抄録
行動医学は1977年、イェール大学で開催されたイェール会議で命名され、正式な定義を与えられたが、実質的にはそれよりはるか以前から発生していた。
Weiss (1992) によれば、既に前世紀において、Osler, W (1849-1919) は攻撃的行動と冠動脈疾患との関連を認めており、Mesmer, F.A. (1733-1815)、Freud, S. (1856-1939) らも身体への精神の影響について記載している。Cannon, W.B. (1871-1945) は“闘争か逃走か”反応の概念を確立させて、環境刺激と生理的反応の関係を解明したが、他方、Alexander (1950) は長期にわたる自律系の興奮によって引き起こされた葛藤は関連器官に疾患を生起させるとの見解を定着させ、また、Dunbar (1947) の著作“心とからだ : 心身医学”は“心身医学”なる語を普及させる上で大いに役立った。Weiss (1992) によれば、心身医学は1950年代から1960年代初期にかけて、生物医学領域から多大の注目を集めたが、1960年代後期以後失速し、生物医学の主流からの関心も薄れた。以下、行動医学の展開を推進した、また、するであろうと思われる諸要因について考察してみよう。まず、行動原理ないし学習理論にその基盤を置き、各種の精神的、身体的障害の治療や査定に貢献してきた行動療法は行動医学の発展に重要な役割を果してきた。また、最近、心臓病、がん、糖尿病などの慢性疾患が注目されるようになり (Table 1)、その結果、ヘルスケアシステム、ライフスタイルの改善、社会的支援、セルフケア、セルフヘルプ、自己制御、等の新しいアプローチの役割が注目されるようになった。これは従来、自然科学的思考に比較的多くみられた原因A→結果Bという直線型の認知様式でなく、種々の原因と結果が相互に円環的に影響し合う認知様式に基づいており、行動医学に要請される一特性とも言える。また、人権、プライヴァシー、インフォームドコンセント等の最近のトレンドも行動医学の発展にとって追い風となっている。同様に、バイオフィードバック研究の発展や健康関連諸経費の増大防止への要望なども行動医学の振興にとって強力な推進力となることであろう。
行動医学の健全な発展のためには、Weiss (1979) も述べているように、生物医学研究者も行動科学研究者も共に相手の学問領域や内容について互いにもっとよく知るようになるべきである。実際問題として、両者の間に立ちはだかる種々の障壁を完全に除去することは不可能であるとしても、これらを減殺することは行動医学、ひいては健康の推進に寄与するところ大なるものがあるであろう。