2014 年 20 巻 2 号 p. 77-84
ストレスフルな状況において、数あるコーピングの中のどのコーピングが有効であるのかは状況に依存する。そのため、状況に応じてコーピングを柔軟に使い分ける能力であるコーピングの柔軟性の重要性が指摘され、研究が進められてきている。これまでの研究では、コーピングの柔軟性における認知機能の役割を理解することが重要であるといわれ、認知機能の中でも1つの認知活動に固執することを避けたり、認知活動を柔軟に切り替えたりする能力が重要であると指摘されている。さらに、個人が実行することのできるコーピング方略が多様であることだけでは不十分であり、ストレッサーの変化に応じてコーピング方略の有効性をモニタリングする能力としてのメタ認知能力が必要であることが指摘されている。また、コーピングの柔軟性を規定するもう一つの要因として自己注目が挙げられ、自己注目の高い人はストレスフルな状況におかれた場合でも、自己へ注意が向かいやすく、柔軟なコーピングを行うことができない可能性が考えられる。こうした先行研究を踏まえ、本研究では、5つのメタ認知(認知能力への自信のなさ、心配に対するポジティブな信念、認知的自己意識、思考統制の必要性に関する信念、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念)と自己注目が抑うつに与える影響について、大学生396名(男性230名、女性166名)を対象に調査を行った。メタ認知と自己注目がコーピングの柔軟性と抑うつに影響を与えるモデルを作成した。共分散構造分析の結果、思考統制の必要性に関する信念からコーピングの柔軟性に正の関連が認められ、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念からコーピングの柔軟性に負の関連が認められた。さらに、コーピングの柔軟性は抑うつと負の関連があること、認知能力の自信のなさ、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念、自己注目は抑うつと正の関連があることが認められた。これらの結果から、非適応的な思考やコーピングを止める必要があると考えることができる人は、コーピングの柔軟性が高いことが明らかになった。一方、非適応的な思考やコーピングを止めることができないと考える人は、それを適応的な思考やコーピングに切り替えることができないことも明らかになった。また、自己注目とコーピングの柔軟性には関連が認められなかった。さらに、コーピングの柔軟性に富む人は抑うつが低いことが明らかになった。
心理学的ストレスモデルによると、ストレスは環境と個人との相互関係によって引き起こされる1)。そして、ストレスフルな状況やそこから生起した情動を処理するために使用される個々の行動や考え方であるコーピングは、後のストレス反応に影響を及ぼす。ストレスフルな状況において、どのコーピングが効果的であるのかは、状況に依存する2)。そのため、状況に応じてコーピングを柔軟に使い分けるコーピングの柔軟性が重要であることが指摘され、コーピングの柔軟性に富む者は抑うつが低く、精神的に健康であるということが明らかになっている3)。コーピングの柔軟性にはさまざまな定義があるが、Kato4)による研究では大きく3つに分類されている。1つ目はレパートリー(repertoire)であり、個人が利用できるコーピングの範囲の広さのことである。2つ目は変化(variation)であり、ストレスフルな状況や時間に応じてコーピングを変化させることである。そして3つ目は適合性(fitness)であり、ストレスフルな状況に対する評価の変化に応じてコーピングを選択することである。また、Kato4)は評価コーピング(evaluation coping)と適応的コーピング(adaptive coping)から構成される新たなコーピングの柔軟性の定義を提唱した。この新たなコーピングの柔軟性の定義は、コーピングを場面や状況などによって絶えず変化させるプロセス論の立場を強調しており、望ましい結果が得られるまでさまざまなコーピングを実行し続けることを重視している。また、Kato4)は、レパートリー、変化、適合性などに基づく従来のコーピングの柔軟性に関する定義では、状況を把握しコーピングに取り組むことをモニタリングしたり、コーピングの結果を評価したりするメタ・コーピングの視点が考慮されていないことを指摘し、この視点をコーピングの柔軟性の定義に含めた。評価コーピングとは、コーピングによって望ましくない結果が生じた場合に、そのコーピングを止めるための能力であり、適応的コーピングとは、止められたコーピングの代わりとなるコーピングを考え実行するための能力であると定義されている。
このコーピングの柔軟性に影響を与える要因として、Babb, et al.5)は認知機能の役割を理解することが重要であると指摘している。そして、注意欠陥・多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder: ADHD)の子ども22人とADHDでない子ども58人を対象にコーピングの柔軟性と認知機能の関連について検討を行い、その結果、ADHDの子どもは認知を柔軟に切り替える能力に乏しいことが、コーピングの柔軟性の欠如につながっているのではないかと結論づけている5)。したがって、コーピングの柔軟性には、1つの認知活動に固執することを避けたり、認知活動を柔軟に切り替えたりする能力が関与することが示唆される。コーピングの柔軟性に影響を与える認知機能のひとつとして、ストレス状況の変化に応じてコーピング方略の有効性をモニタリングする能力が必要であることが指摘されている5)。このような、自身が置かれている状況を理解し、どのようなコーピングが必要であるかを判断する能力として、Cheng, et al.6) は“meta skill”が重要であることを指摘した。この“meta skill”は、自身をモニタリングする能力という特徴を有するため、メタ認知とも関連していることが考えられる。メタ認知とは、認知の解釈、モニタリングや制御に関与している知識や認知過程のことであり、コーピングの選択に関係している7)。上述のとおり、Cheng, et al.6)は、この“meta skill”が、自身が置かれている状況を理解し、どのようなコーピングが必要であるかを判断するために重要であると指摘していることから、コーピングの柔軟性においては、メタ認知の中でも特にモニタリングに関与する認知過程が重要な役割を果たしていることが考えられる。また、Yılmaz, et al.8)は19歳から47歳までの参加者172名を対象にメタ認知と抑うつの関連について、メタ認知を測定する尺度であるMetacognition Questionnaire 30 item version(以下MCQ-30)を用いて検討した。その結果、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念、認知能力への自信のなさ、思考統制の必要性に関する信念と抑うつには正の相関が認められたものの、心配に対するポジティブな信念と認知的自己意識には有意な相関が認められなかった。また、MCQ-30の合計得点と抑うつには正の相関が認められた。このように、一部例外はあるものの、これらのメタ認知と抑うつとの間には関連があると考えられる。
コーピングの柔軟性を規定するもう一つの認知機能として取り挙げられるのが自己注目である。自己注目とは、自分に注意を向けている状態およびそうしやすい性格特性と定義されている9)。自己注目は、反芻コーピングを介して精神的苦痛と関連することが示されている。たとえば、Wood, et al.10) は、自己注目の高い人は反芻コーピング(例:あなたがおかれた困難や状況に対して、それがどれだけ悪かったか、ネガティブな側面を強調して何度も考えましたか)を使う傾向にあり、それによって精神的苦痛を高めることを示している。このため、反芻は精神的苦痛を高めるコーピングであるともいえる。このような注意の向け方と適応に関しては、ストレッサーからコーピングへと注意を切り替える能力に乏しい場合には、不適応が生じる原因となることも明らかになっている11)。このことから、自己へ注意が向かいやすい人はストレス状況に置かれた場合にも自己へ注意が向かいやすく、精神的苦痛をもたらすコーピングを用いやすいことが考えられる。そのため、自己注目は状況に応じてコーピングを選択するという、コーピングの柔軟性とは負の関連がある可能性が考えられる。
上述のコーピングの柔軟性における認知機能の役割に関する一連の研究は、状況を把握しコーピングに取り組むことをモニタリングしたり、コーピングの結果を評価したりするというメタ・コーピングの視点を含めたKato4)によるコーピングの柔軟性の定義と共通した点があるといえる。そのため、本研究ではKato4)のコーピングの柔軟性に関する定義を採用することとする。
以上の論点を踏まえ、本研究ではメタ認知が高いとコーピングの柔軟性が高くなり、抑うつを低めること、自己注目はコーピングの柔軟性を低め、抑うつを高めることを検証する。柔軟なコーピングを行うためにメタ認知と自己注目が果たす役割を検討することは、人間がストレスフルな状況に置かれても抑うつを高めずにその状況に適応し健康を維持するための方策についての示唆を付与することにつながると考えられる。
2013年7月にA県内の大学生430名に質問紙調査を実施した。回答に欠損のあった34名を除く396名(男性230名、女性166名)を分析対象とした。平均年齢は19歳 (SD=2)であった。調査の実施に先立ち、調査対象者に研究の意義、目的、方法、参加の自由、個人情報の保護などについて説明し、インフォームド・コンセントを得た上で研究を開始した。
2.質問紙の構成 1)メタ認知Wells & Cartwright-Hatton12)が作成し、山田13)が邦訳した日本語版MCQ-30を使用した。MCQ-30は、先行研究において信頼性が示されているものの、妥当性は示されていないため13)確認的因子分析を行った。その結果、適合度指標はGFI=0.917、AGFI=0.881、CFI=0.934、RMSEA=0.043であり、因子的妥当性の高さが示されたといえる。MCQ-30は、注意や記憶力への自信のなさの程度を測定する“認知能力への自信のなさ(lack of cognitive confidence)”(6項目、α=0.76、項目例:私は言葉や名前の記憶にあまり自信がない)、心配なことを繰り返し考えることが役立つと信じる程度を測定する“心配に対するポジティブな信念(positive beliefs about worry)”(6項目、α=0.79、項目例:心配することで、将来の困った問題を避けられる)、自分の考えをモニタリングしたり内面へ注意を向ける傾向を測定する“認知的自己意識(cognitive self-conscious)”(6項目、α=0.82、項目例:私は自分の考えたことについていろいろ考える)、ある種の考えは抑制すべきだと信じる程度を測定する“思考統制の必要性に関する信念(beliefs about the need to control thoughts)”(6項目、α=0.71、項目例:自分の考えは常にコントロールしていなければならない)、繰り返し考えることはコントロール不能で危険だと信じる程度を測定する“思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念(negative beliefs concerning uncontrollability and danger)”(6項目、α=0.74、項目例:心配な考えはそのまま放っておけない)の5下位尺度30項目で構成される。各項目に対して“まったく違う”(1点)、“少し一致する”(2点)、“ある程度一致する”(3点)、“非常に一致する”(4点)の4段階で評定を求めた。得点が高いほど、5下位尺度のそれぞれの程度が強いことを示す。
2)自己注目坂本9)が作成し、再検査信頼性と増分妥当性が確認されている没入尺度(11項目、α=0.89;項目例:自分のことを考えるのに没頭していることが多い)を使用した。質問項目に対して“全くあてはまらない”(1点)、“あてはまらない”(2点)、“どちらとも言えない”(3点)、“あてはまる”(4点)、“かなりあてはまる”(5点)の5段階で評定を求めた。得点が高いほど、自己注目が高いことを示す。
3.コーピングの柔軟性Kato4) が作成した、Coping Flexibility Scale(以下CFS)を使用した。CFSは、評価コーピング(evaluation coping)と適応的コーピング(adaptive coping)の2下位尺度10項目から構成される。今回は、評価コーピング(α=0.24;項目例:私はある決まった方法でストレスに対処する)の信頼性係数の値が低かったため、適応的コーピング(α=0.88;項目例:もしストレスに対処することに失敗したとき、私は他の方法を考える)のみを分析に使用した。得点が高いほど、適応的コーピングが高いことを示す。
4.抑うつZung14)が作成し、福田・小林15)が邦訳した日本語版自己評価式抑うつ尺度(以下SDS)を使用した。SDSは20項目で構成される(α=0.75;項目例:気分が沈んで憂うつだ)。各項目に対し、“ないかたまに”(1点)、“ときどき”(2点)、“かなりの間”(3点)、“ほとんどいつも”(4点)の4段階で評定を求めた。得点が高いほど、抑うつが高いことを示す。
メタ認知の高さがコーピングの柔軟性を高め、抑うつを低めることと、自己注目の高さがコーピングの柔軟性を低め、抑うつを高めることを検討するためのモデルを構成し(Fig. 1)、共分散構造分析によって検討を行った。なお、メタ認知の5尺度については、相互に有意な相関が認められることが先行研究において示されているため(例えばSpada, et al.7))、相互の相関を仮定した。また、自己注目、メタ認知はコーピングの柔軟性とそれぞれ異なる関連を持つと仮定したが、これらは自己に対して注意が向いているという点においては相互に関連を持つ可能性が考えられる。そのため、本研究では自己注目とメタ認知間の相関も仮定した。なお、Fig. 1においては、潜在変数間の相関のパスの図示は省略した。データ解析には、IBM SPSS statistics 20.0およびAmos5.0を用いた。
Conceptual model of metacognition, self-focused attention, coping flexibility and depression.
各項目の記述統計量と相関係数をTable 1に示した。相関分析の結果、認知能力への自信のなさにおいて、心配に対するポジティブな信念(r=0.18, p<0.01)、認知的自己意識(r=0.24, p<0.01)、思考統制の必要性に関する信念(r=0.33, p<0.01)、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念(r=0.32, p<0.01)、自己注目(r=0.32, p<0.01)、抑うつ(r=0.37, p<0.01)との間に正の相関が認められた。次に、心配に対するポジティブな信念において、認知的自己意識(r=0.35, p<0.01)、思考統制の必要性に関する信念(r=0.43, p<0.01)、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念(r=0.35, p<0.01)、自己注目(r=0.31, p<0.01)、抑うつ(r=0.11, p<0.05)との間に正の相関が認められた。認知的自己意識においては、思考統制の必要性に関する信念(r=0.55, p<0.01)、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念(r=0.42, p<0.01)、自己注目(r=0.52, p<0.01)、コーピングの柔軟性(r=0.17, p<0.01)、抑うつ(r=0.21, p<0.01)との間に正の相関が認められた。思考統制の必要性に関する信念においては、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念(r=0.47, p<0.01)、自己注目(r=0.40, p<0.01)、コーピングの柔軟性(r=0.22, p<0.01)、抑うつ(r=0.19, p<0.01)との間に正の相関が認められた。思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念においては、自己注目(r=0.54, p<0.01)、抑うつ(r=0.47, p<0.01)との間に正の相関が認められた。自己注目においては、抑うつ(r=0.41, p<0.01)との間に正の相関が認められ、抑うつにおいては、コーピングの柔軟性(r=−0.26, p<0.01)との間に負の相関が認められた。
variables | M | SD | Range | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
1. Lack of cognitive confidence | 13.69 | 4.25 | 6–33 | 0.18** | 0.24** | 0.33** | 0.32** | 0.32** | 0.06 | 0.37** |
2. Positive belief about worry | 13.93 | 3.57 | 6–23 | 0.35** | 0.43** | 0.35** | 0.31** | 0.08 | 0.11* | |
3. Cognitive self-consciousness | 13.75 | 3.75 | 6–24 | 0.55** | 0.42** | 0.52** | 0.17** | 0.21** | ||
4. Beliefs about the need to control thoughts | 14.36 | 3.72 | 6–23 | 0.47** | 0.40** | 0.22** | 0.19** | |||
5 Negative beliefs concerning uncontrollability and danger | 12.58 | 4.10 | 6–38 | 0.54** | –0.08 | 0.47** | ||||
6. Self-focused attention | 34.59 | 8.59 | 11–55 | 0.07 | 0.41** | |||||
7. Coping flexibility | 11.65 | 3.47 | 5–20 | –0.26** | ||||||
8. Depression | 44.74 | 7.31 | 24–66 |
*p< 0.05, **p< 0.01.
共分散構造分析の結果をFig. 2に示した。なお、Fig. 2では潜在変数と変数間のパスのみを示した。構成したモデルの適合度指標の値は、GFI=0.839、AGFI=0.809、CFI=0.921、RMSEA=0.031であり、データとモデルとの適合はおおむね十分であった。また、男女別にも分析を行ったが、適合度指標の値が十分でなかったため、全体の結果を提示する。分析の結果、思考統制の必要性に関する信念(β=0.42, p<0.01)からコーピングの柔軟性に有意な正の関連が認められ、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念からコーピングの柔軟性に有意な負の関連が認められた(β=−0.36, p<0.001)。また、コーピングの柔軟性から抑うつに有意な負の関連が認められた(β=−0.20, p<0.001)。そして、認知能力への自信のなさ(β=0.24, p<0.01)、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念(β=0.48, p<0.01)、自己注目(β=0.26, p<0.01)から抑うつに有意な正の関連が認められた。
Model of metagonition, self-focused attention, coping flexibility and depression.
本研究では、メタ認知と自己注目がコーピングの柔軟性および抑うつに及ぼす影響について検討した。共分散構造分析を行った結果、思考統制の必要性に関する信念の高さはコーピングの柔軟性を高め、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念はコーピングの柔軟性を弱めるという結果が認められた。さらに、コーピングの柔軟性の高さは抑うつを弱め、認知能力の自信のなさ、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念、自己注目の高さは抑うつを高めることが明らかになった。以上の結果から、メタ認知が高いとコーピングの柔軟性が高くなり、抑うつを低めるという仮説は、メタ認知の中でも特に思考統制の必要性に関する信念においてのみ支持され、それ以外のメタ認知においては支持されなかった。また、自己注目がコーピングの柔軟性を弱め、それによって抑うつを増悪させるという仮説は支持されなかった。
Spada, et al.7)は、英国において18歳から57歳の英語話者を対象として研究を行い、メタ認知の中でも、思考統制の必要性に関する信念は抑うつや不安と正の相関があることを明らかにした。本研究でも、思考統制の必要性に関する信念と抑うつとの間には正の相関が認められたが、共分散構造分析を行った結果、思考統制の必要性に関する信念と抑うつとの間に直接的な関連は認められず、思考統制の必要性に関する信念の高さがコーピングの柔軟性を高め、結果として抑うつが低減することが示された。以上のことから,思考統制の必要性に関する信念と抑うつとの関連は,コーピングの柔軟性を媒介したものである可能性が示唆された。ただし,本研究は大学生のみを対象とした研究であり、対象者の平均年齢は19歳であった。一方、思考統制の必要性に関する信念と抑うつとの関連を示したSpada, et al.7)の研究では,対象者の平均年齢は27歳,年齢幅は18–57歳であった。Spada, et al.7)では対象者の属性に関する具体的な記載がないが、Spada, et al.7)の研究では勤労者が多く含まれている可能性が考えられる。勤労者において、うつ病は最も多く見られる精神疾患であることが指摘されている16)。うつ病の人の思考内容は否定的であり、過剰で柔軟性がなく、ゆがんだフィルターをとおして現実世界を見てしまうため、否定的な感情を引き起こすことが指摘されている17)。Spada, et al.7)の研究においてうつ病患者がどの程度含まれていたかについては明らかではないが、仮にSpada, et al.7)の研究においてうつ病患者が一定数含まれていたとすれば、過剰に思考を統制すべきであるという信念と抑うつとの関連が認められた可能性も考えられるだろう。思考統制の必要性に関する信念を強く持つということは、ある種の考えは抑制すべきだと信じることでもある。大学生の場合は、自ら非適応的な思考やコーピングを止める必要があると考え、非適応的な思考やコーピングを適応的な思考やコーピングに切り替えている可能性が挙げられる。そのため、本研究においては思考統制の必要性に関する信念の高さがコーピングの柔軟性を高めるという知見が得られたと推察される。
認知能力への自信のなさ、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念と抑うつとの間には有意な正の影響が認められた。Spada, et al.18)は、健常者を対象とした研究によって、認知能力への自信のなさ、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念と抑うつとの間には有意な正の関連が認められることを明らかにしている。同様に、Yılmaz, et al.8)の研究においても、認知能力への自信のなさ、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念と抑うつとの間に有意なピアソンの積率相関が認められており、本研究は先行研究を支持する結果となった。Wells19)によれば、認知能力への自信のなさを強く持つ人は、全ての事を覚えておかないといけないという考え方を強く持ち、一方、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念を強く持つ人は、危機的な状況に対して焦点を当てて考えすぎてしまう傾向にあるという。そして、これらのことによって潜在的な危険や脅威を適切にモニタリングすることが困難となり、抑うつが強くなることが示されている。本研究結果もSpada, et al.18)やYılmaz, et al.8)の研究結果を支持していたことから、日本人大学生においても、このようなメカニズムが存在する可能性が示唆される。
また、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念からコーピングの柔軟性に対して有意な負の影響が認められ、抑うつに対しては正の影響が認められた。繰り返し考えることはコントロール不能で危険だと信じる程度である、思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念は、抑うつや不安に正の関連があることが健常者を対象に行われた研究によって明らかになっている7)。そのため、本研究は先行研究を支持する結果となった。また、コーピングの柔軟性に対して有意な負の影響が認められた結果については、以下のことが考えられる。思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念を強く持つ人は、非適応的な思考やコーピングを止めることは危険であると捉え、適応的な思考やコーピングに切り替えることができない可能性が考えられる。そのため、本研究においては思考の統制不能と危機に関するネガティブな信念の高さがコーピングの柔軟性を弱めるという知見が得られたことが推察される。
他方、自己注目からコーピングの柔軟性に対しては有意な影響が認められなかった。Compas & Boyer11)は、ストレッサーから注意を逸らし、コーピングに注意を転換することが上手くいけば、コーピングが良い結果を引き起こしやすいことを指摘している。Compas & Boyer11)の研究は、反復性腹痛を持つ子どもを対象としてコーピングと注意機能の関連を検討した研究であるため、コーピングの柔軟性について検討したものではないものの、この研究を踏まえれば、ストレッサーの変化に伴って適切なコーピングを選択し、使い分けるためには、その都度ストレッサーから注意を逸らし、コーピングに注意を上手く転換させることが重要であるといえよう。本研究では、自己に注意が向かいやすい人は、ストレス状況に置かれた場合にも自己に注意が向かいやすく、状況に応じてコーピングを選択することが難しくなると仮定し、自己注目を取り上げたが、ストレッサーやコーピングに対する注意は測定していなかった。このことが、本研究において自己注目とコーピングの柔軟性との間に関連を見出すことができなかった理由の一つとして考えられる。しかしながら、自己注目は抑うつと正の関連が認められた。自己に注意を向け過ぎると、コーピングの柔軟性の程度に関わらず、抑うつを高めることにつながる可能性があるといえる。
最後に、本研究の限界について述べる。第1に、本研究において用いられたコーピングの柔軟性の指標は、適応的コーピングのみであり、評価コーピングとの関連を検討することはできなかった。今後は、評価コーピングを含めて検討する必要がある。第2に、本研究は横断調査であるため、メタ認知、自己注目、コーピングの柔軟性、抑うつ間の因果関係について議論することはできない。今後は、各変数とコーピングの柔軟性や抑うつについて、縦断的に関連を検討することが必要である。
以上のような限界はあるものの、本研究の結果からコーピングの柔軟性とメタ認知との関連について知見を得ることができた。特に、認知的自己意識、思考統制の必要性に関する信念といったメタ認知を改善させることで、コーピングの柔軟性を獲得し、抑うつを低減できる可能性を示唆したことは、本研究の強みであるといえる。ただし、この点に明らかにするためには、今後認知的自己意識や思考統制の必要性に関する信念を改善させるための介入研究などを計画し、コーピングの柔軟性に与える影響を検証する必要があるといえる。