文化人類学
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無文字社会における「歴史」の構造 : エチオピア南部ボラナにおける口頭年代史を事例として
大場 千景
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2013 年 78 巻 1 号 p. 26-49

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抄録

本稿の目的は、エチオピア南部で主に牧畜を営んで暮らすボラナの人々の口承史に関する語りの分析を通して、無文字社会に生きる人々が生起してきた無数の出来事をいかにして集団の「歴史」として構築し、その膨大な出来事に関する記憶を一致させ継承しているのか、そのメカニズムを解明することである。II章では、社会構造と密接に結びつきながら構築されてきた過去5世紀に及ぶボラナの口承史、その語りの場、語り手や聞き手たちについて明らかにした。また近年の学校教育や人類学者の介入、録音機器の普及に伴って語りの場が多元化していることを背景に口承史が新たに再編されながら語られているという現象について論じた。皿章では、広域で居住する14人の語り手から収集した口承史に関する語りを比較しながら、語り手間で共通に見られる語りのカテゴリーとパターンを統計的に整理した。その上で歴史語りの中で頻繁に言及され、出来事の生起を説明する因果関係論であるマカバーサに関する言説に焦点を当てながら、人々が出来事をある一定の周期によって回帰すると考えているということを明らかにした。さらに人々が共有している出来事の周期説が「歴史」を構築すると同時に記憶する役割をも果たしている点を指摘した。本稿の目的に対して得られた成果は以下にまとめられる。ボラナのもつ永劫回帰的な史観によって(1)生起した出来事のうちどの出来事を記憶するのかが決められてしまうこと、従って回帰史観は「歴史」に関する記憶を一致させるが、同時に、(2)回帰史観に支配されるがゆえに「歴史」が新たに創出され複数の「歴史」を生み出してしまうこと、さらに、(3)過去のみならず現在や未来までもが回帰史観に巻き込まれ、「歴史」化されていることが明らかになった。

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2013 日本文化人類学会
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