2024 年 30 巻 1-2 号 p. 19-26
目的:超高齢社会の日本において,口腔機能低下への対応が健康寿命の延伸に重要である.多くの高齢者が複数の薬物を服用しており,口腔機能低下症状の中でも,口腔乾燥症を生じている患者が増加している.口腔乾燥症を生じる薬物のうち,Ca拮抗薬は高血圧症患者の7割が服用している.本研究では,Ca拮抗薬による口腔乾燥症患者の唾液量と唾液タンパク質との関係を調べ,口腔乾燥症患者の唾液の変化について検討を行うことを目的とした.
方法:被験者は,日本歯科大学新潟病院口のかわき治療外来に来院したCa拮抗薬による口腔乾燥症患者および日本歯科大学新潟病院に来院した健常高齢者である.本研究は日本歯科大学新潟生命歯学部倫理審査委員会の承認を得て行った.
唾液量の測定は,吐唾法による10分間の安静時唾液量を測定した.プロテアーゼインヒビターを入れたスピッツ管で,安静時唾液の採取を行った.採取した唾液は,14,000g で15分間,4℃で遠心分離を行い,上清を用いてタンパク定量を行う(Bio-Rad Laboratories)とともに,iTRAQ法によるタンパク質の網羅的な比較定量解析に用いた.iTRAQプロテオーム解析は,Ca 拮抗薬のみを服用している口腔乾燥症患者と健常高齢者の安静時唾液を用いて,(株)Oncomics に委託して行った.解析方法は,Buffer置換,タンパク質濃度測定,In solution Digestionの後,iTRAQ標識(AB SCIEX iTRAQ Reagent-4Plex Kit)を行い,ProteinPilot v4.5 にて解析した.
iTRAQプロテオーム解析により,Ca拮抗薬による口腔乾燥症患者において健常高齢者と比較して特徴的に増加あるいは減少するタンパク質を抽出した.Ca拮抗薬による口腔乾燥症患者において増加していたタンパク質について,Ca 拮抗薬を服用している口腔乾燥症患者6名(女性6名,平均年齢70.5 ± 10.0歳)および健常高齢者6名(男性2名,女性4名,平均年齢69.0±5.3歳)の唾液を用いてWestern blottingを行った.Ca拮抗薬による口腔乾燥症患者で増加していたタンパク質の,内在性コントロールであるβ-Actinに対するタンパク質の検出率を求め,唾液量との関係について検討した.
結果:iTRAQプロテオーム解析により,968種類のタンパク質が検出された.健常高齢者を基準としたCa拮抗薬による口腔乾燥症患者の相対定量比が有意に増加していた唾液タンパク質であるCalmodulin-like protein 3およびGlutathione S-transferase Pについて,β-Actinに対するタンパク質の検出率を求めた.唾液量との関係を分析した結果,Calmodulin-like protein 3およびGlutathione S-transferase Pは,Ca拮抗薬による口腔乾燥症患者において安静時唾液量が多い者ほど検出率が高く,タンパク濃度によらず一定の濃度,唾液中に含まれていた.一方,健常高齢者においては,Calmodulin-like protein 3およびGlutathione S-transferase Pは安静時唾液量の多い者ほど検出されにくく,特にCalmodulin-like protein 3はタンパク濃度によらず,検出率が低かった.
結論:本研究の結果,Ca拮抗薬による口腔乾燥症患者においては,Caによって調整されるタンパク質であるCalmodulin-like protein 3が,タンパク濃度によらず一定濃度,唾液中に含まれており,健常高齢者において検出されにくい唾液タンパク質であることが明らかとなった.