行動医学研究
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第19回日本行動医学会総会シンポジウム企画
健康増進と行動医学
中尾 睦宏 坂野 雄二
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2013 年 19 巻 2 号 p. 50-51

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本企画は、平成25年3月9日に東邦大学医学部で開催された第19回日本行動医学会総会シンポジウム「健康増進と行動医学」(以下、本シンポジウム)の発表内容をまとめたものである。総会テーマが「行動医学をどう活かすか:教育から臨床まで」であったことを受け、本シンポジウムでは行動医学的アプローチが教育面と臨床面において健康増進にどのように役立つのか議論をした。著者ら2人が座長を担当し、Table 1に示す4人のシンポジストに発表をして頂いた。

Table 1. シンポジウム「健康増進と行動医学」の演者と発表テーマ
発表者 所 属 演題名
井原一成 東邦大学医学部社会学講座公衆衛生学分野 高齢者の健康増進
竹内武昭 帝京大学大学院公衆衛生学研究科・医学部附属病院心療内科 喫煙行動(禁煙指導)と行動医学
稲田修士 東京大学医学部附属病院緩和ケア診療部/大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学分野 2型糖尿病患者に対する携帯情報端末を用いたセルフケアシステムの開発
本谷 亮 福島県立医科大学医療人育成・支援センター/医学部神経精神医学講座 東日本大震災被災者・避難者の健康増進

第1演者の井原先生とは、高齢者の健康行動医学な諸問題について議論を行った。「老い」とは何かという高齢者の心理に寄り添った発表をしていた点が印象的であった。また加齢を身体的な機能低下の面でとらえるだけでなく、精神健康度や生活機能へ着目をする重要性について指摘があった。これは非常に大事なポイントとなる。日本の平均寿命は世界一であることは国際的にもよく知られてきたが、単に長生きであるだけでは意味がない。心身が健康である期間を示す健康寿命の長さが大切であるし、その健康寿命の均一性も大切である。高齢化が進む社会において国民の健康増進を図るためには、一人一人の努力や家族の役割が重要であるが、それだけでなく社会・政治・経済・物理的環境も整備しなくてはならない。つまり個人、地域、医療機関、行政それぞれが責任を分担し、共同で働く必要がある。その意識付けをして連携を高めるためには、まずは行動医学的な教育と啓発が欠かせない。

第2演者の竹内先生とは、喫煙行動について議論を行った。海外の禁煙キャンペーンの実例を紹介する中で、販売者(タバコ会社)の販売促進戦略と、消費者(喫煙者)の喫煙心理との両者の立場を学べた点が意義深かった。禁煙指導の現場を担当する者にとっては、行動変容ステージ理論や5Aアプローチなどを駆使して喫煙者をどう行動修正するかがもっぱらの関心事になるかもしれない。しかし、竹内先生は、「喫煙者に偏見の目を向ける」のでなく「タバコ産業の宣伝・イメージ戦略の犠牲者である」という視点をもって患者(喫煙者)に接することの重要性を指摘した。これはタバコをめぐるステークホルダー(利害関係者)を見極めるという公衆衛生学視点にも通じる。患者(喫煙者)の病状を診るだけでは少医で、その人の背後にある社会的背景まで見通せるのが大医といったところであろうか。喫煙者には喫煙者の言い分があるのかもしれないが、受動喫煙により非喫煙者が健康障害を引き起こすエビデンスは既に明らかになっている。日本でも健康増進法が施行されており、非喫煙者の健康は権利として守られている。したがって禁煙対策は今後も重要な行動医学的な課題となる。

第3演者の稲田先生とは糖尿病患者のセルフモニタリングのあり方について議論を行った。開発中である携帯端末を用いたセルフモニタリングシステムについて紹介がなされ、興味深かった。糖尿病の患者教育において、「自分にはできる」という自己効力感を高めることが重要である点は、稲田先生が指摘されるとおりである。紹介されたセルフモニタリングシステムは、カロリー計算や記録日時の把握が容易など、継続しやすい工夫がされている。記録の継続ができれば、治療者も患者と相談しながら目標設定を具体的に細かく設定できる。そうすれば、順調な場合は成功体験を重ねる機会が多くなり、失敗したとしても再設定が何度もできる。情報として糖尿病について知るだけでは、治療効果は不確実である。このシステムでは、自分の食行動をセルフケアし、糖尿病の情報を自分の病気としてきちんと置き換えて、確かな知識にすることができるのではなかろうか。病気になっている自分と向き合い、自分の行動を修正するための術を学べるという点で大いに期待できるシステムである。

第4演者の本谷先生とは東日本大震災の被災者・避難者の健康増進について議論を行った。避難所生活が長期化している現在、不眠やうつなどの精神的問題や、生活習慣病などの身体的問題や、アルコール依存などの行動的問題だけでなく、動かないことで全身の心身機能が低下する「生活不活発病(廃用症候群)」が高齢者を中心に認められるという報告があった。これは臨床的視点だけで議論できる問題ではなく、仮設住宅の地理的・構造的問題や、住民同士の交流といった町全体のコミュニティーにも関わる問題となっている。また地域住民の放射線健康障害に対する不安は深刻であり、風評被害の対策も必要である。例えばある場所で何ベクレルの放射性物質が測定されたとか、ある食品に基準以上の放射線が検出されたなどのニュースが発信されると、私達は非常に動揺する。過度に心配して極端な行動をとる人がいるし、逆に根拠もなく大丈夫だと考える人もいる。どちらにしても正確な情報をリアルタイムに入手して、冷静に対処したいところである。この問題を行動医学的に考えれば、健康情報を入手して正しく活用する「ヘルスリテラシー」の重要性ということになる。同じ放射性物質でも半減期が長いとより健康影響が出ることや、同じ放射線量を浴びたとしても皮膚や衣服に付着した外部被爆よりも体内に摂取した内部被爆の方が深刻な健康影響が出ることなど、しっかりとした知識をまず身につける必要がある。専門家によって意見が異なるときは、どの専門家の意見が信用できるかを見極める確認力も大切になる。そういった正しい判断ができる情報がどこにあるのか、分かりやすく明示するとともに、継続した教育・啓発活動も必要となる。

以上、高齢化問題・喫煙問題・生活習慣病(糖尿病)・被災問題と様々な問題を扱ったが、議論の根底には共通した行動医学的な流れがあったように感じた。健康問題には個人が解決できる部分と、環境に働きかけないと動かない部分があり、健康増進のためには個人と環境との両者へのアプローチが必要である。個人に働きかける場合は、当事者本人の対処スキルを向上させることが基本となるが、最新のハイテクを活用したITツールも強力な武器となる。高齢者の介助補助機器や、糖尿病のセルフケアシステム、インターネットによる被災関連の情報収集などが一例であろう。環境に働きかける場合は、対象全般の健康増進を狙う「ポピュレーションアプローチ」と問題のある対象者を絞り込む「ハイリスクアプローチ」を上手に組み合わせることが大切となる。高齢者対策にせよ、喫煙者の禁煙対策にせよ、糖尿病患者対策にせよ、その対象者は何千万人という単位である。もし全員に過剰な濃厚医療をしたとしたら、瞬く間に日本の財政と医療システムは崩壊するであろう。

健康増進のためには他者任せの医療に頼り切るのではなく、自らの力で生活習慣を整え、健康の自己管理を促すセルフケアの推進が大切となる。そのためには国民の健康教育の底上げがまずは必要である。医療と福祉に対する国民の価値観の多様性に対応するためには、バリアフリーや介護福祉機器といった工学的な力を借りた生活環境の調整も欠かせない。さらに高齢者などが自律と尊厳を保ちながら生きていくためには、健康教育・ヘルスリテラシー・死生観といった心理学的な分野を扱わなくてはならない。日本行動医学会は、臨床医学・公衆衛生学・心理学が融合した特徴ある学会であり、上記の健康増進ミッションに取り組むためには最適な学術団体の1つと考えている。そのポテンシャルが高いことを信じ、本企画の冒頭挨拶を終える。

 
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