保健医療福祉分野の研究では一般的に、メタ解析、無作為化対照試験、症例対照試験、横断的研究、狭義の記述的研究や症例報告の順にエビデンス提示力のヒエラルキーが存在する。このことに異存はないが、さらに考慮すべき点がいくつかあるように思われる。
行動医学の研究は“測定可能”である事象を取り扱うが故に、本誌は量的研究の成果を掲載するが、そのことにより質的研究の重要性を否定するわけではない。第20回学術総会における京都大学の木原正博教授の指摘にもあるように、量的研究と質的研究は相互補完的に保健医療福祉の向上に寄与する。文化人類学をはじめ様々な研究手法の導入などもあり、近年は質的研究法の発展も著しい。質的研究成果の本誌における取り扱いは、今後、さらなる検討が必要である。
ある行動変容について適切な手続きで高いエビデンスを持つ手法が確立されたとしても、研究成果が適用される集団の中で、変容介入の標的行動が、あるいは病態や疾患が、どのくらい出現(有病率あるいは罹患率)するのか、を知ることもまた重要である。我が国の学術誌の総説等において、往々にして「何々という病態は、従来はまれと考えられてきましたが、実はそうではなく…」という表現が、欧米の調査をよりどころに提示されるのは残念なことである。そのためには特に日本人を対象とした記述疫学的研究の重要性を認識し、その報告に対する敬意を持った評価が必要である。
無作為化対照試験により、ある行動変容介入手法が確立されたとしても、それは往々にして、研究施設内で、研究発案者により、研究の意義を理解した被験者に、いわば“理想的な状態”にて実施された介入試験による有用性efficacyの証明である。その手法が一般臨床や地域保健活動において、様々な習熟度の実施者により、参加動機や標的行動の内容が多様な対象者に実施された場合に、開発段階での施行と同様の有効性effectivenessが有るかどうかは不明である。言い換えると、ある研究成果が、広く一般の集団に適用されたときに、思ったほどの成果が上がらない、あるいは思いもよらぬ逆の結果となることがある。この指摘は、開発した手法のefficacyを、苦労を重ねてやっと実証した研究者には、時として受け入れがたいものである。しかしながら、研究の目的が特定集団の行動変容ではなく、一般集団のそれを目的とした場合には、effectivenessを検証することは、行動医学の研究上重要である。
とはいえ、一般住民や医療機関受診者などの大規模集団を対象に行動変容介入手法のeffectivenessを検証することは容易ではない。そのような集団の対象者は、一般的には自分を“研究対象”と認識することはまれである。彼らは保健事業による健診や通常の診療を受けているだけであり、多くの参加者は研究協力の意志は乏しい。したがって満足がいく無作為化割り付けは困難である。クラスター割り付けや“対照地域・集団”の設定を行ったとしても、群間比較における対象者の背景差異の消去は無作為化割り付けほどには満足できるものではないかもしれない。同じ集団を経時的に追跡するパネル研究も、大規模集団になると容易ではない。そのような中で、様々な限界を考慮して真実を推定せざるを得ない。非無作為化試験や、非対照介入前後比較試験、長期間経時比較secular trendなどの、一見、地味な手法も活用を考慮するべき研究と思われる。いずれにせよ様々な問題や困難があるがeffectivenessを明らかにしない限り、ある程度の規模の集団を対照とした介入研究の成果は明確にはならない。
個人間あるいは集団間の多様性がきわめて大きく、また無作為化割り付けなどが様々な理由から使用できない、ヒトの集団を対象とした研究では、エビデンスを、上記以外でも様々な側面から検討する必要があると思われる。