットは,d = 2.1 µm[64,66],d =1.5 µm[90],d =1.0 µm[68],d =0.5~3.0 µm[77],d =1.4 µm[67]の粒径を考慮して作成された.$ \dot{\varepsilon}_{\mathrm{sp}} $と表示された実線の傾きは2であり,粒界すべりによって理論的に予測された超塑性変形速度と実験データとの間には,一般的に優れた一致が見られる[42].このプロットは,高エントロピー合金の挙動が,新しいクラスの材料として明確な特性の違いがあるけれども,強歪み加工された従来の合金と一般的に類似していることを裏付けている.

Fig. 12. Temperature and grain size compensated strain rate versus normalized stress showing excellent agreement with the theoretical prediction for conventional superplasticity [64].

6. まとめと結論

  • (1)   現在,数種類の4-6元素を含む高エントロピー合金について,~10-2 s-1 のオーダーのひずみ速度で最大1000% までの引張伸びを示す超塑性データが得られている.よく知られたCoCrFeNiMn高エントロピー合金は,HPT処理後に700℃で引張試験を行うと,最大全伸びが600%に達した.CoCrFeNiMn高エントロピー合金にTiまたはAlをわずかに添加すると,最大全伸びがそれぞれ600%と2000%まで大幅に増加した.
  • (2)   粒界すべりは,高温かつ低ひずみ速度で高エントロピー合金に現れる.高エントロピー合金の微細・超微細粒径は,この新しいタイプの合金材料では拡散が緩慢であるにもかかわらず,従来の材料と同様の超塑性を発現させる起源となっている.
  • (3)   強歪み加工された単相高エントロピー合金の高温での分解と,B2相(NiAl-リッチ)およびシグマ相(Cr-リッチ)を含む様々な析出物の形成は,引張試験中にこれらの合金の結晶粒成長を制限することによって,高エントロピー合金に優れた超塑性伸びをもたらすことができる.
  • (4)   実験データの分析と従来の超塑性材料との系統的な比較から,強歪み加工にされた超塑性高エントロピー合金において,測定されたひずみ速度と従来の合金に対して作られた理論的モデルより予測された値との間に良い一致が見られた.

本研究の一部は,米国国立科学財団(NSF)の助成番号CMMI-2051205(M.K.),および,欧州研究評議会(ERC)助成金協定番号267464-SPDMETALS(T.G.L.)支援を受けて行われたものである.

文献
 
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