文化人類学
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デモクラシーと生モラル政治 : 中間集団の現代的可能性に関する一考察(<特集>中間集団の問題系)
田辺 明生
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2006 年 71 巻 1 号 p. 94-118

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抄録

本論は、インドの事例を題材に、中間集団の可能性について論じる。中心的な問いは、生政治のなかで、いかにデモクラシーは可能かである。インドにおける市民社会は、植民地下の都市エリートによって育まれた。そこでは個入の白由と平等という普遍的理念に基づいて、すべての人に人権を保障しようとする解放の政治が追求された。一方、植民地政府の生命統治は、宗教とカーストによる入口の集団区分を基礎としていたが、そうした区分に対応して構成された諸団体は生命保障を国家に求める要求の政治を展開した。ここに被統治者が資源分配を国家に求める政治社会が出現したのであった。ポスト植民地期インドにおいては、生命統治の社会への浸透に対応して、要求の政治はますます活性化した。地域社会では支配カーストを中心とする派閥政治が盛んとなった。他方、社会儀礼領域においては、生モラルを基盤とする相互行為が生の固有な価値を保障したが、それは政治領域から分断されていた。90年代からは、地方白治体への権力委譲により、地域社会における白己統治の空間が拡大した。ここで重要性を帯びるようになったのが、関係性の政治であり、モラル社会において、あるべき社会関係はいかなるものかという生モラルそのものが政治的に交渉されるようになった。このなかで低カーストや女性は、地域政治を、権力的な資源獲得競争ではなく、社会の諸部分の平等参加の場と再定義しようとしている。これは、生モラルと民主政治を接合するヴァナキュラー・デモクラシーの確立の試みとして注目に値する。現代の政治課題は、ネオ・リベラリズム的な生権力に抗して、すべての入が自らの固有の生を共同性のなかで追求できる場を確立することにあるだろう。こうした生モラル政治におけるデモクラシーの課題を追求するためには、諸生活空間における、市民的連帯とサバルタン的抵抗のための中間集団の再構築が必要である。

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2006 日本文化人類学会
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