行動医学研究
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総説
QOL評価の臨床的意味:Minimally Important Difference(臨床における最小重要差:MID)
宮崎 貴久子
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2015 年 21 巻 1 号 p. 8-11

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要約

QOL(Quality of life)は患者立脚型アウトカム(Patient reported outcome: PRO)の一つとして、患者から直接得られた、患者の主観による生活の質あるいは生命の質に関する評価である。1980年代以降、QOLを計量心理学的あるいは科学的に測る目的でさまざまな尺度(質問票)が開発された。それぞれの疾患特有の症状に着目した疾患特異尺度と、広く一般の人々から患者にまで共通した項目で測定する包括的尺度がある。それらは、集団を対象として計測され、結果は統計学的な分析を経てからはじめて結果が公表される。一方で、臨床的にQOL評価を活用したいという要望も生じ、それに対応すべく臨床における最小重要差の算定を目指したのが、MID(Minimally important difference)調査研究である。尺度は、対象となる集団のQOLを正確に測る物差しであることに加えて、測定結果の差の臨床的意味を説明し、治療方法の意思決定に資する情報を提供し、臨床行動に示唆を与えることまでが期待されるようになった。背景に、がんや生活習慣病、慢性疾患の増加により、治療成績や延命だけでなく、病気と共に生活していく患者のQOLを考慮した医療も必要とされるようになったことがある。QOLを考慮する必要性と共に、患者の健康に関する情報をいかに科学的に妥当性と信頼性を保ち計測するかという目的で、健康関連の質問票を作成する手順評価のためのチェックリスト(COnsensus-based Standards for the selection of health Measurement INstruments: COSMIN)が開発された。COSIMINチェックリストの項目には、妥当性・信頼性の検証とともに、得られた結果の説明力の一項目としてMIDが取り上げられている。尺度を開発する時点ですでに、尺度を用いた調査の臨床的な意味を考える必要が示唆されている。MIDの算定方法は、大きく、統計学的分布によるdistribution-based methodと、外部の基準とQOLスコアの差の関係性によるanchor-based methodの2つがある。それぞれの算定方法には特徴がある。より臨床的意味を問うには、悪化と改善の方向性で異なる算定値が提示されるanchor-based methodであると言われている。MIDは臨床におけるQOL評価の活用に有用ではあるが、検討課題もあることに留意したい。特に、調査の状況設定については注意が必要である。また、統計学的観点からは、個人間での変化量が、そのまま群間での変化量としてよいのかという課題が提示されている。患者のQOL維持・向上を目指して、QOL/PRO評価結果を臨床にいかに使用するか、そのためにはどのような方略があるのかについて、さらなる検討と議論を深める必要がある。

はじめに

Quality of Life(生活の質・生命の質:QOL)は、患者や一般の人々の主観的な健康や医療の効果に関する評価指標の一つであり、幅広い概念をもつ。健康に直接起因するQOLとして健康関連QOL(health related quality of life: HRQOL)とも呼ばれる。医療のアウトカムでは主に罹患率、重症度、死亡率など客観的指標が使われてきた。一方で、患者の視点から評価する患者報告(立脚)アウトカムの重要性が認識されるようになった。患者から直接得る測定値としてPatient-reported outcome(PRO)とも表される1)

QOLの定義は、WHOの健康の定義に準拠すると大方のコンセンサスが取られている2)。近年、疾病構造が糖尿病やがんなどの慢性疾患や生活習慣病が増え、医療によって完治や生存期間の延長だけを目指すのではなく、病と共に生活する期間をどのように過ごすか、あるいはどのような介入や支援ができるのかが問題となってきた。そこで、QOL評価研究の必要性が認識される。一方、臨床研究における統計解析においても、臨床的な意義と統計学的有意を区別する方向性が示唆さている3)。臨床研究は、高いレベルのエビデンスを作ることに加えて、個別の臨床に還元可能な研究への流れができつつある。

QOL評価研究と臨床に意味がある最小重要差(Minimally important difference: MID)

患者の疾患に関係する調査項目において、患者の全身状態にはじめて着目したのは、1947年のKarnofskyのPerformance status(PS)である。その後、症状をチェックするindex尺度の開発を経て、1980年代からQOLを計量心理学的に、いかに的確に測るのかという研究が進んだ。この時代に開発された尺度は、今日でも臨床研究で広く使われている4,5,6)。計量心理学的に妥当性と信頼性を担保したQOL評価票を用いた測定結果は、データを全て収集した後、統計学的に分析してから明らかにされる。しかし、臨床家はその測定結果を直ぐに目の前の患者に用いたいとして、QOL評価研究の意味も問われるようになった。Jaeschkeらは意味があるスコアの差について、「VASの10 cmの線上で0.5 cmの変化があった場合に、その0.5 cmの変化が患者にとって意味がある差なのか、あるいは意味がない偶然の変化による差なのか」ということに着目した。さらに、「0.5 cmではなくp値が0.05であったとしたら、それはどういう意味になるのか」と問う7)。つまり、医療の臨床現場では、集団を対象とした、サンプル数によって結果が左右される統計学的仮設検定だけではなく、ひとりひとりの患者に対応でき、臨床的に意味があるQOL評価の差を提示することが必要であるとの観点を明示した。

特定領域におけるQOLスコアの最小の差(値)を臨床的に意味がある最小重要差として、主にMIDという語で表している。同様の意味で、“Minimal clinically important difference”“Meaningful change in quality of life score”“Minimal standards”“Interpreting the significance of change in HRQOL”8,9,10,11)などと表現されることもある。いずれも、2回のQOL評価の差がどの程度であれば臨床的に意味があるのかについて検討している表現である。

MID研究

QOL評価にMIDを用いた研究をいくつか紹介する。Juniperらは、喘息患者のQOLスコアについて患者本人から、良い方向に7件・不変・悪い方向に7件(Global rating of change questionnaires)の二極尺度の回答から、意味がある差を算定した12)

Osobaらは、がんのQOL質問票として最も使用されているEORTC QLQ-C30の意味がある差を、患者にQOLの向上と悪化の各方向について7件で問い、臨床的に意味がある値を算定している。Osobaらは、この患者自らの報告によるMIDの値をサンプルサイズ算定に使用できると言及した13)。Osobaらの結果は、Kingらが文献レビューからEORTC QLQ-C30による2回の測定におけるスコアの意味がある差を検討した結果とほぼ同じであった14)

Normanらは、やはり文献レビューで、エフェクトサイズからQOLスコアのMIDはおおよそ0.5SDと算定した15)。この「MID=0.5SD」を用いて、QOLが向上したあるいは悪化したと論じる研究が多くみられる。

Cellaらは、患者の主観によるQOLスコアの意味がある差は、良くなる場合と悪くなる場合ではその値が異なることを指摘した16)。Whyrwichらは、患者本人からと医師らのからのインタビュー調査から、MIDが患者より医師からの方が大きかったという結論を得た17)。つまり、臨床におけるQOL評価の変化は、患者の方が医療者より反応性が高いのである。

MIDの算定方法

MIDの算定方法はいくつかあるが、主にdistribution-based methodとanchor-based methodの2つに分けて考えられている。

Distribution-based methodは、統計学的分布を用いた分析で、エフェクトサイズやSD、SEM、前後差の検定などを用いている。

Anchor-based method はQOLスコアの差と、医師らによる客観的判断、検査値、PSとを比較検討する。注目すべきは、患者自身が前回調査時と2回目調査時の状態について差があるか否かを報告してもらう患者による報告と、スコアの変化量を検討する方法である。現在は患者報告によるanchor-based methodが主流となりつつある。この場合は、Cellaが言うように、QOLの方向性によってMIDが異なる。

我々の分析中の調査では、患者の主観によるQOLが良くなった場合と悪くなった場合のMIDの比較、加えて0.5 SDとの比較をした。MIDはdistribution-based methodによる0.5 SDと、anchor-based methodによるMID結果は大きく異なっていた18)。加えてCellaの報告17)と同様に、QOLの改善方向と悪化方向でもMIDの値が大きく異なっていた。患者の知覚では、改善と悪化の間に「変わりない」という不確定な領域があるからである(Fig. 1)。このとから、臨床で意味があるMIDの算定には、患者報告によるanchor-based methodが適していると言われている。

Fig. 1.

MIDの算定方法の違いによるQOLの悪化と改善

QOL評価研究におけるMIDの現状と課題

尺度作成時の測定用語の定義と尺度開発時の方法論的な質をチェックするリストとして、心理学、疫学、統計学、医学の専門家によって、健康関連の患者報告アウトカム測定尺度におけるコンセンサスに基づいた基準(COnsensus-based Standards for the selection of health Measurement INstruments: COSMIN)が開発された19)

このチェックリストは古典的テスト理論に加えて項目反応理論にも対応しており、4つのステップ:1)測定尺度の特性、2)古典的テストか、項目反応理論かの判定、3)方法論的に質を満たしているのかの判定、4)一般化可能性(外的妥当性についての判定を、それぞれに4から18の項目でチェックする。COSMINチェックリストの項目の一つである説明力(interpretability)にはMIDが含まれている。健康関連の尺度作成時には、MIDの算定が組み込まれているのである。他方、国際医学雑誌編集者会議(ICMJE)から発表された2013年の推奨は、統計学的仮説検定のみに依拠することを避け、臨床的な意義と統計学的有意とを区別するよう奨励している20)。尺度を用いた研究では、従来の集団による結果だけではなく、臨床的な意味を考慮する必要性もある。

MID/臨床的意味を問う上での課題

MIDを使用するには、いくつか留意しなくてはならない課題がある。例えば統計学的見地から、intra-personal変化であるMIDを、先に挙げたOsobaらの提言のようにサンプルサイズサイズ算出時にintra-groupの変化として用いることには疑問が呈されている。また、MIDは「特定領域」におけるQOLスコアの最小差である。その特定領域が限定され、明示されていなくてはならない。例えば、同じQOL質問票を使用したとしても、その対象領域やステージによってはMIDが異なるだろう。しかし、MIDは、限定された条件における臨床的判断のおおよその参照値にはなりえる。同時に、その解釈には対象者の人口動態的な検討や、領域を考慮するなどの慎重さが必要となる。

不確定な側面を持つQOL評価のMIDであり、さらなる議論を深める必要がある。しかし、その限界と課題を考慮しつつ使用すれば、MIDは患者と医療者の意思決定(行動)に有用であると考える。

文 献
 
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