2025 年 89 巻 6 号 p. 206-210
Atom probe tomography enables elemental distribution analysis in various regions in semiconductor-device related materials. This paper introduces the segregation and precipitation of impurities on specific grain boundaries in Si, and the Cu diffusion suppression effect of additive elements in Cu interconnect layers.
3次元アトムプローブ(APT)法は,材料中の元素の3次元分布を原子スケールに近い位置分解能で分析可能な手法である[1–9].細い針状試料に電圧を印加し,試料最表面の原子をイオン化離脱し(この現象を電界蒸発と呼ぶ),位置敏感検出器でイオンを収集することで離脱前の針の面内方向の原子位置(X,Y)を同定する.原子は常に再表面から電界蒸発するので,連続的に原子を表面から収集することで針の長手方向(Z)方向に拡張でき,(X,Y,Z)の3次元位置情報を得る.また,同時にイオンの飛行時間を測定することによって質量(元素種)の同定を行う.
元来のAPTは,定常の高電圧にパルス電圧を重畳させて印加することによって原子をイオン化させることから,原理的に高導電性を持つ物質にしか適用できず,半導体・絶縁体材料の分析は困難であった.しかしながら,パルス電圧の代わりにパルスレーザーを試料先端に照射し電界蒸発を補助するパルスレーザー型APTの出現により,Siデバイス[10,11]から化合物半導体[12,13]に至る様々な半導体材料の分析も可能になった.さらには,電気的特性を調査したデバイスそのものをAPT分析することでドーパント分布と電気的特性との対応関係なども調べられている[14].最近ではレーザーの波長を短波長化することで,一部の絶縁体バルク材料の分析が可能になってきた[15].また,走査電子顕微鏡(SEM)を具備した集束イオンビーム(FIB)を用いたナノ加工技術の進歩により,観察したい特定部位を細い針状試料の先端領域に含むように試料加工を行うことが可能になったことも半導体材料の分析を行う上で重要な鍵となっている[16].APTの測定領域は典型的には針直径が高々100nm程度で針先から深さ方向に数百nm程度の領域であり,この狭い領域に,デバイス構造の特定部位や粒界,異相界面などAPT分析したい部位を含める必要があり,特定部位の含む針試料作製にはFIBが必須である.
APTを用いて半導体デバイス関連材料でどのような分析ができるのかを理解していただくための典型例として,少し古いデータではあるが,電界効果トランジスタ(MOSFET)[17]の分析例をFig.1に示す[18].FIBによる微細加工技術を駆使して,シリサイド(Siとの化合物)である金属層との接合(コンタクト)層の部分から,ゲート,ゲート酸化膜,Si基板(チャネル領域)までをAPTで分析した.試料は,市販されていた2種類の大規模集積回路における実際のnチャネル(n–)およびpチャネル(p–)MOSFET(65nmノード)である.これらは,製造プロセスが不明なMOSFETのドーパント分布分析であり,APTの特徴の1つとして,どんな元素が含まれているかの事前の知識なくても元素同定が可能であることが挙げられる.透過電子顕微鏡(TEM)によるMOSFETの断面TEM像をFig.1の左側に示す.多結晶(ポリ)Siゲート,ゲート酸化物,Si基板構造が両方の製品で確認できる.デバイス構造,特にSiNやSiO2などの電界蒸発ポテンシャルの高い絶縁体を含むデバイス構造のAPT測定では,不均一な電界蒸発により,針試料が測定中に破壊したり,測定できても再構成した3次元マップが歪んだりする場合がある.そこで,側壁を含まない針状試験片をFIBを駆使して作製した.
n–MOSFETにおいては,多結晶Siゲートに製品IではPが,製品IIではPとAsが観察され,どちらも不均一に分布していた.これは,多結晶Siの結晶粒界にAsとPが偏析しているからである.チャネル領域について,製品Iでは,少量のBとCが観察されたが,製品IIではBのみが観察された.一方,p–MOSFETでは,製品I,製品IIともに,多結晶SiゲートにBがほぼ均一に分布していることが観察されたが,チャネル領域PやAsなどのp型チャネルに関与するドーパントは観察されなかった.これは,p–MOSFETチャネルのドーパント濃度がAPTの検出限界を下回っていることを示している.Niシリサイドのコンタクト層では,製品Iおよび製品IIのn–MOSFETの場合,PまたはAsのドーパントはNiシリサイド層に観察されなかったが,Niシリサイド/多結晶Siゲート界面でのドーパント原子の偏析が明確に観察された.これは,PおよびAsがNiシリサイド層に拡散していないことを示している.p–MOSFETの場合,製品IのNiシリサイド層にはBとそのクラスターが観察されたが,製品IIのNiシリサイド層にはBはほとんど観察されなかった.これは製造プロセスの違いによるドーパント分布の違いを捉えており,これらの情報を製造過程にフィードバックすれば,よりよい半導体デバイスの開発につながると考えられる.
このようにAPTを用いることで,半導体デバイス中の様々な領域における元素分布分析が可能である.以下では,Si中の特定の粒界上での不純物の偏析や析出,さらに配線層におけるCu拡散バリア性における添加元素の効果について紹介する.
APT分析により粒界や転位などの拡張欠陥への不純物偏析が評価されているが,空間分解能の制約により再構築された3次元アトムマップにおいて欠陥の原子構造は直接同定できない.そのため,再構築アトムマップに組成揺らぎや不純物の偏析が存在してもアトムマップだけではどんな構造もしくは性格の欠陥への偏析なのかは判断することができない.アトムマップとTEMもしくは走査透過電子顕微鏡(STEM)観察データを全く同じ領域から取得して両者の相関を取る直接相関法の開発が進んでいるが,まだ応用例は少なく,同じ試料であるが,完全に同じ領域ではなく,ごく近傍の領域からサンプリングして別の測定で得た構造情報と3次元元素分布との相関を取ることが行われている.また最初に述べたように,半導体材料のAPT分析でFIB加工は必須であるが,加工の過程で,欠陥導入や局所的な温度上昇などの理由により元素分布が少しぼやける場合があることがわかってきた.ここでは,FIB加工による組成変調を低減する試料加工法[19]と,APT再構築データのみから粒界位置を同定する手法[20]を併用して,Si中の対応粒界の1つであるΣ9{114}粒界における酸素(O)不純物の集積機構を解明した研究を紹介する[21].
Fig.2(a)およびFig.2(b)は,それぞれ,低温(液体窒素温度)および室温でFIB加工したΣ9{114}粒界近傍のOの3次元アトムマップを粒界と平行な方向に投影した図である.低温で加工した場合も室温で加工した場合も,粒界面に沿ってO原子が偏析している様子がわかるが,低温加工の試料では,室温加工した試料よりも粒界面でのOの偏析がはっきり見える.粒界を垂直に横切るO濃度の1次元プロファイルを,対応する高分解能STEM像と重ね合わせてFig.2(c),Fig.2(d)に示す.低温加工した試料では粒界面でのO濃度分布(Fig.2(c))の半値幅は約2.5nm程度であり,室温で加工した場合(Fig.2(d))に比べて,濃度分布の半値幅で約2–3nm狭くなっている.一方,単位面積あたりの粒界における過剰なO不純物原子数として定義されるOのギブシアン界面過剰ΓOは,低温加工試料で0.05nm–2と見積もられ,これは室温加工試料で得られた0.04nm–2とほぼ同じである.これらの結果は,FIB加工によって粒界での元素分布が少し変化するが,それは低温で加工することで分布の変化を抑制できることを示している.このO濃度分布の変化は,FIBによるGaイオンの照射箇所近傍では局所的に温度が上昇するためO原子の拡散が進む効果やFIB加工プロセス中に導入された点欠陥によって拡散が促進される効果などによると考えられる.Siの場合,低温加工ではこれらの効果が無視できることが示されている[19].
Fig.2(a),Fig.2(b)では粒界の位置が点線で記されているが,この位置はSiのアトムマップで観察されるポールパターンを利用して同定している[20].ポールパターンは,電界蒸発の際に原子位置が平衡位置からズレる効果(蒸発収差)や表面原子ステップの影響で局所的に電界が揺らぎ原子の蒸発方向が表面垂直方向からズレる効果(局所拡大効果)などにより低指数面に沿って形成される見かけ上低密度や高密度の領域の空間分布から構成されるパターンであり,当然ながら結晶方位に依存する[22].Fig.3に典型的なポールパターンの変化例(Σ9{111}/{115}粒界)を示す[20].結晶方位に依存するポールパターンは粒界を挟んで変化するため,2つのパターンの境界として粒界面の位置が,粒界偏析の有無に関わらずアトムマップ上で認識できる.(この例の場合は,粒界にOが偏析している).SiのアトムマップをZ軸と垂直に薄くスライスし,個々のスライス盤内のポールパターンの境界線を結ぶことで粒界面の位置が正確に同定できる.
Σ9{114}粒界は粒界から離れた領域の原子配列を眺めると粒界面に対し鏡映対称であるが,粒界面では非対称な鋸歯状の再構成構造が2nmの周期で並ぶ.酸素の分布は再構成構造が形成された領域に集中してピーク濃度が粒界面から少し離れており,原子レベルの構造の非対称性を反映した非対称分布となっている.粒界に集積した酸素は低濃度で離散的に分布しており孤立型の不純物と考えられるが,その場合はSi–Si結合の結合中心付近を占有する中性不純物となりSi中に圧縮ひずみを生じる.その圧縮応力を相殺するよう,2GPa程度の引張り応力の生じた格子間サイトに集積すると考察された[20].第一原理局所応力計算によりそのような酸素の集積サイト分布を計算すると,粒界を垂直に横切る集積サイト数の1次元プロファイルは,確かにOの1次元濃度プロファイルをほぼ再現する[21].この結果は,本解析手法の高い解析精度を支持している.
銅(Cu)はSiデバイス製造技術における遍在する汚染物質であり,Si中のCuの析出過程を調べることは,ゲッタリングや熱プロセスを使用したCu汚染物質の制御に役立つと考えられる.ここでは,Si中の小傾角粒界において不純物Cuが析出している様子をAPTで調べた結果について紹介する[23].試料は,チョクラルスキー(CZ)法で成長させたSiでBが0.01at%のオーダーで,Cuが10–5 at%のオーダーで含まれている試料である.小傾角粒界は,一定間隔に並んだ平行な刃状転位の列で構成される.Cuを添加したas–grown試料では,粒界に沿って体心立方格子(bcc)構造の非平衡Cu3Si合金のエピタキシャル膜が自己形成した.その膜は転位列と平行に伝播し,その境界面は転位部を除き原子レベルでコヒーレントだった.熱処理(900℃)を加えると,Cuの集積によりbcc–Cu3Si膜が成長した.膜厚が増加し臨界膜厚(3nm)を超えると,ミスフィット転位が導入されてセミコヒーレントなbcc–Cu3Si合金膜へ変化した.このbcc–Cu3Si膜は約10nmの膜厚まで安定だが,Cuがさらに集積すると熱平衡構造であるη”型Cu3Si合金の,インコヒーレントなSi–合金界面を持つ粒状析出物へ変化した.Fig.4にそのような小傾角粒界を平行な方向と垂直な方向から観察したCuのアトムマップを示す.約10nmのサイズのη”–Cu3Si析出物が小傾角粒界上に多数観察された.小傾角粒界は(220)面上に存在し,析出物は[001]および[–111]方向の基底ベクトルを持つ粒界上のメッシュに約12nmの間隔で存在している.それらは成長すると,Siの{112}面で囲まれた大きなη”–Cu3Si析出物を形成する(たとえば,Fig.4のアスタリスクでマークされた析出物).η”相の形成前はミスフィット転位を含むbcc–Cu3Si層が小傾角粒界上に存在しており,ミスフィット転位のバーガースベクトルがb=a/2<110>の場合,ミスフィット転位は,[001]に沿ってだけでなく,[1–11]または[–111]に沿って小傾角粒界上に広がるはずである.これらの転位は,小傾角粒界を構成する刃状転位と同様に,Cu原子のゲッタリングサイトとして機能する.そのため,η”–Cu3Si析出物は,ミスフィット転位ネットワーク上に形成すると考えられる.
2つの構造の析出エネルギー(析出に起因するエネルギー減少)およびSi結晶との界面エネルギー(第一原理計算),粒界近傍の弾性ひずみのエネルギー(転位に起因,弾性論)の評価から,1)析出エネルギーは小さいが界面エネルギーを減少するようにSi結晶とコヒーレントな界面を持つ非平衡のbcc構造が優先して形成され,2)Si結晶と析出物の格子ミスマッチに起因する弾性ひずみが粒界ひずみを相殺するよう特定の回転角の粒界に優先的に析出する,と説明できる.この非平衡構造は,バルクSi結晶中で安定に存在できる格子間型孤立Cu原子の集積および一部のSi原子との置換により形成すると考えられる.3)Cu原子がさらに集積して析出エネルギーの利得が界面エネルギーのロスを上回ると,bcc–Cu3Si合金を<111>方向に歪ませた,インコヒーレントな界面を持つ熱平衡構造のη”–Cu3Si合金へ相変態すると説明できる.
超大規模集積回路において,Cu配線の微細化を続けると,Cu配線内の電流密度が増加するため,エレクトロマイグレーションや応力誘起ボイドなどが発生する.Cu拡散を防止するためのTa/TaNバリア層がCuと誘電体との間に挿入されるが,微細化が進むにつれて,より抵抗率が低く接着強度が向上した新材料が求められている.ここでは,Cuのシード層としてCu(Mn)を,Cu拡散バリア層としてCo(W)層の使用することでCuの拡散が抑えられるかを調査した研究について紹介する[24].Co(W)層を使用すると,Cuの密着性が向上し,エレクトロマイグレーションやストレスによるボイド形成の障害が防止されることが期待され,また,Cu(Mn)をシード層として使用すると,Cuの拡散パスにMnが存在することで,Co(W)のCu拡散バリア性を高めることが期待できる.Fig.5(a)に示すような比較材も含め3種類の積層モデル材を作製し,実際にAPTを使用して,WとMnを添加することでCuの拡散がどう抑えられるかを3次元で可視化した.Fig.5(b)に400℃で1h,熱処理した3種類の試料の境界近傍のアトムマップを示す.何も添加していないCu/Coでは,Fig.5(b)の(i)に示すようにCuがCo層へ粒界拡散している様子がわかる.一方,Cu/Co(W)ではCuのCo層へ粒界拡散を大幅に抑制している(Fig.5(b)の(ii)).WがCuの高速な粒界拡散を防いでいることがわかる.しかし,わずかではあるが,Co層へCuが粒界拡散していることも見て取れる.Fig.5(b)の(iii)に示すようにCu(Mn)/Co(W)では,Cu/Co(W)場合よりもさらにCuのCo層へ粒界拡散を抑制している.MnがCu/Co層界面の極近傍に存在しており,その下のCo層にはWが存在している.Cu(Mn)/Co(W)の境界のMnを真上から見た断面スライスマップをFig.5(c)に示す.Mnの分布はCu/Co層の境界近傍で一様ではなく,ある特定の場所で濃くなっている.これは,MnがCo(W)粒界に偏析しているからである.MnはCu(Mn)層からCo(W)層に拡散し,Co(W)粒界に存在するが,MnはWよりもCu層側に存在して,Cuの高速な粒界拡散を防ぎ,Co(W)層のCu拡散バリア性を強化することがわかった.Cu(Mn)シード層と結合したCo(W)バリア層は,2 nm程度の膜厚で十分なCu拡散バリア性を有することがわかった.
パルスレーザー型APT法によって,金属材料だけではなく,半導体材料への適用が可能となった.レーザーの波長が徐々に短波長になり,絶縁体材料の測定が容易になる可能性もあり,APT法が様々な電子デバイス材料の評価法として広がっていくことが期待される.最後にAPT法の今後の展開について触れておく.現在,さらなるレーザーの短波長化が進んでおり,今まで測定困難だった試料の測定成功率が高くなったという報告がある.また,従来は電圧パルスとレーザーパルスは独立に用いられてきたが,最近では電圧パルスとレーザーパルスを同時に印加することでSignal–to–noise ratio(S/N比)が向上することが報告されている.詳しくは,装置製造メーカーのホームページ[25]を参照されたい.ハードウェアが進歩している一方で,ソフトウェアに関しては,材料によっては,再構成したときの像が歪んだり,電界蒸発値が大きく異なる層状材料を測定した場合,層の厚さが実際と異なる場合があり,再構成アリゴリズムのさらなる高精度化が期待される.またAPTだけではなく,FIB–SEMによる試料加工の進歩も重要である.例えば,APTで粒界を分析する場合,針先から数百nm程度の深さの領域に粒界を含まれるように加工する必要がある.少し以前のFIB–SEMでは,加工途中の針が太い場合には粒界が視認できるが,加工終盤の針が細くなってくる状態では粒界が見難くなるため,最後は経験と勘が大きく影響したが,最近のFIB–SEMは性能が向上し,ある程度針が細くなってからも粒界がSEMで確認できるようになり,針の加工精度が向上している.FIBによる試料加工の自動化やAPT測定の自動化も進んでおり,将来的には,熟練した技術に頼らず,誰でもAPT分析できる時代が来るかもしれない.
原稿に対して貴重なコメントをいただいた嶋紘平博士に感謝致します.