文化人類学
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特集 指し示すことをめぐるダイナミクス――言語人類学と指標性
始祖の痕跡(figure)を辿る
図/地の反転、記号過程、或いは南太平洋のリアリズム
浅井 優一
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2020 年 84 巻 4 号 p. 482-502

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抄録

現代人類学を特徴づける知的動向が存在論的転回として論じられ、主体と客体、表象と事物、文化と自然などの二項対立を自明とする認識論ではなく、そうした「対」が生起する過程や創発する現実を捉える存在論への転換が希求されるようになった。そのような問題意識を背景とし、本稿では、フィジーにおいて「氏族」や「土地の民」という範疇が生起した過程、そしてオセアニア人類学の理論的変遷を言語の次元に降り立って分析し、存在論的転回および現代人類学における民族誌記述の問題系に言語人類学の視角を接合することを目的とする。その上で本稿は、三段構えをとる。はじめに、1)ヤコブソンがパース記号論を基礎にして展開した詩的言語に関する洞察、それを敷衍したシルヴァスティンの儀礼論を概観し、詩や儀礼が指標的類像化(ダイアグラム化)という記号過程として理解できることを確認する。次に、2)筆者が調査を行ってきたフィジー諸島ダワサム地域での出来事を事例に、フィジー人の民族意識の根幹にある「土地の民」という範疇が、植民地期に遡る「氏族」の文書を通じたダイアグラム化を経て生起したことを指摘し、それが氏族のルーツを辿り、始祖のマナを讃える儀礼的実践を通じて前景化した過程を詳らかにする。最後に、3)ワグナーの比喩論に端を発し、ストラザーンの人格論の基調をなす「図と地の反転」という視座がヤコブソン詩学に類比することを示唆し、連続性を切断して驚異、斬新、潜在を回帰的に実現するメラネシア社会の生成原理が、韻文の生起が伴う詩的効果として理解できることを指摘する。さらに、サーリンズの構造歴史人類学からストラザーンのメラネシア人格論へというオセアニア人類学の推移自体が、同様に記号過程として記述し得ることを示す。以上を通じて、閉じた象徴体系として認識論の中核に布置され、存在論的転回では正面から扱われなかった言語という視角を文化人類学の問題系へ接続し、言語事象を基点にした記述分析に存在論的転回以後の民族誌記述の一所在を見出したい。

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2020 日本文化人類学会
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