2025 年 46 巻 2 号 p. 108-112
兵庫医科大学病院では,高度で先進的な医療を提供する基幹病院として,看護師の育成に力を入れている。看護部は2016年に独自のキャリア開発システムを導入し,人間力のある看護師の育成を目的とした教育計画を実施している。新人研修からキャリア開発まで,多岐にわたる研修を提供している。特に,2011年より開始したシミュレーション教育は,学習者が実践的な知識・技術を習得し,自律的に学ぶ環境を整えることを目的としている。模擬患者を活用した実践的な研修を導入することで,リアルな学習環境を提供し,学習効果を高める取り組みが進められている。また,シミュレーションファシリテーターの育成を行い,教育の質向上を図っている。現任教育や新人看護師研修などを通じ,実践力向上を支援。研修成果を現場に定着させるため,「成長記録」を活用し,学習転移を促進する仕組みも整備されている。今後はVR(Virtual Reality)やAR(Augmented Reality)技術を活用した研修の効率化を図り,より多くの学習者が質の高い看護を提供できるような環境の構築を目指している。
兵庫医科大学病院(以下,当院)は,地域の基幹病院として高度で先進的な医療を提供している。看護師は約1,000名在籍しており,専門看護師や認定看護師など多くのスペシャリストがいる。当院の理念は,「安全で質の高い医療を行い,地域社会へ貢献するとともに,よき医療人を育成します」である。この理念のもと,看護部のキャッチフレーズとして,「SWEET」(図1)な看護が実践できる看護師の育成に取り組んでいる。

当院の看護部では,2016年に独自のキャリア開発システムを開発し,人間力のある看護師の育成を目指して教育計画を立てている。研修は新人看護職員初期研修,看護実践編,キャリア開発編に分けて構成され,年間を通して約50項目の研修を実施している。
2010年に厚生労働省が「臨床現場で必要とされる臨床実践能力と看護基礎教育で修得する看護実践能力との間には乖離が生じている」1)と指摘し,新人看護職員研修が努力義務化となった。これをきっかけに専門的な知識・技術・態度を習得するために学習者が能動的に学ぶことができるシミュレーション教育が推奨され,当院では2011年より取り入れた。
当初は教育担当者が患者役とファシリテーターを兼任していたが,より実践に近い状況を作るために一般市民の模擬患者参加型のシミュレーション教育を導入した。これにより,リアルな学習環境が実現し,学習効果も向上したことによって現在も続いている。
シミュレーション研修の運営は,シミュレーション研修推進チーム(以下,シミュレーションチーム)が行っている。このチームは,看護部教育研修委員会の下部組織となっている。シミュレーション教育を活用し,集合教育,部署教育を問わず当院看護師の実践能力の向上に貢献することを目的に2016年に発足した。メンバーは,看護部研修の“シミュレーションファシリテーター育成コース”の修了者のうち,管理監督者や希望者を対象として構成されている。チーム間で,シミュレーションファシリテーターの連携を図り,シミュレーション研修を効果的に行っている。また,自己のファシリテーションスキルを向上させると共に互いのファシリテーションスキルを補完している。
シミュレーション研修は,学習者が主体的に学ぶ環境を作るためにファシリテーターの役割が重要であり,彼らの支援によって研修の質が向上し,学習効果が最大限に発揮される。そのため,当院では,2014年より看護部及び各部署において,効果的なシミュレーション教育をすることやシミュレーションファシリテーターの連携や看護実践能力の向上に貢献するために,“シミュレーションファシリテーター育成コース”の研修を実施し,ファシリテーターの育成を行っている。毎年,部署から教育に関わるリーダー看護師を必ず1名参加させており,その勤務は保障されている。
研修の目的は,「シミュレーション教育に関する理解を深め,効果的にシミュレーションを実践するための指導方法を習得し,自部署におけるシミュレーション教育のリーダー的存在になる」としている。研修は4回コースとなっており,第1回は基礎的な知識と学習者体験,第2回はシナリオ作成と演習,第3回はテストランを行い,その後,部署でシミュレーションを実施している。第4回では,部署での取り組みについて動画を用いて発表を行っている。
学習者は,シミュレーション研修の組み立てはもちろんのこと,ファシリテーターの役割や普段の後輩指導,コミュニケーションにも活用できるスキルが身についていく。現在,約100名の研修修了者が部署教育やシミュレーションチームで活動を行っている。
シミュレーションチームは,看護部研修の実践編で,6種類のシミュレーション研修を担当している。その中の「リーダー看護師対象の急変対応シミュレーション」を紹介する。シミュレーション研修を行うには“7つのSTEP”2)を踏んで,企画を進めている。
STEP 1では,学習の対象を特定する。本研修の対象は,リーダー業務の経験が浅い看護師や急変対応に不安があるリーダー業務を行っている看護師とした。
STEP 2では,学習対象者や組織が抱える課題,ニーズ分析を行う。当院では,院内急変で看護師が適切な急変対応ができなかった事例があり,急変対応に対する漠然とした不安を感じていることが明らかになった。急変対応の一連の流れや技術の習得は不可欠であるが,当院には医療従事者向けの心肺蘇生トレーニングコースがあり,受講することで課題の解決が期待できる。本研修では,急変時にコマンダーの役割を担うことで看護師の実践能力を向上させることを目指すことにした。
STEP 3では,場面と目標の設定である。コマンダーの役割を担えるようにするため,応援要請からMET(Medical Emergency Team)が到着するまでの場面を設定した。到達目標は,①急変対応の場面で明確な指示を出すことができる。②医師やMETに必要な情報を正確に報告または要請できる。③心肺蘇生ガイドラインの概要を理解し,リーダーとしての役割をとることができる。④家族への連絡の必要性が理解できる。そして,前年度まで学習者が“できる”まで実施することにしていたが,時間の制限があるため,“複数回実施”に変更した。
STEP 4では,評価方法を決める。目標達成に向けて必要な項目を明確にする。本研修では,急変対応時に必要な行動や手順を簡潔にまとめたアクションカードを活用して標準的な評価と研修終了後に知識の習得度を書くにするために5問のテストを行うことにした。そして,救急看護認定看護師がアドバイザーとして専門的な視点で学習者へフィードバックを提供し,評価の精度と対応の適切性を高めたいと考えた。
STEP 5では,演習時間・資源を検討する。少人数で学習者が発言しやすいように定員を6名とした。まずは挿管介助のタスクトレーニングと急変対応のシミュレーションを計画し,全員がリーダー役を経験できるように研修時間は3時間とした。会場は,現在は閉鎖している病棟を活用し,心肺蘇生トレーニング用シミュレーターを用いる。シミュレーション教育では,ファシリテーター2名と学習者6名の少人数制で実施している。ファシリテーターの専門知識と豊富な経験により,学習者にとって価値ある研修となる。また,繰り返し学習することで,知識・技術・態度が身につき,看護の質が向上することが見込まれる。
STEP 6では,シナリオを作る。この研修は毎年行っており,シナリオを新たに作らず,ブラッシュアップしている。シナリオは,学習者の緊張をほぐし,相互理解や協力関係を築くために,必ずアイスブレイクから始めている。シナリオ作成で,重要にしていることは,常に学習目標を軸に場面を想定し,デブリーフィングガイドを具体的に丁寧に書くことである。これにより,ファシリテーターや協力者にも統一した認識を持ち,シミュレーションを円滑に進行できる。さらに本研修では,ファシリテーターの他に救急看護認定看護師にもアドバイザーとして入ってもらい,精度の高いシナリオを作成している。また,シミュレーション教育を効果的に行うために事前学習を取り入れ,急変時のアルゴリズムは理解しておくことにした。
STEP 7では,テストランを行う。ここでは,シナリオの妥当性や微調整を行う。当日使用する会場で物品を用いてシナリオ通りに進行できるか確認し,必要物品の確認を行った。テストランを行うことで問題や課題に気づき,目標に沿っているか再度確認した。シミュレーション研修当日は挿管のタスクトレーニングが未経験の学習者が多く,時間を少し長めにとり実施した。技術的な問題などが生じた時などは,その場でシナリオを調整し,研修がスムーズに進行できるように対応を行い,時間内に終了した。
2) シミュレーション研修の評価研修終了後にファシリテーターとアドバイザーと共に振り返りを行った。その後,シミュレーションチーム会の会議において研修の全体評価を行った。少人数制にすることで,学習者全員がシミュレーションを通じて実践の機会を得ることができた。また,繰り返しの学習を取り入れることで,急変対応に対する漠然とした不安が軽減され,また,リーダーとしての役割を明確にすることができた。さらに,経験豊富なファシリテーターと経験の少ないファシリテーターがペアを組むことで,互いの知識やスキルを補完しながら,学習者が気づきを得られるようにサポートを行うことができた。
新人看護師を対象とするシミュレーション教育を取り入れた研修は「看護場面でのコミュニケーション」「多重課題シミュレーション」「薬剤アレルギー」「術後観察」「急変対応」「転倒・転落」「感染予防」「褥瘡予防」「フィジカルアセスメント」「看護倫理」の10種類である。その中でシミュレーションチームが企画・運営している研修は5種類あり,シミュレーション研修は,1回3時間の最大6名で希望者が参加する。そして,一般市民の模擬患者の協力を得て,シチュエーションベースドトレーニングを繰り返し行っている。新人看護師は学校で学んだ基礎的な知識は持っているが,実践現場でどのように活用すればいいのか分からず戸惑うことがある。特に臨床判断の重要性を理解していても,経験が少ないために適切な判断や対応が難しい。
そこで,シミュレーションを行うことで学んだ知識を実際に近い状況で応用する力を養うことができる。また,知識・技術だけでなく,態度も養うことも重要であるため,模擬患者の存在は,学習者が実践的な対応力を身に付ける上で有効である。模擬患者からのフィードバックを受けることで,学習者は自分の対応が患者にどう伝わるかをリアルに実感し,知識を実践へと結びつける力を高めることができる。実際の患者と接する前に,安心・安全な環境で試行錯誤できるため,予期せぬ状況に対応する適応力も養われる。
さらに,模擬患者が実際の患者のように自然な反応を示すことで,学習者はより臨場感のある経験を積むことができる。その結果,単なる技術習得にとどまらず,患者の感情や心理状態を理解し,共感的な対応ができるようになる。模擬患者から意見を聞くことで,多角的な視点を持つことができ,自身の看護のあり方を客観的に見直す機会ともなる。この研修を通じて,学習者は患者中心の看護を実践するためのスキルを身に付け,より質の高いケアの提供へとつなげることが期待できる。
2) 学びを定着させるための取り組み集合教育での研修は,その時の満足度は高くても,実践で定着し活用されるかが課題とされる。当院では集合教育での学びを現場に活かせるようにするため,オリジナルの「成長記録」を作成し,学習者に記入をしてもらう取り組みを行っている。「成長記録」の主な目的は,研修で習得した知識・技術・態度を実践現場で活かせるように支援し,学習転移を促進することである。研修直後に振り返りを行い,具体的な行動目標を設定することで,学習内容を意識的に実践へ移行できるようにしている。このプロセスは,単なる知識習得に留まらず,実践に結びつける役割を果たす。
さらに,1カ月後と3カ月後に評価を行い,学んだ知識や技術が現場で適切に活用されているかを確認する機会を設けている。また,自部署の管理監督者からフィードバックを受けることで,学習者の理解を深め,現場での実践力向上につなげることができる。このフィードバックは,研修で学んだ内容を現場で活かす機会を作り,学習者が実践を通じて成長できるよう支援する重要な役割を担っている。学習転移を促進させるためには「転移風土」3)が重要であり,管理監督者が研修で得た知識やスキルを活かす機会を提供することで,学習者が安心して成長できる環境を整えることができる。「成長記録」はこのような学びのプロセスを可視化し,研修で得た知識・技術・態度を現場で効果的に活用できるよう後押しする重要なツールとなっている。
3) 成果と課題新人看護師対象のシミュレーション研修を実施することで,単なる知識や技術の習得だけでなく,実践の現場で必要な判断力を養うことができる。研修を通じて,学習者は自ら考え,主体的に行動する重要性を理解し,能動的に学ぶ姿勢が身についていく。このような経験を積むことで,現場での対応力が向上し,看護師としての成長に繋がる。また,学習者は自己の課題を認識し,現場で実践することで看護の質向上に貢献する。こうした研修を通じて学習転移が促進され,現場の実践力向上につながっている。
しかし,シミュレーション研修には課題もある。少人数で実施しているため,受講希望者が定員を上回っており,開催回数の拡充や部署ごとの研修導入を検討する必要がある。そして,学習者の成長記録から研修の実践状況は確認できているものの,部署の指導者が受講状況を把握する機会が限られている。そのため,研修で習得した知識やスキルをOJT(On-the-Job Training)を通じて効果的にできるよう,情報共有の仕組みを強化することが重要である。指導者と学習者が実践を通じて対話を深めることで,看護の質がさらに向上することが期待されるため,より円滑な連携体制の構築に取り組むことが課題である。
当院の手術センターでは,約10年前より,麻酔科医と看護師が連携し,急変対応のシミュレーション研修を実施している。特に挿管困難症例と超緊急帝王切開の対応訓練に力を入れている。スタッフ全員が適切な対応を身につけられるようにするため,クリニカルラダーごとに役割を分け,日勤・夜勤など異なる状況を想定したシナリオを用いて実践的な研修を行っている。手術看護認定看護師が研修をサポートし,スタッフの柔軟な対応力向上に寄与している。この研修により,急変時に迅速な判断と行動が可能となり,各スタッフの役割が明確化されたほか,チームワークの強化にも繋がっている。一方で,シミュレーションの準備に時間がかかることや指導者の育成が課題となっている。
この他に術前訪問の研修を行っており,ロールプレイを導入し,患者対応のスキル向上を図っている。本来は,模擬患者を活用することが理想だが,時間の確保が難しいため,看護師同士でロールプレイを行い,患者の安心感を高める工夫をしている。
手術センターでは,安全で質の高い医療提供を目指し,実践的な研修とスタッフ教育を積極的に進めている。この取り組みにより,急変時の対応力向上とチームの協力体制の強化が実現され,より信頼できる医療環境の構築に貢献している。
現在,シミュレーションファシリテーターの育成が進み,各部署で研修ができる環境が整いつつある。しかし,事前準備に時間がかかることで,ファシリテーターの負担が大きく,モチベーションの低下や質の維持が課題となっている。今後はVRやARなどの最新技術を活用し,研修のリアリティを向上させることで,準備時間の短縮を図るとともにより多くの学習者の参加を促進し,看護の質向上に貢献することが期待される。
さらにシミュレーション研修の受講者がその学びを現場で活かすためには,ファシリテーターのみならず,他の指導者の関わりも重要である。そのため,指導者はファシリテーターとの連携を深めることで,研修内容を現場で定着させ,実践へと繋げる役割を果たすことができる。これらの取り組みにより,質の高いOJTが実現し,研修で得た学びが現場に活かされることで,より良い看護の提供へと繋がると考える。