抄録
解糖系の一酵素であるγ-subunit enolaseは神経細胞と軸索突起に局在し,神経細胞損傷時には髄液や血中に逸脱するためneuron-specific enolase (NSE)と呼ばれ,脳虚血後の中枢神経細胞傷害の指標として注目されるようになってきた。今回,心停止で搬入された成人症例において,全脳虚血後の中枢神経細胞傷害の指標として血清NSEを経時的に測定し,以下の項目について検討した。内因性心停止の原因疾患と血清NSE:搬入時の血清NSEは,心疾患群(20症例,19.9±2.6ng/ml),クモ膜下出血群(10症例,12.4±1.3ng/ml),窒息・低酸素症群(10症例,50.2±28.4ng/ml)の3群間に有意な差はみられず,推定心停止時間にも,3群間に有意な差はみられなかった。血清NSEから内因性心停止の原因疾患を推定することは困難であった。蘇生後脳症の神経学的予後と血清NSE:搬入時には3群間に有意差はみられなかったが,蘇生1日後の血清NSEは,完全回復群(5症例,9.6±2.2ng/ml),遷延性意識障害群(8症例,14.1±5.4ng/ml),植物症群(12症例,28.6±8.6ng/ml),脳死群(20症例,62.4±23.4ng/ml)と搬入時に比較して有意に増加し,完全回復群,遷延性意識障害群の2者と植物症群,または脳死群の間に有意差がみられ,植物症群と脳死群の間にも有意な差がみられた。蘇生3日後の血清NSEでは,完全回復群と遷延性意識障害群の間にも有意な差がみられた。以上から,蘇生1日後の血清NSEは神経学的予後を反映する指標と考えられた。搬入時の血清NSEと髄液NSEの相関:心拍の再開が得られなかった13症例の血清NSEと髄液NSEの相関は,Y=0.557X+3.511 (p<0.05)であり,一方心拍の再開が得られた6症例の血清NSEと髄液NSEの相関は,Y=2.178X-13.659 (p<0.05)であった。以上から,心拍の再開の有無に関わらず搬入時の血清NSEと髄液NSEとの間には有意な正の相関がみられた。結語:血清NSEは全脳虚血後の神経学的予後の指標として有用である。1)血清NSEが蘇生2-3日後に50ng/mlに増加する症例では,その後も増加し続け,脳死に至る傾向がみられた。2)一方,完全社会復帰できる症例では,20ng/mlを上限に一過性に増加するが,その後は急激に低下した。