本論は、これまでの南アジア社会研究をふりかえりつつ、現代における南アジア社会認識の変貌とそこに現れている新たな研究課題について述べる。戦後日本の南アジア研究は、世界政治のなかにアジアを価値的に位置づけなおすための試みの一環としてあったが、そのなかで人類学的研究は国家の枠組みとは異なる地域社会や民族や文明に注目した。1960年代からは本格的な現地調査にもとづく研究が蓄積されていった。南アジア社会研究の課題は、社会のエッセンスを構造として把握する試みから、その生成変容の動態をいかにとらえうるかという問題へと変化してきた。現在の南アジア社会は、まさにポスト植民地的状況を乗り越えようとする新たな動態のなかにある。本論では、共同体/国家、宗教/合理性、伝統/近代といった植民地的二分法を媒介し、新たな関係性と価値を生成せしめている人々の行為主体性に注目する。