ヒトには主咀嚼側があること,咀嚼運動において主咀嚼側と非主咀嚼側との間に機能的差異が認められる1, 2)ことから,最近では,咀嚼運動のみならず咀嚼能力においても主咀嚼側を用いる研究が多くなってきている3〜10).一方,咬合力分析システム(デンタルプレスケール Ⅱ)による咬合力では,主咀嚼側と非主咀嚼側との間に機能的差異がある11)ことから,主咀嚼側での値を用いる研究10)もみられるが,全歯列での値を用いる研究12〜23)も行われている.
37〜80歳の有歯顎者を対象に調べた研究24)では,機能歯数と最大咬合力が咀嚼能力と有意に関連すること,60歳以上の高齢者を対象に調べた研究25)では,残存歯,最大咬合力,唾液分泌量が咀嚼能力と有意に関連することを報告している.これらの報告は,咀嚼能力と咬合力との間には密接な関連があることを示している.
歯の欠損があると咬合力が低下すると報告されている12, 16)が,歯の欠損の有無に関係なく,全歯列の最大咬合力を咬合力の指標としている研究が多い12〜23).これは,歯の欠損による咬合力への影響が検討されていないことによるものと考えられる.
そこで本研究では,片側臼歯欠損者(片側臼歯欠損群)と天然歯列者(コントロール群)を対象とし,咀嚼能力や咬合力の検査を的確に行うための条件を明らかにする目的で,主咀嚼側(非欠損側)と非主咀嚼側(欠損側)の咀嚼能力(グルコースの溶出量)と咬合力を分析した.その結果,咀嚼能力と咬合力は,主咀嚼側のほうが非主咀嚼側よりも有意に大きかった(表1).主咀嚼側の咀嚼能力と非主咀嚼側の咀嚼能力との間,主咀嚼側の咀嚼能力と主咀嚼側の咬合力との間に有意な相関が認められた.主咀嚼側の咬合力と非主咀嚼側の咬合力との間,主咀嚼側の咀嚼能力と全歯列の咬合力との間では,コントロール群では有意な相関が認められたものの,片側臼歯欠損群では有意な相関が認められなかった(表2, 3).
歯の欠損による咬合支持の減少で咀嚼能力と咬合力の低下が起こる8, 12, 16, 26)ことが報告されているため,本研究では,咬合支持が片側のみ減少する片側臼歯欠損者の咀嚼能力と咬合力を調べることとした.また,咀嚼能力と咬合力には性差が認められる27〜29)ことから,女性のみを対象とした.さらに,咀嚼能力は加齢の影響を受けない30)が,咬合力は60歳以降で低下する31)ことから,片側臼歯欠損群とコントロール群の年齢を一致させた.
咀嚼能力と咬合力との間で有意な正の相関が認められることが報告16, 32, 33)されているが,咀嚼能力と全歯列咬合力との間での相関の有無をみている.また対象としている被験者は,全部床義歯患者と部分床義歯装着者33),アイヒナーA,B,C群の患者16),天然歯列者と有床義歯装着者32)などと歯の欠損状態がさまざまである.咬合支持の減少で咬合力は低下する12, 16)ことが明らかにされているので,全歯列の咬合力に歯の欠損状態が影響を及ぼすことは容易に推測できる.そこで,本研究では片側臼歯に欠損がある場合の咬合力を評価するときに,全歯列での評価が有効なのか,または片側で評価すべきなのかを明らかにするために行われた.
完全天然歯列を有するコントロール群では,咀嚼能力,咬合力ともに主咀嚼側と非主咀嚼側との間に極めて強い相関が認められたが,片側臼歯欠損群では,咀嚼能力,咬合力ともに,主咀嚼側と非主咀嚼側との間の相関はコントロール群と比較して弱くなり,特に咬合力に関しては有意な相関は認められなくなった.この結果から,咬合力では,咬合支持の減少の影響を強く受けるのに対し,咀嚼能力では,実際に食品を咀嚼させた際に,欠損状況によっては他の歯で咀嚼を補うことが可能な場合もあるため,咬合支持の影響が少なかったのではないかと考えられた.したがって,臼歯欠損者に対して,全歯列での咬合力を使用する場合は,咬合支持の影響を十分考慮すべきであるといえる.
これらのことから,片側臼歯欠損者の咀嚼能力は主咀嚼側,咬合力は全歯列でなく主咀嚼側(非欠損側)を分析の条件とすべきであることが示唆された.
注:本文中の文献番号は,英論文中の文献番号と一致する.
※内容の詳細は英論文になります.
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