文化人類学
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戦時下の贈与 : 近代日本社会における国民的贈与の創出
山口 睦
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2011 年 76 巻 3 号 p. 237-256

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抄録

本論は、1945年までの近代日本社会に存在した軍隊への贈与行為を分析対象として、非日常性が強調されがちな戦時下の贈与行為と、それ以前の日常的な贈与行為との連続性を明らかにするものである。そのなかで、近代国家における国民としての贈与行為の特異性が浮かび上がってくると考える。日本社会は、贈与交換研究が始められた「未開社会」と異なり長い貨幣使用の歴史をもち、かつ、被調査者自身による文字記録を豊富にもつフィールドである。本論では、山形県南陽市のある農家が保存していた20世紀前半に記された従軍者への餞別の記録、日露戦争直前に現役兵として過ごした3年間を記録した日記を分析する。また、新聞資料から当時の社会における慰問袋の果たした役割について検討する。以上の分析から、日本国民である、という社会関係において見返りを期待しない、一回性、一方向的な贈与行為、「国民的贈与」領域が確認できる。この国民的贈与とは、既存の社会関係の外にあり、短期的な国民同士という結びつきであるため、従来のイエや個人を単位とした互酬的な贈与行為とは異なる近代国民国家に特徴的なカテゴリーである。ただし、これらの贈与行為は、既存の社会関係を基礎として、家族や友人である兵士へ、郷土の兵士へ、そしてその他の不特定の日本国兵士へ、というように同心円状に発展した。つまり、日常性(普段のつきあい)を土台として、その延長線上に行為対象の拡大を経て、戦時下の贈与(従軍縁、慰問袋の贈与)が形成された。この国民的贈与は、日本社会のみにみられるものではなく、大きくは個人間の私的贈与に対して、国外や国内の不特定多数の人びとに対する慈善行為としての「公的贈与」に含まれる。ただし、国民的贈与は、"公"の領域を国家という1つの枠組みに限定し、さらに本論で提示した戦時下の贈与は、排他的な"国民"を単位とするという特徴をもつのである。

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2011 日本文化人類学会
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