2015 年 21 巻 1 号 p. 2-3
QOLという用語そのものは、わが国の医学においてすでに定着したものと言って良い。かつては、「QOLとは果たして『生命』の質?か『生活』の質か?」といった議論が行われ、「そもそもQOLという概念は、質に基づく生命の選択につながることから使用を避けるべきだ」という意見も有力であった。こうした批判を避けるために、後述するHR(health-related)QOL(健康関連QOL)という言葉を用いることもなされてきたが、英語をそのまま使用すればこうした議論を回避できることもあり、QOLという用語がそのまま使われるようになってきた。
しかし一方で用語は定着しても、QOLという言葉に込められた概念には依然バラツキがあり、例えば外科系では、QOLに配慮した手術と縮小手術はほぼ同義である。また、そもそも生活の「質」が数量化できるはずがないという原理主義的な考え方もある。そこでまず、立命館大学の下妻晃二郎先生に「QOL 評価研究の歴史と展望」と題して、QOL研究の総説をお願いした。
下妻によれば、QOL は複数の要素から構成される「多次元」的概念であること、及び「主観」を評価・測定するところに意義がある。QOL概念は基本的に、WHO が1946年に提唱したかの有名な健康の定義に基づいている。健康とは、「身体的、心理的、社会的にとても良好で安定した状態であり、単に病気がなかったり病弱でなかったりすることではない。」とあるように、QOLは、身体面、心理面、社会面といった複数の要素により構成された概念となっている。最終的に健康の定義としては採択には至らなかったが、スピリチュアリティも健康の重要な側面であるとみされることが多いことから、QOLでも重要な構成要素となっている。
このことから、健康度≒QOLという考え方も成り立ち、実際にSF-36という最も繁用されるQOL尺度は、健康度の測定法として用いられることも多い。こうした構成要素の中で、特に医療などの介入によって健康の改善が見込まれる部分、すなわち、スピリチュアリティと社会面の一部を除いた範囲のものがHRQOL(health-related QOL:健康関連QOL)という概念になる。今日、臨床試験などで使用されるQOL尺度は専らHRQOLであることから、治験や臨床試験に従事する関係者はこの意味でQOLという用語を理解していることが多い。
QOL概念のもう一つ重要な点は、「主観」を評価するところにある。医学は科学であり、科学は客観にのみ基づくべきであるとする主流派(?)医学者にとっては、患者の主観を測って何の意味があるのかという素朴な疑問が浮かぶはずである。一方、行動医学と近しい関係にある心療内科学は、まさに患者の主観として表現されることの多い心理的な因子が、身体症状として現れることを前提としている。ある意味で、医療に対する基本的なスタンスとして、こうした患者の主観を重視するのか、そうでないのかで医師集団が二分されるといえるかもしれない。その場合QOLという概念は行動医学と同じ側にあるとも考えられる。
ただし、心療内科学や認知行動医学が、患者と対面する臨床現場から発展してきたのに対して、QOL研究は、健康概念から出発したこともあり、公衆衛生学的あるいは、臨床疫学的なアプローチ、すなわち集団対集団の比較が本来の姿となっている。臨床研究等でQOLのデータを集めることに協力している医師が、せっかく患者さんから得たデータを臨床に応用できないかというという素直な要望をすることがまま見られる。これに対して、QOLの研究者は「群間比較のようなアウトカム研究には使用可能であるが、個人へのフィードバックは無理である。」と答えるのが常であった。
しかし、こうした臨床側の要請はしごくもっともなものであり、これに対するQOL研究側からの回答の一つが、Minimally Important Difference(MID)である。このMIDについては、京都大学の宮崎先生による論文「QOL 評価の臨床的意味: Minimally Important Difference(臨床における最小重要さ:MID)」に詳しい。QOL値の変化がどの程度あれば、それは臨床的に意味のあることなのかという疑問に対するQOL研究の成果がコンパクトに紹介されている。臨床家にとって大変興味深い内容である。
一方、オーソドックスな臨床試験のアウトカムの一つとしてQOLを捉える場合、それが測定時の主観によって揺らぐ現象は、レスポンスシフトと呼ばれ、測定バイアスの一種とされている。レスポンスシフトとは、自分の健康状態を自己評価する際に、我々は自己内部にある基準を参照して判断するが、この内部基準が変化する現象を指す。わかりやすく言えば、QOLを測定する度に、その測定装置の目盛が変化してしまうことであり、通常の臨床疫学ではそれをコントロールすることに精力を注ぐことになる。
これに対して東北大学の鈴鴨先生の論文「QOL 評価研究と行動医学‐レスポンスシフトの視点から‐」を読むと、レスポンスシフトを、制御すべきバイアスではなく、ヒトの環境の変化への適応として捉えるユニークな視点が示されている。慢性疾患や障害の存在にも関わらず利益や成長を見出すことは、負の影響を軽減するためのヒトの認知的戦略とも考えられる。この点において、レスポンスシフトはバイアスや交絡因子というよりは、それ自体が重要な健康指標であり、介入のゴールであると考えることができる。つまり、レスポンスシフトを生じさせるような介入を積極的に評価しようという立場である。これはまさに、認知行動療法や心理療法と近い考え方ではないだろうか。
QOLの国際学会では、レスポンスシフトのこうした面に注目が集まると共に、ポジティブ心理学との関連も取り上げられるようになっている。鈴鴨はさらに論文中で、行動医学研究において行動変容に伴う認知変容の評価が求められる場合に、レスポンスシフトの概念や検出方法が活用できるのではないかと示唆している。
循環器、特に高血圧治療は非常に早い時期にQOLを主要なアウトカムとした研究がなされた有名な分野である。国立循環器病センターの竹上先生の論文「循環器疾患のQOL評価」では、まずその論文が紹介されている。そこでは、医師が血圧コントロールに興味があるのに対して、患者は活力や活動の低下を問題にしていることが明らかになり、それがQOL測定の重要性の認識につながったことが示されている。循環器疾患はガイドラインにおいてQOL評価が取り入れられるなど、理解が進んでいる領域ではあるが、いまだQOL評価が十分でない分野も少なくない。論文中では、その代表である成人先天性心疾患について、竹下らが行った研究が詳細に報告されている。これは具体的なQOL研究の好例だと思われ、QOL研究者に裨益するだけでなく、行動医学分野の関係者にもQOL研究がどのようなものか理解してもらうのに有用なものである。
本シンポジウムが企画された際には、「QOL研究と行動医学の類似点は、心理や行動といった数量化しにくいものを計量する点にあるのではないか。」とか、「計量心理学をベースとするQOL研究の成果の一部が行動医学に応用できるのではないか。」といったナイーブな発想しかなかったが、実際にシンポジウムを行い、参加者と共にディスカッションを重ね、さらに今回このように論文化がなされたことで、まさに「QOL研究から行動医学へ」の道筋がおぼろげながら見えてきた気がする。
4人の著者の論考は、QOL研究と行動医学を架橋するヒントを多く含んでいる。それは本誌の読者にきっと役立つものであると信じている。
最後に、こうした機会を与えてくださった京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野の中山健夫教授に感謝申し上げると共に、QOL研究と行動医学を結びつけられた中山先生の慧眼に改めて敬意を表する次第である。