行動医学研究
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総説
QOL評価研究の歴史と展望
下妻 晃二郎
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キーワード: QOL, PRO, QOL評価の歴史
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2015 年 21 巻 1 号 p. 4-7

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要約

QOL評価においては、QOLが複数の要素から構成される「多次元」的概念であることと、「主観」を評価・測定することに意義がある。QOL評価尺度は目的別に主に2種類ある。一つは健康状態を詳しく調べる「プロファイル型尺度」で、もう一つは、医療経済評価で使われる「価値付け型尺度」である。プロファイル型尺度で測定した結果は臨床現場へ、価値付け型尺度で測定した結果は社会における医療資源配分の指標として役立つ。PRO(Patient-Reported Outcome)という言葉が最近よく使われるようになってきたが、QOLとは概念や階層が若干異なり、それを理解することで両方を上手に併用・使い分けを行うことが大切である。QOL尺度開発の歴史は、まず1946年のWHO憲章の健康の定義から始まるが、その後1948年に開発されたKarnofskyのPerformance Status(KPS)では、まだ「主観」の測定が大事であるという考えはおそらくなかった。QOLという用語が一般に知られるようになったのは、米国では1970–80年代とされる。1990年代に入ると数多くのQOL測定尺度が主に欧米で開発された。2001年に日本では国際QOL研究学会が開催され、500名以上の研究者が参集したが、その後日本で質が高い議論ができる場が少なかったため、2011年にQOL/PRO研究会が設立された。QOL/PRO評価研究の課題としては、測定の信頼性の向上や得られたデータの臨床的解釈に関する方法論の確立、そして、特に価値付け型尺度が使われる医療経済評価の研究においては、倫理的・社会的課題の解決が重要事項である。信頼性と妥当性が高いQOL/PRO評価法の開発は、行動医学へも多くの貢献ができると期待される。

QOLとは何か?

Quality of life(QOL)は、生活の質、生命や生存の質、など様々な和訳が行われているが、著者は「生活・生命の質」と訳している。なぜなら、Fig. 1に示すように、健康や生活に直結した内容、すなわち、身体面、心理面、社会面、役割・機能面だけでなく、生存の質に関わるスピリチュアリティなどの複数の要素が含まれているからである(多要素性、多次元性)。この概念構造の基本は1946年にWHOが提唱した健康の定義に基づいている。「健康とは、身体的、心理的、社会的にとても良好で安定した状態であり、単に病気がなかったり病弱でなかったりすることではない」(官報の翻訳を著者が意訳改変)というものである。

Fig. 1.

Multi-dimensionality of QOL.

医療や福祉・介護の分野でQOLを論ずるには、概念の内容と範囲に関してのその分野における共通認識が必要である。医療者間でもよく議論がかみ合わないのは、概念の定義と範囲についての共通認識が不足していることが大きな原因と思われる。

QOLの概念の定義については、ISOQOL(International Society for Quality of life Research)(国際QOL研究学会)などの専門学会で1980–90年代に深い議論が行われている。さらに、健康関連QOL(HRQOL)という概念も1990年代の後半に提唱された。これは、QOLの中でも特に医療などの介入によって健康の改善が見込まれる部分、すなわち、スピリチュアリティと社会面の一部を除いた範囲の概念である。今日、臨床試験などで使用されるプロファイル型尺度は、専らHRQOLを測定するものが多い。

QOLを理解するのに上記の多要素性と並んで重要な要素は「主観性」である。QOLは人々の主観的な認識により成り立っている「心理量」である。自然科学は一般に客観性(第三者評価)を重視するが、QOLの正確な把握には、主観的な心理量をいかに信頼性が高く、かつ的確に把握するかが重要である(Fig. 2)。医療専門家は患者が気づかない問題に気づき、早期に治療やケアを行うのが仕事であるが、患者の健康上の問題の中に医療専門家でも把握しにくい部分があることが様々な研究からわかっている1,2,3)。例えば、QOLでは心理面や社会面とスピリチュアリティが、また症状では、痛み、しびれ、疲労感について過小評価しがちであることが報告されている。意外にも、食思不振や下痢についても医師が十分に把握できていないことも報告されている。

Fig. 2.

Difficulty of grasping subjective health outcomes.

QOL尺度の種類

目的別に主に2種類の尺度がある。一つは、健康状態を詳しく測定する「プロファイル型尺度」、もう一つは、健康効用値としてのQOLを測定するための「価値付け型尺度」である。後者は、選好に基づく尺度、インデックス型尺度などとも呼ばれる。

プロフィル型尺度は、健康やQOLに関して具体的にかつ多くの情報量を得て、その結果を医薬品・医療機器の開発や臨床現場に応用することが目的の尺度である。一方価値付け型尺度は、医療経済学に由来する健康効用値を測定し、費用対効用(費用対効果の一つの形)評価に用いて、主に社会的な医療資源配分に関する意思決定に応用することが目的で開発されている。

プロファイル型の代表的な尺度としては、一般人や良性疾患患者向けの米国で開発されたSF-36(MOS Short Form-36)や、疾患特異的尺度が多数開発されている。がん領域の疾患特異的尺度では、欧州で開発されたEORTC QLQ(European Organization for Research and Treatment of Cancer Quality of Life Questionnaire)、米国で開発されたFACT(Functional Assessment of Cancer Therapy)が良く使われている。わが国で開発されたQOL-ACD(Quality of Life questionnaire for patient treated with Anti-Cancer Drugs)も国内ではよく使われ、研究結果は著名な国際誌にも採用されている。これら疾患特異的尺度の多くは、基本と一般尺度に加えて、がん種、治療法、副作用などについて詳しい情報を得るための追加の下位尺度(モジュール)が複数備わっていて臨床的に有用な情報が得られる4)。プロファイル型尺度の構造や得られるスコアの信頼性と妥当性を保証している理論は、計量心理学や項目反応理論である。

価値付け型尺度は、さらに直接測定法と間接測定法の2種類に分類できる。直接測定法は、健康効用を直接測定する種類のものであるが、様々な健康状態(疾病を含む)のシナリオを一般人に提示して測定する。代表的な直接測定法には、(1)評点尺度法(Rating Scale:RS)、(2)基準的賭け法(Standard Gamble:SG)、(3)時間得失法(Time Trade-Off:TTO)がある4)。しかしこれらの測定法は手間がかかり、また実際の患者で測定することが難しいため、近年、間接測定法が開発された。代表的な間接測定法には、(1)EQ-5D(英国)、(2)SF-6D(米国)、(3)HUI(Health Utilities Index)(カナダ)、などがある。EQ-5Dは患者で測定した値がTTOで測定した値に変換でき、SF-6DとHUIはSGで測定した値に変換できるようなアルゴリズムが備わっている。特に日本向けの変換表(タリフ)が用意されているという意味では、現在最も日本で使用が薦められるのはEQ-5Dである。従来は質問が3択であったが、より情報量が多く得られる5択版(EQ-5D-5L)が最近開発され、正式な日本語版も近々使えるようになる予定である。HUIも正式な日本語版があり使用可能である。

これらの尺度で得られた効用値は、生存アウトカムとの統合指標の形(Quality-Adjusted Life years:QALYs)で健康効用として効果の指標に用いられる。そして費用対効用評価においては、cost/QALYが指標としてよく使われている。

PROとは何か?

最近、PRO(Patient-Reported Outcome)という言葉がこの分野ではよく使われるようになってきた。その理由の一つは、QOLという言葉が様々な人により様々な概念で語られ、医療・福祉分野ですら共通言語として議論をしにくい状況があったことがあげられる。20年ほど前より、patient-based outcome, patient-derived outcomeなど、様々な用語の提案があったが、定着しなかった。PROは、2005年頃より、欧州や米国の医薬品・医療機器の規制当局であるEMAやFDAによる企業向けのガイダンスの中で使用され定義が行われるようになり、普及に拍車をかけた。FDAのガイダンス(2009年)では、「臨床家その他誰の解釈も介さず、患者から直接得られた、患者の健康状態に関するあらゆる報告」(著者訳)と定義している。

ただ、ここで注意が必要なのは、PROは決してQOLと同義ではないことである。例えば、QOLは患者だけでなく一般人の主観的健康感を含み、健康感を網羅的に捉えようとするが、PROは、特定の症状のような部分的な健康感を扱うことが多い。さらに、PROよりもQOLは測定している階層がより深いとも言える(Fig. 3)。このように、QOL評価とPRO評価は、目的や対象によって上手に併用したり使い分けたりすることが重要である。

Fig. 3.

Relationship between PRO & QOL.

QOL評価研究の歴史

前述したように、1946年にはWHO憲章において健康の定義が行われた。また、1949年には、医療者評価による身体的健康尺度である、KarnofskyのPerformance Status(KPS)(後にECOG PSとして広く使われるようになる)が開発されたが、いずれも「主観」を測定する尺度ではなかった。一方、1960年代に入ると、米国のジョンソン、ニクソンの二人の大統領が、quality of lifeという言葉を政策のスローガンに用いたとされ、一般にその言葉が認知されるようになったとされる。そして、本格的なQOLの概念を測定する自記式尺度の開発が世界的に活発になったのが1970–80年代以降である。1984年にはカナダの内科医であるSchipperが、がん患者用のQOL尺度を開発し、それを栗原(昭和大学名誉教授)や江口(現、帝京大学教授)らが日本に紹介した。それを参考に、厚生省研究班(班長:栗原稔)で、日本で初めての本格的ながん患者用QOL尺度であるQOL-ACDが1993年に開発された5)。同時期に欧州ではEORTC QLQが、米国ではFACTが開発されており、当時日本は欧米に研究面で後れを取っていなかった。

しかしその後日本では、残念ながらQOL尺度はあまり使われることがない時代が続いた。日本では市民の権利意識が薄かったことや、医学部や看護学部、薬学部など医療専門職の教育において、臨床疫学やEBM(Evidence-Based Medicine)の考え方が21世紀に入るまで殆ど教えられることもなかったことや、医療心理の専門家が育たなかったことも、欧米に後れをとった理由の一つと思われる。2001年にISOQOLの1st Asia-Pacific Conference(会長:福原俊一、京都大学教授)が東京で開催され500余名の参加者を迎えた。幅広い分野で研究者がそれぞれ活動を行っていることが分かった。

以上の背景から、QOLやPROに関する様々な分野の研究者が一堂に会し、情報交換を行ったり専門的な議論を行ったりし、その結果を臨床現場や社会に還元できることをめざし、2011年1月にQOL/PRO研究会が日本で設立された6)

ちなみに、世界的にQOL研究を扱っているISOQOL以外の学会としては、ISPOR(International Society for Pharmacoeconomics and Outcomes Research)(国際医薬経済・アウトカム研究学会)と、MASCC(Multinational Society for Supportive Care in Cancer)(国際がん支持療法学会)などがあげられる。ISPORは正式な日本部会もあり、主に価値付け型尺度に関する研究が多く扱われている。MASCCの機関紙であるSupportive Care in Cancerでは、多くの臨床現場や臨床試験のQOL評価研究論文が発表されている。

QOL評価研究の課題と展望

プロファイル型尺度に関する研究面の課題は様々なものがあるが、(1)測定の信頼性の向上、に関しては、測定バイアスの一つとして知られている「レスポンスシフト(経時的測定における価値基準の変化)」の検出とそれに基づくデータ補正の可能性の追求が課題である。次に、(2)臨床試験や臨床現場で得られたQOLデータの解釈の新たな工夫、が課題である。つまり、従来は統計学的有意差検定のみが用いられてきたが、最近はそれに加えて、「MID(Minimally Important Difference)」あるいはresponder definitionと呼ばれる、「主観」を手がかり(anchor)とした最小限の差、を用いた臨床的解釈が求められるようになりつつあるが、MIDの求め方や応用の仕方についての整理・精緻化が必要である。さらに、(3)調査方法の簡略化やスピードアップの課題としては、項目反応理論を用いたcomputer adaptive testing(CAT)の応用が、日本では欧米と比べて大きく後れをとっている。

一方、価値付け型尺度に関する研究課題としては、医療経済評価の理論や実用面との関連が深いものが多い。例えば、(1)効用値の基数性と序数性の問題、(2)プロファイル型尺度で得られたQOLスコアから効用値への変換方法(mapping)、(3)費用対効果評価に基づく医療資源配分の倫理的課題(例:帰結主義への批判、功利主義そのものへの批判、個人の平等性への配慮方法、QALYの等価値性、など)などがある。

まとめ

QOL/PRO評価研究には解決すべき課題はまだまだ少なくないが、研究の歴史的背景や、確立された方法論、そして残された課題を十分理解し、それらを一つひとつ丁寧に解決していくことにより、患者や社会に真に役立つツールに近づく。信頼性と妥当性が高い定量的評価法が確立される中で、行動医学への応用や連携が実を結ぶことが期待される。

文 献
 
© 2015 日本行動医学会
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